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第七話 ネコと落下傘

 研究所が始動すると(とは言っても所長兼研究員の二宮一名に工作や実験の助手が数名居るだけだが)、二宮はすぐにネコ投入作戦に使用する機体の設計に着手した。


 彼はこれをわずか二月で完成させ、その機体は試験を経て三六式飛行器として制式化された。


 それは先日のカモメ型飛行器を基本的に拡大した機体だった。ネコを抱えて長距離を滑空するため主翼を大型化し、その直下にネコを収める籠を抱えている。


 その姿から二宮はこの機体を「コウノトリ型」と名付けた。


挿絵(By みてみん)


 この機体は二宮がこれまで作った飛行器の中で最大のものであったため、設計にあたり軽量化に非常に注意が払われている。


 例えば胴体は単純な一本の棒に見えるが無垢の木ではない。杉と桐の薄板をロの字に張り合わせた中空の四角柱となっており強度と軽量化を両立させている。使い捨て用途であるため前後脚も省略され牽引フックだけが機首についている。




 主翼は竹の主桁に桐のリブを組み合わせて構成されている。強度の関係で外翼のみテーパーと上反角が付いているが、その大きさから保管や運搬を考慮して内外翼で3分割できる構造になっていた。


 翼面は紙貼りだが、戦地で雨に濡れる可能性があることから柿渋で強化され、主翼自体の強化と空気抵抗低減のため主翼下面にも張られている。


 その翼型も専門書を参考にカモメ型の単純キャンバー翼から前縁20パーセントの位置に最大翼厚がくる翼型に進化している。




 ネコを納める籠は空気抵抗を考慮した蚕の繭のような形状で、軽量なラタンを編んで作られていた。


 これを主翼直下の重心位置にぶら下げるが、最終的な重心位置は主翼の取付位置で微調整される。この辺りは現代のゴム動力機と同様である。




 機体の大きさは全長1.5メートル、翼幅2.8メートルもあるが、ほぼ全てが木と竹と紙で出来ているため自重はわずか2キロに過ぎない。ネコを搭載しても総重量は7キロ程度に収まる見込みであった。




 尚、二宮は帝大の田中館教授から借りた書籍の数値を参考に機体を設計したが、スミートン係数をはじめ現代ではその多くが不正確である事がわかっている。だが幸いコウノトリ型飛行器は機体が軽く小型であったことから大きな問題とはなっていない。


 また、後年になるが二宮は研究所で試験を繰り返す事で、正確な係数の算出や翼型の研究等、多くの成果を残すことになる。




■1903年(明治三六年)3月

 東京 青山練兵場


「こりゃあ、本番ならネコは無事ですみませんね……」


 幾度目かの飛行試験の後、河野大尉がため息をついた。北川、河野、二宮の三人の前には着陸で破損した機体が横たえられている。


 当初、ネコは機体が地面に落ちた時に籠が開くことでリリースされる計画だった。しかし着地の衝撃は彼らが予想した以上に大きかった。


 試験でネコの代わりに籠の中にいれられていた陶器の招き猫は粉々になっている。これが実戦ならネコは間違いなく死んでいただろう。


「籠の中の詰め物を増やしますか?」


 籠の中には乾燥したシロツメクサを緩衝材がわりに詰めてある。河野その量を増やしてはと提案した。


「いや、もっと抜本的な対策をしないと無理だろう」


 粉々になった招き猫の破片を拾って北川が首を振る。


 滑空機は揚力と抗力の合力が重力と釣り合った点で等速滑空飛行を行う。二宮の設計した機体では試験の結果、およそ時速50キロで滑空する事が分かっていた。この速度で地面に激突すれば、多少の緩衝材があった所でネコが無事では済まないのは当然である。


 ロシア人の陣地に彼らの愛するネコの死体を届けたのでは、却ってロシア人の怒りに油を注ぐだけである。三人は頭を抱えた。


「それに下手したら目標地点を飛び越える可能性が高いぞ」


 二宮の機体の設計は優秀だった。いや、優秀過ぎた。以前に田中館がリリエンタールの例を挙げて300メートルの高度から飛ばせば4000メートル飛ぶと概算して見せた。だが二宮の機体の滑空比は20近い。つまり倍は飛びそうな勢いである。


「仮に目標が旅順だったりしたら飛び越えた先は海ですね……ネコを溺れさせるのも寝覚めがわるいですよね……」


 三人は再びため息をつくと黙り込んだ。




 練兵場からの帰り道、夕陽に照らされながら三人はトボトボと砂利道を歩いていた。難題の解決策が見つからず三人は終始無言である。


「そういうたら大佐殿らは元々、気球を運用しとったんぞなもし?」


 沈黙に耐え切れず、気分を変えようと二宮が話題をふった。一応軍属になったのだが二宮の態度や口調は相変わらずである。


「ああ今も河野大尉の方で準備を進めている。そっちは順調と聞いている。そうだな?」


 ホッとした様子で北川が答える。


「はい、今は芝浦製作所で改良を進めている所ですね。分隊の編成も済んでます。だから気球の方はなんとかなりそうです」


 話を振られた河野も助かったという表情だった。


「気球って、めっちゃ高うまで上がる思うんじゃが。どのくらいの高さまで上がるんじゃ?」


 二宮は気球については詳しくないので純粋に興味があった。


「50メートル以上はあがるな」


 二宮の問いに河野は少し誇らしげに答える。


「えっ!そなぁに!だって気球には人が乗るんじゃろ?もし、もしじゃよ、軽気が漏れたりなんかしたらどうするんか?何か脱出手段って有るんか?」


「一応はある。落下傘といって傘みたいなものにぶら下がって飛び降りるんだ。本邦ではまだ試した事はないが、海外では実際に無事脱出できた実例がある。うちもいずれ試験する予定だ」


 驚く二宮に河野は落ち着いた様子で答えた。


「なるほど落下傘か……ネコも同じように飛行器から落下傘で降ろせたら万事解決なんだがな」


 北川も会話に加わる。


「確かにそうですね。でもどうやって落下傘を開かせます?」


「ネコが自分で落下傘開いてくれれば楽なんじゃけどね」


「それはもっと無茶な話だろう。そもそも大体どうやって敵陣の真上ちょうどでネコを落とすんだ?」


「うーん、飛行器の速度はある程度決まっとるけん……時間が分かったら飛行距離は分かるよね。ほうじゃけん発射から一定の時間でネコ籠が切り離される仕組みがあったら何とかならんかな……」


 うーんと唸って二宮が案をだす。


「なるほど一定の距離か時間で作動する装置か……時計のゼンマイを使えば出来ん事もないが部品代が高くなるしな……そう言えば最近の砲弾の信管にもそんな物があった気がする。もう一度、大阪に相談してみるか!」


 こうして北川と河野に二宮を加えた三人は再び大阪砲兵工廠へと向かった。




■大阪砲兵工廠


「なるほどゼンマイ仕掛けを使わずに時間差で作動する仕組みか。ふむ、出来んことはない。おい、海軍さんの例の奴を持ってこい」


 再び相談を受けた川合大佐は部下にあるものを取ってこさせた。


「これは?」


 数分後、3人の目の前には円筒形の金属の塊がおかれていた。


「こいつはな、発射から一定時間は砲弾が爆発しないようにする安全装置のついた信管だ。最近海軍さんが開発したものだ。確か伊集院式と言ったかな。陸軍でも榴弾に使えないかと考えている」


 そう言って川合は信管を裏返す。そこには螺子の切られた中心部と、そこに嵌められた蝶型の部品があった。


「現代の大砲は施条ライフリングがあるから砲弾は回転しながら飛んでいく。そのくらいは知っているだろう?」


 3人の表情を確認して川合は螺子部に付いた蝶型の部品を指さした。


「中のこの部品は重くできていてな、慣性によって回転に逆らう力が強い。つまり発射後、砲弾の回転と逆方向に回りながら螺子を下がっていく事になる」


 川合が指で錘を弾くと、それはクルクルと回りながら螺子に沿って動いていく。


「そして一番底に来て錘が外れた所で砲弾が起爆可能になると言う仕組みだ。海軍も面白いこと考えたものだ」


 カランと外れた部品を見て3人はなるほどと頷いた。だがすぐに問題に気付いた河野が質問する。


「大佐殿、理屈は理解しました。しかし砲弾と違って飛行器は回転しません。この機構は確かに素晴らしいですが我々の目的には使えないのでは……」


 河野の質問に川合は首を振る。


「俺は一定時間後に作動する機構の一例を披露しただけだ。あとは自分たちで考えてくれ」




 大阪砲兵工廠を辞した3人は、再び黙って歩いていた。川合の見せた信管で何か解決の糸口が見えたような気がしたが、具体的な方法が浮かばばい


「やっぱりゼンマイを使うしかないか……」


 半ば以上そう思っていた三人の目の前を地元の子供たちが走っていった。その掲げられた手には小さな風車が握られている。走る風で風車が回るのが楽しいらしい。子供たちはキャッキャッと笑いながら走り去っていった。


「そうか!風車じゃ!」


 子供らを眺めていた二宮が突然ポンと手を打った。


「風車?それがどうした?」


 北川と河野が怪訝な顔で二宮に尋ねる。


「なにも回す力は慣性じゃのうてもええんじゃよ!風速が、つまり速度が一定なら風車も一定の速度で回るじゃろ!ほうじゃけんその回転数えちゃれば距離も測れる!」


 おお!と北川が喜ぶ。だがすぐに河野が冷静に疑念を呈した。


「理屈は分かりますが、風車じゃ螺子を回すほどの力は無いでしょう?それに信管と違ってずっと長い時間を測る必要があります。それだと機構が大きくなってとても機体に積めないのでは?」


「正確に測る必要はないじゃろ。ロシアの陣地って広いけん、そのどこぞにネコが落ちるくらい適当でええぞなもし。くるくる回る風車の軸で糸でも巻き取らして、糸が切れたら籠が外れる仕掛け作ったら……」


「なるほど!糸の長さを調整してやれば距離の調節も簡単にできるな!」


「「「これなら出来る!!」」」


 解決策の見えた三人は喜んで肩を叩きあった。




 単純な距離計測装置と籠の切り離し機構とネコ用落下傘はすぐに製作され試験も行われた。距離の誤差は数百メートル以上となったが実用上は問題なしとされた。落下傘でネコが安全に降下する事も確認されている。


 最終的に機首に距離計測用の小さなプロペラと糸巻きを追加した機体が三六式飛行器Ⅱ型として制式化された。そしてこの機体が後に旅順要塞攻略戦に投入されることとなる。


挿絵(By みてみん)


 こうしてネコを送り届ける機体は完成した。


 だが実はこの機体をどうやって飛ばすかという一番大きな問題が残されていることに彼らはまだ気づいていなかった。

ゼンマイの方が正確でしょうが、小さなゼンマイを使う当時の懐中時計は安いものでも5円ほど、物価も考慮すると今の価値で10万円ほどになります。それほど正確性を求めないなら安い方が良いですよね。


作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想や評価をお願いいたします。

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[良い点] 何にせよ最初にやると試行錯誤の連続になりますね。 (弩級戦艦でも砲塔配置で設計者の苦労が見えますから) [気になる点] 一つ気になったのが、資料が不明なのですが、旅順要塞上空は気流が不安定…
[気になる点] カタパルトの制作かぁ しかし、これは難題だな。 それともROTAを一足飛びに開発してしまうか。
[一言] >ロシア人の陣地に彼らの愛するネコの死体を届けたのでは、却ってロシア人の怒りに油を注ぐだけである そこまでロシア人がネコスキーなら、気球に瀕死の子猫を吊るしてロシア人陣地の前に浮かべるって…
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