2話
「ふわぁぁ・・・」
「零士っていつも眠そうだよな、どうしたんだ?」
大学の1時限目が始まる前、大欠伸する灰戸零士に対して彼の友人は話しかけた。
「徹夜でもしたのか?」
「してない。だけど、なーんか妙に眠いんだよね。」
「ふーん、変なの。」
彼も礼司につられて欠伸をしながら、興味無さそうに聞き流す。そしてふと思い出したように礼司に話しかける。
「あ、そういやさ、お前って星見市に住んでるよな?星見市でまた死体が発見されたんだってさ。ヤバくね?」
「え?まじで?確か今月で5人目だよね?まじでヤバいじゃん、犯罪都市星見だね」
「夜中とか出歩けなくなるな。夜に行くコンビニほどワクワクするものはねぇのに」
彼は大袈裟に肩を動かし、ため息をつく。そのコミカルな動きに思わず零士は笑ってしまう。それにより、殺人事件が起きているという事を聞かされて少し不安になっていた彼の心は、ほんのちょっとだけ楽になった。
それと同時に無機質なチャイムの音が教室に響く。どうやら授業が始まるようだ。
教授の入室後、零士とその友人は話を止め、いそいそと教科書を取り出し授業を受ける体制となった。
しかし、零士は真面目に授業を受けようとしたものの、やはり眠気には勝てなかったようだ。
授業が始まって十数分後には夢の中へと旅立ってしまったのだ。
そのような事が何度も続き、結局、真面目に受けられた授業は殆ど無かった。
そうして大学からの帰り道。彼の所属しているサークルの活動が長引いてしまい、電車を乗り継いで帰る頃にはもう真っ暗になってしまった。
(あー、疲れた。思った以上にサークル長引いちゃったな。ただでさえ、眠いから早く帰りたいのに。)
彼は眠い目を擦り、少しでも起きる為に友人から教えてもらった目のマッサージを歩きながら行う。
(しかも、この近くで殺人事件が起こったんだよね?めちゃくちゃ怖いじゃん、早く帰らないと。)
彼の住んでいる星見市はいわゆるベッドタウンである。都心へのアクセスはそこそこ良い代わりに、夜になると人はあまり出歩いてはいない。その名前の通り、夜には家の電気が消え、良く星が見えるくらいなのである。つまり、巷で噂の殺人鬼にとっては絶好の狩場となるのだ。勿論、狩りの対象は言うまでもない。
零士は暗い夜道を早足で進んでいく。そして家へと向かう道すがら、彼は路地を通る。そこは彼の住んでいるアパートへの近道なのだ。
(それにしてもいつ見てもこの路地は怖すぎるよ。明らかにヤバいもん、雰囲気が)
そんな事を思っていると、路地から小さな呻き声が聞こえてくる。どうやら道の真ん中に人が倒れているようだ。
その様子を見て、彼は急いで声をかける。
「もしもし、大丈夫ですか!?」
「た、すけてく、れ」
よく見ると彼は腹部から出血を出しており、今にも死んでしまいそうだ。
「救急車を!」
「その必要はないさ」
零士が携帯電話を取りだし119番へとかけようとすると、暗闇の中から声が聞こえる。
いきなりであった為、彼は驚きのあまり身体が跳ね上がる。
「だ、だ、だ、誰ですか?」
「少し驚き過ぎやしないかい?」
その男は零士の反応が面白かったのか、少しだけクツクツと口の中で笑う。
零士は反射的に反論した。
「そりゃ、驚きますよ!人が倒れているし、いきなり暗闇から声をかけられるし!っていうか、早くこの人を助けないと!」
「その心配はないさ。もう死んでいるからね。」
「えっ」
倒れていた男はもう動かない。その事実を目の当たりにして零士は情けない声を上げた。
「ひぃぃ!」
「彼は今日、偶々この道を通ってしまったんだ。不幸な事にね」
彼はヤレヤレと言うポーズをとる。
「本当に不幸だよね。私みたいな殺人鬼に出会ってしまうなんて。」
「そ、それじゃあ貴方が彼を・・・?」
「あぁそうさ。怖い、怖いねぇ!こんなところで殺人鬼に出会うなんてねぇ!」
彼は笑う。目の前に現れたもう一匹の獲物の恐怖の顔を思い浮かべながら。
零士は逃げようとする。しかし、恐怖のせいで思うように足が動かない。まるで足が鉛のように重くかんじた。
彼は零士へと近寄る。ゆっくり、ゆっくり、もったいぶるように。
零士は助けを求めるため、叫ぶ。
「だ、誰か!助けてください!」
しかし返事は返ってこない。暗いとはいえ、周りには民家もある。叫び声は聞こえるはずだ。
「残念。実は私には不思議な能力があってね。周りに音が伝わらなくなっちゃうんだ。」
零士は何度も何度も叫ぶ。しかし誰も来なかった。
彼は理解してしまったようだ。この殺人鬼の言っている事はデタラメなんかでは無いことを。
零士は絶望と恐怖に満たされる。
「さぁ、早く逃げないと。怖い殺人鬼が来ちゃうからねぇ」
零士は恐怖がピークに達したのか、小さい悲鳴を上げた後、気絶してしまった。
「あれ、気絶しちゃったのか」
彼はつまらなそうに手に持っている小さなナイフを手の中で弄ぶ。
「ここからが楽しいのにね・・・。まぁしょうがない。さよならしようかな、そろそろ。」
そう言って彼はそのナイフを零士の胸に突き立てようとするが、彼の背中に悪寒が走る。
彼は咄嗟に避けると同時に彼のいた位置に大振りのナイフが空をきる。
「ほう。中々勘が良いじゃないか。」
「誰だ!」
黒いコートに身を包みんだその男はそれに答えず、何かを口ずさんでいた。
(これは・・・クリスマスの曲?)
彼が困惑しているが、それを気にせず黒いコートの男はナイフを目の前の相手へと突き出す。
その素早いナイフは反応の遅れた彼の肩を掠り、血をにじませた。
「くっ!」
彼は少し距離をとり、怒りの表情を黒いコートの男へ向け、ナイフを構えて応戦しようとするがある事に気づく。
「腕が・・・上がらない・・・?」
まるでプラスチックの作り物のように、腕がピクリとも動かない。そこでようやく彼はナイフを落としている事に気がついた。
「まさか、オマエも能力者かっ!」
黒いコートの男は静かに呟く。そこに確かな怒りを携えながら。
「『デッドエンド』・・・カスリ傷でも致命傷」
ここで彼は気づく。自分はコイツに殺されるのだと。狩る側から狩られる側に回るのだと。
彼はその事実を否定するため、黒コートの男にもう1つの腕で抵抗しようとするが、それよりも早く彼の胸へと赤い刀身のナイフが突き刺さる。
「地獄へ堕ちろッ!!この下衆がッ!!」
皮肉な事に、今際の声は周囲には届かない。自分の持つ静寂を生み出す力によって。誰からも知られることなく、殺人鬼は硬い地面へと倒れた。
「精々あの世で懺悔しろ」
黒いコートの男は地に伏せた彼の胸からナイフを抜き取り、汚れた血を拭いながらそう言った。
そして彼は未だに気絶している零士を保護しようと顔を見たときにふと思い出した。
「この顔は確か・・・報告を受けた能力者だ」
彼は考えを巡らせる。
(彼は報告の通りだと能力者のはずだ・・・それなら何故彼は抵抗しなかったんだ?アレの報告だと戦闘能力は持ち合わせているはずだが)
そして零士は巻き込まれていく事となる。悪意と血に彩られた物語へと。