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第11話 ……受付の手伝いぃ




「……一日お疲れ様でした~。冒険者証と依頼書をお渡しくださ~い……」


 俺は死んだ目をしながら、事務的に俺の窓口の前に並ぶ冒険者から冒険者証と依頼書を右手で受け取り、オーダーリーダー(受付魔道具)に掛ける。

 オーダーリーダー(受付魔道具)は左手だけでキーを操作する。

 カタカタカタ。

 ピッ。

 俺の前の冒険者は、今日は市街の下水道清掃の依頼を受けていたようだ。


「……戦利品はございますか~……」

 目の前の冒険者は首を横に振る。


「……民政部作業監督官ベック氏の指紋を確認。本日の支払いは総額5000デイスから冒険者ギルド組合費5%250デイス、教会税10%500デイス、人頭税40%2000デイスを差し引いた2250デイスとなりま~す……」

 

 冒険者の得た、なけなしの報酬から鬼のような額の諸々の税を差っ引くのは本当に済まない気持ちになる。

 特に領主に払う人頭税、デカ過ぎるとこの世界に来て初めて報酬を貰った時には思ったものだ。

 だが、ここファーテスはまだ王家の直轄地なので人頭税は安い方なのだ。民からの搾取を是とする鬼畜領主の領地では65%にものぼる。

 それに冒険者ギルドが人頭税の徴収代行を行っているおかげで、個々の冒険者は領主の派遣する徴税人の魔の手に晒されずに済む。

 市政庁で滅茶苦茶ワイロを要求されたように、この世界の「官」は私腹を肥やすことに余念がない。徴税人は人頭税に自分の利益を乗せて人々から徴税するので民から蛇蝎だかつの如く嫌われているのだ。


 すまん、目の前の冒険者よ。

 諸々差っ引いている俺達《冒険者ギルド》を恨まんでくれい。

 

 俺はそう思いながらも、右手で膝上に置いたコインホルダーから素早く1000デイス銀貨2枚、50デイス銅貨5枚を抜き取り、会計トレイに冒険者証とともに入れて受付の窓越しに渡す。

 訓練された社畜なのよーん。


 冒険者は俺の思いなぞ気にすることなく冒険者証と支払われた貨幣を手に取り、貨幣入れの袋に入れて「こわき亭」に小走りで去っていく。

 一日の疲れを飲んで流すのだろう。「こわき亭」は安いから十分飲み食いしてお釣りがくる。


「……本日もお疲れさまでした~、良い夜を~……」


 受け取った依頼書は、終了した依頼書として状差しに留める。


「……次の方、どうぞ~……」


 俺の列に並ぶ残り人数は10人を切った。

 女性冒険者のためにと胸元を開けていたが、もう女性冒険者は残っていない。

 塩対応も許される。


 ようやく終わりが見えて来た。



 

  ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄




 パメラの裏切りに遭った俺は、あの後ジェーンに床から引っこ抜かれた。

 それこそ森で見つけたマンドラゴラを無造作に引っこ抜くかの如く。


 ボゴン! 

「ゥギャアァァァァァァ!」


 当然俺はマンドラゴラにも負けない悲鳴をあげた。

 頭だけ抜けるんじゃなかろうかと思ったが、どうにか俺の頭と胴体はくっついたままでいてくれた。

 床に埋まっている最中に無駄に脱出しようと足掻いたせいでもう体が動かず、ジェーンの為すがままだ。


「……定期大口依頼の解禁日、達成報告受付の大変さ、わかってるでしょうに……」


 ジェーンは片手で俺の頭を掴み持ち上げたまま、血走った目で俺を見据えながらそう言う。

 ギリ・ギリ・ギリ・ギリ

 ジェーンの物凄い握力で、俺の頭は間もなく潰れたトマトのようにひしゃげるだろう。


「ね~ぇケイスケ、私はね、別に貴方が憎くてこんなことしてる訳じゃないの……ただね、ただ悲しいの……だって仲間のピンチを救いに来ないで見殺しにする男に、いつの間にかケイスケは成り下がってしまったんでしょう……? 貴方を堕落させてしまったこの世界が、世界が憎いのぉぉぉ!」


 ベキョン!


 俺の頭がひしゃげた。

 と俺が錯覚した瞬間にエディがジェーンの腕を掴んだ。


「やめて下さい、ジェーンさん! カワイさんはただ、ただあなた方の邪魔ばかりはしないように、ただそれだけの思いだったんです!」


 ジェーンは俺を掴んだまま、ギロリとエディを睨みつけ、押し殺した声で聞く。


「エディ=レイク。貴方はケイスケの口車に乗せられたようね。何を言われたの? さあ、言いなさい」


 ヒイッ、と小さな悲鳴をあげてエディが飛びのく。

 しかしジェーンの鋭い眼光の前に、その場から動くこともできずにへたり込む。

 

「あなた方の前に、営業の自分たちが姿を見せてしまうとプレッシャーを与えてしまうから姿を隠そう……と」


 ギリ・ギリ・ギリ


 ジェーンが俺の頭を掴む指先に、力がこもる。

 止めて、その掴み方はやばいのおぉぉぉぉ…… 

 何かが抉り出されちゃうのおぉぉぉぉ……


「ああああああ、あなた方受付は冒険者ギルドの花形、花形だと言ってました……あ、甘いものは、お、落ち着いた時間に差し入れるものだとも……おお、罪深き我らを、お許しくださいぃ……」


 そう言ってエディは両掌で顔を覆った。

 もしかして、俺の頭、何か出ちゃいけないもの、出てる?


 エディの慟哭どうこくと同時に。


 フッとジェーンが俺の頭を握っていた手を離した。


 俺はそのまま崩れ落ちる。

 目の前は締め付けられ過ぎて真っ暗だ。


「木々の精霊よ、この者を癒したまえ。『森の息吹』」


 ほわわわわ~


 俺の体を、暖かな太陽の光をたっぷり受けた広葉樹の鮮やかな緑と香りが包み込む。

 エルフであるジェーンの回復精霊魔法の効果だ。

 精霊魔法はエルフやドワーフなど人間以外の種族が得意とするが、スペルオブラート(聖餅)移す(セットする)ことは出来ない。種族特性と言っていい。


 ジェーンはしゃがみこみ、回復して上半身を起こした俺の顔を覗き込みながら言う。


「ケイスケ、受付の手伝いをサボろうとしたことは許してあげるわ。ただし、ビュコック特製のマロンケーキを受付全員分奢ることが条件ね」


 そして俺を見たままエディにも話しかける。


「エディ=レイク」


「はいっ!」


「花形である受付も、依頼獲得と言う根がないと花が咲かないわ。ケイスケがやっている仕事、しっかり覚えるのよ」


「はいっ!」


「そしてエディ、あなたの容姿も花形になれるものがある。花と根の二刀流、素敵だと思わない? ……思わない?」 


「………………はい」


「では二人とも、急いで受付まで行きなさい! エディは4番窓口のユキノちゃんについて教えて貰う事! ケイスケは『こわき亭』の厨房でビュコックにマロンケーキを14個注文したらすぐに10番窓口に入ること、わかった!?」


「おい、4個も数が多いぞ。今日出勤の受付職員は裏方含めて10名だろ」


「バカね、一日頑張ったあなたたちの分もよ♡ あなたたちは営業と受付、2つの仕事をするんだから、2個食べる権利があるわ♡」

 ジェーンの微笑みはすっかり怒気が抜けて、清涼な湧き水のように透き通る美しさだ。


「……あ、ありがとう。ジェーンたちを見捨てようとしたクズな俺たちのことまでそんな、気に掛けてくれて……」

 その笑顔にてられ、俺の口を衝いてそんな言葉が出る。


 だが待て、結局俺の金だ。

 そしてジェーンは、俺達の分と言いつつ分捕る気だ。

 多分明日、今日は出勤していない受付職員に渡すのだろうけど。


「……カワイさん、私も半分出しますよ……」


 済まないねえ、エディ。初日から出費させてしまって。

 気持ちだけでも有難い。

 でも、気持ちだけでなく有難く出していただくとするよ。




 ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄




 前の冒険者から受け取った依頼書を状差しに留め、機械的に「……次の方、どうぞ~……」と声を発した俺が顔を上げると、既に俺の担当する受付に並ぶ冒険者はいなくなっていた。


「……お待ちの方、こちらへどうぞ~」


 一応まだフロアに残っている冒険者にそう呼びかけるが、他の受付の列に並んでいる冒険者たちは俺の呼びかけに反応せず、そのまま並んでいる。

 お気に入りの女性受付職員に受付処理してもらうのを楽しみに待っているのだ。


 ようやく終わったよーう。

 俺は椅子に深くもたれ、大きく伸びをした。

 一日動き回った疲労でもうダルダルだ、と思っていたら意外に体が疲れていない。

 そう言えばジェーンに『森の息吹』をかけられて、すっかり回復していたんだった。

 心が疲れてると思い込んでいると体は元気でも錯覚しちゃうのよね~。

 でも、体がフレッシュだったんだから、もっとハキハキ受付しておけば良かったかなーと反省する。


 椅子にもたれた姿勢でボーっとギルドハウス入り口を眺めていると、受付終了間際の時間にも関わらず扉が外から開いた。


 中に入って来たのは妖艶なピンクのチャイナドレスを着こなす、この場には似つかわしくない女性。


 コツコツとヒールの音を響かせながら、真っ直ぐに俺の担当する受付窓口に向かって歩いてくる。


「ローズマリー=エイミ! 何しに来たの!」


 1番の受付窓口を担当していたジェーンが、彼女の姿を認めるなり、立ち上がって大声で叫んだ。






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