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第三話



女は唖然とした表情を崩さない。このまま進むようなのも気は引けるが、


既に日はやや傾きかけている。


夜の森を歩けば、混沌の神々が私達を食らいにくるであろう。


森とは人間の領域ではない。ならば日が沈む前に村へ辿り着かねば。






煙の立ち上る様すらも見えない深い森に火を灯す松明が見えた。


村の入り口だ。門なんてものは当然なく、明確に獣を追い払うための仕切りなどない。


空は朱く染まり、カラスが鳴きながら空を飛んでいる。


村の人々は点々と集まり、口を動かしている。




村の人々はこちらを見るなり、あるものは村の中心へと駆け、その他大勢は詰め寄ってきた。


蛇は女の怪我について話し、周囲の瞳には女の足を映っている。


いつのまにか雄牛は帰っていた。


やがて中心から一人の老けた男がやってきた。


その男は村長を名乗り、私と蛇の素性を訪ねる。






「わたしはただの蛇で、この者と一緒に旅をしているのです。


わたしのことは蛇と呼び、この者は旅人と呼んでください。


しかし彼は忘れっぽく、自らが旅人であることすら忘れてしまうことがあるかもしれません。」






この言い草にはひたすら感心を覚える。






「村で最も大切に思っている彼女を連れ帰ってきてくれるなんて、心から礼を伝えたい。


この村に泊まりなさい。この村に来る人というのは珍しい。神様も大いに喜ぶことでしょう。」




「なんと親切な村であろうか。さぞや慈悲深い”神”の恩寵があるのだろうよ。」






なんともまぁ、この蛇というのは他の神々に似て皮肉が好みのようだ。


しばらく蛇と老けた男の会話が続いた後、


助けた女の住まいに案内をさせられ、そこにてしばらく留まることとなった。


きっと女とその弟と”神”の繰り広げる人生という演劇を近くで楽しもうとしているのだろう。


老けた男はこの蛇の酒の匂いに酔って、つい生贄の女の家へとこの蛇を招いたのだろう。




この村は既にゾーエースの香りに酔いしれていた。


死と再生の神で、演劇の神、そして葡萄酒の神である蛇は観劇に相応しい場を用意してくれた。


わたしが演劇を断るにもいかない。


その客席はいかなる大理石よりも座り心地がよく、


いかなる劇場よりも見渡しが優れていて、まさに神々のための場であった。






女の家には彼女の両親と弟が待っており、帰ってくるなり母親はその娘を抱きしめた。






「ラベンダー。村で一番の誇りのあなたが帰ってきて良かったわ。本当にありがとう、旅人さん。」






彼女の父親も安堵した表情で女を見つめていた。


だが弟はどこか悔しそうに、じっと母親を後ろから睨み続けていた。




その悲しみの篭った瞳につい魅入られてしまう。これは神エロースを心に宿す者の瞳だ。


きっとそこらへんに転がっている人間であれば躊躇わず刳くり貫いていただろう。


だが酒宴は始まったばかり、


今はただ杯に葡萄酒を注いで、神エロースと神ポトスの織りなす物語を楽しもうではないか。

どう見てもこの蛇、ディオニューソスです。本当にありがとうございました。


なんか最後らへんホモっぽくなってしまった感は否めない。



補足ですけど、神エロースや神ポトスというのは単純に

恋心とか情熱を言い換えた言葉だったりします。


ギリシャでは感情に神の名を用いることが多くて、ついそんな表現をしてしまいました。


エロスはエロ、ポトスはパトスと言われ、今でも後者は有名な曲の中に出てきますね。

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