第三十六話 お母様と嫌いじゃない (+ある夫婦の会話)
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「おかえりなさいませ、お嬢様。 お風呂の準備ができております」
迎えてくれたのはもちろんサーシャだった。
「ねえ、見てみてサーシャ! 」
「あら、きれいなリングの石ですね……。 よく見つけましたね、お嬢様」
「ううん、これね、アネットから貰ったの! 」
「……アネット? そのような者、うちのメイドにはいませんが……」
「ふふん、アネットはね、外の世界の友達なんだ! 今日もね、一緒にあって話してたんだけれど、これをプレゼントで貰ったんだよ! すごくきれいだよね……。 それでね、ボクもアネットに何かプレゼントしたいなって考えてるんだ。 後でサーシャと一緒にきめたい! ……それとね。 これ、アネットの先天能力で作ったんだって。 先天能力って心から信じられる人にしか言っちゃいけないことなんでしょ? だからね、ボクも先天能力、アネットに教えてもいい……」
「なりませんッッッ!!!!!」
……え。
誰の声だろうか。
ここにはボクとサーシャしかいないはずなのに。
そうやって勘違いしてしまうほど、ボクはこの声に聞き覚えがなかった。
取り乱したように、荒げた声の主は……サーシャだった。
普段からの様子では考えられないような声だった。
そのまま、ボクはサーシャにがっしりと、力強く肩にしがみつかれるように、そして刺すようにボクの目をみて言葉をまくしたてた。
「いいですか! お嬢様! 私は何度も何度もなんども言いましたよね? 外の世界には危険がたくさんあると。 勿論きれいな物もたくさんあります。 ですが、一番危険なものが何か、ちゃんと言ったはずです! それは外の世界の種族の者です!! よりにもよってどうしてそのような者たちと関わりをもってしまったのです!? お嬢様は悪魔族なのですよ!! 外の世界の者たちから嫌われているんです!! それをお忘れになったとはいわせませ……」
「サーシャッ!! 」
「……っ!! 」
サーシャの怒号と両手の強い力と刺すような目線は、今度は確かに、別の人の一言によって一瞬にして無くなった。
「何かと思って来てみれば……少し言い過ぎではないのですか? 異種族の間のわだかまりはあなたが一番分かっているはずですよ」
お母様の声だった。 ここは屋敷に入ってすぐの場所。 サーシャの声はお母様の部屋まで届いていたらしい。
ボクの顔をしっかりと見る余裕がないほどに感情的になっていたサーシャ。
サーシャは、ぼろぼろと大粒の涙を流しているボクと、さっきまでサーシャの言っていた言葉を思い出して、どうしたらいいのか分からなくなってしまっていたみたいだ。
「お、お嬢様……わ、わた、しは」
「少し休みなさい、サーシャ」
「……っ!! はい……」
サーシャはそれだけ言って、うわぁーん!! と泣いているボクと慰めるようにボクを抱きしめてくれたお母様を置いてどこかへ去っていった。
「少し、話しましょうか」
▽
落ち着いたボクはお母様と一緒にお母様の部屋へと向かった。
お母様とお父様はいつも忙しそうにしているから、こうしてゆっくりと話す時間はあまりない。 お母様はボクを膝の上に座らせた。 何を話すのだろうと緊張していると、
「ねえ、サーシャのこと、好き? 」
と聞いてきた。
ボクは声なく、深くうなずいた。
「うふふ。 よかった。 私もサーシャのこと、好きよ。 あなたのことを一番に思ってくれているからね」
そう言って、お母様は隣にいたメイドさんを部屋の外へ下がらせた。 目配せで理解したメイドさん……すごいな。
「アネットさん、だったかしら。 その子とはどこで? 」
ビクッとした。 お母様にも外の世界の種族との関りは持ってはだめだと言われていたのだ。 きっと廊下でのボクとサーシャとの会話を聴かれていたのだろう。 ボクは恐る恐る正直に言った。
「……えっとね、塀に穴が開いてて、そこで会ったんだ」
「あら、そんなところに穴が……ん、それは? 」
お母様はボクが持っているリングに目をやりながら質問をした。
「これはね、アネットから貰ったプレゼントなんだ! えへへ、きれいでしょ? 」
「ええ、本当に」
お母様はボクの頭をなでながら言う。
「ねえ、お母様……」
「何かしら」
ボクは答えを聞くことが怖い質問をする。 恐る恐る聞いた。
「ボク、サーシャに嫌われちゃったのかな? あんなに起こってるサーシャ、初めて見たんだ……」
「うふふ……! 」
ボクの不安とは裏腹にお母様は楽しそうに笑った。
「え、お、お母様? 何がそんなに面白いの? 」
「いえいえ……きっとサーシャも同じことをお思いになっていることね……。 サーシャはね、あなたのことを本当に心配してあんなに怒っていたのよ。 別に嫌いになっているわけではないですよ」
「そうなの? 」
サーシャは、約束を破ったボクのことを嫌いになったわけではない……? 本当に? もしそうなのだとしたら、とても、とても、安心できるしうれしい。
「ええ。 サーシャには……少し秘密がありましてね。 だからあんな風に取り乱してしまったので
すよ」
「……」
「アネットさんはきっといい子なのでしょう」
「うん! すっごく優しくて、かわいくていい子だよ」
アネットのことを良く思われて、ボクはうれしくなりはきはきと答えた。
「私もそう思うわ。 けれどね、アネットさんの周りの人はどう思いますか? 」
「えっと、……わからない」
「そうね……。 たとえアネットさんがいい子でも、アネットさんのご家族はどうかはわからない。 悲しいことに、悪魔族のことを悪く思う人達は多い。 アネットさんには悪魔族のこと、話したの? 」
「ううん……」
それは……言っていなかった。 アネットに直接聞いたわけではないが、話しから察すると多分アネットは天使族。 お母様も天使族だけれど、皆がお母様のように悪魔のことを良く思っているわけではない。 特に天使族には……嫌われやすいのだ。
「そう……。 もし仮にアネットさんが悪魔族のことをよく思っても、ご家族は違うかもしれません。 そのとき、悪魔族と仲良くしているということを聞くと心配されるかもしれないでしょう? 」
「うん……」
「……ごめんなさいね。 勿論、そんなことわかっているわよね」
「いいえ、お母様。 ボクが悪いんです。 ちゃんと知っていたけれど、……お友達ができてとても
うれしくて……ごめんなさい」
そんなボクを、お母様はぎゅっと抱きしめてくれた。
「今、お父さんと一緒に私も頑張っていますからね。 もう少ししたら悪魔族も認めてもらえるような世界になりますから」
「うん……! 」
「さあ、サーシャのところへ行ってきなさい。 そして、ちゃんと謝るのですよ」
「はい!」
一目散にボクはサーシャのところへと向かった。
▽▽
「……もう出てきていいですよ」
「うむ」
「ついに外の世界の者と接触してしまいましたね」
「うむ。 いつかそうなるだろうとは思っていたが……やはり早く悪魔族が無害だということを世に知らせねば。 私が頑張らなくてはな」
「そうですね。 ……それはそうと、あなた。 あの子が外の世界の者と関わっていたこと、前から知っているようでしたね」
「もちろんだ。 いつもあの子が何をしているのか、熟知しているからな」
「……サーシャが取り乱してしまうことくらい、予想がついていたのですよね」
「……いや、しかし、あんなに取り乱してしまうとは」
「あの子がひとりの時間に外の世界の者と話しているということを、サーシャに段階的に言っていればこんなことにはならなかったはずです」
「うっ」
「やさしいサーシャのことです。 もし、あの子のメイドをやめるなどと言いだしたらどうするつもりですか」
「うっ」
「それとあの子も大きくなりました。 そうやってあの子を監視するようなことやめてあげてくださいな。 女の子のプライベートを覗くなど言語道断です」
「うっ」
「それと、あなたもそろそろあの子と話せるようになってください。 あの子も会いたがっていることですし」
「い、いや、しかし、心の準備が」
「そんな大きな体と怖い顔をして……乙女ですか! それと、また夕食のマトマ残されていましたよね。 ちゃんと食べないと。 あの子の前で恥ずかしくないんですか」
「……善処しよう」
七日目! (ストックが……書かねば)




