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今更ですが、どちら様でしょうか?

掲載日:2022/01/10

 朋あり遠方より来たる また楽しからずや


 誰もが一度は耳にする、有名な孔子の一節ではございますが、それすら知らぬほど無垢で世間知らずだった私が、初めて学舎まだびやにて習い耳に致しましたのも、ちょうど彼女と出会ったころだった気がいたします。

 いわゆる転勤族だった私は、広く浅い人間関係を好み、淡白でその場凌ぎの人付き合いばかりが得意となる必然と申しますか、彼女と出会う高校まで、親友と呼べるものはいなかったかと存じます。

 とはいえ、当の本人に親友かどうかを確かめたことは無く、少なくとも、私はそう思っている程度でございます。

 ただ、断言できることと致しましては、私の人生において、あれほど多くを語り合った同性と言うのは、これからの人生でも現れることはないと言うことでしょうか。

 例えば恋の悩み、は、殆どしたことがないのですが、『私ら恋バナ無さ過ぎ?』という、“恋の悩みがない悩み”なら、恥ずかしながらかなりの時間をかけ、不毛な討論を重ねたりしたものでした。

 残念なことに、その後は別々の進路を歩んだため、だんだんと疎遠になり、ついには連絡手段も途絶えてしまいました。

 それでも思い出の中では色褪せず、屈託のない笑顔を浮かべる彼女は、いつまでも、私の心に高校生のまま居続けるのです。


 そんな思い出の彼女から、年明けに突然連絡がございました。


「久しぶり!SNSでたまたま見つけて、思わず連絡しちゃった。

 元気してる?」


 今年は流行り病を言い訳に帰省もせず、長い連休をコタツムリと生態を変えて、思いつく限りの怠惰を貪り過ごしておりましたので、持て余した暇がこれ幸いと、LINEを交換して近況を語り合いました。


 まず驚いたことに、彼女の名前は『山寺梨沙』に変わっておりました。あれほど異性に興味が無かった彼女が結婚とは、ただただ驚愕です。彼女に言わせれば、私は人外と付き合うと本気で思っていたらしく、南国で連れ帰った亀やらヤシガニやらを、生涯の伴侶と紹介するものとばかり思っていたらしいので、お互い様ではございます。


 しかしながら、お互い苗字を変えながら、写真はおろか碌な情報をあげていないSNSから、よく私を見つけたものです。

 まあ、高校から電話番号を引き継いでいますので、ありえなくはないのですが。


 お互いの近況を語り合うごとに、思い出も鮮明になります。先程色褪せないと申しましたが、人は現金なものです。


 そうそう、こんな事がありました。彼女は理系だったのに、生物以外の理科系が、絶望的にダメでございました。

 名前『梨花』なのに、理科系が苦手って、当時私はそれがおかしくておかしくて、怒る彼女の隣で、悪いとは思いつつ腹を抱えたものです。


 あれ、リカですね。リサじゃなく、リカ。


 アレ、コノヒトダレ?


 リカ、リサ、リカ?リサ?!


 結婚を機に名前も変えたのかしら?


 というか、孔子の言葉までお借りして、散々彼女を親友と思うとか、笑顔は色褪せないとか言っておきながら、名前忘れてるって、我ながら人間性を疑い、恥じるばかりです。

 近況の写真も交換したのに違和感を覚えないなんて、私の頭の中は、おがくずでも詰まっているのでしょう。


 そんな自分への嫌悪感とツートップで私の豆腐メンタルを責めたてますのが、では一体リサとは誰なんだという新たな疑問でございます。


 冷たい人間だと指を指されるかも知れませんが、相手は覚えているのに私は記憶していないと言うことは、これまでも多少ございました。

 と言うのも、先に述べた通り私は転勤族で、小学を6つ、中学を2つ転々としております。高校1つ、大学1つを入れれば、10の母校を持つことになります。人間と言うのは、新しい環境に馴染むのが何よりの優先事項となるのが常で、言葉は悪いですが、古いメモリーは上書きがセオリーです。きっとリサさんも、うっかり上書きしたデータのうちの1人なのでしょう。


 今更聞けるでしょうか?どちら様でしょうかと。小心者には無理でございます。


 リサは今でも地元だと言っていました。せめて地元を割り出して、実家からアルバムなり文集なりを入手するよう試みます。まずは関西から潰しましょう。


「ちょっと用事で出かける。ほなね」


 さりげなく、関西弁を用いました。これで、『ほな』と帰ってきたら関西が濃厚です。

 さらに言えば、『ほなね』は関西でも京都の方言で、大阪、兵庫では使わず、『なんで京弁なん?』とツッコミがくるでしょう。そうすれば、かなり地域が絞れます。


「ほなねってかわいいー。それじゃまたね」


 どうやら、リサは関西ではないようです。こちらに合わせて関西弁を使わない可能性も無きにしも非ずですが、京都弁を可愛いと言う関西人はいないと、独断と偏見で確信しております。


 さて困りました。『たいぎー』だとか、『しゃーしー』だとか、『いじくらしい』とか、こうやって方言を交えれば、いつかは答えに辿り着くかもしれませんが、あまり不審な行動にでると怪しまれそうです。どうしたものかと途方に暮れながら初詣のため家を出ると、考え事などしてるからでしょう、昨晩降った雪に足を取られこけました。

 選んだ靴が悪いと罵るツレの手をとり起き上がる時、ふと思いついたのです。リサの地域はどんな天候なのかと。それを聞けば、かなり絞れるのではないかと。

 早速雪に足を取られ、盛大に転けた旨を伝えます。


「わあ、大丈夫?!

雪すごいらしいね。ニュースで見たよ。

こっちはゼンゼン」


 降ってない?!暖かい地域なのですね!!

 これは貴重な情報です。たしか関西あたりまでは雪だったはずですので、リサはそれより南でしょうか。もちろん雪の降らない地域、例えば静岡あたりかもしれませんが、それでもかなり限定できそうです。

 しかも思いがけず、リサから更なる情報が流れてきました。


「よくコケるのは、相変わらずだね。

いつだったか、転けた拍子に片方の靴無くしたことあったよね。

結局靴見つからなかったし」


 ああ、ありました。ずっと忘れていた思い出が、封を開けたサイダーのように溢れてきます。

 四国にいた小学3年生のときです。林で鬼ごっこをしていたら、盛大に転けて買ったばかりのスニーカーが片方脱げ、どれだけ探しても見つかりませんでした。日も暮れかけていたので、一緒に探してくれていた友達にはもういいと強がりを言い、泥だらけの服で、片足靴下のまま、惨めな気持ちで家路へとトボトボと歩きました。

 よほど不憫に思ったのか、帰り道が同じ子がちょっと待ってと、地元密着型のコンビニにより、二つに分けられるアイスの半分をくれました。

 今の今まで忘れてました。リサ、あのときアイスをくれてありがとう。あのアイスがなければ、私はきっと泣いていたでしょう。あのアイス、美味しかったです。

 そんな優しい彼女のことを、私は一切合切忘れていたのですね。本当にごめんなさい。

 気が変わりました。やはり誠実に、彼女には謝罪し、これから友人としてお付き合いしたい旨を正直に話すことにします。高校でリカに出会い、大学を経て社会人となった私が学んだことは、小手先ではなく誠実に人と向き合う大切さでした。誠心誠意謝れば、リサも分かってくれると信じます。


「あの時はありがとう。あのコンビニ、ナイトショップ石鎚、今でもあるのかな?」


「え?どこそこ?聞いたことないけど?」


ごめんなさいリサ、ギブアップです。

一体どちら様でしょうか……。

 

私のことなんて言ってませんよ。

でも、まあ、察してください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナイトショップは懐かしいわ~よく行ってた 実家の近くのは気づいたら無くなってたんですよ。 まだ徳森と西条のは残っているみたいなのでいずれ行ってみたいなと思っております。
[一言] >ナイトショップ石鎚 愛媛県人しかわからんネタを・・・!
[良い点] 拝読しました。 とても楽しめました。大好きな語り口調です。 主人公の中にひとつの疑問が。読み進めていくうちにその謎が明らか……になりませんでした。( ^ω^ ) それでも消化不良にならな…
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