何
そこには、「占い中」と書かれた暖簾を掲げた席に30代後半くらいの男性が座っていた。いでたちはスキンヘッドに和帽子を被り、いつかの法事で見た和尚さんのような衣装に包まれており、歴史の授業中何となく眺めていた資料集に載っていた千利休の姿を思い出させた。理沙はそのあまりにステレオタイプな占い師を見ておお、と唸ってしまった。漫画やドラマで見たものと違う点を挙げるとするならば、その席に水晶玉ではなく、砂時計が置かれていることくらいだろう。
占い師は理沙を見つけると、「あなた悩みを抱えていますねー、私が占って進ぜましょう!」と張り切った様子で声をかけた。理沙は厄介な相手に絡まれてしまったとは思いつつも、こんな体験できたものではないと思い、「それって誰にでも当てはまること言ってません?実は私ー、今悩みを抱えてて、その悩みを一発でピシッと答えられたら信用してあげてもいいですよ!」とにやにやしながら答えた。占い師は机上の砂時計をひっくり返すと、珍妙なしぐさで手を砂時計の周りで動かし、十数秒後、「観えました!あなたの悩みはズバリ、『何も悩みがないことことが悩み』でしょう!」と自信満々に答えた。ため息交じりに「じゃ、さよなら」と言って帰ろうとする理沙に「ちょいちょいちょーい!話は最後まで聞くもんですよ!」と縋りつく。
「私はそんなふわあっとしたことを申しているのではないですよ!つまり、貴方の周りの人は自分の目標を見つけ、努力し、仲間と切磋琢磨しているのに対し、自分は何も持っていない。その空っぽな自分の姿を、誰かと重ねることで図らずも垣間見てしまった。そうではないですか?」理沙は自分の頭では言語化できなかった心の靄をはっきり指摘され、驚くとともにこの人になら言ってもいい、と直感した。
「‥私、昔からみんなが何になりたいとか、何々をしたいとか言ってるときに、何にも思いつかなかった。というより、何も考えてなかった。それで、何となくで今まで生きてこれちゃった。でも、このまま何となく年取って、何となく死んでいくなんて嫌だなって思った。私、"何者か"になりたい‥だから、まずは自分のことをちゃんと知りたい。」
占い師はうんうんと頷き、「なるほど、貴方の願い、そして願い、よく分かりました。自分を知りたいとおっしゃいましたね?ならば、これをお貸しいたしましょう。」そう言って、彼はあるものを理沙に見せた。