僕の告白はいつも失敗する
ある普通の昼下がり。
十二月も厳しい寒さを運んできては、嵐のように過ぎ去っていく。
今日も今日とて僕は手袋にネックウォーマーにヒートテックも着込んで、コートを制服の上から身を包んでいた。
寒すぎる。
それでも、これからの事を思えば、寒さの震えか緊張感からの震えか分からなかった。
これから何をするか、それは一世一代の告白をする。
僕はある一人の女子を好きになっていた。
自然と目は彼女を追い掛けるし、いつも彼女を探すし、授業なんか上の空で彼女の後ろ姿を眺めている。
そんな女子へ「大事な話がある」と約束を取り付けての今。
中庭でも体育館裏でもなく、彼女がよくいる図書室を告白場所に選んだ。
そこで一人座って待つことほんの数分。
目当ての女子はゆっくりと図書室の扉を開けてきた。
恐らく友達も一緒なのだろう、ゆっくりと入ってくると友達が先に気付いて、ゆっくりと彼女の手を引いて僕の元へやって来る。
ゆっくりとやって来る彼女は目の前まで来る。
友達は「じゃあね」と笑顔で退室した。
同じように対面に座った彼女を見るだけで、心臓の高鳴りは抑えきれない。
口も乾くし、言葉を出そうとすると喉に痰が絡まるように詰まらせる。
座った彼女は優しく僕を見つめる。
柔らかく、この寒い冬に差す暖かな陽射しのような、穏やかな笑みを向けてくれる。
「突然、ごめんね、呼び出しちゃって」
「いいよ」
彼女はいつも口数が少ない。
それでも、たった三文字の言葉でも、これ程に優しい言い方が出来るのか、びっくりした。
「ちょっと大事な話があって」
「うん」
「あんまり大きな声では言えないんだけど」
「うん」
「びっくりするかもしれないけど」
僕はその気になればいくらでも引けそうな程、自信の無さが口から漏れ出す。
それでも彼女は。
「大丈夫」
と、優しく待ってくれる。
それは、僕の心へ勇気の火を付ける。
「その、あのね」
「うん」
「僕、僕は」
「うん」
しっかりと相槌を打ってくれる彼女は穏やかに静かに待つ。
僕の拙い言葉でも彼女は待ってくれる。
それだけでこの上なく嬉しくて、大きく息を吸い、瞳に覚悟を映す。
「あなたの事が好きです」
ああ、ようやく言えた。
意外と簡単ではないか。
たった数文字に何を臆していたのか、意図も容易く口を飛び出た告白は彼女へ届く。
「ごめん」
それでも、彼女はとてつもなく悲しい、今にも泣き出しそうに僕からの告白を断った。
その一世一代の告白からおおよそ数年。
彼女と同じ大学に進学した僕は、彼女へ大事な話があると約束を取り付けた。
「駅前に新しく出来た喫茶店のパンケーキが美味しいらしいよ」
「そうなの」
「そう、一緒に食べない?」
「いいよ」
それでも彼女は穏やかな笑みを向けて一緒にパンケーキを食べてくれた。
「そう言えば、高校生の頃に告白したのを覚えている? あ、これをパンケーキに掛けると美味しいよ」
「うん、ありがと」
と、彼女へチョコソースを手渡す。
ゆっくりとパンケーキにそれを掛ける彼女。
「びっくりした」
「だよね、僕も焦ってたから」
「うん」
「それでも、今でも君の事が好きなんだよ」
かなり自然に告白できた。
これは僕の中で高得点とも言える。
「ごめんね」
それでも彼女は受け取ってくれなかった。
また、数年時が経って僕も彼女も働いてた時。
連絡は取り合っていたし、休みの日にはご飯を食べたりしていた。
女性というのは、時が経てば経つほど綺麗になっていくのだと実感した。
初めて会った頃や高校生の頃には、枝毛のあった髪も綺麗なキューティクルが見られるようになったし、眉毛も整えられて印象が変わっていた。
化粧も覚えたのか、大学生の頃よりも自然な美しさに身を包んでいた。
そんな彼女に負けじと僕もファッションや脱毛や美容とか気にかけるようになった。
彼女のお陰とも言える。
そして、今日もそんな彼女と喫茶店へ向かう。
「懐かしいね、ここのパンケーキも、いつも君はチョコソース掛けたパンケーキが好きだったよね」
「うん、美味しいから」
「はい、これを掛けてね」
「うん、ありがとう」
そう言って手渡したチョコソースを掛ける彼女。
何度も見た光景が僕の頭の中でいくつも重なる。
「ねえ」
「うん?」
「君は何で僕の告白をいつも断るの?」
いつも断られ続けた。
彼女はいつも断るのに、それでも一緒にいてくれた。
ただ単に純粋な疑問だった。
「うん、私のせいなのかな、て」
「え?」
「私のせいで、いつも一緒に、いてくれるでしょ?」
「そんな……」
「だから、放っておいても、いいからて思ってね」
そんな事出来る訳が無い。
「だから、無理しなくていいんだよ」
「……無理してるのはどっちさ」
「え?」
「僕が、好きな人にいろんな事をするのが無理だって、誰が決めたのさ」
「で、でも、私……」
「いいんだよ」
ティーカップを置く。
分からないのなら、何度だって伝える。
「僕は君の事が好きなんだ」
「でも、迷惑でしょ」
「迷惑じゃないよ」
「気を遣わないと駄目でしょ」
「君の為なら僕は嬉しいんだ」
「でも……」
ああ、彼女の目から涙が零れてしまった。
泣かせるつもりは無かったのに。
でも、悪い涙じゃなくて、彼女が前に進む為の涙に見えた。
「面倒臭い女だよ」
「いいよ、いつも一緒だったでしょ」
「手のかかる女だよ」
「何年もやってきた事だもん、手をかけなちゃ何だか手持ち無沙汰で気持ち悪いくらいだよ」
「いいの?」
「いいよ、僕が君の手を引いてあげるから」
例え、見えない所であろうとも僕が連れて行ってあげるから。
「僕は君が好きなんだ」
彼女の薄くなった瞳は僕を優しく見つめる。
それは高校生の頃と変わらない瞳だった。
「ごめんね」
それでも彼女は断った。
「次は私が手を引くんだから」
断って強がった彼女の笑顔を僕は一生忘れないだろう。
それは、彼女のように穏やかな春の兆しでもあった。