3話
「ラック!」
生々しく、赤赤しい。ラックの血が地面へと広がっている。その一部は既に地面へと染み込んでいた。
ここまで身体が抉られているのならば、即死だろう。
その無残な姿にサドネスは思わず叫んだ。
革島はチェーンソーのエンジンを切り、地面に乱暴に置くと、負傷した肩をダランと抑えながら口を開く。
「始末完了だ・・・。もう邪魔は入らねえ・・・」
「まだだ、まだ望みはある」
「オマエ等の頼みの綱であるコイツは再起不能だ」
革島は痛みを堪えながら続けている。その顔には苦痛とともに余裕の表情が垣間見える。
「オマエ等の反応を見るに、あの紙袋がオマエ等の最後の切り札・・・自分達を救ってくれるJOKERだ」
「・・・チッ」
「つまり、もう邪魔者はいないと見て良いと思う。・・・ハッタリは効かねぇぜ?」
どうやら万事休すの状況だ。ここから逆転するのは難しいだろう。
それを悟ったのか、サドネスは諦めの表情を作る。
「お前達が弱ったところを解体させてもらうとするか、能力者みたいだしな。それじゃあまた後でな」
「革島、最後に1つだけ聞かせてほしい。どうして君は人を殺し、食べるんだ?」
伊里が急に語り掛ける。どうやら、この犯行の動機を聞いているようだ。
革島は無視して帰ろうとしたが、どうせ彼等は数日後には死ぬ。冥土の土産として彼等に話そうと彼は判断した。
「そもそも、人を殺すやつってのは何かがイカれてるんだ。頭のネジだったり、感情を堰き止めてる栓だったりな・・・。俺は後者さ」
彼はゆっくりと語り始める。彼の人生を。殺人鬼へとなった経緯を。
「母親が痴呆になっちまって。仕事を止めて介護をしていたんだよ。そのストレスのせいで、俺はいつの間にか拒食症になっていた」
彼は母親を老人ホームへと入れることはしなかった。
彼女は女手1つで彼の事を育ててくれたのだ。
そんな母親には、死を待つだけの棺桶よりも、少しでも自分の傍でいて欲しかったのだ。
しかし、1人での介護は辛く厳しいものだった。
暴力や暴言は勿論、深夜徘徊は当たり前、遂に彼の顔すら忘れてしまった。
永遠と続く地獄のような毎日。しかし、彼には頼れるような人間はいない。
彼は次第に食欲が湧かなくなり、その栄養不足は彼の頭の思考力を奪う。
彼にはもう限界だった。
そして、ある日。彼は母親を殺していた。
「自分の中の何かがガラリと崩れた。それを感じた。そして、意識がハッキリした時には、既に母親は死んでいたんだ」
彼の目の前には彼女の死体が横たわっていた。
彼はその事実を認識して、彼は彼女を抱きかかえ泣き崩れてしまった。
そんな時であった。彼は急激な空腹を覚えたのだ。
そして、母親がとてつもなく美味そうに見えてしまったのだ。
何故だ!何故だ!何故だ!
彼は自分の心に問いかける。そんな事はあってはならない。いけないんだ!
しかし、彼の意志とは反して身体が動き、脳裏には母との思い出が駆け巡った。
彼はいつの間にか母親を食べていた。
「その日から、俺は人間を食べるようになった。いや、正確には人間しか食べられなくなってしまったんだ」
そこで彼はこの森の土地を買った。
まるで母親のように、森はあらゆる物を包み込む。たとえ、殺人の痕跡だろうと。
彼は通る人間を捕まえて解体し食べるようになった。
気がつくと、彼には獲物を閉じ込める為の能力が芽生えていた。
「そうして俺は殺人鬼になった。自分自身が生きる為にな。」
「そのような経緯があったのか・・・」
彼等はその話を聞いて驚く。まさかそのような物語が彼にあったとは。
「これを話したのはオマエ等が最初だ。そして最後のヤツでもある」
「そんな事はないかもしれないぞ」
「もしかして助けを呼ぼうとしてるのか?それなら無駄だ。俺のシーアは電波すら通させやしない」
その瞬間、彼の頭にハンマーが振り抜かれる。そのハンマーは彼のこめかみを直撃した。
彼は気絶する前に、それをやった犯人を見る。
何故だ。
それは彼にとって存在してはならない人間であった。
「な、ぜ」
そこにはラックが立っていた。
彼はチェーンソーで身体を抉られたはずだ。
しかし、一瞥する限り、彼には傷が残っていない。
その問いかけに対し、ラックの代わりに伊里が答えた。
「彼の能力、『フィールズ・ライク・ヘル』。寿命以外で死ぬ事が出来ない」
「く、そが」
革島は地面に倒れる。
それにより能力が解け、サドネス達は檻から解放される。
「あ、出れるわよ!」
「助かった、ラック。有難う」
「痛かったよー』
緩い文面である。
つい先程チェーンソーで切られた人間とは到底思えない。
そもそも痛いだけでは済まないはずだ。
そんな呑気な返答にサドネスは呆れていると、1つ気になる事があった。
「ところで、彼をどうする、伊里。」
彼はそれを聞いて考える。
そして、結論を残りの3人に伝える。
「私達はシリアルキラーではない。悪を打ち倒す必要はあるが、何も殺す必要はないはずだ」
「それなら放置しておくのか?それは反対だが」
「ああ、サドネスと零士には伝えてなかったか。警察には能力者へ対処する為の秘密の部署が存在していてな。彼等に連絡すると、能力者対応の特別な刑務所へ収監してくれるんだ。・・・と言っても能力者の犯罪自体、数は少ないから収監されているのは少ないがな」
犯罪件数および収監されている人数を見る限り、能力者の数は少ないようだ。
それでも、能力者の対処法も確立されている。
「ふむ、中々面白い。そのような仕組みが既にあるのか」
「まあね、だって能力者は普通の檻じゃ閉じ込めるのに不安があるでしょ?」
「一理ある」
そして伊里は携帯電話を取り出し、その機関へと連絡する。
彼等は革島が起きないかどうかを確認する為、引き渡しが完了するまで、その場で待機していた。
その間にサドネスが零士へと戻ったようで、彼はキョロキョロと辺りを見渡す。
「は!どうなりました!?」
「無事に確保出来たぞ。危ない場面もあったがな」
「え?大丈夫だったんですか!?」
「作戦通り、ラックが助けてくれたのよ。・・・それにしても、レイージちゃんは記憶がないのね」
『ルイージの発音』
「ええ、どうやらサドネスと記憶が共有出来ないようで・・・」
「サドネスのみが共有出来る状態なのか、なるほどな」
彼等が待っている間に話していると、2人組の誰かがやってくる。
「身柄の回収に参りました。こちらの方でよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします。彼の情報などは後で送っておきますので」
「承知いたしました」
どうやら彼等が例の機関のようで、革島を素早く担架に乗せるとそのまま来た道を戻っていった。
彼等はようやく全ての事が終わり、ホッと一息ついた。
恵海は笑顔になりながら、全員に話す。
「よし、引き渡しも完了したし、後はお土産でも買って帰りましょ!」
『観光もしたいな』
「ラックさんが1番頑張ったみたいですし、叶えてあげたいのはやまやまですが・・・」
「申し訳無いが、ラックは無理だな」
『ヒドい!頑張ったのに!』
「そういえば、この前5分ごとに職質受けてたわね。そもそも通報されてたし」
「・・・その格好で出て行ったのか?流石に無茶だと思うぞ」
『ショボン』
「先生ー、伊里君がラック君を泣かせましたー。」
「何故私がいつも悪者にされるんだ・・・!」
伊里は嘆く。いつも恵海にペースを狂わせられるのだ。たまにラックにも。
その様子を見て残りの3人は笑う。
その時間は平和に流れていた。
(SIDE 革島宗哉)
「あ、が・・・くそ・・・」
ラックに殴られた傷がズキズキと痛む。
自分が死んでいないのがおかしいくらいだ。
革島は気絶から目覚め、ゆっくりと立ち上がる。
「クソが、不死身なんてズリぃぞ・・・。って何だここは?」
彼は周りの景色に少し驚く。そこは自身の住んでいる森ではなく、何かの施設であったからだ。
彼は困惑していると、声がかけられる。どうやらこの部屋にはもう1人いたようだ。
「目覚めたのかい?」
「・・・誰だオマエは?」
「僕が誰かなんてどうでもいいよ」
彼はおどけた調子で言う。
革島はその態度に苛立ちを隠せない。
「はあ?」
「まぁ怒るなって。君を助けたんだぜ?」
「助けた?」
確かに、彼はラックに意識の外、いや常識や命の理の外からの奇襲を受け、負けた。
その場で殺されてもおかしくはないはずだ。
目の前の男が俺を助けたのか?
「助けたっていうか保護だね」
「どういう意味だ」
「そこを見てごらん」
その男は部屋に存在するモニターを指す。
そこには革島が車の中へと運び込まれているところが映し出されていた。
その車は救急車のような見た目をしている。
「あれはね、君を能力者用の刑務所へと移行する為の護送車なんだ。君のような非戦闘型の能力者は迅速に、そして無慈悲に檻へと運ばれる」
運転主と助手席にのっている男は少しの間、走行を続けた後、病院らしき場所へ車を停める。ここが目的地のようだ。
革島を病院の中へと運び込む為、彼等は後ろのドアを開ける。
しかし、その瞬間、彼等の顔が驚愕に包まれた。革島がいないのだ。
革島自身もこれに驚く。
「!!いつの間に・・・」
「ウチにはこういう事に長けてるのがいてね。君をここまで連れて来れたんだよ」
その男は仲間の事を自慢し、どこか得意気だ。まるで無邪気な子供のようである。
「それで、俺を保護した目的は?」
「君を勧誘しに来たよ、ウチの組織に」
「勧誘?」
「ぜひとも君をウチの戦闘員としてね」
「はっ、俺は負けたんだぜ?そんな負け犬を勧誘か?」
革島のいう事は最もである。そもそも、彼は人を食べる。そのようなヤツを仲間に入れる事のメリットは限りなくないだろう。
すると、男の雰囲気が変わる。淀み、息苦しく、それでいて喜びを感じさせる・・・。そんな雰囲気だ。
彼は口を開く。
「確かに君は敗者だ。しかし、死者ではない。負けて何も感じないような、漫然と生きている死者とはね」
「・・・」
「真の敗者のみが持つギラギラと光る輝き。瞳の奥に隠された、勝者を刺し違えても殺すという炎。そして、冒涜的で歪曲された生存本能。そんなところが気に入った」
「1つ聞かせてくれ。オマエ等の目的は何だ」
「負け犬が底辺から這い上がり、主人公気取りの勝者を引き釣り降ろす。そんな物語」
「・・・面白いじゃねえか。入るぜ、オマエ等の組織に」
元よりあって無いような命、それならあの紙袋頭にブツケてやるのもまた一興。
革島は彼の誘いに了承した。
すると、その言葉を聞いた男は先程の雰囲気を霧散させる。
「歓迎するよ、『レザー』」
「レザー?」
「ウチの組織『LOSERS』では全員あだ名、格好良く言えばコードネームで呼んでるんだ。革島だからレザー・・・安直かな?」
「ハッ。いいぜ、今から俺はレザーだ。・・・ところでオマエの名前は?」
「んー、みんなからは『ブラザー』と呼ばれているけど、何でも良いよ。例えば・・・『ボス』とかね」
「おいおい、ボス直々に勧誘かよ」
彼にはもう居場所が出来た。同じような敗者のいるような。
レザーは気がついたら笑っていた。
もし良ければ評価でも感想でも伝えてください。
ちなみに、次はキャラクター紹介でもしようと思ってます。