友達
「でやああああああああああ!」
ジルが突っ込んできた。
なんてことはない直線的な動き。
でも、それを翼で受けると、翼は弾かれ凄く嫌な音がした。
それに痛い!
速さも、力も、段違い。
攻撃を流すたび響くこの不協和音は、私の力が足りていない事を示している。
「驚いたか!これが俺の真の力!」
「違う」
これは、違う。
質量保存の法則に従えば、無から何かエネルギーが生じる事は無い。
この力の源は、本来宿主の生命維持に使われるはずの物。
現に今の一振りで、ジルの頬は目に見えてこけた。
「どうした…打ち込んで来い…俺の攻守がまだアンバランスか…試してみろよぉ!」
理性が飛んでる。
あいつ、自分の腕が折れたことにも気付いてない。
「でやあああアアアアアアアア!!!!"
細身の剣には見合わない超出力。
本質的に戦い方を間違えている!
「ぐっ!」
再び、その刃に手羽先を当てる。
再び嫌な音が鳴り響き、私の翼は欠け、ジルの剣は砕けた。
「がはっ!?まだ…まだぁ!」
剣が無理やり再生しようとするが、あからさまにそれを持つ腕が細くなっていく。
消耗を待ってもギアを壊しても彼は死ぬ。
気を抜いたら私も死ぬ。
まだ、自分のギアに対して心の整理を付けれてもいないのに。
ぼこぼこと歪に肥大した唸る剣が迫る。
咄嗟に後退を試み、僅かに起伏した床に足を取られる。
「しまっ」
「何をやっているんですの!」
ぺリルの声が響く。
「!?」
ジルの動きが、止まった。
今だ。
スラスターを点火し、赤く光るリアクターを思い切り叩き壊した。
「ぐ…ぎゃあああああ!」
赤い光が溢れ出し、リアクターが鈍い音を立てながら破壊される。
「は…は…はぁ…」
「お姉さま!大丈夫ですか!?」
よろめく私を、ぺリルが支える。
「大丈夫。ありがとう。…今日はお仕事なんじゃ…」
「学園の一大事なので巻きで終わらせましたわ!」
ジルはすぐさま拘束され、どこかに運び込まれる。
髪の毛も抜け手足はやせ細り、老人の様な姿になっている。
「ジル…少しは見所があるとおもったのに。失望しましたわ」
「ぺリル、彼に一体何が…」
「わかりませんわ。共生しているギアがネガの様になって、死ぬまで暴れ続ける狂戦士になってしまう。元々はギアノイド特有の疾病と思われていたのですが…」
ぺリルがスマホを操作し、空の注射器の画像を見せる。
「暴走した方の部屋からは、かなりの頻度でこのような物が発見されるんですの。現状、暴走した方からの事情聴取は叶っておりませんので、真相は謎ですが」
「つまりネガノイド…あいや、暴走は人為的な現象…」
「ネガノイド…それいいですわね!そう呼ぶことにしましょう!」
その後、私達の戦った訓練場は封鎖され、私も一先ずは日常に戻る事ができた。
「ギアは我々のカロリーや細菌を養分にして生存しており、代わりにギアが我々の生理活動の大部分を肩代わりしているのです。よってギアノイドが病を患う事は無く、その平均寿命も通常の人類よりは遥かに長寿で…」
二年生で退学になり、一年生扱いで転学したため、周りはみんな年下だった。
留年したみたいで気まずい。
そんな事をぼんやりと考えていると、就業のチャイムが鳴った。
「今日はここまで。各自、きっちり自習しておくように」
閑散としていく教室。
その隅に、動く様子の無い生徒が居た。
私と同じ黒髪。
丸眼鏡。
如何にもな陰キャ。
「墨田さん?」
「あら。天音さん。どうしました?」
彼女はとても落ち着き払っている。
「眼鏡、逆さまですよ」
「あら…?まあ!」
墨田さんは慌てて眼鏡を戻した。
「ありがとうございます。お陰で恥をかいている時間を短くできました」
「いえいえそんな…」
不思議な人。
今のところ、それ以上の感想は抱かない。
「帰らないんですか?」
「家に帰りたくないんです。できるだけ長い間、この学校で過ごして居たいんです」
「そう…ですか。その、なんかすみません。では私はこれで…」
ふらふらと教室を後にしようとした時だった。
「待ってください。天音さん」
「?」
「入学して初めて、自分から声をかけてくれたのが貴女なんです。どうかお友達になりませんか?」
「えっ…友達って…」
不意に、言葉に詰まった。
友達。
そんな、あって当たり前の関係性の持ちかけに戸惑う程、私は誰ともかかわろうとしなかったのだと、そう気づいた。
そして彼女からは、そんな私さえも受容する様な、そんな魅力さえ感じた。
「わ…分かりました…私でよければ…」
「まあ嬉しい。ではでは、これからはハクって呼んでもいいかしら?敬語も抜きにして」
「分かりました。じゃあ私も…」
「さおり、で良いですよ」
「じゃあ、よろしく。さおり」
ぺリルは、友達と言うより勝手に妹分になった人。
もしかすれば、友達と呼べる人ができたのは、これが初めてかもしれない。
「私で大丈夫なの?さおり。その…絶対幻滅するって」
「そんな事ないよ。ハクはきっとすごく優しくて思いやりがあって素敵な人。自分でそれを忘れてしまう程、大変な思いをしてきただけだと思う。少し話しただけで確信できたわ」
「あ…」
目頭が熱い。
自分がまさか、こんなにちょろかったなんて思いもしなかった。
「その…ありがとう。さおり。そ…それじゃあ…」
僅かに震える手を、さおりに伸ばす
「よろしく…?これで良いのかな…」
「わぁ」
私の手を、さおりの両手が包む。
暖かくて、柔らかくて、優しい。
「よろしくおねがいします。ハク」
最初は、見かけたら手を振ったりした。
次に、昼食を一緒にとるようになって、一緒に帰るようになった。
とはいえさおりの家は両親の仲が悪く、帰れない事もしばしあった。そういう時はよく私の家に泊まりに来てくれた。
「………」
「どうしたの?ぺリル」
「お姉さまが最近仲良くしているあのさおりという一年生、どうにも好きになれないんですの」
「私を独り占めしたいから?」
「それは!…勿論そうですけど…」
対して、最近ずっとべったりだったぺリルを見かける事が少なくなった。
仕事が忙しいのだろうかとも思ったけど、少し違うようにも思える。
「(さおりがどうにも好きになれませんわ…この激しく嫌な胸騒ぎは…ただの嫉妬心?)」
「そんな物陰で、何してるの?」
「ひゃい!ななな何でもありませんわ!」
さおりと友達になってから暫く経った頃、私はある決心をした。
「ねえさおり。前に、家族の事を話してくれたでしょ?だから私も…一つ打ち明けようかと思って…」
「まぁ。私で良ければ聞くけれど、ハクは大丈夫なの?」
「うん。もしかしたら、誰かに話せば気持ちの整理が付くかもと思って。私の、父さんについてなんだけど…」
父はテロリストだ。
元々はネガハンターだったのに、次第に狂っていったそうだ。
ある日あいつは同行していた仲間を襲い、ギアリアクターを全部捕食した後、中央政府タワーを襲撃。
タワーは破壊され、死傷者は2000人にも登ったらしい。
私がまだ、物心も付かない頃の出来事だ。
「どれだけ隠そうとしても、情報社会の前には無駄な抵抗だった。小中は虐められ倒して、高校でも孤立した。苗字も母方のに変えた筈なのに、バイトすら満足に受からなかった。生まれた時から、私の招来はネガハンターか風俗しか無かったんだ」
「まぁ…それは…それは…」
さおりは口をぱくぱくしながら動揺した様子を見せた。
当たり前だ。何しろ、私があいつの娘である事はネガハンターなら皆知ってる。わざわざ、私が自分で語る理由が無いんだ。
でも、それでも。
「気持ちは分かる…なんて無責任な事、とても私の身分では軽々しく言えないわ。けれども、これだけは言えます」
さおりが、不意を打つように私をハグしてきた。
柔らかい。ふかふかしている。
良い匂い。
「貴女は、貴女です。例え世界の全部が敵になったとしても、私は貴女の味方でいたい。この喉が枯れても、貴女が悪い人じゃないと叫び続けたいわ」
「………!」
目が熱くなった。
涙が、ボロボロこぼれてきた。
強くなくていい。
私は私でいい。
生まれて初めて、そう言われた気がした。