第一話
かばんが重い…。
1人の青年の声が群青の下で響いた。
足はクタクタ、これ以上動きそうもない。なぁそう思うだろ?
そう誰でもない自分に言い聞かせる。
「なんとも人間とはひ弱なものよ。
だから怒り、悲しみ、自らの無力さに絶望し、結局命を断つのだ。」
その言葉は腰の後ろあたりから発せられた。
色は漆黒、しかし光の反射によって所々深緑を覗かせ、
長く延びるその身体は腕より少しばかり太い…蛇のものだった。
つい口に出ていたのだろう。
独り言に律儀に返事するその蛇の名はゾーエース。
死と再生を司る豊穣神を名乗っている。
そんな蛇の煽りを無視して山道を下る。
不機嫌そうに黙って後を追ってくる蛇の様子は実に愛らしい。
いつの間にか左右は暗闇に覆われ、
光は頭上をポツリとしか照らさなくなり、
遂には絶えた。
常闇は我々の全てを包み込み、人間に抑圧された自然の狂気を顕にする。
人間社会から隔離された遠吠えが場全体に響き、反響し、共有される。
そんな暗闇では幻想が足音を立てていても、なんら不思議ではない。
狂気は愛されるべきではなかったものにすら愛情を分け与える。
そして殺意を抱くことすら許されなかったものへ、
刃を突きつける原動力足りえ、
時に人間社会というのは狂気と共に暮らしているのだ。
これは半ば常識であり、普通は認識していないことであろう。
しかし、これから先、人間は自然の持つ狂気を隅へ追い詰め、
心の中の闇に獣を養い、内側から食い殺される。
いくら世界の距離を縮めたとしても、
人と人の距離は開く一方で、
そんな中で「狂気を排除する」という狂気のもと、
人は自らさえも道具と見倣し、淡々と「作業」をする。
そんな神々を追放した後の世界を見た。
この森もただ人の住む所として
なぎ倒され、化け物たちは人の心へと逃げる。
そんな森の中を長くもなく、短くもない時間歩いていると1人の女性を見かけた。
足を怪我したようで、跪いていた。
「あのー、そこの方!助けてくれませんか。」
周囲を見回しても誰もいない。
「それは私に言っているのか?」
純粋に疑問を投げかけても、返事は返ってこない。
女性は後方を見つめている。
これはあの蛇に用があったということだ。
だが一向に話を切り出さず、
その怯えている様子は只事じゃなさそうだ。
「…人の子よ。私は死と再生を司る豊穣神ゾーエースだ。
取って食ったりなどしない。
…だが隣の人の男は名前を奪われてしまい、
汝との話が噛み合うことはないであろう。
というわけでこのゾーエースが汝の話を聞いてやろう。」
呆れた様子で女性の方へと向き、蛇はそう言う。
女性は深呼吸をした後、蛇へ言った。
「神様、私は足を挫いてしまい、
ここから動くことが困難なのです。
村まで連れていってくれませんか?」
…予言能力を授ける太陽神…?ふーん…。あれ?確か寵愛を授けたのって青年で…。
某ギリシア神は男…、あっ。(察し)
まぁ寵愛って言っても色んな形があるもんね。(白目)