第二話 決意
あれから二年が経過した。アマリアの商売は軌道に乗り、順調に顧客を増やしていた。珍しい女性だけの商人ということで最初はグランデリアの人々も警戒をしていたが、アマリアの卓越した商売勘とセリーナの知識でなんとかグランデリアで成功を収めることが出来た。
最近では、グランデリアの上流階級からもお声がかかるようになってきた。それはアマリアの手腕はもちろんあるが、貴族の物の考え方を熟知している『王女』であったセリーナもいたからこそ出来たことだ。
アマリアは旅の商人であった頃も優秀な商人だったが、あくまで庶民や中流階級が顧客の中心だった。
上を目指すアマリアにはセリーナのような上流階級出身の相棒は必須といえたが、そんな存在がそのあたりに常識で考えれば転がっているはずもない。
ほとんど行き倒れに近いセリーナに興味が惹かれて、助けたのはまさに一流の商人として勘のようなものだった。
最初こそ利用できる人材くらいにしか思っていなかったセリーナに家族のような、友人のようなそんな愛着が沸いてしまったのは合理的なアマリアらしく無い。
だが、一方で情熱的な部分も併せ持つアマリアらしいとも言えた。
だからこそ今もアマリアの気持ちは変わらない。
セリーナには商人として生きて、気の優しい男とでも所帯を持って、そんな当たり前な幸福を手に入れてほしい。
セリーナは友人の贔屓目に見ても美しい女性だ。
柔らかくしなやかで、指先で触れると絹のような滑らかさを持ち、光に当たるとその輝きは瞬く星々のように煌めくような真っ黒な闇夜のような黒髪。
長く腰まで伸びたその髪は風に揺れるたびに髪がなびき、空気中に軽やかな舞いを見せる様子は、見る人を惹きつけてやまない。
碧色の瞳は、澄み切った空のような青さを持ち、穏やかな海のような澄み渡った美しさがある。見る者を深淵に引き込むかのような、神秘的な光を宿すその瞳に見つめられた男性で赤面しなかった者をアマリアは知らない。
紅い唇は、若い彼女の瑞々しい美しさを引き立たせていただが、一方で一輪の花のような儚さと妖艶さを併せ持ち、その少女とも女性とも言えないような魅力が彼女にはあった。
そんなセリーナを見つめる男は多い。中には気の優しい純朴な男もいる。
そんな男と恋に落ち、穏やかな生活を送って欲しい。
そうつい願ってしまうのは無理からぬことだ。
しかし、セリーナ自身がまったくそんなことを望んでいないこともアマリアにはわかっていた。
「そろそろ王宮に侵入しようと思っているの」
セリーナがそんなことを言い出したのは商売が成功し、三年目を目前にした冬のことだった。
アマリアはそろそろそんなことを言い出すだろうとわかっていた為かそこまで驚きはなかった。
「そろそろかとは思っていたよ。で、どうするんだい?」
「王宮の侍女として働けるように貴族の身分を詐称するつもりよ」
「まぁ、妥当なところだね」
アマリアは深いため息をついた。貴族の身分を詐称するのは犯罪だ。それに、王宮に一度上がればセリーナは復讐を決して諦めることは無いだろう。
アマリアはまだ心のどこかでセリーナが諦めてくれるかもしれない、と思っていた。だが、セリーナがもう止められないところまで来ていることをようやく理解したのだ。
こうなってはアマリアももう腹を括るしかない。
アマリアは戸棚の引き出しから布紙を出してきた。
王族であったセリーナにとっては紙といえば『羊皮紙』であったが、庶民が使う『布紙』にはこの七年ですっかり見慣れてしまった。古い布を細かく砕いて作られたそれはゴワゴワして書きにくい上に耐久性も低い。それでも庶民の間では貴重な媒体であることは間違いない。
アマリアはその布紙をセリーナの前にそっと差し出した。
「これは?」
「情報屋から『没落した歴史と名誉はあるけど、金銭的に困窮している下級貴族』のリストを貰ったんだ。この中のどこかに金銭援助と引き換えに身分詐称を手伝って貰おうと思ってね」
布紙には十ほどの家名が記載されていた。そしてその特徴や当主の年齢、家族構成や趣味、国王への忠誠心や思想、派閥など細かな情報が書き込まれている。
「アマリア!これって」
「言ったろ?協力するって」
もう反対しないよ、とアマリアは寂しげに笑った。
いつも豪快なアマリアの力ない笑みに、セリーナも動揺を隠せなかった。
それでもセリーナは立ち止まることは許せない。
「でもね、あんたはエルシリアの王女。正体がバレれば命は無いわよ。これから行くのは敵の本拠地だってわかってる?」
「わかってる。でも、エルシリアを復興させるまでは私は死なないわ」
ヴァルモンデに『復讐』を果たして王を弑し、その混乱に乗じて難民を率いて反乱を起こし、エルシリアの領土を取り戻す。それが、セリーナの計画だ。
王族は悉く殺害され、生き残ったのはセリーナただ一人。貴族で生き残った者はヴァルモンデに帰順したか、女子どもだけだ。
セリーナを除いて『エルシリアを復興』を成し遂げられる者など存在しないのだ。
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