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あれから3週間、昨夜ついにユユラさんが産気づいた!
この世界では出産は産婆さんを呼んで自宅でするのが一般的だそうで、私も昨日からびっしり神田家に張り付いている。
子供が産まれるまでは仕事も全部休みにして、ユユラさんに付きっきりでいるつもりだ。
産婆さんは50歳くらいの細身の女の人で、長い髪を後ろでお団子にまとめて、黒いパンツとTシャツの上に割烹着のような白衣を羽織っている。
清潔な布をたくさん準備してお湯や消毒液もいつでも使える状態だ。
神田さんもベッドの上でうんうん唸るユユラさんの汗を拭きながら腰をさすっている。
旦那さんが立ち会うかどうかはその家庭によるらしいが、神田さんは双子の時もしっかり立ち会ったのだそうだ。
陣痛の感覚は狭くなってきてはいるが、頚管はまだ少し固く、もう少し時間がかかるらしい。
陣痛の合間に水分を取ったりはしているものの、昨日からほとんど何も食べられていないし、眠ってもいないはずなので心配になる。
ルナちゃんとソラ君の時は初産で双子だったせいもあり3日かかってようやく生まれたとのことで、その時よりはマシだとユユラさんは言うが、早く出てきてくれるのを祈らずにはいられない。
苦しんでいるところは見せたくないとのユユラさんの希望で、ルナちゃんとソラ君は出産直前まで部屋の中には入れてもらえないことになっており、時々神田さんが外に出て面倒を見ている。
そんなこんなでヤキモキすること数時間。
陣痛が始まって既にまる1日経った頃、産婆さんが内診をして、頭が下がってきたからもう少しですよ、と言った。
「ううぅああああっ、はあっ」
ユユラさんは一際苦しそうに呻いて、こめかみには血管が浮き出ている。
「ああっ!あああっ!う、うんっっんっ」
「ユユラ、頑張って」
神田さんが手を握って声をかけるが、ユユラさんは返事をする余裕もなさそうだ。
「じゃあタイミング合わせていきんでくださいね。
いきますよ!はい、いち、に、いきんで!」
「ううーーーー!うー!ああっ、はぁ、はぁ、」
「順調ですからね。頭が少しずつ出てきましたよ。はい、深呼吸して。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
上手ですよ。」
「ああっ、またっ!うっ、うーーー!」
「はい、もう一回いきみますからね。いち、に、いきんで!」
「うううーーーーーー!」
「頭が出ましたよ。1番辛いところは超えましたからね!もう少しですよ!」
「はぁっ、はぁっ…」
産婆さんは慣れた様子で出産をサポートしてくれるが、私は濡らしたタオルで汗を拭いて祈ることくらいしかできない。産婦人科の研修をもっとしておけばよかったと悔やまれる。
「それでは旦那さん、もうすぐ産まれますから、お子さんたちを呼ぶなら呼んできて下さい。」
「は、はいっ!ルナ!ソラ!」
神田さんが慌てて2人を呼びに行き、連れて帰ってきたところで、ユユラさんがまた叫んだ。
「あああああーっ!」
「フンギャー!ンギャー!ンギャー!」
「産まれましたよ!元気な女の子ですね!」
産婆さんが手際良く臍の緒を縛ってはさみで切り、赤ん坊をユユラさんの胸元へ連れて行った。
ユユラさんは汗まみれで髪が顔に張り付き、クマもできてやつれた様子なのに、笑顔で赤ん坊を抱く姿はキラキラと輝いてまるで聖母のように見える。
ユユラさんの目には涙が光っていて、神田さんは号泣だった…
「ゆっ、ゆゆっ、あっ、ありがっとっ、ううううー」
私も泣きそうだったが神田さんの姿を見て涙は引っ込んだ。
「おかあさーん」
ルナちゃんとソラ君がユユラさんに抱きついて赤ん坊を覗き込むと、ユユラさんは2人の頭を撫でてから赤ん坊を2人によく見えるように傾けた。
「妹よ。2人ともお兄ちゃんとお姉ちゃんになったのよ。優しくしてあげてね?」
「「うん!任せて!!」」
2人は嬉しそうに赤ん坊を眺めながら元気よく返事をした。




