17 斬られた!
「クッテヤル」
人喰い山姥が、人斬り包丁を構える。
「!!」
リュータの背筋に鳥肌が立つ。
粗暴な見た目にそぐわない、芯の通った流麗な構え。
「サッキハカワサレタカラネ、ホンキデイクヨ」
「シュッ」
呼気とともに、人喰い山姥の巨体が霞む。
「どぅわぁ」
リュータが転がる。
「ヘエ! マスマスモッテヤルジャナイカネ」
人斬り包丁を袈裟懸けに振り下ろした姿勢でニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「大丈夫ですか!?」
「斬られた!」
「ええっ!?」
「ウデノカワイチマイ、カスッタダケダ」
「アホほど早い!!」
「カケッコナラ、オマエノホウガナヤイケドネ」
リュータが鉈を構える。
人喰い山姥も、再び人斬り包丁を構える。
「シッ」
「でりゃ!」
甲高い音とともに交錯する2人。
「シッ」
「やあ!」
刃物のぶつかり合う音が森に響き渡る。
ドワンフの優れた動体視力をもってして、なんとか目で追えるだけの、斬り合い。
早いのはリュータ。
力が強いのもリュータ。
しかし、リュータの鉈は空を切り、人喰い山姥の人斬り包丁は、わずかずつリュータの肌を切る。
「痛っ!」
悲鳴とともにゴロゴロ転がって距離をとるリュータ。
見ると左手が切り裂け、血が垂れている。
「タイシタモンダネ! ニンゲンノ コドモガ ココマデ ウチアエルナンテ!」
――チキリ――
鍔を鳴らして、人斬り包丁を中段に構える。
大上段からの一刀では浅くなると見て、手数の打ちやすい姿勢に変えたのだ。
「まだまだ何も終わっとらんよ?」
鉈を構えて立ち上がるリュータ。
「うりゃあ!」
躊躇いなく打ち掛る。
刃のぶつかり合う音が再び鳴り響く。
しかし、合を重ねれば重ねるほど、リュータからは血飛沫が飛び、動きが鈍くなる。
気が付けばリュータの防戦一方となっていた。
「フン!」
気合いとともに振り下ろされる人斬り包丁。
「ぐうっ!」
なんとか受け止めるリュータ。
「ココマデヤルタァ ホントニ タイシタモンダッタガネ。シマイダヨ」
ギリィと力を増す人斬り包丁。
「まだまだぁあ!」
力を振り絞って押し返すリュータ。
「オヤ?」
ガキィっと刃を弾くなり、出来た僅かなスキで人喰い山姥を蹴り飛ばす。
「ふぅーー」
大きく息をつくリュータ。
心なしか顔が青い。
「ヒトフリデ シトメテヤロウカネ」
上段に構える人喰い山姥。
「まだ、何も終わっとらんよ?」
震える声で呟くと、鉈を構える。
一合目の猛々しさは残っていない。
静かな立ち姿。
しかし、芯の通った流麗な構え。
「ナニッ?」
「シッ」
小さな呼気とともに、リュータが踏み出す。
霞むほどの速さはない。
轟音を響かす強さもない。
しかし、鈍った動きで振られる鉈を人喰い山姥は捌くのがやっとだった。
鉈を振るうごとにリュータからは血飛沫が飛び、力が抜けていく。
しかし、弱るリュータに反して太刀筋は振るうごとに静かに鋭さを増していく。
「ワシノ タチスジヲ オボエタノカッ!?」
赤銅色の肌が切れ、白髪が飛ぶ。
遂に攻守は完全に入れ替わった。
押し込まれる人喰い山姥。
しかし、一日の長は人喰い山姥にある。
「ナメルナ! ガキガッ!!」
「うぐっ!」
剣撃と剣撃の刹那の隙を突いた拳がリュータを弾き飛ばす。
再び攻守が入れ替わる。
研鑽された流麗な剣術と、本能に基づく荒々しい暴力。
剣を弾いたリュータに拳が刺さり、崩れたリュータを蹴りが穿つ。
刃と刃のぶつかり合う音に混じり、鈍い音が響く。
リュータの体が右に左に弾かれる。
崩れそうになるその最後の一歩をなんとか持ち堪え、致命傷の剣撃を捌く。
一撃絶命の危険な綱渡り。
落ちる以外、終わりのない綱渡り。
遂にその時が来る。
おびただしい汗をかいた人喰い山姥の人斬り包丁が、リュータの鉈を大きく弾く。
リュータがたたらを踏む。
半月状に歪む人喰い山姥の口。
振りかぶられた拳が、振り抜かれる。
――ゴォッ――
大気を揺らす豪腕が、リュータの鼻先をかすめる。
「ナニッ!?」
必死の拳が空を切り、驚愕する人喰い山姥。
「マサカッ!?」
リュータは傍目に見ても弱りきっている。
しかし、その目は人喰い山姥を捉えている。
人斬り包丁が流され、拳も蹴りも躱される。
「……捕まえた」
死に体のリュータが呟く一言に、滴る汗が冷や汗に変わる。
「ウワアアァァァ!」
怒声を上げ、人斬り包丁を振り下ろす。
大気を切り裂く程の鋭い一撃。
「仕舞いや」
しかし、人斬り包丁が切り裂いたのはリュータの影。
そして、ピタリと人喰い山姥の首元に添えられた鉈。
「バケモノカ……」
「ただの異世界人や」
2人はふっと力を抜いて笑い合うと、そのまま同時に後ろ向きに倒れた。




