春時雨に頬を撫でられて
弥と鈴が喫茶店を見つけるお話。飯テロ初めて書いたのですが、楽しかったです!
鈴
あれから一ヶ月、挟雲月。さらさらと木の葉に雨粒が当たる柔らかい音が、ベランダからベッドまで抜けていくのが心地よい。俺は、大きく腰を反らして、ぐぐ〜っと身体を伸ばす。「んん…おはよ。…今日は雨か。」ぽつり、ぽつりと飼っている黒猫…名前はクロ、紹介し忘れたな…に日課の挨拶を交わすと、しっとりとした雰囲気の暗い部屋に、声がとろけて消える。クロをベッドから降ろして、欠伸をしながらカーテンを開けた。雨の日の朝は、少し苦手だ。雨の音や匂いは風情があって好きなものの、朝日が照らす明るい朝よりも眠気を誘い、気が付けばいつもよりも起床時間が遅れてしまうから。幸い今日は早く起きられたから良いものの…クロを撫でていると、いつもよりクロの毛が柔らかくハネていることに気が付いた。と、言うことは…「…やっぱりだ。」部屋の小さな鏡の前に立つと、自分の髪もクロよろしく四方にハネている。少し手先で弄っても、全くの無意味だ。諦めて濡らしてドライヤーか…面倒くさいけど、仕方がないな。本当に、癖っ毛はこれだから嫌なんだ。「…折角、高校デビューで思いきってショートにしたのに。なっ、クロ?」返事のつもりなのか、高く可愛らしい鳴き声がひとつ返ってきたことに満足して、部屋を後にした。
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弥
わざと朝の早い時間の人が少ない間に乗車して登校するのが日課となっていた私と鈴ちゃんは、今日も電車に揺られながら他愛もない話をする。照れたり焦ったりするとすぐに顔や手、首が真っ赤になってしまう体質で、劣情がバレてしまわないかと焦りながら横をチラリと見やる。うわぁ…綺麗だなぁ。鈴ちゃんが眉間に皺を寄せて俯いていた。混んでるの、嫌なんやろうなぁ…分かりやすい。露骨に不快そうな顔をしているものの、長い睫毛や肌の白さからその端正な顔立ちは隠しきれていない。一緒に登下校するようになってから早くも一ヶ月、何度かこんな状況もあったけど今日が一番距離感近い気がする…。鈴ちゃんなりに、心を開いていってくれているのかな?そう考えると嬉しくて自然に頬が緩んじゃう。あ、目があった!可愛い〜〜〜!「…なにニヤニヤしてるんだ。正直キモいぞ?」「へぁっ」予想外の言葉をかけられて、動揺で目を見開いた。「そ、そんなにニヤニヤしてた…?」「してた。」「ズバッと言うねぇ…。」しょんぼりしながら頬をむにむに触っていると、よほど変な顔だったのか鈴ちゃんに少し笑われてしまった…。「そんなに笑う…?むにむに。」「んっ、ふふ…むにむにって自分で言うか?てかへぁって…その顔もなんか面白いし。っふふ」んむむ…悔しいけど笑顔可愛いな。うん。この顔に免じて、許してしんぜよう。
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鈴
いつもの駅で居りて、二人で傘をさしながら帰る。普通に歩くと跳ねる水で裾が濡れてしまうので、二人でゆっくり歩を進めていく。「あっ」ふと、弥が突拍子もなく声を出す。「なんだ…?」弥の視線の先を辿ると、ひっそりと古風な建物が佇んでいた。見たことがない…というよりは、いつもは目につかなかったそれに今日気がついた俺達は、好奇心に負けて雨宿りすることにした。カランカランと懐かしい音と共に、外装にぴったりあったノスタルジックな景色が広がった。落ち着いた雰囲気にオールバックとちょびヒゲ、黒縁眼鏡が良く似合うおじさまが暇を持て余した様子で雑誌を読みふけっていた。おじさまはこっちに気がつくなり、微笑みながら声をかける。「いらっしゃいませ…ここを訪ねたのは初めてですかな?こんなに可愛らしい二人組、一度見たら忘れないはずですから。…こちらがメニューになります、お決まりでしたら呼び止めてください。ごゆっくりどうぞ。」たまたま客は他に居なかった為に、好きなシートに向かい合って座る。感じの良いバリトンボイスの店長さんと思わしき男性と居心地の良い店内に、二人は目をキラキラと輝かせた。「こんなところがあったなんてね〜…来てよかったね、鈴ちゃん!」「ああ…なんで今まで気が付かなかったんだろうか不思議なくらいだ…。」とはいえ、まだなにも口にしていない。喫茶店である以上、まだ評価を決めるには早すぎるだろう?そう思ったのは弥も同じなのか、メニューを真剣な眼差しで見つめている。「ん〜…このサンドイッチなんかも美味しそうやけど、あんまり食べたら夜ご飯入らんくなるしな…あっ!私ショートケーキと珈琲にするっ!鈴ちゃんは?」「…すっごい良い笑顔してるな、スイーツ好きなのか?」「うん!!ブラック珈琲と食べるの大好き〜♡」「えっ…弥ブラックコーヒー飲めるのか…。大人だな」俺は少し舌を見せて顔をしかめながらそう言った。「へぇ〜意外。鈴ちゃん可愛いね〜♡」弥はまるで、ビー玉を初めて見た子供のような、屈託のない笑顔で俺を見る。ぱっと雨の日の店内が明るくなったような気がして思わず目を瞑る。俺がすぐに目を開けたのは、頭に温かい感触があったから。「なんでだよ…ってか撫でるな。じゃあ、ミルクティーと苺のドルチェにする。」「鈴ちゃん苺好きなん?!私も〜!!」「そ、そうなのか…」へぇ、良いことを知ったな。お勉強会とかで家に呼ぶことがあったら、苺系のお菓子でも作ろうか…。
なんて思ってると、顔に出てたらしく弥に「鈴ちゃんどしたん?すっごい嬉しそうな顔しとるよ、可愛いね〜♡そんなに苺好きなん?」なんて言われたもんだから、顔が赤くなってしまう。バレてないだろうか…。いつの間にか弥が呼んだらしく、おじさまが近くに立っていた。「フフッ、お決まりですか?」先に注文して良いものか悩んでいたら、弥が俺の分まで頼んでくれた。テンパってる俺を見かねてか、細やかな気遣いが嬉しいな…。「御注文を確認致します。ショートケーキとホット珈琲のセットが一点。苺のドルチェが一点。ミルクティーが一点ですね。フフッ、では少々お待ちください。」パチンと音が出そうな素敵なウインクをしてから、おじさまは戻って行った。「なんか…キザだな。格好良い…俺もあんなふうになりたい。」「鈴ちゃんウインクできるの?」「でっ、できるぞ!」本当に出来るかというと、いつかは出来るようになってやる。「へぇ〜!凄いね、私できないな〜…ちょっとやってみて!」焦りながら目を逸らして「い、今は目が痛いから無理だ。」と苦し紛れに言ったものの、カタコトになってしまった…。チラリと弥を見ると、なんだかニヤニヤしているので多分バレた。しょんぼりだ…。
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弥
暫く鈴ちゃんと談笑していると、「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」背後からそう聞こえてきたあと、キラキラとした宝石が目の前に置かれた。と、思ったら。「うわぁああ〜!すっごい!!美味しそ〜!!」あんまり大きな声を出してしまったことに気が付いて、私は鈴ちゃんに謝ろうと視線を向けた。けど、そんな必要はなさそう。そう思ったのは、鈴ちゃんの顔がまるでふわふわの生クリームのように綻んでいたから。改めて自分の目の前のケーキにカメラを向けた。ノーマルじゃないカメラアプリで美味しそうに見えるフィルタを選んでシャッターを押すと、真っ白で真夏の雲のようなクリームの上に、やっぱり宝石に見間違えるようなつやつやの苺が自慢気にのっている。堪らず先端にゆっくりと差し込むと、想像より柔らかくてすぐにフォークが入る。掬い上げて口元に運ぶ…あくまでがっつかないようにしないとね。「いただきまーす!んむっ…♡」んんんんん〜♡と情けないほどの高い声が漏れてしまう。軽い口当たりのスポンジに、すこしもったりしてて濃厚なクリーム。そして、甘酸っぱい大好きな味が舌に触れた。美味しい…!珈琲も大好きなはずなのに、まだこれを流してしまいたくないと思うほどに。とはいえ、芳醇な香りに鼻を擽られると抗えない。ホットを選んだから、火傷しないように喉に流し込む。雨で冷えた体温にゆっくりと染み込む温かさに、いつも飲んでるものと全然違う深いコクに。ほぅ、と静かに感嘆の溜息を吐いた。
鈴
ごくり。喉が鳴って初めて、自分が唾液を飲み込んだことに気が付いた。弥のあまりにも美味しそうな所作のひとつひとつに目が離せない。30秒?1分?それとも10分か…?時間の経過を忘れていた俺が弥から視線を逸したのは、目の前にパフェとミルクティーが置かれたから。「あ、ありがとうございます…ッ!」此処は天国か?お、俺の大好きな苺が、こんなに沢山…いや苺パフェ選んだんだから当然だがな…!「ひ、ひろ、これ」もふもふと幸せそうな顔で咀嚼していた弥がこっちに視線を移す。ほわ…!なんて擬音が付きそうな表情の弥が、愛おしくて堪らない。この笑顔見ると、心臓が締め付けられ…る?待って、なんだ愛おしいって。き、きっとパフェでテンション上がったからだな、うん。とりあえず、パフェ…食べるか。もう一度それを見て、息を呑む。真っ赤な苺にコーンフレーク、生クリームと…アイスクリーム!女子は皆好きだろ、これ…。でも「ちょっと多いな…。」これでは夜ご飯が入らない。どうしようか…あっ「ひろ」「ん〜?」「これ、ちょっと多い…一緒に食べよ」弥の表情が、まるで花でも咲いたかのように柔らかくなる。「いいのっ?!」「ん、いいよ…すみません、スプーンもう一個ください」おやおや、と言わんばかりの顔で店長さんがこっちを見たあと、すぐにもう一つ持ってきてくれた。じゃあ、「いただきます…んぐっ、!」最初の一口は俺から。顔に出さないようにしていたものの、弥にはバレバレだったようで、幸せそうな顔してるとうっとりされた。なんでだ…いやそんなことは良い。なんだこれ、なんだこれ!アイスクリームは硬すぎなくて若干溶けてるのが俺好みだし、ちゃんと一口で全種食べられるような層になっている。アイスクリームはミルクっぽさが強めの喫茶店の味だし、コーンフレークとチョコソースの量がまた絶妙だ。甘すぎないように調節してあるのだろう、全く喧嘩していない。「鈴ちゃん、美味しい?」「んむっ、おいし…弥も食べてみろ」「ん、じゃあ…はむっ」衝撃を受けたのは弥も同じみたいで、多分鏡を見たら二人ともおんなじ顔をしているだろう。「あっ、そうだ鈴ちゃん。私ばっか貰ったら悪いし、ショートケーキ食べる?」「いいのか?」「ん、もう一口くらいしか残ってないのが申し訳ないけど…」俺は首を左右に振って、俺が多いと思ったから気にするな、と言ってからケーキを一口貰うことにした。…弥があんなに感動していたのも分かる。ミルクティーが甘かったら口の中全部甘いな…と思いつつミルクティーもふーふーして飲むと、茶葉とミルクのしっかりした味で、砂糖はそんなに入っていないみたいでありがたかった。食レポ?なんだそれ、恥ずかしいから嫌だ。
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弥
食べるもの全てが美味しかった喫茶店で、鈴ちゃんと一緒にお茶…こんなに至高なことがあっていいのかな、大丈夫?とりあえずここは二人で通おうと約束して、名残惜しくもお会計することにした。お金を出して帰ろうとすると、鈴ちゃんに服を少し引っ張られた。可愛いな…。「なあに?鈴ちゃん」「え、いや…なんで全額出したんだ。俺も出す…いくらだ」ああ、なんだ。そんなことか…「私も半分食べちゃったし、ケーキと珈琲頼んだんやから私が全部払うよ?」当然でしょ、と思っていたのに。「いや、でも俺も半分食べてケーキも一口貰ったし…紅茶だって頼んだぞ」なんて、心配そうに返されちゃった。私としては、自分の好きな物にお金を使うのはなんだか勿体なくて。基本的には、こういう時に使うものだと思っとるから…。「ん、じゃあ今度カラオケでも行こっか!そん時に覚えとったら払って〜♡」「う…分かった」これで、お互い忘れていれば良いな。
そうして、二人はこれからもあのカフェに通うことになる。鈴
あれから一ヶ月、挟雲月。さらさらと木の葉に雨粒が当たる柔らかい音が、ベランダからベッドまで抜けていくのが心地よい。俺は、大きく腰を反らして、ぐぐ〜っと身体を伸ばす。「んん…おはよ。…今日は雨か。」ぽつり、ぽつりと飼っている黒猫…名前はクロ、紹介し忘れたな…に日課の挨拶を交わすと、しっとりとした雰囲気の暗い部屋に、声がとろけて消える。クロをベッドから降ろして、欠伸をしながらカーテンを開けた。雨の日の朝は、少し苦手だ。雨の音や匂いは風情があって好きなものの、朝日が照らす明るい朝よりも眠気を誘い、気が付けばいつもよりも起床時間が遅れてしまうから。幸い今日は早く起きられたから良いものの…クロを撫でていると、いつもよりクロの毛が柔らかくハネていることに気が付いた。と、言うことは…「…やっぱりだ。」部屋の小さな鏡の前に立つと、自分の髪もクロよろしく四方にハネている。少し手先で弄っても、全くの無意味だ。諦めて濡らしてドライヤーか…面倒くさいけど、仕方がないな。本当に、癖っ毛はこれだから嫌なんだ。「…折角、高校デビューで思いきってショートにしたのに。なっ、クロ?」返事のつもりなのか、高く可愛らしい鳴き声がひとつ返ってきたことに満足して、部屋を後にした。
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弥
わざと朝の早い時間の人が少ない間に乗車して登校するのが日課となっていた私と鈴ちゃんは、今日も電車に揺られながら他愛もない話をする。照れたり焦ったりするとすぐに顔や手、首が真っ赤になってしまう体質で、劣情がバレてしまわないかと焦りながら横をチラリと見やる。うわぁ…綺麗だなぁ。鈴ちゃんが眉間に皺を寄せて俯いていた。混んでるの、嫌なんやろうなぁ…分かりやすい。露骨に不快そうな顔をしているものの、長い睫毛や肌の白さからその端正な顔立ちは隠しきれていない。一緒に登下校するようになってから早くも一ヶ月、何度かこんな状況もあったけど今日が一番距離感近い気がする…。鈴ちゃんなりに、心を開いていってくれているのかな?そう考えると嬉しくて自然に頬が緩んじゃう。あ、目があった!可愛い〜〜〜!「…なにニヤニヤしてるんだ。正直キモいぞ?」「へぁっ」予想外の言葉をかけられて、動揺で目を見開いた。「そ、そんなにニヤニヤしてた…?」「してた。」「ズバッと言うねぇ…。」しょんぼりしながら頬をむにむに触っていると、よほど変な顔だったのか鈴ちゃんに少し笑われてしまった…。「そんなに笑う…?むにむに。」「んっ、ふふ…むにむにって自分で言うか?てかへぁって…その顔もなんか面白いし。っふふ」んむむ…悔しいけど笑顔可愛いな。うん。この顔に免じて、許してしんぜよう。
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鈴
いつもの駅で居りて、二人で傘をさしながら帰る。普通に歩くと跳ねる水で裾が濡れてしまうので、二人でゆっくり歩を進めていく。「あっ」ふと、弥が突拍子もなく声を出す。「なんだ…?」弥の視線の先を辿ると、ひっそりと古風な建物が佇んでいた。見たことがない…というよりは、いつもは目につかなかったそれに今日気がついた俺達は、好奇心に負けて雨宿りすることにした。カランカランと懐かしい音と共に、外装にぴったりあったノスタルジックな景色が広がった。落ち着いた雰囲気にオールバックとちょびヒゲ、黒縁眼鏡が良く似合うおじさまが暇を持て余した様子で雑誌を読みふけっていた。おじさまはこっちに気がつくなり、微笑みながら声をかける。「いらっしゃいませ…ここを訪ねたのは初めてですかな?こんなに可愛らしい二人組、一度見たら忘れないはずですから。…こちらがメニューになります、お決まりでしたら呼び止めてください。ごゆっくりどうぞ。」たまたま客は他に居なかった為に、好きなシートに向かい合って座る。感じの良いバリトンボイスの店長さんと思わしき男性と居心地の良い店内に、二人は目をキラキラと輝かせた。「こんなところがあったなんてね〜…来てよかったね、鈴ちゃん!」「ああ…なんで今まで気が付かなかったんだろうか不思議なくらいだ…。」とはいえ、まだなにも口にしていない。喫茶店である以上、まだ評価を決めるには早すぎるだろう?そう思ったのは弥も同じなのか、メニューを真剣な眼差しで見つめている。「ん〜…このサンドイッチなんかも美味しそうやけど、あんまり食べたら夜ご飯入らんくなるしな…あっ!私ショートケーキと珈琲にするっ!鈴ちゃんは?」「…すっごい良い笑顔してるな、スイーツ好きなのか?」「うん!!ブラック珈琲と食べるの大好き〜♡」「えっ…弥ブラックコーヒー飲めるのか…。大人だな」俺は少し舌を見せて顔をしかめながらそう言った。「へぇ〜意外。鈴ちゃん可愛いね〜♡」弥はまるで、ビー玉を初めて見た子供のような、屈託のない笑顔で俺を見る。ぱっと雨の日の店内が明るくなったような気がして思わず目を瞑る。俺がすぐに目を開けたのは、頭に温かい感触があったから。「なんでだよ…ってか撫でるな。じゃあ、ミルクティーと苺のドルチェにする。」「鈴ちゃん苺好きなん?!私も〜!!」「そ、そうなのか…」へぇ、良いことを知ったな。お勉強会とかで家に呼ぶことがあったら、苺系のお菓子でも作ろうか…。
なんて思ってると、顔に出てたらしく弥に「鈴ちゃんどしたん?すっごい嬉しそうな顔しとるよ、可愛いね〜♡そんなに苺好きなん?」なんて言われたもんだから、顔が赤くなってしまう。バレてないだろうか…。いつの間にか弥が呼んだらしく、おじさまが近くに立っていた。「フフッ、お決まりですか?」先に注文して良いものか悩んでいたら、弥が俺の分まで頼んでくれた。テンパってる俺を見かねてか、細やかな気遣いが嬉しいな…。「御注文を確認致します。ショートケーキとホット珈琲のセットが一点。苺のドルチェが一点。ミルクティーが一点ですね。フフッ、では少々お待ちください。」パチンと音が出そうな素敵なウインクをしてから、おじさまは戻って行った。「なんか…キザだな。格好良い…俺もあんなふうになりたい。」「鈴ちゃんウインクできるの?」「でっ、できるぞ!」本当に出来るかというと、いつかは出来るようになってやる。「へぇ〜!凄いね、私できないな〜…ちょっとやってみて!」焦りながら目を逸らして「い、今は目が痛いから無理だ。」と苦し紛れに言ったものの、カタコトになってしまった…。チラリと弥を見ると、なんだかニヤニヤしているので多分バレた。しょんぼりだ…。
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弥
暫く鈴ちゃんと談笑していると、「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」背後からそう聞こえてきたあと、キラキラとした宝石が目の前に置かれた。と、思ったら。「うわぁああ〜!すっごい!!美味しそ〜!!」あんまり大きな声を出してしまったことに気が付いて、私は鈴ちゃんに謝ろうと視線を向けた。けど、そんな必要はなさそう。そう思ったのは、鈴ちゃんの顔がまるでふわふわの生クリームのように綻んでいたから。改めて自分の目の前のケーキにカメラを向けた。ノーマルじゃないカメラアプリで美味しそうに見えるフィルタを選んでシャッターを押すと、真っ白で真夏の雲のようなクリームの上に、やっぱり宝石に見間違えるようなつやつやの苺が自慢気にのっている。堪らず先端にゆっくりと差し込むと、想像より柔らかくてすぐにフォークが入る。掬い上げて口元に運ぶ…あくまでがっつかないようにしないとね。「いただきまーす!んむっ…♡」んんんんん〜♡と情けないほどの高い声が漏れてしまう。軽い口当たりのスポンジに、すこしもったりしてて濃厚なクリーム。そして、甘酸っぱい大好きな味が舌に触れた。美味しい…!珈琲も大好きなはずなのに、まだこれを流してしまいたくないと思うほどに。とはいえ、芳醇な香りに鼻を擽られると抗えない。ホットを選んだから、火傷しないように喉に流し込む。雨で冷えた体温にゆっくりと染み込む温かさに、いつも飲んでるものと全然違う深いコクに。ほぅ、と静かに感嘆の溜息を吐いた。
鈴
ごくり。喉が鳴って初めて、自分が唾液を飲み込んだことに気が付いた。弥のあまりにも美味しそうな所作のひとつひとつに目が離せない。30秒?1分?それとも10分か…?時間の経過を忘れていた俺が弥から視線を逸したのは、目の前にパフェとミルクティーが置かれたから。「あ、ありがとうございます…ッ!」此処は天国か?お、俺の大好きな苺が、こんなに沢山…いや苺パフェ選んだんだから当然だがな…!「ひ、ひろ、これ」もふもふと幸せそうな顔で咀嚼していた弥がこっちに視線を移す。ほわ…!なんて擬音が付きそうな表情の弥が、愛おしくて堪らない。この笑顔見ると、心臓が締め付けられ…る?待って、なんだ愛おしいって。き、きっとパフェでテンション上がったからだな、うん。とりあえず、パフェ…食べるか。もう一度それを見て、息を呑む。真っ赤な苺にコーンフレーク、生クリームと…アイスクリーム!女子は皆好きだろ、これ…。でも「ちょっと多いな…。」これでは夜ご飯が入らない。どうしようか…あっ「ひろ」「ん〜?」「これ、ちょっと多い…一緒に食べよ」弥の表情が、まるで花でも咲いたかのように柔らかくなる。「いいのっ?!」「ん、いいよ…すみません、スプーンもう一個ください」おやおや、と言わんばかりの顔で店長さんがこっちを見たあと、すぐにもう一つ持ってきてくれた。じゃあ、「いただきます…んぐっ、!」最初の一口は俺から。顔に出さないようにしていたものの、弥にはバレバレだったようで、幸せそうな顔してるとうっとりされた。なんでだ…いやそんなことは良い。なんだこれ、なんだこれ!アイスクリームは硬すぎなくて若干溶けてるのが俺好みだし、ちゃんと一口で全種食べられるような層になっている。アイスクリームはミルクっぽさが強めの喫茶店の味だし、コーンフレークとチョコソースの量がまた絶妙だ。甘すぎないように調節してあるのだろう、全く喧嘩していない。「鈴ちゃん、美味しい?」「んむっ、おいし…弥も食べてみろ」「ん、じゃあ…はむっ」衝撃を受けたのは弥も同じみたいで、多分鏡を見たら二人ともおんなじ顔をしているだろう。「あっ、そうだ鈴ちゃん。私ばっか貰ったら悪いし、ショートケーキ食べる?」「いいのか?」「ん、もう一口くらいしか残ってないのが申し訳ないけど…」俺は首を左右に振って、俺が多いと思ったから気にするな、と言ってからケーキを一口貰うことにした。…弥があんなに感動していたのも分かる。ミルクティーが甘かったら口の中全部甘いな…と思いつつミルクティーもふーふーして飲むと、茶葉とミルクのしっかりした味で、砂糖はそんなに入っていないみたいでありがたかった。食レポ?なんだそれ、恥ずかしいから嫌だ。
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弥
食べるもの全てが美味しかった喫茶店で、鈴ちゃんと一緒にお茶…こんなに至高なことがあっていいのかな、大丈夫?とりあえずここは二人で通おうと約束して、名残惜しくもお会計することにした。お金を出して帰ろうとすると、鈴ちゃんに服を少し引っ張られた。可愛いな…。「なあに?鈴ちゃん」「え、いや…なんで全額出したんだ。俺も出す…いくらだ」ああ、なんだ。そんなことか…「私も半分食べちゃったし、ケーキと珈琲頼んだんやから私が全部払うよ?」当然でしょ、と思っていたのに。「いや、でも俺も半分食べてケーキも一口貰ったし…紅茶だって頼んだぞ」なんて、心配そうに返されちゃった。私としては、自分の好きな物にお金を使うのはなんだか勿体なくて。基本的には、こういう時に使うものだと思っとるから…。「ん、じゃあ今度カラオケでも行こっか!そん時に覚えとったら払って〜♡」「う…分かった」これで、お互い忘れていれば良いな。
そうして、二人はこれからもあのカフェに通うことになる。
このおぢさん、多分これからも出てきます。
そして、書き方ちょっと変えました!好きな小説に影響されてます…!