5話
カランコロン。
零士が喫茶店コインズのドアを開けると、ベルの音が軽快に鳴る。
その音を聞いて伊里はコーヒーカップをカウンターに置いた。
「あれ?伊里さん、営業時間なのにコーヒー飲んでて良いんですか?」
「この時間は人がほとんど来ないからな。少しぐらい休憩しても大丈夫さ。」
彼はそう言うと、カウンターの後ろの棚からコーヒーカップを1つ取り出し、零士に尋ねた。
「零士君もどうだい?」
「それじゃあ、せっかくなので貰います。」
「ブラックで良いか?」
「はい」
彼はサイフォンからコーヒーを静かに注いだ。コーヒーの奥深く、芳醇な香りが辺り一面にふわりと漂う。
零士は喉がそのコーヒーを求めているのを感じた。
フー、フー。・・・ゴクリ。
零士の喉には幸せが広がった。
「めちゃくちゃ美味しいですね、これ。」
「豆と抽出方法には拘ってるからな。」
伊里は心なしか嬉しそうだ。
彼らがゆっくりと味わいながらコーヒーを飲み続けていると、伊里が話を切り出した。
「実は先程、情報が入った。」
「依頼のですか?」
「そうだ。最近、神春町という町で人々が行方不明となる事件が発生しているそうだ。地元の警察も捜査に乗り出したが、その警察官も行方不明になっている・・・この情報は公開されてないがな。」
「機密情報ってやつですか。・・・何故伊里さんはそれを知っているんですか?」
「実は私達は警察と協力関係にあってな。警察の力が及ばないような能力者関連の事件を担当している。」
「何か凄い組織ですね、バックコインズって。」
零士は少し驚いた。依頼などと言うから、彼は誰から受けたのだろうと考えただけなのだが、まさか警察からとは。
「警察と繋がっていると何かと便利だからな。色々な情報が手に入る。」
「確かに、情報は大切だと思います。不正確な情報と正確な情報、どちらの価値が高いか一目瞭然ですもんね」
「その通りだ。」
「・・・少し話が逸れたが、これくらいだな。後は恵海とラックが帰ってきたら話をしようと思う。そろそろ帰ってくると思うしな。」
ガチャ!
ドアが勢いよく開く。
「そーんな呼ぶ声、聞いちゃいまして!バックコインズの紅一点!藍磯恵海の登場だー!」
『僕もいるよ』
零士はいきなりの彼等の登場に目をまんまるにする。
一方、伊里は呆れた顔で彼女達を見る。特に無駄にハイテンションな恵海の方を。
「・・・もっと静かに入ってこれないのか」
「人間にはスパイスが必要だって何処かの誰かが言ってるでしょ。そこにお砂糖と素敵な物と化学物質を合わせれば、キュートで頼れる正義の女の子が出来るのよ!」
『スパイスが必要だって言った人って、女の子を人体錬成しようとした博士じゃない?』
「その言い方だとヤバい人だわね、あの人。」
「雄弁は銀って言葉を知っているか?」
彼は面倒くさそうにしている。それもそのはずだろう。彼女達が帰ってきたので、早く作戦会議を始めたいのだ。しかし、恵海はそんな言葉では止まらない。
「あれって、古代エジプトの言葉なの。それなら、当時は銀のほうが実用的で価値が高いのよ、暗殺とかを回避する為の道具だったし。そしたらいっぱい喋る事が価値のあるものなんだよ!つまり、雄弁は金ってという事だわね!」
「そうなんですか・・・知りませんでした」
「まぁ、今私が適当に作った話だけどね」
零士はズッコケそうになる。
伊里はカウンターの上に手を載せ、額に手を当てた。
「とりあえず、作戦会議始めましょう」
「お前が邪魔したのだが」
「ヒトのせいにしないでよ」
「お前のせいなんだよ」
「まぁまぁ、伊里さん。ここでケンカ腰になったらどんどん遅くなりますよ」
「・・・・・・そうだな」
『耐えれて偉い』
伊里は大きくため息をついた後、恵海に話しかける。
「恵海、地図を取得出来たか?」
「勿論」
そう言うと恵海はバックの中から地図とチーズを取り出し、地図の方を広げた。
「これは警察の資料をコピーさせて貰ったの」
「・・・(無視しよう)」
「聞いた話によると、地元住民5人と警官2人の計7人連絡が取れなくなったらしいの。しかもそれが2ヶ月の間に起きたのよ」
恵海は地図を指す。そしてチーズの上にもう一つチーズを載せた。
「普通の田舎の住宅街だな。近くに森はあるが、そこまで広いものじゃない」
「そうなのよ。それなのに行方不明者が多いの」
テーブルに置かれた資料を見てみると、地元の人間が5人、警官2人が行方不明となっている。
この規模の町の行方不明者としてはかなり多い。
明らかに能力者が関連していると考えられるだろう。
「いわゆる、神隠しというやつですか」
「ふむ、何処かの家に監禁されているのか?」
『その可能性が高そうだね』
「証言や監視カメラ、行動範囲を鑑みて、警察が大体の位置を絞り込んでみたらしいのね。そしたら、この付近で警官2人が行方不明になった事が分かったわ」
恵海は町の南西の方に大きく丸をつけた。
その円の中には森林地帯が存在する。大体、超えるのに徒歩で2〜3時間と言ったところか。ここで迷うような事は余りないだろう。迷ったとしても、来た道を戻るような事をしなければ普通に民家が見えてくるだろう。
そして、恵海の取り出したチーズが遂に3つとなった。
「森ですか・・・。先程伊里さんが言った通り、余り大きな森では無いですね。」
「しかし、現にそこで行方不明になっている。何らかの能力者関連の事件に巻き込まれた可能性が高いだろうな。」
『ここに犯人が潜伏してそうだね。』
「あぁ、ここを調査するか」
「ところでチーズについて何も突っ込まないの?」
「ついに自分から聞いてきましたね・・・」
伊里はガン無視である。まるでチーズが見えていないかのようだ。
「とりあえず行かないことには始まらない。それでは明日の夜、神春町へと向かうぞ」
「あいあいさー!」
「そして、零士君。この任務に辺り、戦闘はほぼ避けられないだろう。覚悟は出来ているか?」
伊里は零士の顔が少し緊張している事に気づいたのだろう。彼は零士に声をかける。
(初めての戦い・・・。)
零士はそう考えて、少し顔を強張らせていた。ほとんどサドネスの意志でバックコインズへの加入が決まったとはいえ、最終的に自分の意志で能力者と戦う事を選んだのだ。
本当に大丈夫なのか?
サドネスに任せれば大丈夫なのか?
死んでしまうのではないか?
そんな事を考えていると、ポンと肩を叩かれる。
『零士くん、緊張しないで』
「ラックさん・・・」
『大丈夫。自分とサドネスを信じて。いざとなれば僕達が助けるから!』
「有難うございます!」
彼のその1ページに書かれた言葉を読んで、少し心のツカエが取れたような気がした。
零士の表情は柔らかい物となった。
「ラック、ありがとう。零士君、頑張れそうか?」
「はい!」
「それじゃあ明日、絶対に行方不明者を見つけ出すぞ」
「頑張ります!」
・・・そして始まる。彼の物語の第1幕が。
果たしてどのような敵が彼とサドネスを待ちわびているのだろうか。
それは神のみぞ知るだろう。神という存在がいるならばの話だが。
(???)
暗い部屋の中に一人の男がいる。一人の男が熱心に何かを見ている。
・・・これはバックコインズの映像?
「ようやく、ようやく始まるのか・・・。この時を待っていたよ」
彼は口角を限界まで上げ、興奮気味に彼等の音声を聞く。どうやら彼等の事を盗撮、盗聴しているようだ。
「あぁ、ワクワクするなぁ。ドキドキするなぁぁあ。僕は何て幸福なんだ・・・。まるで玩具を初めて買ってもらった子供のように、僕の心は喜びで飛び跳ねているよッ・・・!!」
彼はいきなり大声をだし、身体を大きく震わせた。
そして、その映像が写っているテレビに頬ずりを始める。
「早く会いたいよ・・・零士・・・」
彼のいる部屋の壁一面には、零士の写真が隙間なく貼ってあるのだった。