1話
新章『静かなる森』編、開幕です
気軽に来れる、神春町!
そんなキャッチコピーを歌っている通り、神春町は彼等の車で2時間程度で着く、そんな都市近郊の町である。
そのアクセスの良さからか、夏にはキャンプやバーベキューなどをする為に多くの人間がここを訪れる。
しかし、今の時期は特にそれ目当ての人間は来ないようで、町には余り活気がない。
「着いたぞ」
伊里は森の近くで車を止める。
どうやら、ここが目的地のようだ。
・・・ここが警官達が行方不明になったであるが、特に何も変哲のない森であるように見える。
「警察からの資料によると、ここは私有林で、所有者は革島宗哉という人物のようね。調べた感じ、この森の中に住んでいるらしいわ。しかも家は立てて無いらしいの」
「え?家無いんですか?」
『仙人みたいな人なのかな』
「とりあえず、彼に話を聞いてみないことには何も進展しなさそうだ」
森で行方不明になっている以上、この森の所有者である、革島が犯人の可能性はかなり高いだろう。
そう考えた彼らは彼から話を聞くために、『入口はここ』と下手・・・味のある字で書かれた看板が立てかけられた場所から入っていく。
しかし、一体彼は何処に住んでいるのだろうか。むしろ、住んでいるという表現が正しいのかは分からない。
「それにしても私有林というから、コッソリと侵入するのかと思いましたけど・・・」
「一般人が通り抜け出来るように道が出来ているな」
この林道はある程度整備されて、大雑把に道のようになっている。どうやら誰か、恐らく所有者の革島が整備したのだろう。
「これって革島がやったのかしら?」
「お世辞にも綺麗とは言えない道だから、きっと彼がやったのだろう」
これについて、恵海は何か違和感を感じた。
「あれれ?だけどこれって変じゃない?メリット無くない?」
『ないね』
道路を整備するのには多くの手間と費用が掛かる。普通はそのような事を個人ではやらないのだ。しかし、この道路は明らかに行政が介入したような物ではない。この矛盾、一体何を指し示しているのだろうか。
なお、補足として伝えるが、私有林に家を建てる場合、道路を引く必要がある。人によっては水道やガス、電気もだ。それの為にはかなりの金額が掛かる。
しかし、革島の場合、家が無い為、道路を必ずしも引く必要はないのだ。
彼等は考えながらその道を歩いていると、おもむろに零士が口を開いた。
「人を通らせる為・・・ではないでしょうか?」
『?』
「確かに、道は人を通らせる為にあるわね」
「・・・なるほど。零士君が言っているのは、獲物の選定という事か」
零士は肯定するように頷いた。
それにしても獲物の選定とはどういう事だろうか。
それを十分に理解出来ていないラックと恵海の為に、零士はこの矛盾の説明する。
「普通、整備されていない森に好んで立ち入るような人は余りいないでしょう。しかし、整備されている場合、様々な目的で森の中に入ってくる人はいると考えられます」
人間は誰しも楽な方へと流される傾向があるものだ。
道が整備され、この森が解放されれば、森林浴やバードウォッチングなどの行楽、もしくは、ただ単に森の反対側への行き来などを手軽に出来るようになる。
それがこの矛盾の1番の肝なのだ。
「その人達が目的なのです。そのような人達を誘拐すれば、私有林であるから、少なくとも捜索の初動を遅らせる事が出来る。犯罪の大きなメリットとなるんです」
「あー、なるほどね。勉強になったわ。私も今度試してみよ」
『普通に止めて』
「ふむ。それが正しければ、革島が余計に怪しくなるな」
彼等がその考察をしながら歩いていると、道の脇に小道が出来ている事に気づく。そこには革島と書かれた看板が立っていた。
ここに彼が住んでいるのだろう。
零士達はその小道へと入っていく。
すると、黄色いテントと小さな木造の小屋が見えてくる。彼の手作りなのだろうか。かなりボロいというか、かなりガタのありそうな小屋だ。
その周りには畑があり、野菜やハーブらしき物など様々な植物が植えてある。
そこに白い何かを撒いている男がいた。
恐らく、彼がこの森の所有者である革島宗哉のはずだ。
伊里はラックに少しの間隠れているように伝える。
ラックは紙袋を被っているので、とてつもなく不審がられるのだ。
ラックはOKサインを出しながら、少し距離を離す。
そして伊里は畑にいる彼に声をかけた。
「すみません」
「お、誰だい。こっちは林道じゃないぞ」
「いえ、実は貴方に用があってここを訪ねました」
「あー、ちょっと待っててな。もうちょいで終わるから」
そう言って彼は白い粉末を撒く。何故かその時、零士は少し身震いをした。
それを疑問に思いながらも、零士はその粉が何であるかを尋ねた。
「それって肥料ですか?」
「そうそう、骨粉って言うやつでね。これ撒くとデケぇ実つけるんだ。こーんなにデケぇやつだぜ!」
彼は大げさに手を広げ、大きさをアピールする。
その彼の無邪気さに、零士は思わず笑ってしまった。
その後、会話を交えながら、彼は残りの骨粉を撒いている。
そして遂にその全てを撒き終えた。
彼は零士達の方へと笑顔で向き直る。
「ふいー、終わったぜ。それで、俺に用ってどうしたんだい。」
「実はこの周辺で地元住民が行方不明になる事件が起きていまして、それで革島さんにお話を伺いたいと」
「お?俺を疑ってる感じか?」
「いえ、そういう訳では」
「うーん、町の奴らと警察官が行方不明になった話は聞いてるけど、特に俺は知らないなぁ」
革島は腕組みをして、必死に思い出すような仕草をする。
「それでも、何かを目撃したとか聞いたとかの情報はありませんか?」
「俺はここで暮らしてるけど、そういう変なのは見聞きしてないぜ」
伊里はそれに加え、他にいくつかの質問を彼にした。
しかし、返ってきたのは知らないという回答のみであった。
思うような情報が得られなかったのか、伊里は困った様子で腕組みをした。
「特に手掛かりになるような情報はなさそうですね・・・。それではもう一点よろしいでしょうか?」
「何だい?」
「この森の調査許可についてなのですが」
「あー、そんなの勝手にやって大丈夫だぜ。人助けの為だろ?俺も気になってるしな」
革島は屈託のない笑顔でアッサリとそう言った。
「それではお言葉に甘えて、捜索させて頂きます。ご協力有難うございました」
「おう、頑張れよ。じゃあな」
そう言って革島はボロ小屋へと入っていく。
伊里は深くお辞儀をし、彼等はその場を後にした。
そして、1度森から出てラックと合流し、伊里達は得られた情報をラックと共有する。
『どうだったの?』
「うーん、余り良いね情報は得られませんでしたが・・・」
「いや、それはどうかしら。彼の話には少しだけ違和感があったような気がしたわ」
「その通りだ。彼の話にはおかしな点が1つ存在した」
伊里は彼女の意見を肯定する。しかし、彼の話のどこに変な部分があったのだろうか。彼は特に当たり障りのない話ばかり話していたはずだ。
「それは警察官が行方不明になっている事を知っていた事だ」
警察官が2人行方不明になったのは事実である。それが何か問題なのだろうか。
そこで零士は大事な事実に気付く。
「あっ!」
「警察官が2人行方不明となった・・・この事は一般人の混乱を避けるため機密情報となっており、彼が知るはずはない。しかし、知る方法は1つだけ存在する」
確かに、彼は知っているはずは無い。いや、その事を知っていてはいけない人物である。
彼は警察官が行方不明になった森の所有者である。
その彼が知っているという事は・・・?
「彼が犯人だから・・・!」
「そうその通り。彼は愚かにも自分が犯人である事を自白してしまったのだ」
『秘密の暴露ってやつだね』
「難しい言葉知ってるのね」
犯人しか知り得ないような事件に隠された「秘密」。そのような重要な手掛かりを革島は自ら暴露してしまった・・・。
これは革島が犯人である決定的な証拠である。
「とりあえず、彼を問い詰めないといけないようだ。零士君はどうだ?サドネスは出て来れるか?」
「まだ出て来ていません。しかし、彼はもう直ぐ近くまで来ていると思います」
「それは危険が近づけば出るという事か?」
「そう・・・だと思います。自分は彼の意志が分からないので、飽くまでも憶測ですけど・・・。実際に初対面の時も危険を感じた為に、彼が出て来てくれたので」
「そうか、それでは零士君は準備が整ったと考えて良いとして・・・2人は戦闘の準備は出来ているか?」
「私はOKよ」
『OK!』
「それならばもう一度彼に話を聞きに行こう」
そうして彼等は森の中へと入る。この事件の真実を得る為に。そして、そこに待ち受ける敵を打ち倒す為に。