スキヤキナベ星の住人
小さな星には、一人の住人がいました。
誰にもじゃまされない静かで美しい自分のお気に入りの花、
きれいな川が流れていれば
それでよかったのです。
毎日、同じ花を見て、美しいと思い、世話をして
流れ星は水分を運び、小川となって、また流れ星となり消えてゆく。
スキヤキナベ星の住人は、それで満足していましたが、
ある日、ふと、思ったのです。
「なんだか、たいくつだなぁ」
そのひとことで、
思いもしないことが起こりました。
ある日、夢をみました。
スキヤキナベ星の住人は、おおぜいの人が住んでいる町にいるのでした。
彼の住んでいる大邸宅は、しつじや、大勢の召し使いが働いていました。
ある晩のことです。
小さい天使の男の子が、ベッドのわきに立っていました。
「どうやって、入って来たのか?」
男の子は、いいました。
「窓から」
たしかに、窓は開いていました。
「あさって、約束だからね」
男の子はいいましたが、なんのことかわかりません。
「何のことだ?」
彼は、聞きました。
「お庭で、1000人の天使をあつめてチャリティーコンサートを開く約束だよ」
「チャリティー? コンサート?」
そんなことを言われると、そんな気がします。
「ず~っと、子どもたちは待っているんだよ」
「あさって、1000人の子どもたちを集めて、庭でコンサートをやるんだが、大急ぎで準備をたのむ」
といってみました。
「えっ、本当ですか?」
やっぱり。
そう思いましたが、約束というのなら、
あさっての準備をしないわけにもいきません。
「1000人分のおやつと、1000人分の立食パーティー用の食事と、1000人分の飲み物、それと…その白いドレスを1000人分用意しておきなさい」
召し使いたちは、急に、たくさんの仕事にびっくりの大あわてです。
「本当に、1000人も子どもたちがいるのかい?」
「ウソだかどうだか、確かめてみる?」
男の子が窓から飛び出すと、彼もあわてて追いかけました。
すると、いっしょに飛べたのです。
小さな子供たちのいるホームには、たくさんのベッドがあり、たくさんの子供がねむっていました。
「この子たちが、来るのか?」
「もちろん、そうだよ」
ぐっすり眠っているのに、起こして、聞くわけにもいきません。
「いつ、おまえと出会ったっけなぁ?」
「三年前の朝、庭園の茂みにいたら、棒でたたかれそうになった」
そんなこともあったような気がします。
「きっと、さんぽ道に棒が落ちていたから、遠くに投げようとしたんだ」
「何か、変なあやしい動物かと思って、すまん」
いいわけをしました。
彼は、男の子のいない時に、背中をかくにんしました。
「ゆうべは、たしかに空を飛んだが、ツバサは…」
ついていませんでした。
召し使いたちは、明日になった1000人の天使のコンサートの準備でとてもいそがしそうでした。
そうだ、あさってのスピーチ、何を話すか、考えよう。
そうして、読み上げました。
「うんうん、いい感じだ」
いや、待てよ。あれも必要だ、これもいるぞ…。
スピーチ用の横に、1000人分のまだまだ要るもののメモを書き入れました。
そして、明日のメッセージを書き終えると、サインをしました。
ミスター・ハルバルト・ウイン・バイ・G
すると、どうでしょう?
むらさき色のモヤに囲まれて、
たった一人分しか、住めなかったスキヤキナベ星が
グ~ンと大きく広がりました。
そして、1000人の天使と、
1000人の天使を世話をする大人たち
その住める家を作る大工さんたち
そ人たちの食べる魚をとる漁師さんたち
その人たちの着る服をつくる人たち、
その人たちを食べさせるための広い小麦畑、
もう数えきれないたくさんの人と広い土地と、
山と湖と川と緑と、海、
音楽と楽器をつくる人、奏でる人、
大きなパン工場と、そこではたらく人たち、
広い牧場と、たくさんの花々と、みつばち、小鳥、動物を
やしなえるほどの大きな土地に一気に広がりました。
平たかったスキヤキナベ星は、まん丸く、風船のようにふくらみました。
彼は、すっかり忘れてしまっていました。
思いをめぐらして、言葉にして、自分のサインを紙にかけば、本物になるということを…。
遠い昔、彼に神さまのかけらが入っていたのを。
「たいくつだ」とつぶやいたことを…。
自分の中にも「愛」がたくさんあったことを…。
思い出したのです。
おしまい
サン・テグジュペリに捧ぐ