ここでの暮らし
「他国では魔術を使う勇者が現れ、民を救っていると聞くがこの国にはまだ現れていないんだ。話によると異世界から来る人間らしいが隣国では黒髪のーー」
「勇者」「黒髪」という言葉をリアム・ルーカスが口にするとツバサは背筋が凍る。
あの化け物を倒す為に自分はここへ送られたのだ。
まだまともに術も知らないのにこの世界の人の言う勇者であるとバレては厄介なことになる。
『ルーカス様!』
遠くから大勢の足音と声がした。
「遅いぞ!」と援軍に来た騎士たちに言うとリアム・ルーカスは亡くなってしまった女性を見つめ、ツバサの方に顔を向けた。
「・・・いない、パニックになって逃げてしまったか」
駆け付けた仲間に気を取られていたのでツバサが走ってどこかへ行ってしまったことに気が付かなかった。
無理もないか、と女性に駆け寄る騎士たちを見ながら考えているとあることに気が付く。
「しまったな、騎士のマントを彼女にかけたままだ。名前も聞いていない」
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ツバサは自宅まで全力で走り、急いで鍵を開けて中へ入り鍵をする。
力が抜け、持っていたお金の袋はガシャッと大きな音を立てながらその場でへたり込んでしまう。
「あ、あれを倒さないと歌うどころじゃないのね・・・」
街で襲われたのはおそらくごく普通の歩いていただけの女性。
自分がいつあの女性のように突然襲われるかもわからなければ、助けが来ても魔法があまり通用せず強いらしい。
しかし自分はそれに対抗できる力も持っている。
「や、やってやるわよ。私は生き残って歌い続けてみせるわ・・・!折角の二度目の人生なのにあんな生物に殺されるのも嫌よ・・・!」
歌をやる為に生きると決めたのにまた殺さるわけにはいかない。
自分が勝てる確かな力を持っているのならばそれを使う手はないと考えた。
「生活すらできないなんて歌う以前の問題よ!」
そう気合いを入れて立ち上がると金の入った袋を拾い上げて机の上に置く。
そこでツバサはあの騎士のマントを持ってきてしまったという事に気づく。
「騎士の人のマント持って来ちゃった・・・。困るわよね・・・でもまたどこで会えるのかもよくわからないし・・・」
またあの現場に戻れば居るかもしれないが、『脳集め』の恐ろしい姿がはっきりと頭に浮かぶと身が震えた。
「またいつか、会えるわよね」
そう呟くとマントを壁にかけた。