第九話 ネコとカリカリ
■陸軍参謀本部
電信教導大隊の北川大佐からネコ投入作戦に目途がついたとの報告を受け、参謀本部の面々はこれで大丈夫と一安心していた。だがここに来て別の問題が持ち上がった。
それはある参謀の何気ない一言から始まった。
「ところで……ネコは何匹くらい集めるんだ?」
参謀本部はもちろん戦争全般の兵站についても扱っていたが、ネコは兵士でも兵器でもないため前例が無い。そのためネコをどのくらい、どのように集め、どう展開するかは彼らの思考の外にあった。
彼らは電信教導大隊に命令(押し付け)した時点で全て終わったつもりになっていたのだった。
「ネコの所要弾数か。確かネコを送り込む目的はロシア兵の無力化だったな」
「ああ、ロシア兵をネコの虜にさせて戦う気力を無くさせるというのが田村閣下の作戦だ」
「ネコを信じよ……ネコと和解せよ……」
ちょうど手持ち無沙汰だった他の参謀らも会話に加わる。どうやら例のネコ派参謀も居る様だ。
「ならば一人一匹という訳か?」
「なんという天国!」
「いやいや、なにもロシア兵全員にネコを与える必要はないだろう」
「たしか兵棋演習では2割損耗でその部隊は戦闘継続不能という判定だったな」
「ならば仮に目標が旅順要塞だとして、そこのロシア兵の2割にネコを届ければよいか?」
「まぁ妥当な所だな。おい、旅順に籠るロシア兵は何人くらいだ?」
「海軍は別にして、およそ5万人といった所だ」
「5万の2割だと1万人か。つまり1万匹のネコを送り込めば良い訳か……って、一万匹だと!」
「おいっ!どうやって1万匹もネコを集める!?損耗も考慮すればその2、3割は余計に必要だぞ!」
ネコを送る手段が決まり作戦が現実味を帯びてきた所で、参謀達は最も基本的な所をまるで検討していなかった事に気づいたのだった。
「飼い猫は少ないぞ。知っての通り世間はイヌ派が主流だ」
「ネコへの態度を悔い改めよ……」
「野良を集めればどうだ?なんとかならんか?」
「人に馴れたネコじゃないと意味ないだろう」
「いやいや、嫌がる女を無理やりヤるのも悪くないぞ。馴れていないネコも同じようなもんだろ」
「誰も貴様の趣味なんぞ聞いておらん!」
「ていうか最近本部内で起きてる連続女性職員暴行事件の犯人はお前か!」
「誰かこいつをすぐに通報しろ!」
官憲に引っ立てられていく参謀一名を見送りながら、残った参謀達は議論は続けた。
「……さて、1万匹を超えるネコとなると簡単には集められんな」
「徴発するしかないな。すぐにネコ回収令の手続きをはじめよう。時間もない。勅令にできるように動くか」
こうして参謀本部はとりあえずネコを全国から集めるため、大昔に出された徴発令に基づき『ネコ回収令』を発布する事にした。
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◆徴発令 明治十五年八月 太政官布告 第四十三号
徴発令ハ戦時若シクハ事変ニ際シ陸軍或イハ海軍ノ全部マタハ一部ヲ動カスニ方リ其所要ノ軍ノ需ヲ地方ノ人民ニ賦課シテ徴発スルノ法トス
◆ネコ回収令 明治三十六年 勅令第十二号
朕ネコ回収令ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
本令ニ於テ回収物件トハ白ネコ、黒ネコ、三毛ネコ、寅ネコ、雉寅ネコ、洋毛ネコ等、人ニ馴レタルネコニシテ閣令ヲ以テ指定スルモノ謂フ
閣令ヲ以テ指定スル回収物件ヲ所有スル者ハ、閣令ヲ以テ指定スル施設ニ速ヤカニ譲渡ス
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回収令の発布後、自分のネコが御国の為になるならばと全国津津浦浦から期待した以上のネコが寄せられ参謀本部の面々を安堵させた。
尚、実際にネコを集め、運び、世話をするのは全国各地の師団の輜重科が担当することになる。彼らはその後、空前絶後の苦労をすることになるのだが、本筋とは離れるため本稿では触れないでおく。
ちなみに回収令では可能な限りネコの安全は確保し、作戦後には持ち主に返還されるものとなっていた。このため国民は割と気軽にネコを差し出したのだが、このことが後に大きな騒動を引き起こす遠因となる。
「ネコを集める方は徴発で何とかなりそうだが……集めたら餌も大量に必要になるぞ」
「ネコの餌なぞ、残飯でいいだろう?」
「1万匹だぞ。兵隊の残飯では足りんだろう」
「それに一度に一万匹を送り付ける訳ではない。作戦終了までネコを養うには、餌も運搬や保管が簡単にできる必要があるな」
「メザシとか干し魚だと保存はききそうだが……少々嵩張りそうだな。扱いも面倒そうだ」
悩んだ参謀達は、ネコの餌については民間に丸投げすることにした。つまり製品を公に募集したのである。募集はネコ回収令と同時に公布された。
ネコ餌として陸軍の出した要求仕様は、『ネコが喜んで食べ、栄養価に富み、保管輸送が簡単で、かつ保存のきくもの』というものだった。もちろん可能な限り安価であることは言うまでもない。
この高い要求仕様にも関わらず手をあげた会社は多かった。そして最終的に陸軍の注文を勝ち取ったのは静岡のとある鰹節業者だった。
その会社は鰹節の製造過程で出る廃棄部位を利用することで安価にネコ餌を製造する事を提案したのである。
鰹の廃棄部位を粉砕、結合剤を混ぜて粒状に成型し、鰹節の炉で加熱殺菌を兼ねて燻製された製品は、戦後に一般にも販売され大好評を得ることとなる。
ネコが美味しそうに食べる様子から、その餌は「カリカリ」と愛称されるようになり、現在ではペレット状のネコ餌を指す一般名詞となっている。
カリカリを考案したこの会社は現在も存続しており、今では犬猫用を中心にペットフードを手広く扱う業界トップの企業に成長している。
ちなみその社名から100人乗っても大丈夫な物置を作る会社と混同されがちだが、まったく関係のない別会社である。
近年その会社が発売したチューブタイプのペースト状のネコ餌は、ネコがまるで麻薬中毒患者みたいに夢中になるほどの悪魔的魅力を持ち、ペット市場で大好評を博しているという。
とにかくこうして着々とネコ投入作戦の準備が進む一方で、二宮は自らの夢である有人動力飛行の実現に向けて研究を続けていた。
CIA〇ちゅ~るのCMみてると、異常にネコの食いつきが良くて少しビビりますよね。一時期あのCMソングが癖になってカラオケでも歌いました。
次回、いよいよ二宮忠八が空を飛びます!
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