表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

第十四話 ネコと水師営

 コンドラチェンコの司令部奪還作戦が失敗した翌日には盤龍山堡塁、望台陣地もネコ塗れになり降伏した。そしてついに旅順司令部のある旧市街にもネコが降り注ぐ様になった。


 それから五日後、旅順要塞に籠るロシア軍は『兵士の安全とネコの(みんなネコと一緒に)自由を保障する(居ていいよ)』という条件で日本軍に降服した。


 この際、第三軍はついでとばかりに部隊に残っていたネコとカリカリを全て捕虜たちに分け与えてしまった。


 乃木らは良かれと思ってたやった事であり輜重科もネコの世話から解放されて喜んだが、後にこれが大きな過ちであった事に気付くこととなる。




 ちなみに驚くべき事に本作戦で死亡したネコは一匹も居なかった。


 どんなに離れた所にネコが落ちてもロシア兵はネコを回収し(日本軍はそれについては妨害しなかった)、落下傘に異常があれば身を挺してネコを受け止めたからである。


 海に落ちたネコも居たが、それはロシア太平洋艦隊がその全力をもって確保した。その残存艦も同日、同条件で降服している。


 こうしてネコの活躍により旅順攻囲戦はわずか一月足らずで終結したのであった。





■1904年(明治三十七年)9月

 水師営


 この日、第三軍司令の乃木希典大将は元旅順要塞司令のステッセリ中将と会見を行うこととなった。ステッセリたっての希望である。


 乃木ら日本側の面々が会見に指定した家の庭に入ると、その到着に気づいたのかステッセリらも建物から出てきた。


 乃木がふと横を見ると庭のなつめの木に一頭の白馬が繋がれている。


 それは見事な白馬だった。標準的な日本の軍馬より大きな体躯にもかかわらず伸びやかで均整がとれている。その全身は鬣から尾まで抜けるように輝く白毛で覆われていた。


 馬好きな乃木は白馬に近づき首筋を撫でた。白馬は暴れることもなく思慮深げな黒い目で乃木をじっと見つめる。


「見事な馬だな」


 乃木は思わず感嘆の言葉を零した。


「ステッセリ中将からの贈り物です」


 ロシア側の事務官の言葉を通訳の川上俊彦が訳して乃木に伝える。乃木はステッセリに丁寧に謝辞を伝えた。


(にゃーにゃー)(にゃーん)


 その時になって初めて乃木は庭を何匹ものネコが歩き回っていることに気づいた。ネコの声は建物の中からも聞こえてくる。


 とにかく乃木らはステッセリらと簡単に挨拶を交わすと建物の中に入った。そして改めてテーブルを挟んで向かい合う。


(ゴロゴロゴロ)(にゃー)


 やはり室内にも当たり前のようにネコが歩き回っていた。テーブルの上にも当然の様にネコが丸くなっている。部屋の隅には皿に盛られたカリカリを美味しそうに食べているネコもいる。


 このネコ塗れのカオスな状況に乃木をはじめ日本側の出席者は一様に顔を引き攣らせた。だがロシア側は全く問題ないようだった。ステッセリはテーブル上のネコの背をごく自然にナデナデし、参謀らも胸に抱えたネコのアゴ下を指で優しくカキカキしている。


(連中は本当にネコスキーなのだな……)


(はい……私も正直ここまでネコスキーだとは……)


 ロシア側からの要望で会見に同席することになった電信教導大隊の北川大佐は、同じく同席している河野大尉に顔を寄せ小声で話しかけた。ちなみに二宮は軍属のため呼ばれていない。


 二人とも参謀本部の無茶な作戦をなんとか実現し日本の勝利に貢献できたのは嬉しかった。しかしいざ目の前にその結果を見せられるとネコの魔力とロシア人のネコスキー度合いに畏怖すら感じていた。




 テーブルを挟んで座るロシア側の将官らは皆、整った軍服に剣も佩いでいた。その立派な出で立ちはとても敗軍の将に見えない。これは事前に日本から第三軍に送られた電文によるものであった。


「陛下は将官ステッセリが祖国のために尽くしたる功を保たしむべきことを望まらせる」


 陛下はステッセリらロシア側将官の尊厳が保たれる事をお望みであった。指揮下の兵がネコに絆され満足に戦うことも出来ないまま降服せざるを得なかったステッセリの事をとても不憫に思われていたのである。


 実態はそのステッセリ本人が一番ネコに腑抜けにされていたのであったが。


 ちなみに陛下をはじめ日本の皇族方はガチガチのイヌ派である。それにも係わらず陛下はまことに慈悲深い事にステッセリらロシア側将官の事を大層気にかけられていた。彼らが粗略に扱かわれ、ロシア本国に戻ったのちも厳しい処罰を受ける事を危惧されていた。


 実はこの陛下のご懸念は杞憂であった。旅順要塞と太平洋艦隊降服の報を聞いたロシア皇帝ニコライ二世は最初こそは怒り狂ったが、日本軍が大量のネコを送り付けた事を聞くと納得し、


「ネコならば致し方なし」


 と述べ旅順要塞司令部、太平洋艦隊司令部を極刑に処すことはなかったという。ニコライ二世もやはりロシア人、筋金入りガチガチのネコスキーであった。




 乃木らが着席すると同時に、ストンと一匹の茶トラがテーブルに飛び乗ってきた。そのネコはうにゅーと背伸びをするとテーブルの上でゴロンと横になる。そして無防備な腹を見せつけ誘うような目でステッセリを見つめた。


(なーご)


「よしよし……」


 ステッセリはごく自然にネコの腹に手を伸ばすと優しく掻いてやった。


(ゴロゴロゴロ……)


 ネコは満足そうに喉を鳴らす。




 その様子につられて乃木がネコに手を伸ばした時に事件は起こった。


 不用意に伸ばされた乃木の手にネコが噛みついたのだ。それと同時に前足で乃木の手をがっつりと抱え込む。そして後ろ足で乃木の手に高速ネコキックを叩き込んだ。


 片足あたり毎秒四発、両足あわせて毎秒八発もの高速ネコキックを受けた乃木(の心)は激しく傷ついた。


 慌てて手を引いた乃木を眺めるステッセリはまるで勝者のような笑みを浮かべている。それを見た乃木(の心)は更に激しく傷ついた。


「コホン(畜生)……あー、われわれは君国のために戦いました。しかしすでに戦いは終わりました。このように閣下とお会いできる事を嬉しく思います」


 手をさすりながら誤魔化すように乃木が正式に挨拶を述べた。


「そうですな(ニヤニヤ)……われわれも祖国のため要塞を防衛しました。しかしすでに降服した今、閣下に会える機会を与えられたことを光栄に感じます」


 部屋には微妙な空気が流れた。




「それと……」


 その空気を破る様にステッセリが話を切り出した。


「それと?」


「ネコ様を送って頂いた事については、とても、とても感謝しています」


「……アッハイ……ソレハヨカッタデスネ……」


 愛おし気に抱えたネコを撫でるステッセリに対し、乃木は引き攣ったような笑いを浮かべるのが精一杯だった。


 その後にステッセリの口から出たのは、ネコを用いた日本軍の作戦とそれを実現した電信教導大隊への怒涛のような賛辞だった。


 贈られたネコ様がどんなに可愛いか。そのネコ様を集め、空を超えて送り届ける飛行器を開発した事がどんなに素晴らしいことか。さらにネコ様への供物カリカリがどれほど画期的なものか。それらを実現した電信教導大隊をステッセリは褒めちぎった。


「……アッハイ……ソレハアリガトウゴザイマス……」


 その異常な熱量のネコ圧に対し、北川と河野は乃木と同様にただただドン引きするだけだった。


 なおこの会見でステッセリは、日本軍の歩兵や砲兵については一言も褒めなかった。まあ実際にほとんど戦っていないのだから当然といえば当然である。


 会見後に撮影された有名な集合写真では、ロシア側が皆ネコを抱いて満面の笑みなのに対し日本側は一様に微妙な表情を浮かべている。この写真を見ただけではどちらが勝者なのか分からないと言われる所以である。

挿絵(By みてみん)



 この会見後、ステッセリは次のように語っている。


「自分がこの半生で会った人の中で最も感動を与えられたのは、間違いなく北川と河野の二人の日本人である」


 ロシアに帰国後、ステッセリは軍法会議にかけられた。当時の常識では銃殺刑が相応しかったが、ネコ派ニコライ二世の配慮で懲役10年に減刑されている。その後釈放されたステッセリはネコとともに静かな余生を送ったという。

ネコカフェ水師営(30分ワンドリンク制)。


次回、最終話です。


作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想や評価をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 猫は返還できるのだろうか?
[一言] ロシア帝国は皇帝も猫派でしたか。ネコスキーの魔力恐るべし。 乃木将軍は猫に犬派とばれたから猫に反撃されたのだろうか。痛そう。
[気になる点] ここからの事後処理程地獄は無いなぁ どうなるんだろうか、コレ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ