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弟は真剣な面持ちで、友達に聞いた話しをはじめた。
「昨夜の舞踏会で、異世界からきた女性を新聖女と呼び。ローザン王太子殿下が婚約破棄を言ったのは本当なんですか? 僕は執務の仕事が終わらず、舞踏会に参加できなかったので……」
(だから、昨夜の舞踏会にいなかったのか)
まったく、大金を手に入れた両親は屋敷にもどらず、買い物旅行、カジノだと遊び呆けているせい。昔は大勢いたメイドと使用人もいまは数名しかいない。残ったメイド、使用人たちとギリシアンは伯爵家の領地経営、執務をやる羽目になった。
当時、弟はまだ9歳。右も左も分からない子供に領地経営なんてできない。お父様についていた執事のユッカ、メイド長リリーヌ夫妻と、料理長、数名のメイドでなんとか今まで乗り切ってきた。
今、弟の身の回りをしてくれるメイドが、ユッカとリリーヌの娘ララさん。
「……ギリシアン、ほんとうに大変だったね」
(これからも、伯爵家をお願いしてしまうけど)
「大変でしたが。ユッカとリリーヌ、ララ、ソルア料理長のお陰です。そうではなくて、昨夜の舞踏会はヒーラギお姉様の聖女10周年を祝うための、舞踏会ではなかったのですか?」
「ええ、そうだったわね」
何も言わずパンケーキを口に運ぶ、そんなヒーラギにギリシアンはもう一度「婚約破棄は本当ですか?」と聞き、反対側のテーブルに着きと、メイドのララを呼び朝食を頼んだ。
婚約破棄は本当のこと、いま屋敷に両親がいなくて良かった。金ヅルのヒーラギが婚約破棄なんて知ったら、そうとう面倒な事が起きてしまう。彼らに婚約破棄の話が、耳に入る前にここから消えなくちゃ。
「……ヒーラギ姉さん?」
弟には現状を話してもいいかと、ヒーラギは食事の手を止めた。
「ギリジアン婚約破棄は本当の事よ。王太子殿下は異世界から来たアリカを聖女と婚約者にして、結婚するんですって。昨夜、国王陛下と王妃、周りの重役貴族達、騎士団長、副団長もアリカが新聖女だと認めたわ」
ギリジアンは食事の手を止め、眉をひそめた。どうやら、ヒーラギのことを心配してくれているようだ。
別にローザン殿下の事は好きでもなかったし、心配しなくても大丈夫。それに婚約破棄の話は、噂好きのメイド達が話しているのを聞いて知っていた。
でも問題はその後。
国土を覆うほどの結界を張れる、聖女の力がアリカになかった場合。見目の良いアリカはそのまま聖女を名乗らせて、裏でヒーラギをこき使おうという、恐ろしい計画を聞いてしまった。
(このままだと、私は国に飼い殺される)
逃げるなら、婚約破棄される舞踏会の日だと決めた。だから、せっせと荷物をまとめ、婚約破棄の後すぐ王都を出てきたのだ。
「ヒーラギお姉様、お辛いでしょう……なんて言ったらいいのか分かりませんが……元気を出してください」
「ギリシアンありがとう。でも、心配しなくても大丈夫よ。まぁ王城の書庫に通えなくなるのは少し寂しけど、好きでもない人と結婚しなくていいし。毎日、お祈りをしなく良くなった。ようやく肩の荷が降りたわ」
「そうですか……それはよかったのですが。これから、どうするんですか? この屋敷に残るのですか?」
「いいえ、屋敷には残らないわ。それに行き先はもう決めてあるの」
「え?」
「ギリシアンは覚えているかしら? 国境近辺にウチが保有する、別邸があったわよね。そこで困った人を助け、美味しい物をたらふく食べながら、ゆっくり過ごそうと思っているの」
「それはいい。それで、いつ出発するんですか?」
「今よ。食事が終わったし出て行くわ。料理長、パンケーキごちそうさま!」
パンケーキを全て平らげて、ヒーラギはトランクケースを握った。これから、なにを自由に食べても、ローザン殿下に口うるさく言われくてすむ。
殿下はヒーラギに関心がなさ過ぎて、知らないでしょうが、魔力は使えば使うほどお腹が空く。ローザン殿下に何度伝えても、最後まで信じてくれなかった。
(いまとなっては、どうでもいいこと)
「じゃ行くわね、ギリシアン。大変だろうけどユッカとリリーヌ、ララ、料理長とで上手くやってね、ごきげんよう!」
革製のトランクケースを手に持ち、食堂を出て行こうとするヒーラギに、ギリジアンは声をかける。
「ヒーラギお姉様、お気を付けて」
「えぇ、あなたもたまには休みなさい……落ち着いたら手紙を書くわね」
笑顔で手を振り、ヒーラギは伯爵家を後にした。