3話
ようやく零士のもう一人の人格がでます
(知らない天井だ・・・)
零士は起きて直ぐに違和感を感じた。
一体ここは何処だろう?家に帰るはずだったのに。
どうやら自分は知らない場所にいるのだと気づく。
彼は直ぐに覚醒し、急いで飛び起きた。
「こ、ここは・・・?」
彼は少し怯えながら、周りをちらりと見る。直ぐ側には無機質な机があり、その上には乱雑に書類が置かれている。
それが気になった零士はその一部を手に取って内容を読んでみた。
「K−27殺人事件について?」
他の資料も確認すると、どうやらそこには殺人事件に関する事が詳しく書かれているようだ。被害者の写真や兇器などについても載っている。
彼がその凄惨な内容を見て顔をそらした時、部屋のドアがガチャリと開く。
彼は慌てて資料を元に戻すと、少し身構える。彼は自分を誘拐した犯人の可能性が高いからだ。それでも怖いものは怖いようで、少し彼の表情に怯えが見える。
その開いたドアから入って来たのは、スーツをピッチリと着た堅苦しい雰囲気を出している30代くらいの男である。。ただし、彼にはおかしな点が1つ存在した。それは、彼の格好と季節にはそぐわないネクタイをしていたからだ。
(クリスマス柄のネクタイ・・・?)
彼は零士が起きていることに気づくと零士の前にあるソファーに座り、口を開いた。
「もう起きているのか」
「だ、誰ですか?何故自分はここに?」
「私は君を保護していた者だ。君は路地裏で気絶していたんだよ、覚えていないか?」
彼は問いかける。その時、零士は昨日の惨状を思い出した。
「そうだ!目の前で人がこ、殺されていたんです!しかもその近くには殺人鬼が!」
「思い出したようだな、そうだ、君は殺人鬼と出会ってしまったんだ。」
「それで、助けを求めようとしても周りには声が聞こえないようで。殺人鬼が迫って、それで、それで。」
「君は気絶した。そこで私が助けたんだ。」
彼はパニックを起こしそうな零士に対して、自分が零士を保護した事を優しく説明した。
それにより、零士は目の前の彼が昨日の殺人鬼のように危険人物では無い事が分かり、少し安心したようで安堵の表情をうかべる。しかし、疑問が彼の中に芽生える。彼は一体何者なのかと。得体のしれない力を持つ、恐ろしい殺人鬼から自分を助け出した彼は何なのだろうかと。
「ところで、あ、貴方は何者なのですか?殺人鬼から助けてくださったのは感謝しています。けれど、あの殺人鬼はよく分からない、超能力?みたいなのを使っていました。何故助け出せたのですか?」
「ふむ、意外と君は冷静なんだな。見知らぬ場所で目覚めたのに、そこまで考えが及ぶのか。今はまだ混乱しているかと思ったのだが」
スーツの男は関心するような表情を取った。そして彼は自己紹介をする。
「私の名前は伊里久安。主に能力者による事件の対処を行っている者だ。」
「能力者!?もしかして昨日の彼も・・・?」
「そうだ。君も理解している通り、あの殺人鬼は周囲へと音を伝えなくさせる能力だ。」
「なるほど、だから助けが・・・。ってあれ?何故伊里さんは僕の事を助けられたんですか?」
「彼の事は元からマークしていた。そして昨日、彼を発見した時に偶然君が現れたんだ。」
「それはすみません・・・。あの路地は家までの近道なんです。更に保護までしてもらって。」
零士は自分があそこを通ったせいで、伊里に迷惑をかけてしまった事を申し訳なく思い謝罪した。
「そんな事は気にしなくて大丈夫だ。私は自らの正義を行動に移しただけだからな。」
「本当にありがとうございました!」
零士は感謝と尊敬の念を存分に込めて彼へお辞儀をしていると、おもむろにドアが軽い音をたてて開く。
どうやら誰かが部屋に訪れたようだ。
そして白衣を着た1人の女性が入ってくる。
「あれ?もう起きてるのね」
「彼はつい先程目を覚ましたんだ」
「体調は大丈夫なの?」
彼女は零士の事を心配しているようだ。
彼女は零士の様子をしっかりと観察し、特に異常が無い事を知って胸をなでおろす。
「はい、大丈夫です。それで、貴方は伊里さんの関係者さんですか?」
「私が紹介しよう、零士くん。彼女の名前は藍磯恵海。」
「恵海って呼んでね、よろしくねー。」
彼女はミステリアスな雰囲気とは違い、軽い感じで挨拶をした。
「灰戸零士と言います。保護ありがとうございました。ってあれ?伊里さんに僕の名前って紹介しましたっけ?」
零士は不可解な点に気づく。伊里は教えていない自分の名前を知っているからだ。
それに思い当たり、零士はすぐに警戒を始めた。伊里と恵海は味方なのか?それとも敵なのか?
零士は不審そうに彼らを見ていると、伊里は口を開いた。
「そう警戒しないでくれ。私が君の名前を知っていたのには理由がある。」
「一体何ですか?」
「2日前の深夜1時頃、君はある場所で目撃されている。」
伊里はいきなり本題を切り込んだ。
零士は伊里の雰囲気が変わるのを肌で感じた。
「ちなみに私が見たよー」
「僕はその時間寝てたはずですけど。恵海さんの見間違いじゃないですかね?」
「いつも記録する物を持ち歩いててね。映像を見て今日会った感じ、零士ちゃんで間違いないよん」
恵海は証拠を見せるために、胸ポケットに引っ掛けているペン型のビデオカメラをパソコンへと手際良く繋ぎ、映像を再生する。
そこには零士と同じ顔をした人間が写っていた。しかし、もっと大変な事実がそこにはあった。零士がモヤのような物を出し、それが相手を包んだのだ。
「これは・・・!?」
「実は最近、不可解な事件が起きている。」
伊里はソファーから立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。さながら、推理を容疑者に話す探偵のように、彼は口を開いた。
「春であるにも関わらず、路上での凍死が増えている。気温が10℃以下であれば春でも凍死する可能性は十分にあるが、殺人事件の日で10℃を下回った事はない。その可能性は低いと考えて良さそうだ。」
零士はそれを真剣に聞いていた。その様子を見た伊里はまたゆっくりと話し始める。
「そこで恵海が君と出会った。君の出したモヤは私達のターゲットの体温を奪いさり、彼は凍死寸前のところまで来ていたようだ。」
零士はハッと驚く。自分が?嘘だ、そんな事はありえない。
彼は真剣な眼差しで零士を見て零士を問い詰める。
「君は能力者じゃないか?そして、君は殺人鬼なのではないか?」
零士は混乱する。何を言っているんだ、この人は。
しかし、あの動画に写っているのは自分だ。何故?真夜中、外に出歩いていないのに。自分は能力者なのか?殺人鬼なのか?何故?何故?何故?
彼は額に手をあて、自問自答を繰り返す。
すると、彼の体に寒気が走る。彼はブルブルと震える。
「さむい・・・。さむいさむいさむいさむいさむいさむい」
「・・・」
伊里と恵海は警戒する。彼が敵対する可能性を考えての事だ。
けれども、彼はそのまま気絶してしまい、身体がソファからずり落ちる。
彼等は拍子抜けといった表情になる。
「・・・予想外の反応だ。気絶してしまうとは」
「うーん、とりあえずソファの上に寝かせておきましょうか」
そう言って恵海は零士へと近づく。その時、零士がピクリと動いた。
「離れろっ!」
恵海は伊里のその言葉を聞いて、瞬時に距離を取る。
零士はまるで幽鬼のごとくゆっくりと立ち上がる。
「あぁ・・・悲しい・・・」
「やはりか・・・」
零士の雰囲気がガラリと変わったのを見て、伊里は呟く。
「何か心辺りがあるの?」
「あぁ、彼は先程本当に知らないようだった。自分がの能力者であり、殺人鬼である事をな。それで考えたんだ。彼は解離性同一性障害ではないかとな。」
「なるほど、さっすが、久ちゃん!カッコいー!」
「フザケてる場合じゃないぞ」
解離性同一性障害とは多重人格の事だ。
幼少期などの心が未発達、もしくは脆くなっているときにとてつもない精神的な苦痛を受けることにより発現する。多重という名の通りに人格が複数いる場合もあり、中には10人以上も存在する者もいるようだ。
零士のように他の人格を認識しない者も少なくない。
「君たちは敵なのか・・・?彼を害する敵なのか・・・?」
「その前に1つ。君は誰なんだ?」
彼はモヤを纏いながら沈黙する。
そこには冷たい空気が流れていた。
おもむろに彼は口を開く。
「私は悲しみ(サドネス)・・・苦しみと悲しみを取り除く者。」
「サドネス、私達は零士君に攻撃を加えるつもりはない。むしろ味方だ。」
サドネスはその様子を少しばかり観察し、彼等に敵意が無いのが分かるとモヤを霧散させる。
「味方・・・?君たちは殺人鬼だろう?」
その言葉に伊里達は不意をつかれる。
何故バレたのだ。
サドネスは自分の推測が正しい事を確信した。
「・・・君達からは少しだけ死の匂いがする。私に対して敵意が無いのにだ。それは日常的に人を殺めているからと考えられる。」
「すごいわね・・・」
「そこまでバレてしまうのか」
伊里はそれを肯定する。
その反応によりサドネスは少し警戒心を強めた。
「正確には、私達は元殺人鬼だ。まさか、バレてしまうとはな。」
「余裕そうだな・・・。しかし、零士を殺さずに保護したのも気になる。何か他の目的があるのではないかね?」
伊里は関心した。
彼は頷くと、ゆっくりと自分達の意思を語り始めた。
「君、いや君達にお願いがあるんだ。私達の仲間にならないか?」
サドネスは虚をつかれたようで目を丸くする。
その様子を見て、伊里の横に立っている恵海は思わずクスリと笑った。
「私達には戦力が必要だ。悪を打ち滅ぼす為のな。それは正義の心を持つ者でなければならない。」
彼はテーブルの上の資料を手に取る。そこにはサドネスの引き起こした殺人事件の詳細が書かれていた。
「これは君の起こした殺人事件だ。これによると被害者は全員加害者なのだよ。」
彼は資料をめくりながら被害者達の罪状を読み上げる。DVやイジメの加害者、中には殺人未遂を起こした人間もいる。
サドネスは伊里がここまで調べていた事に対して少し驚いた様子だ。
その反応を見て伊里はしてやったりといった表情で彼を見たあと、直ぐに真剣な面持ちで彼に仲間になろうと持ちかけた。
「私達の組織は能力者に対抗する為の物だ。主に悪の能力者の捕縛や殺害を行っている。その為に君のような正義に近いような能力者を探しているんだ。どうか仲間になってくれないか?」
彼は少しだけ考えを巡り合わせると、その提案に対して頷いた。
「私としては問題ない・・・。良くも悪くもお人好しだからな・・・。零士も恐らく了承するだろう。」
「本当か!」
「ただしその前に聞かなければならない。」
「なんだ?」
「君達は何故犯罪者と戦うのだ。その目的を知らなければならない。」
サドネスはそこが気になった。目的も知らない相手と共に戦う事などは出来ない。それをするのは愚か者か頭の中が花で埋め尽くされているようなお人好しだけだ。
その言葉を聞き、伊里は冷静ながらも言葉に確かな怒りを込めて自分の目的を語る。
「悪の正義。これが私達の信念だ。」
そして彼は強く拳を握りしめる。その手に血が滲んでしまう程に。
「この世には悪があるッ!希望を貪る悪がいるのだッ!」
彼は憤怒の表情をうかべる。
「そのような悪は許しておけないッ!例えこの身が悪に染まろうとも私は彼等を滅ぼすッ!」
彼は吐き捨てるように言った。
その様子を見たサドネスはニヒルな笑みを浮かべる。
「・・・中々の感情を表すじゃあないか。私もこの世から悲しみを取り除きたいんだ。協力しよう。」
彼は伊里に手を差し出す。伊里はそれをしっかりと握り返す。
「歓迎しよう。ようこそ、『バックコインズ』へ」
「じゃあ歓迎会の準備しないとね!アタシも頑張るよ!」
「くれぐれも変な事をしないでくれよ?」
彼女はわざとらしく目を反らす。
「おい」
「えへへ、冗談だってー。」
「フッ、仲が良いんだな」
「コイツは嫌いだ。直ぐにフザケるからな。」
「ひどい!傷ついた!」
「良いじゃないか」
そしてサドネスは今日からバックコインズの仲間となった。しかし彼は忘れている。零士の了承を得ずに事を進めている事を。
零士に戻ったあとに伊里達から説明を受け、また気絶してしまい、サドネスに戻るのはここだけの話である。