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その他、人×人恋愛系

転生令嬢のたなぼた夫様



 ハロー。

 魔法はないけれど、妖精が実在するファンタジー世界に転生した元日本人、現子爵令嬢でぇーす。

 皆さま、いかがお過ごし?


 まぁ、妖精といっても大したことが出来るわけではなくて、通りすがりの気まぐれにほんのちょっとしたイタズラや手助けをする程度の、あまり害にも益にもならない小さな隣人という認識ね。

 私も過去に一度だけランプに火を灯して貰ったことがあったかしら。

 まぁ、そろそろ寝ようかと思って消したものに対して、だけれども。

 急に再点火したから「ひゃっ」と驚いてしまって、それが面白かったのかクスクス笑ってすぐに去っていったのよ。


 ちなみに、今はとある侯爵家の夜会に参加中。

 私も御年十八の花の乙女という立場ですのでね。

 のんびりとお婿さん候補を探しているところ。


 十九も間近でこの国の適齢期的にギリギリだけれど、それでも焦っていないのは、別に恋愛結婚に拘っているわけではないから。

 私には兄と姉がいて、両親自身はお互いビジネスパートナーという感じだけれど、仲は悪くないし、どちらも子供には愛情を持っている。

 兄は跡継ぎということで、下の姉妹二人に比べれば少し厳しめに育てられていたかしら。

 姉は隣国の若き男爵と大恋愛をして、十六で成人になった早々に嫁いで行ってしまったわ。

 特に上昇志向というわけでもない父は、姉がいなくなって寂しかったのか、私には縁談を急かして来ないの。

 母にしても、余程問題のあるお相手以外ならお好きにというスタンスね。

 まぁ、父も完全な売れ残り扱いになってしまう前には伝手を使って適当な男性を見繕ってくれるつもりでいるようなので、何がなんでも自分で良い人を捕まえなくちゃ、なんて考えてはいないってこと。

 この国、レディーファースト的な思想はあるけれど、まだまだ男性上位の世界だから、人生そのものにおけるやる気ってものが皆無なのよね。

 生きるも死ぬも無難志望というか。

 ま、波風のない生活も悪くはないものよ。


 しかし、今日の夜会はいつもより空気が少し悪いような。

 どこか穏やかでないような。

 なにかしら。


 原因は、会場内をブラついていれば、すぐに判明したわ。

 私は存じ上げないけれど、ちょっぴり良くない方向に有名な人間が参加しているせいみたい。


 とはいえ、妖魔人形?

 なによ、その悪意しかない呼ばわれ方は?


 怪しい術を使うだの、呪われるだの、よくもそんなバカバカしい噂を平然と広められるものだわ。

 そっくり真に受ける人間も、信じてもいないのに面白おかしく話に乗る人間も、程度が知れている。

 絶対に付き合いは遠慮したいから、今後のために顔を覚えておこうっと。


 でも、言われている本人も伯爵家の嫡男って結構なお立場らしいのに、こんな風に舐められっぱなしで放っているなんて、どうなのかしら?

 ご実家が対策を取らないのは、家族からすら冷遇されていらっしゃるからか、逆に自分で何とかせよと親心で見守っていらっしゃるからか、もしくは高貴な人が噂の主導者で逆らえないからか。

 実は放置しておいた方が都合が良い裏事情がある、そんな可能性も有り得るかしらね。

 当人や周囲がどう頑張っても止められないぐらい歪んだご尊顔をしているのならば、同情しか出来ないけれど……。


 さてさて、一体どんな人物がお出ましになるのか。

 と、人垣の隙間から噂の中心地を覗いて、驚愕。


 ……………………っえ。

 ちょ、待っ。


 あ、ああああッ某悪魔絵師のイラストがそのまま抜け出てきたかのようなクール系イケメぇぇぇぇン!?

 形の良い丸い頭部に沿ったサラサラストレートの黒髪に、意思の強そうな眉、目尻に向けて少し吊り上がった瞳と、それを縁取る濃いめの長い睫毛、内に輝く虹彩は紫がかった灰色という神秘的な配色で、生気の薄い白い肌はひたすら(なめ)らか、表情には豊かさがなくパーツの完璧な配置と相まって全体的に彫像じみた雰囲気を醸し出しているけれど、無機物的というわけではなく妙な色気も孕んでおり、余分のないスラリとした肉体はどこか退廃的でありながら妖艶さすら漂わせている。


 ひぃえぇぇぇええええぇえ!

 超スーパーウルトラデリシャスワンダフル激烈タぁぁイプぅぅぅぅ!

 え!? こんな人間がこの世に実在していいの!?

 いやもう、そりゃあ、こんな風に一人だけテイストが違いすぎれば遠巻きにもされますわ!

 完全に世界観が別物だものーっ!


 って、いけないわ。はしたないわ。

 つい、転生前のオタク魂が騒いでしまって。


 あぁー、なにはともあれ顔が良いわぁ。

 素敵だわぁ。好きだわぁ。

 相手が生きた人間じゃなければ、もっと近くで眺めていられるのに。


 はぁー、胸がときめくぅー。心が潤うぅー。

 そうね。これだけのイケメンなら、(あやかし)の術くらい使えてもおかしくないわよね。

 もう、あの見た目だけで何でも許してしまいそう。

 むしろ、呪われるのだって、物みたいに利用されるのだって、殺されてしまうのだって、ご褒美になってしまうかも。


 最の高。

 こんな物理的にも精神的にも古めかしい世界に転生なんてってウンザリしていたけれど、もう彼の存在一つで丸儲けだわ。

 この世界のこの時代のこの国の子爵家の娘に産まれて本当に良かった。

 お父様お母様、ありがとう、ありがとう。

 彼が同じ星の下にいるって事実だけで、これから何だって我慢できるし、何だって頑張れそう。

 はー、活力活力。生きているって素晴らしい。


 あら?

 彼が主催の侯爵家のご嫡男様とお話していらっしゃるわ。

 仲がよろしいのかしら。

 何かを促されるように背中を押されて、ほんの一瞬、極々僅かに眉を憂鬱げに動かしたのを私は見逃しておりませんことよ!

 ヒュー! エロティカルセクシーぃ! ドンドンパフパフ!

 派手に飾り付けた団扇(うちわ)を振り回したぁーい!


 なんて考えながら、ぼんやり遠目に愛で続けておりましたら、ふと当の彼と視線が合ってしまいまして。

 自然な感じで逸らせないかと焦っていれば、そのまま何故か信じられないことに私的超ド級イケメン令息はこちらへ向かって真っすぐ優雅に歩いてくるではありませんか。


 なぜにホワーイ!?


 さすがにこの状況であからさまに逃げ出すような真似は、彼の名誉のためにもすべきではないわよね。

 まぁ、妖魔人形の行進というので、進路上の人々はわざとらしく散っていっているようだけれど。

 好き勝手に彼を嘲笑の(まと)にするばかりで、本当に失礼極まりないこと。


 しかし、いったいぜんたい何が起ころうとしているの?

 メーデーメーデー。

 表面上、貴族的微笑みを保ってはいるけれど、内心は相当心臓バクバクしております、どうぞ?


 特に喜怒哀楽の浮かばぬ顔でついに私のすぐ目の前までたどり着いた彼は、低く淡々としていながら物憂げな声色で一言、こう告げられました。


「……一曲、踊っていただけませんか」


 ファンサですか!!?

 え、対応早すぎません!?

 公式の福利厚生が手厚すぎて泣いちゃう!


 まぁ、冷静に考えるなら、さっきの侯爵令息に誰でもいいから踊れと発破をかけられて、それで仕方なく、たまたま目の合った私に声を掛けたのでしょう。

 ご令息グッジョぉぉぉブ!

 ここの侯爵様は、常々、上に立つ者は下の人間の面倒を見る義務があるだとか何とかいうようなことを口にしているようだから、ご嫡男である彼もお節介な人柄に育っているのかもしれないわね。


「はい、喜んで」


 もちろん、断るなんて選択肢はない。

 私はニチャアと気持ちの悪い笑みを披露しそうになる唇を必死で堪えながら、世界のバグのような青年が差し出した手に己のそれを重ねた。


 瞬間、なぜか小さく周囲が騒めく。

 別に見知らぬ男性にダンスに誘われて社交辞令込みで受け入れるなんて普通のはずなのに、おかしなことだわぁー。


 エスコートされるまま共に移動すれば、道々、無責任な観客による下世話な(さえず)りにさらされる。

 私の中の理性さんはジェスチャーの意味が通じないことを前提に全員に中指を立てて返してやりたいようだけれど、感情さんはすぐ隣の青年の体温だとか息遣いだとかに大興奮していて、その他大勢に構うどころではない。


 内に、適当な場所に到着した私たちは、至近距離で向かい合い、軽く挨拶を交わしてからホールド体勢に入った。


 うひょー。

 ハマってその日に、こんなご褒美とかある?

 ガチでヤバすぎてヤバい。

 語彙力がマッハで遠ざかってしまうわー。


 ……ふむ?

 彼のダンスは少しぎこちないけれど、だからといって、下手でもないという感じね。

 もしかして、あまり慣れていないのかしら。

 確かに、彼が会場を軽く見回した瞬間、若いご令嬢方は分かりやすく顔を逸らしたり俯けたりしていたようだけれども。

 それって、かなり不憫なのではなくて?

 妖魔人形だなんて囁かれていたって、あくまでごく普通の人間の青年でしょうに。


 はぁ、しかし、本当に本当に顔がよいわ。

 見惚れてしまうわ。

 止めたいのに、ニヤニヤが止まらないわ。

 あぁん、困っちゃうぅー。

 ぉほほっ。


 誘っておきながら伯爵令息は沈黙を貫いているけれど、私的には全然問題ないというか、むしろ、会話に意識を持って行かれずご尊顔に集中できるので、ありがたいまである。

 そのニコリともしない無表情の内側で、彼はいったい何を考えているのかしら。


 あぁ、けれど、楽しい時間ほどあっという間に過ぎるものよね。

 体感五秒で踊りが終わってしまったわ。

 でも、この思い出を反芻するだけで、私、あと三十年は元気モリモリで生きていけそう。


 互いに腕を離し姿勢を正して、小さく礼を交わす。

 いい夢、見させていただきました。

 ごっつぁんでぇす。



 別段、何の反応もなく颯爽と立ち去る彼の背を見届けた後は、友人数人から囲まれて心配されたり、好奇心旺盛なご令嬢に話しかけられたり、若い男性たちから引いたような視線を向けられたりしながら、無難に社交をこなして、何事もなかったかのような顔で子爵家に帰宅いたしました。



 そして、その三日後に伯爵家から縁談の打診が届きました。

 なぜにホワーイ!?


 えぇ、もちろんお相手はあの某悪魔絵師風クールイケメン様でございますわよ。

 噂の本人だって全く気に入ったような素振りも何もなかったのに、どうしていきなりそんな話が立ち上がるの。

 お節介な侯爵令息が彼のご両親にあることないこと吹き込んで、それで乗り気にさせてしまったとか?


 別に私としては万々歳で、断るつもりもないけれど。

 だって、結婚したら合法的に同じ家に住んで四六時中あの顔に見惚れていられるのよ。

 最高の環境じゃない。

 でも、そんな人を美術品か何かの如くジロジロ鑑賞してくるような女、見られる当人からすると、普通は鬱陶しいとか気味が悪いとか思うものじゃあないかしら。

 私は、共に世界を滅ぼそうと言われても秒で頷けちゃうくらい彼の顔が好きだけど、絶対に彼を夫にしたいのかというと、そうでもないし。

 中々無口な性質(たち)のようだったから、もし、周囲に押し切られただけだとしたら可哀想だわ。

 その辺り、きちんと確認できると良いのだけれどねぇ。


 あ、私の両親の反応?

 案外だけど、軽いものだったわ。

 どう思うって聞かれたから、顔がとても好みだと正直に答えたら、じゃあ受けておくって、それだけ。

 退室直前、父がこっそり『あの子は昔から感性が独特だから大丈夫だろう』って母相手に零していたのは聞き逃していませんからね。

 はは。私、両親からずっとそんな風に思われていたんですねぇ?

 はははは。

 彼らに愛されてるのは確かだし、多少悪い噂のある相手でもしっかりやっていけるっていう、信頼の言葉として受け取っておくから。

 ふんっ。





 で、二週間ほど経った頃。

 顔合わせということで、両親と共に伯爵家を訪れたの。


 最初にお互いの親の紹介で名前を名乗って、その後、若い二人で話しなさいと庭を散策することになったのだけれど。

 イケメン様。正確にはラジニアズ様。しゃべらないのよねぇ、一言も。

 私の方だって彼の顔をずっと眺め続けているという失礼な態度でいるのに、それに対して言及もなければ、不快そうな雰囲気を出していたりもしない。

 本当に何を考えていらっしゃるのかしら。


 こちらがあまり花に興味がないことを察してか、間もなく、ご令息は無言のまま東屋に私を誘導したの。

 そこで、正面に向かい合うように座りあったわ。

 で、やはり沈黙。

 距離は少し離れたけれど、横から見上げるよりも楽だから、私としては満足ね。


 っあーーー……ラジニアズ様。なんて完璧造形。超好き。

 夜の闇の方が余程似合いそうな容貌だけれど、太陽の光に照らされる姿もまたオツというものよ。


 淑女として取り繕うまでもなく、自然と笑みが零れてしまう。

 なんて贅沢な時間なのかしら。

 対価もなくタダでこんな貴重な幸福体験をしちゃって本当にいいの?

 もしかして、私、もうすぐ死ぬの?


 なんて考えたのがフラグだったのか、ふと目の前を何かが横切り、テーブルの中央に着地した。


 ぅげぇーっ! 蜂ッ!

 親指大のデカい蜂が!

 空気読め複眼野郎!!


 恐怖と怒りで反射的に体が強張ってしまう。

 思わず両手で口を塞ぎ呼吸を潜めて、私、ひたすら闖入者の動向を注視していたわ。


 やがて飛び立ちそうな仕草を見せた時、唐突に蜂はその動きを止めたの。

 いや、固まった、が正しいかしら。

 ビックリよね。

 まるで瞬間冷凍にでもかけられたかのように、おもちゃの電池が切れでもしたかのように、蜂は一切動作しなくなったの。

 信じられなくて何度も瞼を瞬かせていれば、正面から淡々としつつもセクシーな声が投げられたわ。

 えぇ、もちろんラジニアズ様よ。


「……殺しても?」

「えっ。あ……え?」


 え? 私? 殺される?

 ええと、その、こちらは一向に構わん!

 ……って、違わないけど違ぁう!


 意図が分からず混乱に喘いでいると、彼は自身の長い指を一本、テーブルの上に向けたの。

 それでようやく理解したわ。


「……蜂、でございますか?

 そう、ですね。どこかへ放ったところで戻ってこないとも限りませんから。

 強者の眼前に身を晒した己の迂闊さを、その命でもって学んでいただくのが宜しいかと存じます」


 刺す虫、死すべし。慈悲はない。


 ようやく質問に答えを返せたと安堵すれば、彼からほんの少し怪訝な目を向けられてしまう。


 な、なんでしょう。

 迂遠に表現し過ぎた?

 はっきり「殺せっ! 殺せっ!」と拳を振り上げて主張した方が良かったのかしら。

 けれど、私、これでも淑女なので、あまり物騒な単語を口にするわけにはいかないと申しますか。

 あっ。もしかしてコレ、淑女的には、「殺すなんて可哀想ですぅ、虫さんだって生きてるのにぃ」ってブリッ子かますのが正解の場面だったの?

 いやでも、それは私が嫌だわ。

 彼からちょっとやってみてって頼まれたら余裕で演技するけど、そうじゃなきゃ舌を噛み千切るレベルで嫌だわ。


 えっ?

 ちょっと。

 脳内でバカなことを考えている間に、蜂がっ。

 蜂が独りでにバラバラになったんですけど?

 え、なに? どういうこと? え?

 っあ。今度はバラバラ死骸がピューッとどこかに飛んで行った。

 ピューッと。

 え?


「……殺した」

「え? あ、はい、ありがとう、ございます……?」


 ん?


 再び戻る静寂。

 見つめ合う年頃の男女。


 ほほっ、顔がいい。

 ニヨニヨ。


 じゃなくて、ええと。

 理屈は分からないけれど、今のは彼の仕業ってことよね。

 まさか、彼はサイコキネシス的なパゥワーを持った超能力者ってことなのかしら。

 もしくは、私の目に追えない速さで何らかの武器を用いて殺した、とか。

 何にせよ、普通という単語に収まらないスキルであることは確かね。

 そして、ご尊顔に似合いすぎるので私的にポイントプラスなのも確かね。


 あと、もしかしなくても、噂の原因ってコレでしょう。

 きっと幼い頃に、稀有な面立ちのせいでクソガキに攻撃されてだとか、誰かのピンチに遭遇してだとか、そんなタイミングで咄嗟に力を使ってしまって、それで当事者や目撃者から尾びれ背びれ付きで広まったんだわ。


 で、どうしてその事実をわざわざこの場で明かしたのか。

 考えるべきはソコよ。


 一番有り得るのは、やはり反応を試しているといったところ?


「……なぜ笑う」


 あっ、ごめんなさい。

 貴方様の(かんばせ)が目の前にあると、デフォルトで唇が弧を描いてしまうんです。


「至上の美を前に生ずる幸福をもってすれば、全ては些末事ですわ」


 ううん。唐突すぎたかしら。

 微妙に首を傾げられてしまったわね。

 お可愛らしい。


「失礼ながら、私、貴方様のご容姿を大変好ましく思っておりますの。

 程度を申し上げれば、そう、その唇から直接命じられれば、実の親すら容易く手にかけてしまえるくらいに。

 ラジニアズ様の美貌に心底屈服し傾倒しているので、どの様な力や思想をお持ちであろうと関係がないのです。

 今の私は、貴方様をただただ肯定するのみの存在。

 ゆえに、全ては些末事と申しました」


 我ながら危険人物だわ。

 どうして転生なんてしてしまったのかしら。

 せめて、ここまで好みド直球の人間がいなければ狂わずに済んだのに。

 いえ、自身の歪んだ精神性をラジニアズ様のせいにするつもりは微塵もないのよ。


「このまま私を遠ざけるも、消すも、利用するも、受け入れるも、どうぞお好きになさって」


 ごく一般的な感性をお持ちなら十中八九避けられそうだけれど……さて、どう転ぶかしら。


 七割の不安と三割の期待で胸を高ぶらせる私。


 結局、ラジニアズ様はいつものキリリとした無表情で一度だけ深く頷いて、また黙ってしまわれたわ。

 やはり、この(かた)のお考えはサッパリ分からない。

 まぁ、その寡黙さもゲームの主人公っぽくて嫌いではないかしらね。

 ついでに成すべきことをしっかり熟すタイプだったら更に素敵だけれど、これ以上を求めるのは贅沢というものよ。


 ここで敢えてゲーム的に表現するなら、個人的にはニュートラルかカオスルートに進みたいのよね。

 ロウは嫌い。不完全な神や使徒に従属するなんて、まっぴら御免だもの。

 愚かなのは人間の特権よ。

 星に生ける種としての本能すら忘れてしまった我々には、闇の中、ひたすらもがき蠢く姿こそ相応しい。


 ……いやだ。シラフで何を考えているのかしら。

 前世、長年に渡って中二病を患っていたから色々と(こじ)らせているのよね、私。

 この国で女として生きるにあたって、全く不要な埒外(らちがい)の思想だわ。

 ラジニアズ様の麗しのご尊顔に集中して魂の浄化を図らなくては。


 はぁー、見れば見るほど良き面容でいらっしゃる。

 ウットリしちゃう。

 紅茶百杯飲める。


 狂信者じみた発言をした後なのに、こうして眺めていても拒否されない辺り、内実、お優しい(かた)なのかしらね。



 あぁ、至福の静寂の中、時だけが無情に過ぎていく。

 草花が風に踊る様を背景に、私たちは両親が寄越したメイドから帰還を促されるまで、じっと互いを見つめ合っていたの。


 うん。これで、後日早々にお断りの返事が来たら、さすがにショックかもしれないわ。

 もちろん、結果は結果として受け入れますけどね。




 なんて、構えていたのだけれど……それから四日後、実際に届いたのはデートのお誘いの手紙だったわ。

 あんまり嬉しくて、予想外で、うっかり人前で奇声を発してしまったのは、ラジニアズ様には絶対に内緒。



 で、まぁ、デート当日の話ね。


 手紙の内容にあった通り、乗馬可能な装いで待っていたら、前世のばんえい馬かなってくらい大きくて骨太な葦毛の馬に乗って彼が迎えに来たの。

 体格が立派すぎて使用人に踏み台を用意してもらってなお難儀していたのだけれど、ラジニアズ様が意外な力強さで引き上げて下さって。

 あぁ、細身でも男性なのね、と妙に意識してしまったわ。

 それで、彼の前に横座りで騎乗して、手綱を操るために抱き込まれるような形になって、もう密着具合に顔とか関係なく照れてしまって。

 カマトトぶるつもりはないけれど、正直、前世と合わせても異性とこういうシチュエーション、その、慣れていないのよ。


 そんなドキドキしっぱなしの相乗りで連れられたのは、なぜか伯爵家の所有する森の中……の、フェアリーサークルが沢山刻まれた原っぱ。


 その日のラジニアズ様は比較的饒舌だったので、そっちにもキュンキュンしっぱなしだったわ。

 だって、低いウィスパーボイスが儚くて切なくて色っぽくて最高なのだもの。

 顔だけじゃなくて声も良いのは最強すぎてズルいと思う。


 ともあれ、そこで聞いた話によれば、何でも、彼と同じような容姿と力を持っていたという曾祖父に当たる男性が、満月の夜、踊る妖精たちの輪の中心にいきなり現れた、ということらしいの。

 もしかして、私とはまた違う世界に生きていた人間が、何かの拍子に転移しちゃった、なんてオチかしらね。

 相当取り乱したようだけれど、当時の伯爵家に保護されて、その内に、ご令嬢にぞっこん惚れられて婿入りしたみたい。

 その娘さんの日記でも残っていれば、是非読みたいところだったわ。


 説明を受けた後、しばらく原っぱの隅に並んで佇んで、二人でしんみりフェアリーサークルを眺めていたの。

 でも、私、どうしても気になって、なぜそんな大事な話を教えてくれるのかとラジニアズ様に尋ねてみたわ。


 だって、コレまだ初デートよ?

 お見合いの最中で、正式に婚約が成った後でもないのよ?


 そうしたら、彼ったら私を真っ直ぐ見つめて「……妻になる人だから」なんて言ってくれて!


 っはぁぁあああああ!?

 萌え殺されるかと思ったわよ!

 破壊力ばつ牛ン……やば、ネタの古さで年齢がバレる今のカットで!

 もうもう心臓が痛いのなんの!

 オタク魂が瞬時に言葉の深読み百通りはしていたわよね!

 これ相思相愛ラブラブ夫婦ワンチャンあるわよ!

 ひゃっほい!


 まぁ、猛り狂っているのは心の中だけで、表面上は真っ赤になって涙目で下唇を思い切り噛みつつ呻き声を上げ背を丸めて心臓部を両手で握り込む程度の致命傷で済んだのだけれど。


 無表情ながら心配そうな空気を醸し出しつつ優しく背中を擦るのは止めていただきたかったわ。

 治るどころか悪化しかしないから。


 もうね。こんなの、普通に好きになっちゃうじゃない?

 夢女子まっしぐらなんですけど?

 責任とって娶ってください。

 あ、結婚ほぼ決まってたわ。

 ぬぇっへへぇ。


 まぁ、説明の時を除けば相変わらず寡黙な人だったけれども。

 それでも、話しかければ頷くくらいはしてくれるというか、必ず何かしらの反応をくれるのよ。

 だったら、夫婦として一緒に暮らしたところで不満や不安を発症することも、まずないんじゃあないかしら。

 仮に嫡男としての義務感だとか他に選択肢がなかったからなんて消極的な理由で私との結婚を決めたのであっても、本気で厭われてさえいなければ、顔目当てのこちらとしては何の問題もないわけで……。

 前世のオタク魂の影響もあって、見返りはこの世に存在してくれていることのみで、一方的かつ勝手に愛して、押しつけがましくならない程度に何十年と尽くし続ける、なんていうのは大得意ですもの。

 伯爵夫人業だって彼の為ならば立派に務めてみせますわ。

 おーほほほ。




 そんな風に考えながら、花嫁修行諸々を着々とこなしていたら、あっという間に一年経って。

 つつがなく挙式の日を迎えちゃったりなんかして。


 いや、婚約を発表してから小うるさいハエ共がプンプン周囲を飛び回ったりはしていたけれど……外面と伝手を駆使して適当にあしらっておいたので、今は省略。


 とにかく当日、控室に彼のご両親が挨拶にいらっしゃってね。

 その時、お義母様がこそっと耳打ちしてくださったの。

 縁談の打診を送る前に再度「本当にこのお嬢さんで構わないか」とラジニアズ様に確認したら、首を横に振って「この人がいい」と言っていたのですって。

 この人でいい、じゃなくて、この人がいい、って。


 もうね。

 嬉しすぎて、感極まりすぎて、声上げて大大大号泣して、止まらなくて……式の開始を予定より三十分以上も遅らせてしまったのはこの私です。

 関係者の皆様その節は大変なご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。


 終わった後で、ラジニアズ様が珍しく口を開いて原因を尋ねられたので、正直にお答えしたわ。

 そうしたら、彼にはボンヤリとだけど他人の感情を読み取る力があって、妖魔人形を相手に本当に喜んで踊ってくれたのは私だけだったからと、そう教えてくださってね?

 それを聞いて、私、これまでずっと彼はどんな気持ちでご令嬢方とダンスをしていたんだろう、人に、悪意に囲まれていたんだろう、って想像しちゃって……想像したら、あんまり不憫で、理不尽で、とっても悲しくなって。

 また、ボロボロ泣いてしまったの。

 オタクって推し限定でメチャクチャ涙もろいのよ。


 で、また優しく背を撫でてくださるものだから、私、思わず「好きです」なんて言っちゃって……。


 ラジニアズ様からは、頷くだけで、同じ言葉を返してはいただけなかったわ。

 だけど、ほんの僅かだけれど、初めて笑ってくださったの。

 もうリアルに鼻血が出そうになるほど興奮した。

 あの時は本気で乙女としての尊厳がピンチだったわね。



 そうして、ラジニアズ様と夫婦になって。

 やがて、二人の間に可愛らしい子供を授かって。


 でも、私、一度だって自分のことをどう思っているかなんて、彼に問いはしなかった。


 何年経っても、相も変わらずラジニアズ様に見惚れ続けている狂信者チックな私だけれど、たまに彼が優しく目を細めてくれるから、それだけで、誰よりも幸福な人生を送っているつもりになれたの。

 それだけで、何もかも充分だったの。





 十八歳のあの日。

 たまたま参加した夜会にラジニアズ様がいて。

 たまたま彼が侯爵令息に促されたのをきっかけにダンスを踊って。


 たったそれだけで、最高に好みの男性との結婚が叶うだなんて……これって、なんて棚から牡丹餅かしらね?

 まぁ、変な遠慮をせずに速攻で食らいついたのは私だけども。


 あと、真実は分からないながら、彼のひいお祖父様を召喚してくれた妖精たちには拍手を送りたいかしら?

 見知らぬ地に突然トリップさせられてしまったご本人には申し訳ないけれど、日本からの転生者である私がこの古めかしい世界で幸せに生きるには必要な出来事だった。


 だから、ずっと人生に希望を見い出せずにいた私を、前世のオタク魂を、救済してくれた奇跡に御礼を言いたい。



 ありがとう。そして、ありがとう。


 この世の全てに、大・感・謝!!







 おしまい



おまけの小話


◇ある日の伯爵夫妻


「……転生?」

「はい。その、貴方に隠し事はしたくなくて。

 お、お引きになります?

 別の世界からの生まれ変わり、だなんて、私の頭がおかしいと」


 妻が不安に俯いていれば、夫は彼女の右手をゆっくりと持ち上げ、指先に軽く口付ける。


「ひゃあ!? ラジニ様!?」

「……些末事だ」

「えっ?」

「……今この手中にある幸福を前に、全ては些末事だ」

「そ、それって……!」


 そう。ソレは、いつかの日、彼女が彼に与えた言葉を引用したものだ。

 相手に対する、心よりの屈服と傾倒を示すものだ。


 過去の己への羞恥とまさかの告白による歓喜で、みるみる目に涙を溜めていく妻を、夫が優しく抱き寄せる。


「っラジニ様ぁ」


 互いに少し歪みがあって、けして純粋なだけの形にはなりきれない二人だが、それでも確かに彼らは愛することを誓い合った、一組の立派な夫婦であった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 蜂=複眼野郎で腹筋が死にました。 ブォッフォって声がリアルに出ました。 夜中で一人だったので助かりました。
[一言] クー○ーリン? クーフー○ンなの?! 外れてても好みの悪魔絵師系美形と結婚したら顔面偏差値の差に打ちひしがれそうと思ったけど 早々に妥協ではなく望まれての結婚だと判明してるからストレスフリ…
[気になる点] “転生”令嬢である必要性が最後まで無くて笑った
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