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第15話 黄金の夜明け亭にて




「もう行くのかしらぁ?」


 『黄金の夜明け亭』の一室で、ローズマリー=エイミは呑気にそう言った。

 自分で出発日を指定しておきながら、行くのかしらも何もないだろう。


「ええ、そのために来ましたし」


「ふふ、真面目ねぇ」


「ギルドの者にはいい加減な奴、と言われていますがね」


「そう、依頼主には真摯ってことかしらぁ? いい事よぉ」


「お誉めいただき有難うございます。 ところで依頼の具体的な話について伺いたいのですが、シャンリーのランキン商会で、私は何をすれば宜しいのでしょうか」


「せっかちねぇ。早い男は嫌われるわよぉ? 言われなぁい?」

 そう言ってローズマリー=エイミはソファに深く座った俺に近づき、俺の顎を人差し指でクイッと持ち上げる。


「生憎、そんなことを言われる相手はいませんので」

 俺はローズマリー=エイミのジャスミンの甘い香りにクラっとしながら言葉を返す。

 俺を見つめるローズマリー=エイミの瞳は妖しく光っている。


 ローズマリー=エイミは屈んで俺の頬を両手で挟むと、

「あらぁ、あなた『魅了耐性』が上ってるじゃなぁい? この間受付に居た時は私の『魅了』に抵抗できそうになかったのにねぇ」と揶揄からかうように言う。


「恐れ入ります」


「ふふ、ジェーン=マッケンジーね、きっと。あの人、私がアナタを誘惑するとでも思ったのかしらぁ?」


 そう言うとローズマリー=エイミはいきなり俺に口づけした。


「‼」


 だが、俺の見開いたままの目に映ったのはローズマリ―=エイミの艶やかな顔が俺の顔に迫り、そのまま俺の顔に口付けることなくめり込んだ衝撃映像だった。

 正確には俺の鼻柱の辺りからローズマリー=エイミの後頭部の黒髪が飛び出ている。

 俺の顔とローズマリー=エイミの顔が、原子同士がすり抜けて重なっているような感じと言ったらいいか?


『ふふっ、驚いたぁ? カワイ=ケイスケさぁん? キスされるかと思って期待したんじゃなぁい?』


 俺の顔に頭をめり込ませた姿勢のままでローズマリー=エイミの声が聞こえる。

 頭の中に直接響く感じだ。

 いつの間にか俺の頬を挟み込んでいた腕が背中に回り、俺を抱きしめる格好になっていて、背中をゆっくり撫で回されている。


『あらあ、こんな状況でも男性ねぇ』


 やめてくれー、こんな状況でもしゃーないだろうよ、妖しく迫ってるのはそっちなんだから! 生理現象、生理現象だ!


 ローズマリー=エイミの体はゆっくりと俺の体とソファを通り抜け、背後に回った。

 そしてソファに座った俺の首に後ろから腕を回し、俺の耳にそっとささやく。


「私だけがアナタの『特能』を知っているのはフェアじゃないでしょぉ? だから私の『特能』も教えてあげたのよぉ」


 やっぱり、この女は俺の『特能』を知っていたのか!


「何で知ってるんだ」


「何で? そうねえ、アナタ達はジェーン=マッケンジーに大樹海で戦闘を教えられたんでしょぅ? 多分誰にも見られない場所で『特能』も使用して確認したと思うのだけどぉ、アナタの『特能』は、使用した後の痕跡がバレバレよぉ」


「痕跡だけで俺の『特能』がどんなものか見当がついたって言うのか」


「ふふっ、そうねぇ。痕跡を掘り起こしてみたらあったもの。証拠」


「証拠って」


「カッチカチに圧縮された岩石とか? もうどうやったって普通の方法では切断も破壊も出来ないようなカッチカチ。あれを弾丸に加工できたらとんでもない破壊力でしょうねぇ」


「そのために俺の『特能』を利用するつもりか」


「まさか。私はアナタを利用しようなんて思ってないわぁ。今回はただ協力して欲しいだけよぉ、『インプローダー』さん」


「その呼び名も何で知っている?」


「上位《銅、銀、金級》の冒険者界隈では有名よぉ。冒険者の最高ランクでこの国でも数人しか居ないプラチナ(白金)級冒険者。それ以上の実力を持った冒険者が全て消し去る男『インプローダー』だってねぇ。まあ誰が『インプローダー』なのかは知られてないけどぉ。

 でも、アナタの『特能』の能力が朧気おぼろげに解った時に確信したわぁ、シブサワ=エイジとカワイ=ケイスケのどちらかが『インプローダー』だってねぇ」


「何で俺だってわかったんだ」


「ふふっ、オンナの勘ってことにしておこうかしらぁ」


 ローズマリー=エイミはそう言うと俺の首から腕を離し、再び俺の正面のソファに腰掛けた。

 足を組んでソファに浅く座り、背もたれに体を預けた格好。

 チャイナドレスのスリットから、白くスラッとした太腿が目に焼き付く。


「シャンリーには私と一緒に行ってもらうわぁ。私と一緒に竜殺しをしてもらいたいのぉ。トドメはアナタの『特能』で刺してもらいたいのよぉ」 


 竜殺しだって?


「その依頼、ランキン商会とどんな関係があるって言うんだ?」


「関係? ほぼ無いわぁ」


「どういうことだ! 依頼内容と実際に行うことが違う! 重大な違約だぞ!」


「そんなに怒らないでぇ。でもぉ、少し不機嫌なアナタの喋り方、それはそれでワイルドで素敵よぉ」


「茶化さないでちゃんと説明しろ!」


「ランキン商会は私の好意よぉ」


「どういう意味だ」


「シャンリーの領主スタンリー伯爵家が3年前に代替わりしたのぉ。先代が亡くなって王子の御学友だったルイスって若造にねぇ。王都で生まれ育ったものだから、領地のことなんて全く知らないボンボンでねぇ、王子に取り入るために散財しまくってるのよぉ。そのお金はどこから出てると思うぅ?」


「領地のシャンリーからに決まってるだろう」


「そうよぉ。ルイスが領主になってから、シャンリーの税率は跳ね上がったのぉ。人頭税は65%よぉ。更には商取引に間接税も課しているわぁ。実に40%。商業ギルドの申し入れにも耳を貸さないでねぇ。これで商売やって行けると思うぅ?」


「つまり移転を考えているってことなのか」


「そ・う・い・う・こ・と♡ ご名答」


 ならば候補地にファーテスを売り込めば、商館の建設で大工ギルドや石工ギルドの下請けの需要が見込めるし、商館が移転してからは商館からの依頼増も見込める。

 低ランク冒険者が生活するための糧としては十分だ。


「しかし……依頼はランキン商会の手伝いってことになっている。竜殺しは直接ランキン商会に関わらないことだ」


「固いわねぇ。ふふっ、要はランキン商会からも竜殺しを依頼されればいいってことよねぇ?」

 ローズマリー=エイミは不敵にそう笑う。


「なら簡単よぉ。だってぇ、私もランキン商会の出資者だものぉ」


 そう言うとローズマリー=エイミはソファから立ち上がり、部屋の奥に置いてある、大きなクローゼットの前まで行く。


「アナタも来なさぁい」

 クローゼットの前でローズマリー=エイミは俺を手招きする。


 俺が立ち上がると「収納鞄マジック・バッグ持って来なさぁい」と言うので、傍らに置いておいた自分の収納鞄マジック・バッグを肩から掛け、ローズマリー=エイミの側まで行く。


 ローズマリー=エイミがクローゼットの扉を開けると、その中は真っ暗だ。

 俺の「暗視Lv2」では見通せない。

 何だ? と思ったと同時にローズマリー=エイミは俺をクローゼットの中に突き飛ばした。


 罠か!


 一瞬全身を「うにょん」という何とも言えない不快感が走ったが、気が付けば俺の横に密着するようにしてローズマリー=エイミもクローゼットに入っている。


 ローズマリー=エイミは入ってきたのとは反対方向にクローゼットの扉を開けると、そこはさっきの部屋と似た作りの部屋だった。


「今のは何だ?」


 俺が尋ねると、ローズマリー=エイミは艶やかに笑い、言った。


「ふふっ、『どこでも〇〇』みたいなものよぉ。もうここはシャンリーの私の娼館よぉ」


 いや、俺が知っている限り、この世界にそんなものは無い。

 ウイラード支部長にも、ジェーンにも聞いたことがない。

 空を飛べない種族は皆、馬車で移動している世界だ。シャンリーまでは馬車で10日かかるんだ。


「ローズマリー=エイミ! あんたは一体何者なんだ!」


「なあにぃ? 女の素性を探ろうなんて、いけないわねぇ、早くて固いカワイ=ケイスケさぁん」


「誤魔化すな! 俺が聞いた限り、この世界にこんなものは無いはずだ!」


「落ち着きなさいよぉ。私の素性は言えないけどぉ、これについては言えるわぁ。収納袋マジック・バッグと原理は同じよぉ。収納袋マジック・バッグを筒状にして、入口と出口を別の場所にくっつけたモノだって思ってくれればいいわぁ」


 何を言ってる?

 収納袋マジック・バッグは教団が独占している技術のはず……


「勝手に教団の技術を使用してるってのか! そんな危険な事を!」


「勝手に、ではないわぁ。教団じゃないとこんな技術の応用はできないわぁ。これは教団から許可を貰って使ってるのよぉ」


「じゃあ、お前は……」


「広い意味では教団の関係者かも知れないわねぇ?

 ふふっ、女は秘密が多いほど魅力が増すわぁ。私の詮索はそれくらいにして、ランキン商会に行くわよぉ」


そう言うとローズマリー=エイミは部屋の扉を開けて廊下に出る。


釈然としないが、俺もその後に続いた。



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