プロローグ
風は荒れ模様の大地をなぞり、遥か彼方に広がる廃墟が凛とした沈黙を纏っていた。かつて栄華を誇ったエルシリア王国は、闇に飲まれ、過去の栄光は影の中に埋もれていた。
この亡国の地にひとり立ち尽くすセリーナは、深い碧色の瞳で廃墟を見つめていた。彼女は亡き兄、ハーランド王の妹であり、エルシリアの最後の王女だった。彼女の心には復讐の炎が燃え盛り、滅ぼした者たちへの憎しみが胸を覆っていた。
(お兄様・・・わたくしは必ず)
過去の記憶が脳裏によみがえり、セリーナは故国エルシリアの栄光を取り戻すことを誓った。その為には故国を滅ぼしたヴァルモンデの王をこの手で弑し、復讐を果てさねばならない。
ギュッと握られた拳は『蝶よ花よ』と育てられた王女に似つかわしくなく、あちこち傷つき日に焼けている。
それだけでエルシリア王国滅亡後に彼女が辿った運命の過酷さを物語っていた。
それでも彼女が今日まで生きてこられたのは親友であるアマリアのおかげだ。
王宮が陥落し、たった一人で生き延びたセリーナにとって外の世界は地獄のようだった。世間知らずなお姫様に過ぎないセリーナが貞操以外のすべてを失って、浮浪者と変わらない状態であった時に旅の商人であるアマリアに出会ったのは幸運の極みとしか言えない。
あれから五年経ち、十五歳のか弱く世間知らずだった『セリーナ王女』は存在しない。
ただのセリーナとなった今のセリーナにはまだ、復讐を果たせるほどの力はない。
だが、この五年でセリーナは大きく変わった。
(お兄様、天国から見ていてください)
兄であるハーランド王に墓はない。だから王宮だったこの廃墟は兄の墓標とも言える。
跪き祈りを捧げる姿はさながら聖女のように神聖であったが、彼女の胸中にあるのはどす黒く塗りつぶされた『復讐』の文字である。
セリーナは立ち上がると、廃墟に背を向けた。
復讐を果たす為に。




