表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/18

15 不幸な事故

ステーキの残り香が漂う夜。

――ガサッ――

「ん?」

衣擦れの音でチョロは目を覚ます。

「リュータさん?」

少し離れた隣で寝ているリュータに声を掛ける。


――ヒタヒタ――

「リュータさん?」

薄暗がりの中、リュータが近付いてくる音が聞こえる。


「なんですか?な、ななんですか?」

ガサッと起き上がるチョロ。

ドワンフのよく効く夜目が、近付いてくるリュータを捉える。


無言で距離を詰めてくるリュータ。

心なしかゆらゆらと何か危険なオーラを背負ってる気がする。

「リュータさん! ダメです! まだ早いです!」

手を振り回すチョロ。

「ワタシは可愛いですし、意外と着痩せするタイプなので、実は脱いだらスゴいですけど、ダメなんです! ワタシには第4王女という立場…ひゃんっ!」

宵闇の中、リュータがチョロを力強く抱き寄せる。


一日中動き回り、簡単に体を拭いただけのリュータの汗の匂いを吸い込む。

本来なら不快かもしれないその匂いに、頬がふわりと熱を持つ。


抱き寄せる腕は力強く逞しいのに、背中に回された手のひらは繊細で柔らかい。

「あっ……」

甘い息とともに、腰が砕け力が抜ける。

しだれかかるように体を預ける。


「はぁっ……」

世界が反転し、仰向けに寝転がされる。

顔が、体が、心が熱い。


「優しくして……」

かつて聞いたことのないほど甘い声が漏れる。

「優しく…、やさ……ってあれ?」

来るであろうものが来ない。

目を開けると、リュータは窓から体を乗り出している。


「何してるんです?」

かつて聞いたことのないほど冷たい声だった。

「なんかいたんです。窓の外に」

かつて聞いたことがないほど冷静な声に聞こえた。



◆◆◆◆◆◆



「昨夜は不幸な事故だったということにしましょう!」

クマのできた顔で、苦々しく吐き捨てるチョロ。

「何もなくて良かったですね」

ぐっすり休んで元気満タンなリュータ。

「不幸な事故があったでしょ!!」

「さよですか?」

「ありました!!」

クワッと怒るチョロ。

「不幸な事故はありましたが!」

事故事故と必死に繰り返すチョロ。

「お互いのために、手打ちにしましょう!」

「はいはい」

「なんですか! その気の抜けた返事は!?」

「不幸な事故はありましたが、お互い手打ちにするっちゅうことでしょ? 分かってますよ」

「ふん! 分かってるならいいんですが!」

「よう分かってますよ」

「ホントに〜?」

「そらぁもう、充分に」

「ならいいんですが」

不信感に満ち満ちた目を向けるチョロ。


「朝ごはんにしましょか?」

リュータが言うと、コロッと表情が変わる。

「そうしましょう! なんですか? 乾パンは嫌ですよ?」

機先を制するチョロ。

「フワッフワのパンで、昨日の肉を使ったハンバーグでハンバーガーとか食べたいです」

ハイ!と提案するチョロ。

「そのフワッフワのパンはどこにあるんです?」

「ワタシが知るわけないじゃないですか」

「……」

「……」

「ハンバーグは誰が作るんです?」

「ワタシは作れませんので、リュータさんしかいないですよね? 何言ってるんです?」

「……」

「……」

「……さよですか」

「ええ! じゃあちゃちゃっとやっちゃって下さい。お腹空きましたから」



◆◆◆◆◆◆



リュータは鉄拳の花の粉(メリケンフラワー粉)に水と砂糖、塩を混ぜる。

バターが無いのでチーズを入れる。

イースト菌は持ってないので、重曹を少し。

無発酵パンは発酵の風味が出ないのでお味噌を隠し味に。

ぐねらぐねらと捏ねあげて、生地を休ませる。


その間にハンバーグを仕込みにかかる。

「おにく〜おにく〜」

鼻歌混じりにログハウスから牛を吊るしたロープに手をかける。

「おに……く〜? おに!?」

引き上げるロープが軽い。

そもそも牛がぶら下がってても重いとは思わないが、それにしても軽すぎる。


「そんな!?」

ロープの先を見ると、いるはずの牛がいない。

「なんでや!?」

叫ぶリュータ。

ロープをたくしあげる。

「誰やぁああ!!?」

ロープの先はちぎれたわけではない。

何かで切られたように真っ直ぐになっている。


「僕のお肉さんが……」

ショボーンと肩を落とすリュータ。

「リュ、リュータさん…?」


ショボーンと落ちた肩から、不似合いなメラメラとした威圧的なオーラが立ち上っているように見える。

「チョロさん……」

「はい!」

名前を呼ばれて、反射的に気を付けの姿勢になる。

「ハンバーグは出来ひんようです……」

「はい! とても残念です!」

「ハンバーガーは出来ませんが、ええですか?」

「はい! 大丈夫です! お心遣いありがとうございます!」

妙に冷静なリュータの異常に穏やかな声に、しっぽの毛は総毛立ち、しっぽの付け根はピリピリと痺れる。


『お肉さーんは出ていったのよ〜』と得体の知れない歌を歌いながら焼かれたパンの味はさっぱり分からなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ