第三話 リリアン・モントローズ
リリアン・モントローズ、それがセリーナの新しい名前だ。
モントローズ子爵家は『金は無くても歴史と名誉だけはある下級貴族』という代名詞がぴったりな家だった。
世間知らずで人を疑うことも知らない貴族の坊ちゃんがそのまま大人になったような当主に、浪費家で見栄っ張りな当主夫人。そして、その子ども達も似たり寄ったりだ。
当主の遠縁ということで行儀見習いとして王宮に上がる、という設定になっている。
莫大な支援をアマリアから受け取る代わりに『アマリアの義妹』を行儀見習いとして王宮に上げたい、と言えば二つ返事で首を縦に振った。
商家の娘が箔をつける目的でよく使われる手段だけに、あまり疑ってもいないようだ。
『アマリアの義妹』としたのはセリーナとアマリアがあまりにも似ていない為だ。
流れるような黒髪に陶器のような白い肌を持つセリーナと燃えるような赤い髪に健康的な褐色の肌を持つアマリアでは容姿の特徴が違いすぎたためだ。
表向きは『リリアン』はアマリアの継母の連れ子ということになっている。
斯くしてリリアン・モントローズとなったセリーナは子爵家の遠縁の娘として王宮に侍女として潜入することに成功したのだ。
「リリアン、あなた素晴らしいわ。こんなに早く王宮の道順を覚えられるなんて」
先輩侍女であるヴィクトリアからセリーナはそんな賞賛の言葉をかけられた。
さすがは大国ヴァルモンデの王宮というべきか。広さはセリーナの住んでいた王宮より遙かに広く、そして増築に増築を重ねられている為か道が入り組んでいてまるで迷路のようだ。
セリーナも初日はヴィクトリアと一度離れただけで迷子になってしまった。そんな場所だった。
それでも一週間も働けば記憶力の良いセリーナは道順を覚えてしまっていた。
「私ったら方向音痴でしょう?一年経ってようやく覚えのよ」
ヴィクトリアの方向音痴は侍女仲間の間では有名だった。
北に向かうと東に向かったり、逆方向に歩き出したりと酷いものだ。
それでも、仕事はきっちりとしていて隙が無い。そんなヴィクトリアは新人侍女のセリーナの指導員である。
ヴィクトリアは母がエルシリア人らしく髪色は焦げ茶色をしている。
セリーナの容姿からエルシリア人の血を引いた者同士のほうが良いとの配慮だろうか。
エルシリアとヴァルモンデは元々隣国で古くから国交もあった。ヴィクトリアのようにエルシリア人の血を引くヴァルモンデ人も多い。
セリーナもそのおかげで容姿を隠すことなく素顔のままで働けている。
元々深窓の姫君であるためにセリーナ王女の容姿を知る者がいないこともセリーナが堂々と王宮に乗り込めた理由の一つだ。
セリーナの容姿をよく知っていたエルシリアの貴族や王宮の人々は全員ヴァルモンデ王によって殺されているのだから、皮肉なものだ。
『リリアン』としてのセリーナの仕事は下働きへの指示や客人の案内、客人への接客などである。装飾品や王族の衣装を整える役目はもっとベテランの侍女の役目だ。
セリーナがヴァルモンデ王に近づくにはベテラン侍女のような役目を任される必要がある。
総じて侍女は独身の貴族の女性が数年だけ行儀見習いとして従事することが多い。
先ほどのヴィクトリアも来年には結婚が決まっており、その引き継ぎとしての指導員という一面もあるのだろう。
もちろん、持参金が払えないような貧しい貴族出身の女性は独身のまま侍女を続けることもあるが、極めて稀な事例だ。
ヴィクトリア含め、先輩侍女達は結婚して職を辞すれば自ずとセリーナにチャンスは必ずまわってくる。
焦ることは無い。七年も待ったのだ。後数年で憎いヴァルモンデ王の喉元にナイフを振り下ろすことが出来るのだから、待つことなどたやすい。
そう考えていたセリーナにチャンスが訪れるのはそれからたった数ヶ月後のことだった。
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