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第四話 ネコと飛行器

■1902年(明治三五年)12月

 東京 電信教導大隊


「気球もダメ、大砲もダメ。さてどうする……なんとかネコを敵陣に送り届ける手はないものか……」


 大阪砲兵工廠から戻った北川は再び頭を抱えていた。


「陸路を使えれば楽なんですがね……」


 河野もため息をついた。いつの間にか今回の件の専属に命じられてしまった彼も同席させられている。気球部隊の創設といい面倒事を押し付けられやすい性格なのかもしれない。


 旅順要塞をはじめロシア軍は陣地周辺を塹壕と有刺鉄線で構成された広大な防御線で囲っているらしい。塹壕の各所には機関銃が配置され、更にその内側には要塞の本体たる永久堡塁から大小の砲がにらみを利かしている。


 とてもでないが陸路からネコを送り込むことなど出来るはずがない。


「陣地の外から地下坑道を掘ったらどうでしょうか……」


 空も陸もだめなら、地下はどうかと河野が言ってみた。


「陣地の縦深がどれだけあると思ってるんだ。掘るのに一体どれだけ掛かることやら。それに間違いなく音で気づかれるぞ」


 古来より坑道掘削は要塞攻略法の定番の一つである。ロシア側も当然ながら坑道作戦には注意しているはずであった。


「ですよね……やっぱりどう考えても空からネコを送るしかないですね」


「その通りだ……だが、その手段が見つからん」


 暫く二人はうんうんと悩み続けた。そうやって小一時間たった頃、そうだと河野が顔をあげた。


「ん?どうした?何か良い案が浮かんだか?」


「はい大佐殿、こうして悩んでいても埒が明きません。良い案を思いつかなければ、誰かに知恵を借りればいいんですよ」


 一応、心当たりは有りますという河野の言葉を信じ、北川は河野とともに東京帝国大学へと向かった。




■1902年(明治三五年)12月

 東京帝国大学


「待たせたかな?前の会議が少し長引いてしまってね」


 応接室に見事な髭をたたえた和服姿の初老の男性が入ってきた。


「いえ、とんでもございません!こちらこそ急に押しかけたにもかかわらず、時間を割いて頂きありがとうございます」


 北川と河野は慌てて立ち上がると頭を下げた。実は二人は1時間ほど待たされていたのだが、そんな事はおくびにも出さない。


 相手は帝国大学の教授、勅任官三等、軍の階級で言えば少将に相当する。大佐大尉風情が気軽に声掛けできる存在ではない。礼を欠く訳にはいかなかった。


 河野の言った心当たりとは、東京帝国大学の田中館愛橘たなかだてあいきつ教授であった。本来は地磁気を専門とする地球物理学者であるが、それ以外にも地震、電磁気学など研究分野は多岐に渡り、その全てに目覚ましい成果をあげる天才であった。


 陸軍との関係も深い。河野の進めている気球部隊の創設も田中館教授の指導を仰いでいた。その関係で田中館は航空関係の技術動向にも明るかった。




「ふむ……ネコの効果はさておき、難しい問題ですな。君らの言う通り、確かに道は空しかないようだ」


 一通り北川と河野の話を聞いた田中館は立派な顎髭をしごきながら目を瞑った。


「はい教授。我々も知恵を絞りましたが良い案が浮かびません。そこで恥を忍んで何とか教授のお知恵を拝借したいと参りました」


 二人は縋るような目で田中館に懇願すると再び頭を下げた。


「まぁまぁ二人とも、とにかく頭を上げて。手が無い事はない」


 目を開いた田中館が優し気な声をかける。


「なんと!」

「その手とは!?」


 田中館の言葉に北川と河野はガバっと頭をあげた。


「なに、空を飛ぶ手段は気球だけでは無いと言う事だ」


「もし教授の仰る手というのが空中船や飛行器の事であれば……我が国にはそのどちらも有りませんが……」


 北川が不安げに尋ねる。




 海外では半世紀ほど前より飛行船(空中船)の開発が始まり、既にドイツやフランスで実用に耐える硬式飛行船が運用されはじめていた。だが残念ながら日本では気球がようやく注目され始めた所であり、海外から大きく遅れていた。


 飛行機(飛行器)についても、世界中の発明家達が人類初の動力飛行を目指して競っている時機である。当然ながら今の日本にあるはずもない。


 北川と河野は、やはりそう簡単に良い案は出てこないかと落胆した。


 だが田中館の考えは違っていた。田中館は立ち上がると背後の書棚から2冊の本を取り出した。


『航空技術の基礎としての鳥の飛行』

(Der Vogelflug als Grundlage der Fliegekunst)

 オットー・リリエンタール著 1889年


『飛行器械の進歩』

(Progress in Flying Machines)

 オクターヴ・シャヌート著 1894年


 その2冊は当時最先端の航空技術をまとめた本だった。田中館はそれら貴重な書籍を海外の知己を通して入手していた。




 田中館はリリエンタールの書を手に取るとパラパラとページをめくり、あるページを北川らに見せた。そこには動力のない初期のグライダーの絵図があった。


「たしかに空中船も飛行器も我が国には無い技術だ。だが今回の目的では細かな操縦など要らんだろう?真っ直ぐ飛べさえすれば用が足りる。ならば単純な滑空機でも目的達成は可能だ。そのくらいなら我が国でも作れるかもしれん」


「おおっ!」


「このオットー・リリエンタールという男は滑空機で15メートルの高さの丘から200メートル以上飛んだそうだ。単純計算でも300メートルほどの高さから飛ばせば4000メートルほど飛べることになる」


 リリエンタールは、1896年に実験中に墜落死するまで2000回以上もの飛行実験を行い最長で250メートルの飛行にも成功している。彼は実験で得られた様々なデータを記録し残していた。そのデータはライト兄弟をはじめ世界中で動力飛行を目指す発明家に参考にされていた。



 次いで田中館はシャヌートの書を手に取った。


「こちらのオクターヴ・シャヌート卿は今もこうして最新の飛行器技術を集め研究をしておる。この本を読めば必要な理論や数値は得られるだろう」


 オクターヴ・シャヌートもリリエンタールに並んでグライダーの父と呼ばれている。


 自身は機体の製作を行わなかったものの、基礎的な実験だけでなくリリエンタールを始め多くの研究者のデータを集め研究し公開している。当時、空を目指す者の間ではシャヌートの文献は必読書と言えた。




 田中館は二冊の本を北川の前に押しやった。


「つまり滑空機でネコを送るという手はどうかな?必要な知識はこの中にあるはずだ。とりあえず今日の所はこの本を君らに御貸ししよう」


「おおおっ!!」


 暗闇に一筋の光明が見えたことに北川と河野は喜んだ。


 こうして、飛行器(滑空機)を用いてネコをロシア軍陣地に送り届けるという方針は定まった。


 だがこれが新たな苦難の始まりに過ぎないことを北川と河野はまだ気づいていなかった。

以前に「怪獣大戦1941」の感想欄で高等官について教えて頂いたので、田中館教授と北川大佐の会話はその階級にあわせたものにしてあります。当時の大学教授って身分がとても高かったのですね。


作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想や評価をお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 飛行器(機)が本命でしょうが、凧とか龍勢とかも良いかも。徴兵でいろんな人が揃っているから凧上げ名人で中隊くらい作れるでしょうし、秩父や静岡出身で龍勢ロケットに詳しい人も居るかも。
[良い点] うーむ。 大きなスピーカーでネコの鳴き声をロシア兵に聞かせるだけでも 効果は大きそうですよね。 グライダーがエンジン付きグライダーに進化すればいいなぁ。
[良い点] 20年以上早くグライダー部隊が誕生しますかw (猫輸送の為とはいえ……) [一言] 「プロジェクトX」と言うより、「チキン・ラン」(大脱走宜しく養鶏場がら逃げ出そうとするニワトリのドタバタ…
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