逃避
「天音 珀。天音 大樹の娘ですね」
金色の短い髪。
澄んだ青い瞳。
私の胸下ほどの身長。
「…っ。あいつの事は何も知らないし、思い出したくもありません。ぺリルさん。私が貴女の事を嫌いになる前に、何処かに行ってください」
メイ・ぺリル。
彼女の事は知らないけれど知っている。
史上最年少の12歳でネガハンターに正式入隊し、同年末にトップハンターに選ばれる。
その小柄で可憐な容姿を活かし、最近はタレント的な活動でも名を広めている。
正直言えば、私は彼女が好きだ。
私よりもずっと年下なのに、強くて、可愛くて、有名で、立派。あこがれの的だ。
どうか、好きなままで居たい。
「いいえ。違うわ。わたくしは貴女をスカウトしに来たの」
「…スカウト?ネガハンターに?」
「ええそうよ。ネガハンターになる気は無い?貴女と、そのギアの力が必要なの」
ネガハンター。
かつて父親がそうだった。
「嫌です。戦いなんてゲームの世界で十分なので」
「ふっふっふ。ええ、このメイ・ぺリルの誘いを断る者がいる筈が…え?嫌だ?」
「失礼します」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
やはり私にアウトドアは向いていない。
家に帰って、大人しくゲームでもしていよう。
「待って!まーって下さいまし!」
「…っ。しつこいですよ」
顔が小さい。背も小さい。可愛い。良い匂いがする。
今すぐにでも握手したい。したいのに。
私は今、この人の事が嫌いになろうとしている。
「三神工場…分かりますか?」
「確か、ネガに占拠されてから封鎖されたとこですよね。それが何か」
「あそこを奪還する為に、人手が沢山必要なの!相応の報酬は支払うから!お願い!せめてその一回だけでも!」
「………」
この子は、私よりずっと小さい。
なのにこうして、私よりも大きな物の為に頭を下げている。
「…ネガハンターが民間人に頼るんですか?」
「貴女が思ってるほど組織の状況は良く無いの。そもそもギアノイド自体、数がとっても少ないし…」
正直、このギアを使うのは凄く嫌だ。
私の翼は生まれた時からあったけど、母にギアは居なかった。このギアは、どう考えても父親の遺伝。この翼を見るたび、あいつの顔を思い出すんだ。
でも、
こうしてみるとよくわかる。
メリル、凄く人見知りなんだろう。私と一向に目が合わない。
この子がメディアに自ら出演したがるとも思えない。
「…考えておきます」
「わぁ…!ありがとうございます!」
その場できっぱり断れるほどの胆力は、無かった。
私はゲームの中の主人公ほど立派な人間じゃないし、はいともいいえとも即決できないんだ。
結局その後は何事も無く家に帰った。
だけれどどうにも、今日はゲームをする気にはならなかった。
その原因は翌日に分かった
「う…」
動けない。
全身が彫像になったみたいだ。
お腹もすくし喉も乾く。
前に使った時はこんな事無かった筈だが。
私は辛うじてスマホだけを手に取ると、学校に休みの電話を入れた。
きっと、昨晩の居残りの時に気分を害した物とでも思われる事だろう。
水ボトルを用意し、ブロック栄養食を食べながら、ベッドで横になる。
暫く寝ていると、チャイムが鳴った。
スマホで玄関カメラを見ると、そこには教頭が居た。
追い返す、のはだめそうだ。
「開けました。私は今二階に居ます…」
暫くすると教頭が部屋にやって来る。
教頭とはいえ30代程。
男の人を入れるのは少し、どきどきする。
「な…!本当に体調不良なのか?」
「昨日…数年ぶりにギアを使いまして…」
「成程…いや済まない。ならば別日に…」
「構いません。私に用があるのでしょう」
立ち上がろうとしたが、やはり動けなかったのでそのままで居る。
「分かった。最初に言うと、君の退学処分が決まった」
「……………」
覚悟は、していた。
やっぱり私には、無理だった。
「そして君はこの家も出る事になるだろう」
「…は?え、何が…」
教頭は書類を見せる。
「ネガハンタース付属のアカデミーから、天音 珀名ざしでの入学推薦状が届いている。どうやらネガハンタース協会が、君が滞納している分の家賃も持つらしい。因みにだが、アカデミーは全寮制だ」
参った。
どうやら私は、もうこの翼から逃げられないらしい。
「は…はは…ははは…何だったんだ…今までの苦労…」
その後、母にこの事を電話で知らせた。
母は母で住み込みで働いているので、これにて本当に離れ離れで暮らすことになる。
三日後。
私はアカデミーに連れてかれた。
「入学試験あるんですか?誘ってきたのそっちなのに?」
「一応な。形だけの物ではあるが、上がやるっていって聞かなくて…」
しかも筆記も面接もパスで、実技試験まで飛ばされた。
場所は、体育館にも似た広い空間。
目の前には、
「待っていましたわ!天音さん!」
ぺリル。
成程。全て納得がいった。
「何故貴女が」
「貴女、わたくしのファンですわよね?あの夜バッグに付けてたキーホルダー。あれはコラボ商品を先行予約しまくらないと手に入らない物ですのよ?」
「………」
「だからてっきり、このわたくしの提案には頷くと思ったのですが…」
ぺリルの手首が光ると、その手には細身の槍が現れた。
白い柄に、緑色に蛍光する槍先。ギア自体はそう特殊な物でも無さそうだ。
「故にわたくしは、この実技試験をとりつけましたの。貴女と言うお方を測る場としてね!」
違う。
私に、測るべき物なんて無い。
結局彼女も、私の事は見てはいないのだろう。
彼女が見ているのは、私の翼だけ。
「どうしました?早くギアを出してくださいまし」
「………」
凄く不本意だが、再び私は翼を広げた。
鋼色のそれは羽ばたくように動くが、左右に五つづつスラスターがある。
「…ぶ…部位型ギア!?」
「部位?」
「剣や銃などの武具として現れる武装型ではなく、あなたのような、拡張された身体部位として現れるギアのことですわ!剣か弓、あっても銃かと思っておりましたが、これは…」
ぺリルは構えを変える。
「ますます興味が湧いてきましたわ。勝ち負けは関係ない戦いですが、絶対に貴女の全力を引き出して見せますわ!リアクターの破壊くらいは覚悟しておいてください!」
「そんなことをしたら、私は一か月はベッドから動けなくなってしまいますが」
「慣れれば2週間くらいで復帰できるようになりますわ~!」
ブザーが鳴った瞬間、ぺリルは目にも止まらぬ俊足を見せた。
一瞬で、距離を詰められる。
「そこ!」
槍が首を狙ってきた。
首や目、頭と言った急所は脆い上に再生に時間がかかり、そしてリアクターに過度の負荷を強いる。
おまけに懐に潜ると言う判断も正しい。
トップハンターは、伊達では無いみたいだ。
使うしか、ないか。
”"プスス…ボォン"
軽い爆発と共に、左翼のスラスターを全て点火する。
これで私の身体は、ぺリルにも負けぬほどの高速旋回を果たした。
「きゃっ!」
翼と足で思い切り蹴り、距離をとると同時にもう片方のスラスターも全て点火。
一瞬で飛翔しつつ、点火するスラスターを左右一つづつにした。
「く…うらやましい限りですわね…天音さん。もしも空を飛べたなら、なんて。わたくし以外でも色んな方が想像すると思いますわ」
「安心してください。こんなものがあっても、自由になんてなれませんから」
一瞬スラスターを止め、翼を全て私から見て水平にし、一挙に全て点火する。
スラスター10個全てを使った最高速度は、マッハ。人の動体視力では捉えられない。
ソニックブームと共に彼女は散るし、この茶番も終わる。
筈なのに。
「かわしました?」
「ぎりぎり、でしたわね」
砕けた地面。
点滅する電灯。
見てくれはいいけれど、設備自体は決して特別なんかじゃないらしい。
「これほどまでの高出力…そのギア、相当燃費悪そうですわね?」
「勿論です」
スラスターから煙を登らせ、ぺリルに向き直る。
「手を抜いて負けても、どうせ納得なんてしてくれないでしょう」
成績こそよかったのは、勉強以外やることが無かったからからであって、勉強が好きな訳でも、得意な訳でも無い。
でもこのギアの扱いは、忌々しいけど数少ない、私にしかできないことなんだ。
戦いは数少ない、私が全力を出せる事だから。
意地でも、負けたくないんだ。
「此処からは、ロマン戦術はなしで行きます」