4話
「はぁ・・・」
零士は大きくため息をつく。それを見た彼の友人は何か面倒事があったのかと思い彼に話しかけた。
「どうしたんだよ、零士。ため息何かついて。昨日も大学休んでたし。」
「いやさ、ちょっと昨日色々あってね・・・まじで疲れた・・・」
彼は昨日の事を思い出す。
自分は能力者である第2の人格を持ち、ソイツは殺人鬼であり、保護してくれた人も殺人鬼であり・・・もうめちゃくちゃである。
彼は再び大きなため息をついた。
「ふーん、サークルとか大変だったの?」
「まぁそんな感じ・・・」
「そうか、お疲れさん。じゃあ、俺は部活だから。バイバイ」
友人は手を振ってそそくさと帰る。それに手を振り返した後に零士が帰る準備をしていると、零士の携帯電話がなった。
着信の画面を見て彼は顔を顰める。
(伊里さんか・・・やだなぁ)
彼は通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。
「もしもし」
「零士くん、体調は大丈夫かい?昨日、一昨日と気絶したからな」
「はぁ。もう大丈夫ですよ。流石に疲れてますけど」
「ハハハッ。済まない済まない。昨日はまさかあんな事になるとはな。私としてはただ勧誘をしようとしたかったのだが」
電話の向こう側から恵海の軽快な笑い声が聞こえた。
「ところで何でしょうか?」
「食事でもどうかと思ってな。ちょうどもう1人の仲間が戻ってきたんだ。顔合わせも兼ねて一緒にどうだ?」
「あれ?伊里さんと恵海さんだけじゃないんですね?」
「ああ、彼を含めて3人なんだ。いや、君も含めたら4人だな。本当はもう1か2人くらい増やしたいのだがな」
「そうなんですね、だけど自分はやめ「もう用意して待ってるから早めに来てくれ。」ておきま・・・す」
そう言って恵海は電話を切る。
零士は何だか頭痛がしてきた気がした。
もう彼は何かもうどうでも良くなってきた。
(行かないと悪いし・・・仕方ないか・・・)
零士は重い足を頑張って上げながら、アジトへと向かっていった。
零士の通っている大学から電車で1時間ほど。閑静な住宅である星見市にはコインズという喫茶店がある。その見た目は古き良き喫茶店と言うべきか。中々、趣きのあるそこにバックコインズのアジトは存在する。
零士が古ぼけたドアを開くと、カランコロンとドアベルが軽快な音を鳴らした。
しかし、店内には誰もいない。
そこで、零士は誰かいないかと声をかけた。けれども予想に反して返答はこなかった。
「おかしいな」
その時、厨房の方でガシャンと大きな音が聞こえる。
鍋のような何かが床に落ちたようだ。
その音を聞いて彼は少し驚いた。
(もしかして誰かいる?)
彼は意を決して厨房の中へと入る。誰かが調理をしていたのか、IHコンロの上には鍋が置かれている。
しかし、そこには人影がなく、床にはボウルが落ちていた。そのボウルには調味料が入っていたようだ。その一部が床へとたれている。
すると、零士の背中にゾクリと震えが走った。
何かがいる。
「ッ!」
彼は咄嗟に振り返ると、そこには異質な男が立っていた。その男は身長は190センチメートルほどで、顔には紙袋を被っている。そして、その手には鈍く光る包丁を握りしめていた。
「うわっ!」
零士は思わず悲鳴を上げてしまうと、そのまま腰を抜かした。そして彼はキッチンから這うように出る。
マスクの男はその様子を不気味なほどに静かに見ている。まるで感情のない人形やロボットのようだ。
零士は机やイスにぶつかりながら、喫茶店の外へ出ようとドアを開けようとすると、手にビニール袋を持った恵海が喫茶店へと入ってくる。
零士は恵海にぶつかってしまい、思いもよらぬ衝撃で恵海はバランスを崩し、ビニール袋を落とした。
「いてて・・・」
「恵海さん、大変です!」
零士の慌てようを見て恵海は表情を引き締める。
「え?何かあったの?」
「き、喫茶店の中に包丁をもった紙袋の男がいるんです!」
恵海はそれを聞いていきなり笑いだした。
零士は恵海が信じていないと思ったのか少しムッとする。
「アハ、言い忘れてたわね。彼はバックコインズのメンバーよ。まぁめちゃくちゃ怪しいけどね」
「えっ!」
「ラック、おいでー。」
呼び方が犬のそれである。
様子を伺っているラックと呼ばれたマスクの男はゆっくりと彼の方へと歩み寄る。
「彼の名前はラック。昔、顔に重度の火傷をおったから、こんなマスクを被っているの。彼はこんなんだけど、メンバーの中で一番優しいわよ。」
それを聞いて、零士の心の中には激しい後悔が生まれる。
・・・それにしても仲間に対してこんなのとは酷い事である。まぁそれだけ信頼があるのか。
「すみませんでした!まさか仲間とは知らずに・・・」
彼はポケットからメモとペンを取り出し、サラサラと何かを書いている。
それを見て零士は彼が言葉を発せない事に気がついた。
『気にしないで。こんなやつが後ろにいたらビックリするからね』
字にはそのヒトの人間性が現れる。見た目とは裏腹に軽快に彼の書いた字を見て零士は彼の人間性を理解した。
「本当にすみませんでした・・・包丁を持っていたものですから、怖くて怖くて」
『料理中にボウルを落としちゃって。うっかり包丁を持ったまま溢れたのを拭くためのタオルを探してたんだ。そしたら誰か入って来てビックリしたよ』
全く、紛らわしいことである。
恵海は2人が分かりあえた事を確認したのを見届けると、彼は2人に話しかけた。
「よし、それじゃあパーティーの準備をやろっか。アタシは皿とか準備するから、ラックは料理を温め直して、零士くんは・・・久ちゃんを呼んできて!」
「久ちゃん・・・あ、伊里さんの事ですか。何処にいますか?」
「うーん、多分2階の彼の部屋にいるんじゃないかな?あの零士くんを保護してた場所に。」
「了解です。呼んできますね。」
ラックは了解のハンドサインを出した後にキッチンへと戻り、零士はキッチンの横の階段を登って二階へと上がっていった。彼は伊里の部屋へとたどり着くと、コンコンとノックして呼びかける。
「伊里さん、いますか?」
部屋の中からは返事がない。寝てるのだろうか?
部屋の鍵は掛かっていないようで、彼は伊里を起こさないようにゆっくりとドアを開けた。
しかし、そこには誰もいなかった。
零士はふと伊里の机を見ると、そこには1枚の写真がある。
「これは・・・伊里さんと女の人の写真か・・・」
彼の恋人だろうか。雪の中、2人とも幸せそうに写っている。見るだけでこちらも幸せになってくるようだ。
彼がその写真をボンヤリと見ていると、伊里がドアを開けて入ってくる。
「どうした、零士君」
「あ、伊里さん。どうやら歓迎会の準備が出来たようですよ。恵海さんとラックさんが呼んでました。」
「ん、ラックと会ったのか。」
零士は出会った経緯を説明する。それを聞いた伊里は少し呆れた顔をした。
「君は少々臆病すぎないか?」
「仕方ないですよ、こういう性格なんです。これは治らないんですよ・・・。もう諦めてます。」
「・・・零士君。それは違うな。」
悲壮感を漂わせる彼に、伊里は真剣な表情で言う。
零士は思わず姿勢を正した。
「生来の気質を変えうる物がこの世には存在する。何か分かるか?」
零士は今までそんな事を考えた事が無かった。彼はなけなしの頭脳をフル回転させる。一体なんだろうか・・・。そして1つの結論をだした。
「努力ですかね・・・」
「少し違うな。それは決意だ。」
彼は零士にその言葉を染み込ませるようにゆっくりと話し始める。
零士は真剣に彼の話を聞く。
「人間の後ろにはいつも決意が付きまとう。辛い事をするとき、頑張ろうするとき、努力を成果へと変えようとするとき。どんな時にもだ。」
「そして、その決意は困難を乗り越える為の大きなエネルギーとなる。」
「自分の性格を変えたい、運命を変えたい、そんな決意をほんの少しだけで良い。心の奥底で抱いてみるんだ。そうすれば、いつかはきっと決意は結果へと変わる。」
零士はその言葉を聞いて、目の前に漂うモヤがほんの少しだけ晴れた気がした。そして、気づいた。自分は意志が、決意が弱かったのだと。
決意を抱く。その言葉をゆっくりと反芻し、例え何があろうとも忘れぬように心に刻み込む。
「すまない、何か説教くさくなってしまったな。さあ恵海とラックも待っているし、直ぐに行こうか」
「はい・・・有難うございました。何か自分の中で変わった気がします。」
「それは良かった。」
スッキリとした表情の零士を見て、伊里は表情を緩める。
彼らはゆっくりと下へ降りていった。
「遅いよ、2人とも。もしかしてイチャイチャしてた?うわぉ、ラブラブぅ!」
「やめろ」
「やっぱりいつも塩対応だわね。もっとノリよく!ねー、ラック」
『どちらかと言えば、伊里はコショウだね。唐辛子辛口だし』
「ラックさん、上手いですね」
「はぁ、疲れる」
「とりあえずパーティー始めましょう!」
『賛成!』
彼等は殺人鬼である。それは事実だ。
しかし、何かを楽しむ心、思いやる心、慈しむ心そんな物はまだ失ってない。
零士は何だか上手くやっていける気がした。