07 始まり
「なんだコイツは!?」
ごつい鎧が叫ぶ。
声から男性だと分かる。
「しつこいのです!」
少し小さな鎧が吐き捨てる
こちらは女性だ。
――ギュロローロローン――
耳をつんざく怪鳥音。
2人に襲いかかる巨大な影。
長い首。
鋭い嘴。
大きな白い翼。
短い尻尾。
長い足。
鋭い爪。
「穿て!狼の牙!」
男が手を突き出すと、ブシュっと手から鋭い何かが放たれる。
――ギュ――
しかし、鼻で笑うような鳴き声を上げて、ペイっと首を振るとその何かもペイっと弾かれる。
弾かれて落ちた何かがドドーンと爆発する。
「この! バケモンが!」
「ワタシが!」
女の方も何かをしようとする。
「ダメです!」
しかし、男に止められる。
―――ギュローロローーン―――
歌うような声を上げると、頭が赤く光る。
「なん」
なんだ?という一言をいう間もなく、嘴からキュピーンと赤い光線が奔り――
――ドゴーン!
地面が爆発する。
「どわぁ!」
「うぎゃあ!」
吹っ飛ぶ2人。
ゴロゴロと転がって止まる2人。
――ギューロロロロロー――
無様な姿でひっくり返る2人に降り注ぐ鳴き声が、哄笑に聞こえる。
「コイツ……」
逆さまになったままギリィと歯ぎしりする男。
「やはり、ワタシが…」
同じく逆さまになっている女が決死の表情を浮かべる。
「なりません! 危険すぎます!」
「そんなことを言っている場合ではないでしょう!」
ひっくり返ったままやんややんやと言い合う2人。
――ギュロローーーン――
シカトするなと言わんばかりに鳴くモンスター。
「はっ!」
「とにかく逃げましょう!」
慌てて立ち上がって走り出す2人。
再び鬼ごっこが始まる。
◆◆◆◆◆◆
「なんやごっついのが飛んではるね」
街道から逸れて山に入ってしばらく。
リュータは鳴き声の主を見つけていた。
「大き過ぎてワケ分からんけど、鶴やろか、アレは?」
鶴と言うには大き過ぎるし、やたらと禍々しいが確かに鶴っぽかった。
「鶴っぽいアホみたいにでっかいモンスター、と。姿も見たしとりあえず」
『戻ろか』そう呟く途中、鶴の頭が赤く光る。
「ん?」
なんやろね?と思った瞬間、ドゴーンと轟音がし、火柱があがる。
「なんやあれ!?」
――ギュロローーーン――
嘴を高々と上げ鶴が鳴く。
「なんかおるんか? まさか『誰か』やないやろな? え? どないする? どないするよ?」
1人で言って1人でオロオロする。
進むべきか戻るべきか。
進んだ所で空を飛ぶモンスターと戦う術など持っていない。
しかし、あの火柱の近くにいたのが誰かだったなら、見捨てることになる。
全力で走れば……いや、しかし……。
『もう無理なのよぉー!』
そんなリュータは遠くに聞きたく無いものを聞いてしまう。
「『誰か』やないかい!」
とりあえず、担いでいる荷物から鉈を取り出す。
『行ってどないするんやろう』と自分でも思いながら、声の方へ駆け出す。
遠くから見てもアホみたいにデカかった鶴は、近付くほど、ドアホみたいにでかくなる。
ドアホみたいにデカい鶴は小馬鹿にした態度でフラフラと飛んでいる。
「おった!」
鶴が飛ぶその下の地面にゴツゴツした鎧が見える。
「で、どうする?」
手に持った鉈を見る。
当たり前だがこんなもの届かないし、届いた所で役に立ちそうにない。
「どないかなってくれ!」
覚悟を決めると、隣に立つ木に鉈を振りかぶる。
リュータの人外の膂力で振るわれた鉈は、一撃で木の4分の1を断つ。
「うりゃあー」
幹を抱えると、力任せに木を捩じ切る。
ミシミシバキバキと千切った木を、肩に担いで構えると、ダダダっと助走を付ける。
「イきさらせぇ!」
声を上げて槍投げよろしく木を放り投げる。
ドリルよろしくギュオンギュオンとジャイロ回転する木が鶴へと一直線。
唸りを上げる飛来物に鶴が気付く。
「ウソやろ!?」
当たった!と思った瞬間、信じられないことが起こる。
鶴がバサリと羽を打つと、木がペシりと叩き落とされたのだ。
バキバキぃ!と音を立てて落下した木が下の木を折る。
「ドュドロロローーン!」
鶴は完全にリュータを見ている。
「マズイ! これはマズイぞ!」
倒せなくても、ちっとは効くやろうと放った一撃が全く用をなさなかった。
しかも、さっきまでの小馬鹿にしたような感じではなく、明らかに殺気が放たれている。
「っ!!」
嫌な予感がして、リュータは前方へ飛び出す。
目の端に空が赤くなるのが見えた。
――ズーーン――
その直後、鈍い音がして背後が大きく揺れる。
「追ってくるか!?」
全力で走りながらチラッと上を見ると、嘴から煙を上げた鶴が、リュータを射殺さんとばかりに睨み付けている。
「なんで僕には本気やねん!?」
ツッコミながら、このまま逃げることを決める。
「鬼ごっこなら、せめて勝ち目があってくれ」
どこにどう逃げようかと考え
「へぶっ!?」
た時に横から何かがぶつかってくる。
「なんや!?」
思わず見ると、さっき見た鎧がリュータをつかんでいた。
「なんや!?」
意味が分からないリュータ。
「お助け下さい!」
フルフェイスの鎧の向こうから意外と若い女性の声がする。
「君はじっとしてたら助かったやないかあ!」
「1人だけ助かるなど出来ません!」
「なんやね! ってアカン!逃げな!」
大きな鎧を横抱きに抱えあげると、脱兎のごとく走り出す。
森の中を爆走するリュータ。
辺りの小動物を殺気だけで失神させながら追い掛ける鶴。
「ここはどこやー!!」
迷子になるリュータ。
「ドュローーン」
追い付けずにイライラする鶴。
「ふんぬっ!」
直角に曲がるリュータ。
――ドゴーーン!――
真っ直ぐ走っていたら直撃していた地面が爆発する。
直撃は免れたものの、爆発に巻き込まれ吹っ飛ぶリュータ。
「あ!」
その先には……
「お、や、く、そ、くぅ〜〜〜」
地面が無かった。
悲鳴を上げながら落ちていくリュータとリュータにしがみつく鎧。
墜落するリュータを見て鶴は、不満げに一鳴きすると去って行った。