第四話 エドリック王
ヴァルモンデの王族はセリーナが知る限りではヴァルモンデ国王エドリックただ一人だ。
兄弟や親族との血で血を洗うような王位継承権争いを制して玉座を手に入れた冷酷な国王それが、ヴァルモンデ国王エドリック・エルダリオン・キングスリーという男だ。
二十代半ばを過ぎているにも関わらず未婚を貫いている独身王であり、セリーナの兄や故国を蹂躙した憎むべき仇敵である。
セリーナの知るヴァルモンデ王についてわかっているのは故国エルシリアに侵攻し、破壊と虐殺の限りを尽くすような冷酷無比な人物であること、王が異常に慎重なのか臆病者だということだ。
慎重なのか臆病者と思った理由としてはセリーナが未だにヴァルモンデ王エドリックの顔は知らない為だ。絵姿も出回っていない上に、王宮に出仕してからも王を見かける機会は一度も無かった。暗殺を恐れているのか、エドリック王はその姿を国民の前に現すことさえ皆無だ。
また、認めたくないがエドリック王は他国に対しては非常に苛烈な一方。自国には善政を敷く優れた君主であることだ。
まるで雲をつかむようで王がどのような人物なのか見えて来ないことにセリーナは苛立っていた。
暗殺は焦らず機会を伺っているが、エドリック王の情報が少なすぎるのだ。
それはアマリアも同様のようだった。アマリアかモントローズ家を通じて定期的に連絡がある。もちろん、内容は検閲を受けているため当たり障りの無いように見せかけているが、実のところはアマリアからの情報提供だ。
アマリアはその商人としての情報網を使って色々と探ってくれているようだ。
しかし、アマリアからもエドリック王がどのような人物なのか情報がまるで無い、とお手上げ状態である連絡が来るのみだ。
こうなったらエドリック王の情報をなんとしてでも入手するしかない。
少々危険だが、セリーナは王の私室のあるエリアへ侵入を試みることにしたのだ。
セリーナは心を落ち着かせるために深呼吸をしながら、王宮の国王の私室があるエリアに侵入するべく、歩みを進めていた。
手にはあくまで仕事であることを装って王宮の庭にある花を十数本携えている。
セリーナの筋書きはこうだ。
王宮に飾る花を持っていた『リリアン』は道を誤ってしまう。知らずに国王の私室のあるエリアへ迷って立ち入ってしまった、ということだ。
国王の私室のあるエリアへはベテランの侍女以外は入ることを許されていないが、王宮で新人侍女が迷子になるのはよくあることだ。
バレないように侵入出来ればよし、出来なければ別の手を考えるまでだ。万が一バレた時は罰を受けるだろうが、その覚悟くらいは出来ている。
幸いにして護衛の交代時間や配置はすべて頭に入っている。その盲点をつける時間帯も綿密にシュミュレーション済みである。
一際豪奢な扉を開けた先が国王の私室エリアである。扉を少し開いて中に誰もいないことを確認した。扉をそっと開き、スルッと扉の内側に体を滑り込ませる。
国民に顔も出さないエドリック王は私室エリアに立ち入り出来る者を極限まで少なくしている。護衛すら私室エリアの外に配置しているくらいだ。
本来一国の王の私室エリアなどこうも簡単に侵入出来る類いのものではないのだが、ヴァルモンデではその限りでは無いらしい。
王の私室エリアはいくつかの部屋がある。さすがにベテランの侍女も口外しないように厳命されているらしく。どの部屋が何の部屋なのかなどはわからない。
試しに一つ扉を開いてみた。そっと扉を音がしないように開くと隙間から覗き込んだ。
どうやらここは図書室だったようだ。
本棚が壁一面に並び真ん中に王が読書を楽しむためのソファーやランタンなどが卓上に並んだ机と椅子などが用意されていた。
しかし、そこにはエドリック王の姿はなく部屋の中は静寂が支配していた。
エドリック王がいないならばこの部屋に用はない。再び音がしないように扉を閉めて次の扉を目指す。
さすがは王の私室エリアというべきか、広いその空間は次の扉まで多少の距離はある。
足音をあまり立てないようにセリーナは次の扉まで急いだ。
そして扉を開こうとドアノブに手をかけたところで、首すじに冷たいものが当たった。
「何者だ」
どこまでも冷ややかなその声の主は一人しか居ない。王の私室に入れる男性などエドリック王自身しかありえない。
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