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第14話 出発前




「エイジ、支部長は何か話してくれたかい?」


「いや、以前聞いた話以上のことは何も。ケイスケこそジェーンは何かその後言ってないのか」


「ローズマリー=エイミのことを口に出すとプイっと居なくなる。あんまりしつこく尋ねると、ピンヒールで思い切り足を踏まれそうだよ」


「よほど反りが合わないんだろうな。昔はローズマリー=エイミも含めて行動を共にしていたらしいが」


 俺とエイジは、エイジの根城の会計部経理室で「さわやかエール」を飲みながら話している。「さわやかエール」はビュコックの部下が作っているエールもどきで非常に飲みやすい飲み口、言い換えれば殆ど水だ。

 俺とエイジの密かな深夜のお楽しみ。

 時々こうして夜遅くに二人で飲みながら話す。

 エイジの奴はギルド近くの自分の部屋には眠りに帰るだけで、ほとんどこの部屋に詰めている。まあ俺も似たようなものだけど。

 


 話題は最近あった諸々のことだ。


「正直、会計の立場から言うと、今回依頼で相殺という形にしてもらったのは本当に助かった。急ぎ現金を用意するとなるとダンブルの大教会に、規定納入分の魔石のうち何割かを先行割引で引き取ってもらう必要があったからな。

 それに、今回納入された魔石は規定納入分以上の余剰となるから、こちらで販売先を決めて売ることができる。財政上は本当に助かる」


「でも規定納入分って、毎年前年比で決められるだろ? 来年になったら多めに設定されて困らないかい」


「困る。ああ困るぞ。何でこの世界はこんなに教団が力を持ってるんだ。魔石もほぼ独占、オブラート(聖餅)も独占。魔道具も収納鞄マジック・バッグオーダーリーダー(受付魔道具)など、冒険者ギルドの根幹になるものは全て独占だ。俺達は教団の掌の上でいいように転がされているだけじゃないか」


「それはあまり大きな声で言わない方がいいよ。誰が監視者かわからない」


「構うものか! と言いたいところだが、支部長たちに迷惑かける訳にはいかないからな……」


 エイジは「さわやかエール」のビンの中身をグイッと飲み干し、次のビンを開ける。

 コルクの栓をキュポッと開けるとビンを少し持ち上げるので、俺も自分の持ったビンをエイジのビンにカチンと当てる。


「そうそう、エディについてなんだけど」


「やっぱり監視者だったか?」


「間違いないね。ただ、どこの所属なのかは聞き出してないけど」


「問題ない。俺達《転移者》の動向に教団でも王家でも目を光らせるのは当然だ。エディの他にも何人かいるのはわかっている。

 冒険者のうちで有能優秀な者程どこかの息が掛かっている監視者だと思って間違いない。まあ、俺達に探られて困ることなんて無いからその点はお好きにどうぞ、だ。営業の仕事はきっちりやってくれてるんだろう?」


「ああ、熱心にやってくれてるよ。思った以上だ」


「なら言う事はない。しっかり働いてもらおうじゃないか」


「だったらエイジ、お前もあんまり際どいことは口にするなよな」


「……単なる愚痴だ。ここにはオマエしかいないからな。ついポロっと出ちまったんだ」


「定例会議でもちょっと出てたぞ。あんまり口に出すと、段々自分でもその気になっていくから注意しなよ」


「わかった。慎むことにする。ただ、そう言うお前も注意しとけよ、オマエの『特能』が監視者に見られないように。解っているとは思うが」


「わかってるって。あんなの余程のことがないと使わないよ」


「本当に気をつけろよ。気づかれたら人生棒に振るぞ」


「……心配してくれてありがとな、エイジ」


「……オマエは迂闊なところがあるからな」


 そう言って「さわやかエール」を呷るエイジ。


 言えなかった。


 ローズマリー=エイミが俺に「インプローダー」と呼びかけたことを。

 おそらくローズマリー=エイミは、俺の『特能』について何か気づいていることを。






 指定された出発の日。


 その朝も俺が事務室で名刺の用意をしていたらジェーンに受付に拉致された。


「後輩のエディが自発的に手伝ってくれてるのに、ケイスケは全く変わらないわね!

 後輩のいい面は学びなさいよ!」


 世渡り上手の後輩は持つものではない。

 困ったものだ。

 エディは今日も4番窓口でユキノくんに付き、依頼受託(じゅたく)事務をこなしている。

 ユキノくん目当ての冒険者たちの殺意の籠った目を気にせずにオーダーリーダー(受付魔道具)を扱う姿は、流石にシルバー()級間近の貫禄とでも言おうか。俺ならちょっとゲンナリしてしまうと思う。


 ジェーンが壊したカウンターに、応急修理で一枚板を張り付けた10番窓口。

 そこで俺はいつものように依頼受託(じゅたく)事務をこなした。


 依頼に出かけていく冒険者たちの波が落ち着いたところで俺とエディはお役御免となった。

 事務室に戻り出発の準備をする俺と、今日の得意先回り(ルート営業)の用意をするエディ。


「随分慣れて来たねエディ。安心して任せることができるよ。俺が空けてる間、よろしく頼む」


 そう言ってエディの肩を軽く叩く。


「お任せください、と言いたいところですけどカワイさんが顔を出さないと寂しがる依頼主さんは結構多いので重責ですよ」


「エディなら上手くやれるさ。ジェーンに取り入ったようにね」


「あれは受付の人たちが大変だからですよ。それに自分達が取って来た依頼を冒険者たちが受けてる姿を見るのって、自分のやったことが形になって嬉しいじゃないですか」


 確かにその通り。


「やっぱりエディはいい営業だよ」


「上司の指導がいいからですよ」


「おだてるねえ、エディ。ならあの件も俺の代わりに頼むけどいい?」


「あれはねえ……仕方ないですね」

 そう言ってエディはため息をつく。


 あの件とは、製品開発室の床掘り。

 パメラの魔法で沈んだ机を掘り出すため、だけではない。

 俺がパメラを泥沼に引っ張り込んだ時、パメラは手に持っていたお気に入りの魔導杖を泥沼の中に落としてしまったのだ。


「ケイスケのせいじゃからな! わらわの大切にしてきた魔導杖を掘り出すまではわらわは何もせんぞ! スペルセットもお断りじゃあ!」


 そう言ってパメラはギルド内の自分の部屋に引き籠っている。

 最も腹が減ると「こわき亭」の厨房に忍び込んでいるようだが。

 俺としては変な材料だの異常に値の張る資料だのを買い漁ったりしないのなら、それに越したことは無い。大人しく寝とけ、と思うのだがスペルセッターとしてのパメラは優秀……

 仕方なく製品開発室の床を掘り進めているのだが、これが全然魔導杖に行きつかない。

 魔導杖に嵌め込まれている魔石を加工した魔輝石が重いため、かなり深く沈み込んだようだ。

 現在3mの深さまで掘り進んでいるが、床に転がっていたガラクタは出て来るものの、肝心の魔導杖はまだ出て来ない。


「まあ、カワイさんが不在の間もチビチビ掘り進めておきますよ。時々お見掛けするパメラさんにジトーッと睨まれるのも、何か悲しいですからね」


「済まないねえ」


 俺は労いの心を込めて再度エディの肩を叩いた。





「ケイスケ、ちょっといい?」


 荷物をまとめた俺が事務室を出ようとしていたところ、ジェーンに声をかけられる。


「いいけど何だい? オーダーリーダー(受付魔道具)はきっちり締めたと思うけど」


「バカ! ちゃんと締めてたのは確認してるわよ。そうじゃなくて、これ」


 そう言ってジェーンは制服のポケットからスペルオブラート(聖餅)とスキルオブラート(聖餅)を差し出す。

 5cm×5cmで種類ごとに色違いの布で包まれている。


「スペルオブラート(聖餅)は『反魔Lv5』。スキルオブラート(聖餅)は『暗視Lv5』と『魅了耐性Lv5』『麻痺耐性Lv5』よ」


「ありがとう、ジェーン。これ、全部ジェーンがセットしてくれたのか」

 スキルやスペルの最大Lvは6。

 スペルセッターがLv6のスキルやスペルを所持していれば一つLvの下がるLv5のスキルやスペルをオブラート(聖餅)にセットできる。

 今ジェーンが差し出しているオブラート(聖餅)のスキルとスペルは、全てジェーンがLv6で身に付けているものだ。


「ええ……。アイツ(ローズマリー=エイミ)は魅了の魔法を使うから。それだけあれば1か月なら余裕で持つでしょ。

 『魅了耐性Lv5』と『麻痺耐性Lv5』は今すぐ食べて」


 そう言うとジェーンは手にした赤とピンクの布に包まれたオブラート(聖餅)を取り出すと俺の口にボフッと突っ込んだ。


 オブラート(聖餅)は食べるとセットされたスキルやスペルが使用できるようになる。効果は7~10日間。

 セットされたスキルやスペルに適性があると、Lvの下がった同じスキルやスペルを身に付ける可能性が上る。


 俺は残念ながらジェーンにもらったオブラート(聖餅)方面の適正はソコソコ。いずれもLv2止まりだが、これで少なくとも7日間はどちらもLv5になる。食べ足せば更に上がるなんてことはないが、効果が切れたらまた食べれば出張中はLv5を維持できる。


 モシャモシャとオブラート(聖餅)を食べる俺。

 ジェーンは残りのオブラート(聖餅)を俺のポケットに突っ込むと、俺のネクタイをゆっくり直し、直し終わると後ろに回り俺の背を叩きながら言った。


「よし、これでいいわ。

 さあ、行ってきなさい、冒険者ギルド・ファーテス支部営業販売部長カワイ=ケイスケ! 大口依頼、しっかり取って来なさいよ!」






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