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第12話 美術セットは悪魔の祭壇

 警察署に西村課長と池上が迎えに来てくれた。

 私からカレーの返事がないと思っていたら、西村課長から連絡が来て、私が通用口近くで八頭女史の車に乗せられて行ったことを知り、慌てて探そうとしてくれたらしい。

 夜遅いのに二人には本当に迷惑をかけて申し訳ない。


「日比野さん、大丈夫?」

「······はい」

「辻堂刑事、お世話になりました。我々はもう帰っても平気ですか? お話ならまた翌日以降に」

「そうですね。明日には八頭さんの事件のことと、比江島さんの事件のこともあわせてニュースに載ると思います。佐山さん宅で起きた事件でもありますから、そこはもう隠し切れるものではありませんからね。ただ、そろそろ佐山宅の検分が終わりますから、ご家族の許可があれば地下室にもお入りになれるようになると思いますよ」

「了解しました。では今日のところはこれで」


 西村課長達とともに頭を下げて警察署を後にする。西村課長の家の車に乗るのは初めてだ。


「家まで送るよ。それとも一人になるのが不安だったらホテルに泊まるとか、僕の家でもいいよ」

「課長! 課長の家なんてダメですよ!」

「いや、たしかに家は小さい子多いからうるさいかもだけど、······そんなにダメな発言だった?」


 池上はぷりぷりと怒っているが、こんな遅い時間に小さなお子さんの居るお宅にお邪魔なんて出来ない。


「課長、お気遣い感謝します。でも家で休みたいと思いますので、自宅へ送ってもらえませんか?」

「それならいいが、本当に無理はするなよ?」

「はい」

「今回は遅いから自宅まで送る。明日は出勤しなくていいから少し休みなさい」

「······すみません」




 自宅のコーポ前で車が停まると、池上が真剣な眼差しを向けてきた。


「今日は大変だったね。気持ち悪いかもしれないけど、ここから日比野ちゃんが部屋に入るところを見てるから、もし怖く思ったらすぐ戻って来てね。やっぱりホテルとか人目のあるところに行きたくなるかもしれないから」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ、私」

「······あとこれ」 


 ガサガサとコンビニの袋を差し出された。


「俺のおすすめのお菓子とかパンとかなんだけど、小腹が空いたら食べて! 感想はいつでもいいよ」


 二階の自宅ドアの前から何度も頭を下げて車が立ち去るのを見送って、私は家の鍵を締めてベッドに倒れ込んだ。悪夢を見るような気がして、眠る前に汗を取り去りたかったが、とにかく体を横たえたくてたまらなかった。




     ◇     ◇     ◇



 

 翌朝。ネットの記事にも八頭女史と比江島氏の殺人に関するものが取り上げられていた。殺害の詳細は伏せられているものの、比江島氏が佐山邸で亡くなったことは報じられており、すでに邸は佐山氏が亡くなっていて無人だったことから、何故比江島氏が佐山邸に居たのかということが注目を集めている。

 また八頭女史の方も人気高級中華料理店の娘であり、一時はマスコミにもよく顔を出していて、交友関係の華やかな映画ライターだったということで、誰が犯人なのかと推測する記事が多かった。

 どちらも残酷な内容はことさら避けて掲載されているのは、きちんと情報統制されているということなのだろう。

 このような犯罪を犯した人間が巷をうろついていると思うと恐ろしいが、映画関係者の殺害が続いているので、『四谷怪談』のような映画に関する呪いではないか? と書く記事まであった。

 『四谷怪談』――言わずとしれた江戸時代の怪談話だが、この作品を題材とした映画や舞台を行う場合、話の中で怨霊となったお岩さんを祀ったお岩稲荷にお参りに行かないと祟りが起こるという都市伝説の類だが、今でも映画人、舞台人は演者スタッフあわせて本当にお参りに行く。それは、それこそがプロモーションの一環になるからという打算もあってのことだと思う。だが、今回に関しては誰の呪いなのか、果たして呪いなのかすら分からないのに勝手なことを言うな、と呆れていたが、ふと『呪い』という言葉に引っかかってしまった。


 あの祭壇は映画の中で何かを呪うものだったのか。それとも何かを召喚するものだったのか。あるいは贄を捧げて願いを叶えて貰おうとするものだったのか。生憎カルト作だからか、ネタバレになるからか、ネットでは『夜を殺めた姉妹』での祭壇の使い方についての記載は見つからなかった。

 そういえば昨日はパニックになり、辻堂刑事にも祭壇の元ネタを話していなかったので、明日出勤したら『夜を殺めた姉妹』について調べて報告しようと思った。


 顔だけ洗い、昨夜池上から貰ったパンを朝ごはんにいただいた。

 お腹にものがたまると少し元気が出て来た気がするので、勢いのままにシャワーに入ろうとして、手首のブレスレットに気付く。昨日八頭女史から譲り受けたものだ。そのまま持っていてもいいのだろうかと僅かに逡巡したが、あの時彼女は私にと言って付けてくれたのだから、そのままいただいておくことにした。


――「預かってて。良かったらまた来てよ。一人で居るのに耐えられなさそうだから」


 そう言っていた八頭女史の事をまた思い出してしまう。

 

 偲ぶ気持ちでしばらく付けていたいが、私の手首には少し大きく、このままでは音が響いて仕事に影響が出そうだ。

 ふと思い立って、手芸ボックスから編み針とレース糸を出し、このブレスレットにレースカバーを付けることにした。メダルを部分を覆うとちょうどくるみボタン風になって可愛らしい。そのまま無心になって編んで行き、まあまあ満足の行く出来になった頃には、少し日が傾いていた。


 


     ◇     ◇     ◇




「おはよう、けいちゃん。顔色良くないけど大丈夫? 今日は無理しない方がいいよ」

「ありがとうございます、山森さん。夏風邪か夏バテなのかもしれません。山森さんもお気をつけ下さいね」

「私達何だかんだでよくマスクしてるから、風邪ってあんまり引かないじゃない? 逆に久々にかかると辛いよね。お大事に」



「日比野ちゃんおはよう。ほんとだ、まだしんどそうだねえ。良かったら文字校正頼めない? 次のニューズレターの原稿なんだけど」

「はい。赤で入れていいですか?」

「一番目だから赤でいいよ。今日は収蔵庫に行くのも俺がやるから、なるべく席で作業していなよ」

「助かります。ありがとうございます」


 黙々と文字校正を進め、他の人の校正も回してもらって作業しているとお昼になった。


 サクサクとサンドイッチを食べ、図書室に行こうとすると池上に呼び止められる。


「もう食べたの? もしかして具合悪い?」

「そういうわけじゃないですけど、サンドイッチだったので、すぐ終わったんです。それでちょっと調べ物で図書室に行こうかと思って」

「調べ物?」

「はい。池上さんって『夜を殺めた姉妹』はご覧になったことありますか? あれをちょっと知りたくて」

「ああ、『黄昏を纏いし姉妹』の続編の。観たいと思ってるけど未見だな。じゃあ俺も手伝うよ」


 井ノ口が休憩しながらお弁当を食べていたので、彼に断りを入れてから『冨樫甲児 作品全集』を引き出した。


 ページをめくり、該当の作品を見つける。いくつかのスチルとともに作品のあらすじと解説が書かれている。

 数枚載っているスチルにも祭壇の写真はなく、やはりストーリーもラストにかかる話までは載っていなかった。


「こっちも詳しくは載ってないねえ。映画を観るのが早いかもね」


 池上も当時の雑誌に当たってくれたが、簡単な紹介文しか出ていなかったらしい。内容的に大っぴらに宣伝できなかったというのは本当らしい。


「何を調べたいの?」


 井ノ口がランチを終えて聞いてきてくれた。


「えっと『夜を殺めた姉妹』について、美術セットのこととか、ストーリーのこととか知りたくて。『黄昏を纏いし姉妹』とは全然雰囲気が違う続編だと聞いたので気になるんです」

「僕は観てるよ。結末まで話してもいいけど、ネタパレになるとつまらなくないかな? そうだ、美術セットについてなら沢本清彦の『わが映画美術理論』に載ってたと思うよ」

「あ、それ見たいです」

「井ノ口さすかだな······」

「まあね。······ほら、これだよ」


 井ノ口の指し示した本――沢本清彦著『わが映画美術理論』は、世界的にも評価の高かった映画美術監督・沢本清彦のインタビュー形式の部分と図面やスチル写真などの資料的な部分とで構成されており、ほぼ全ての作品を網羅していて読み応えのありそうな本だ。別冊は彼が手掛けた美しい映画美術セットとポスター広告の写真集となっていて、これだけでも価値がありそうな豪華さだ。


 別冊の方に『夜を殺めた姉妹』の祭壇の写真があった。ライバル社の息子を捧げて祈ろうとする邪教集団。泣く姉妹をしばり上げて、闇司祭の格好をした大男が大きなハサミのようなものを振り上げている。


「何をしているところなんでしょうね。黒ミサ?」

「これはね、大悪魔を呼び出して結婚するところだよ」

「けっこん? marryの結婚ですか?」


 あの祭壇ってそういう意味だったの?

 誰かと結婚したい願いを叶えるために悪魔を呼び出すのではなくて、悪魔と結婚したいから呼び出すってこと?


「そうだよ、大悪魔が降り立ってその場に居る中で最も相応しい相手を伴侶に選ぶ。元々、相応しい相手が居なかったら降りて来ないんだ。契を交わすとその者はもう人に非ず、自ら願いを叶える力を得ることが出来る」


 恍惚として話す井ノ口の横で、複雑そうな顔で池上が首をひねっている。


「それ本当に富樫の作品なの? 今までと作品の系統が全然違い過ぎて」

「でも女の情念という意味では悪魔を利用してまで······という共通項があるんだよ」


 池上の疑問もよく分かる。何だかこのスチルに映る邪教の徒は皆男性のようだが、現れた大悪魔は中性的というか女性のように見える。


「何だかこれって」

「どうかした?」

「······大悪魔って男性なんですか? 女性としか結婚しないんですか?」

「ふふふ、大悪魔に性別はないんだよ。望まれた相手には性別があるだろうけど、魂に惹かれるのだからね」


 作品を思い出しているのか、井ノ口はうっとりするような瞳で話していたが、本を閉じた。


「まあとにかく後は作品を観てみることをおすすめするよ。ネタバレしそうで怖いから。これは借りて行く?」

「事務室でもう少し見させてもらってもいいですか? 後で返しに来ます」

「いいよ。来館者から貸し出し依頼が来たら連絡するから、外には持ち出さないようにね」

「ありがとうございます」





 事務室へと戻るエレベーターを待ちながら、池上が私が抱えていた本を取り上げてこちらを覗き込んだ。心なしか不機嫌な表情を浮かべている。


「ねえ日比野ちゃん」

「はい?」

「この『夜を殺めた姉妹』のことって誰かに聞いたの? だから調べてるの?」

「······実は先日、八頭女史から」

「ああ。それでなんだ」

「ちょっとここでは言いにくいので、お話するなら後でがいいんですけど」

「え、ああ、ごめんね。一人で抱え込まないで欲しかったんだ。日比野ちゃんさえ良かったら話を聞くよ」


 池上が少し態度を軟化させた。何だろう?


「池上さん、ありがとうございます。パンもおいしかったです。だから後で感想聞いて下さい」

「うん、分かったよ」


 ようやく笑顔を見せた。

「四谷怪談」の映画や舞台の前には於岩稲荷田宮神社に参拝しないといけない、っていうのありますね。

色んな四谷怪談ものの映画がありますが、やっぱり『東海道四谷怪談』がすぐに思い浮かびます。

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