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社員食堂の小人さんと秘密のお手紙 1


 己の社員番号と名字が記された発泡スチロールの箱を開けると、プラスチックの器に盛られたカツ丼が姿を現す。

 圧縮されていた空気が解放されるように、今野こんの美月みつきの鼻に匂いが届き、乗じてお腹が空腹を主張した。

 いつもながら、美味しそう。

 蓋を戻すと箱を両手で抱え持ち、自部署へ向かう。


 途中、すれちがった社員が同じロゴがプリントされた同種の箱を抱えており、いましがた出てきたばかりの食堂へ入っていった。

 以前では見られなかった光景だが、今は時差喫食が推奨されている。美月も、今日は少し早めの昼食だった。

 デスクに戻ると、中身を取り出す。コーヒーとは別のマグカップで粉末タイプの味噌汁を作り、マイ箸を持つと手を合わせる。


(いただきます)


 声には出さず、頭を下げる。

 まだ昼食の順番がまわってきていない者への配慮であり、食事中は私語厳禁でもあるからだ。



      ◇



 世の中ではリモートワークがもてはやされているが、美月の会社には縁のない体制だ。それでいて中途半端に世情を鑑みるものだから、社員は振り回されている。


 先月、ついに社内食堂が停止した。

 これについては、一部の社員にも問題はあったと思われる。食事中は会話はするな、というお達しがあったにもかかわらず、対面に座って会話をするバカが何人もいたせいだ。

 たまたま通りかかった専務が目撃し、怒髪天。

 極端なことで有名な専務は、「食堂があるから駄目なのだ」とばかりに閉鎖を通達し、社内を蒼然とさせた。


 この会社は食堂利用率が高い。都心と違い、昼休みに気軽に食事へ行ける店が存在しないせいだろう。

 弁当を持参する社員もいるが、美月はもっぱら食堂派だったものだから、焦ってしまう。二十六歳にもなって情けない話だが、料理は得意ではない。

 未婚の男性社員は特に食堂を頼りにしていたものだから、当然不満は続出。

 また、食堂がなくなったせいなのか、付近のコンビニからは弁当の類が消える事態となった。惣菜パンも品切れとなりカップラーメンも品薄と化した。コンビニの店長はウハウハに違いない。


 社員の食糧事情は切迫していた。

 そこに登場したのが、弁当サービスである。




 総務部からの一斉メールで案内されたのは、弁当販売の斡旋だった。

 添付されている資料によると、いわゆる仕出し弁当とは違った、卸し弁当が提供されるようである。自粛が叫ばれるなか、飲食業界も悲鳴をあげているというし、テイクアウトサービス以外にも生き残り戦略が必要なのだろう。

 専用Webサイトを見るかぎり、いくつかの飲食店が協賛した法人向けサービスらしい。社食よりは値段が高いけれど、写真で見るかぎり、とても美味しそうだった。


 利用を希望する社員にはIDが付与され、各人がオンライン上で注文を行う。メニューと受け取り時間を指定しておくと、当日会社で商品が受け取れるシステムになっている。

 美月は早速申請し、最初に選んだ親子丼に骨抜きになった。


 とろりとした半熟タマゴもさることながら、濃いめの出汁が白米に対して、いい配分なのだ。多すぎず、少なすぎず。きっちり食べきれる程度に入っていて、容器に汁が残らない。使い捨て容器だから、そのままゴミとして捨てられる。なお、地球にやさしいバイオマスプラスチック容器だ。

 ちいさなパック容器に入っている漬物は、日替わりで数種類。箸休めにちょうどいい量がついていて、これも美味だった。


 和食だけが達者なのかと思えばそんなこともなく、衣がサクサクしたコロッケに、肉汁を閉じ込めたミニハンバーグなど。

 さすがに麺類はなかったけれど、コンソメスープは絶品だった。リピート確定だ。


 なによりも美月を喜ばせたのは、個別に箱づめされていることだった。

 つまり、誰がなにを頼んだのか、周囲には知られずに済むということ。時差喫食に加えてぼっち食事が義務づけられ、衝立で仕切った自席での飲食となっているのだ。


(周囲の目を気にせず注文して、思う存分食べられる。サイコー!)



 美月は、食べることが好きな女子である。

 その食事量は、育ち盛り男子に引けをとらない。指定時間内に食べきったらタダになるメニューを制してきた記録保持者でもある。地元の中華料理店には、店主のおじいちゃんの自筆による「コンノミヅキ」という名前が燦然と輝いていた。

 なお「ツ」に点々がついているのは、墨が飛んだせいらしい。


 社会人になり、同僚の女子と食事をした際、衝撃に襲われた。

 学生時代と違い、美月を知らないひとたちに囲まれた結果、遅まきながら――ほんとうに遅まきながら、己の食欲が少々(・・)特殊なのだと自覚したのである。

 人目のある場所では、大盛りなんてもってのほか。「ごはん大」すらはばかられ、すきっ腹を抱えながら仕事をする日々を送っていたが、これで会社でも思う存分好きなように食べられそうだとわかり、美月はこのサービスに迎合していた。



 保温用の発泡スチロール箱は、ある程度の高さがある。注文量がどうであれ、使用される箱は同じものだ。コストや輸送を考えると、効率的だろう。

 こうして大きな箱を持っていても、美月が男性向けのボリューム弁当を取っていることは、周囲にはバレない。食堂では、対面カウンターでの注文方式だったことを考えると、オンラインさまさまである。

 食べ終えたあとは、容器を自部署で処分したのち、箱を返却する。授受はすべて食堂だ。

 所狭しに並べられていた机は数を減らし、ソーシャルディスタンスとばかりに離されているため、社員同士の接触も少ない。入口と出口も別々にされている徹底ぶりは、なかなかどうして見事なものだ。きちんと対策をしていますという、食堂の気迫が感じられる。


 外部用の通門証を首からぶら下げた男性が、空になった箱をひょいと抱えて軽ワゴン車に積んでいるのを見たことがある。

 あんなふうに、社外の人間が配達にかかわっているのだ。ここでなにかしら問題が発生すると、弁当サービスに協賛しているお店の信用にもかかわってくるのだから、当然かもしれない。


 その食堂はといえば、受け取りと返却以外の人間を見ないことが、ひそかな話題をよんでいた。

 弁当が置かれているのだから誰かがいることはたしかなのに、その姿を見た者がひとりもいないのだ。ミステリーである。


 姿を見せず、けれど必要な時間にきちんと用意されている。

 中身は温かで、改めてレンジで加熱する必要もない状態で受け取れる時間配分。

 誰が呼んだか「食堂の小人さん」の仕事は、完璧であった。




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