第1話 真紅の魔女②
「で、何を交渉するのかしら」
頬杖をつき、足を組み、玉座に座る魔女は、アキセを見下ろす。
「宝を頂いてもよろしいでしょうか。今金がなくて困っていたんですよ」
「それだけでわざわざ裏切ったのか」
「まあ、村から出る金だけでは釣り合えないし。聖女を差し出して、宝もらった方がいいかなと」
魔女は鋭い目つきをする。警戒をしているのだろう。
「まあいいだろ。いくらでも持っていけ。あとでクラークと一緒に行ってもらいな」
「ありがとうございます」
「ところで、どうやってあの聖女を捕獲したのかしら」
魔女は、アキセに睨みつける。
「クラークの話では、聖女と握った瞬間に気を失ったと・・・何をした?」
魔女の質問に、アキセは口の前に指を一本立てて返す。
「それは、企業秘密なんで」
アキセの態度に呆れたのか魔女は溜息を吐く。
「そう。もういいわ。クラーク」
「はい」
魔女の隣にいる執事のクラークは返事する。黒い髪の赤い目をし、黒い正装をした男だった。
「あとは任せた」
魔女は、玉座から立ち上がり、その場から立ち去る。
「承知しました」
広すぎる部屋に残されたのは、アキセとクラークだけだった。
「では、こちらに」
アキセはクラークに誘導され、部屋を後にする。
「やっぱり、解けない・・・」
ジャンヌは溜息を吐き、拘束する鎖が解けずにいた。
なかなかに縛り付けている。これでは逃げられない。しかも魔女と戦えるほどの『光』は残っておらず、さらにいつの間にかロザリオを失くしてしまった。
どうしたものかと思った時だった。
檻の扉が開く。
「お、一応生きているな」
アキセが入ってきた。
「今度は何しに来た?」
アキセに眼をつける。
「何しにって、助けに来たんだろ」
「・・・はあ」
思わず目を丸くし、意外な回答に気が抜けた声を上げる。
「ちょっと報酬をもらおうと魔女のパシリが宝まで案内してくれたんだけど、あいつ急に襲ってくるからさ。魔術で分身を身代わりに逃げたんだ」
経緯を話したアキセは、ジャンヌの鎖を外す。
「あれ?黙り込んでいる?」
手が自由の身になったジャンヌは、下を向き、黙り込む。
「何?こんな絶望の中に助けにきたことに泣いているのかい。いやいいんだよ。そんな顔を隠さなくても分かってる。さあ俺の中で抱きついてもいいんだっぜ!」
ぜと同時にジャンヌはアキセを殴る。すかさずアキセの胸倉を掴み、しかめっ面する。
「おい、どういうことかな」
低い声で脅すようにいう。
「急に殴るなんてひどくない」
「急に私を売ったのもどうかと思うぞ。だいだい会ったらすぐに殴ろうと思ったわ」
「まあまあ落ち着けって」
胸倉を掴んだ手をアキセがどかせる。
その時、体に何かが流れた感覚をしたが、今はアキセへの怒りで頭がいっぱいだった。
「あとこれも」
アキセの懐からロザリオを取り出した。
いつの間に。
ジャンヌは雑にロザリオを取り返す。
「で、なぜ助けてくれたのかしら」
一番の質問をする。
「最初から言っているじゃん。聖女と組みたかったから」
「はあ?それだけ・・・」
あまりにも単純な回答に口を開けてしまう。
「だってあのままだったら、組んでくれなかったし。こうまでしないと協力してくれないと思ってさ」
ゴツっ!
ジャンヌはもう一発アキセに殴る。
「やっぱ、殺す・・・」
拳に殺意を込める。
「待って・・・ここは組んだ方が賢明だと思いますが・・・」
「その状況を作ったのはおまえだろうが!」
「まあまあ」
舌打ちする。
アキセが言っていることに一理あって、さらに腹が立つ。
「つーか、魔女にやられたわりに元気だな」
「空元気よ。それに組んで戦えたとしても、今の私はって・・・あれ?」
ジャンヌは手を握ったり広げたりしてみる。先ほどより力が漲っているようだった。
「何やっているんだ。とりあえずここから出るぞ」
アキセが牢屋を出ようとした時だった。
檻の隙間から何かが通り、ジャンヌの肩を貫通し、そのまま壁に刺さる。
肩に刺さったのは、細長く、宝石のように固まったような赤い槍だった。
「やはり、そういうことですか」
牢屋の外には、クラークが立っていた。
月が雲に隠れ、真っ黒に染まっていた。壁が割れ、アキセが城の外へと出る。
「やっぱり君…吸血鬼か」
吸血鬼は、人間が魔族化し、血を好み、血を操る一族。月の『光』に対して抗体を持つが、日の『光』は弱いという欠点を持つ。
その吸血鬼のクラークが土煙から現れる。
「あの赤い槍。おまえの血から作ったんだろ。血の臭いがブンブンしたぜ」
「だったら、おまえも聖女のようにしてやろうか」
鋭い目つきをしたクラークは、手に赤い槍を作り、アキセに一歩一歩近づく。
「それは遠慮しとくよ」
懐から銀色の銃を取り出し、クラークに向かって打つ。
クラークは頭を右に傾き、弾は空の向こうまで飛んでいった。
次の弾を打つ前にクラークが間合いを詰める。赤い槍をアキセの腹を貫通し、地面に刺し、身動きが取れなくなる。
「おまえは最初から気に食わなかった。妙な臭いをしやがって」
「ん~あれ?もしかして嫉妬しているわけ?」
アキセはおちょくるように言う。
クラークは気に障ったのが、さらに赤い槍を奥に差し込む。
「だまれ!」
その時だった。
「クラーク…」
静かな声で訪ねてきたのは、魔女だった。
「主様。お見苦しいところ申し訳ございません」
クラークは魔女に振り返り、赤い槍を持ちながら腰を下ろす。
魔女は静かにアキセの元に近づく。
「おまえの企みなど分かっていた」
「バレバレでしたか」
「嫌いな臭いがして気に食わない」
魔女は周りを見ていた。
「あの聖女はどうした?」
「まだ牢屋の中にいます。今肩に槍を刺したので、身動きが取れていません」
「そう。クラークはその小僧の相手をしな」
「はい、喜んで」
魔女は空いた壁に向かって歩き出そうとした時だった。
空いた壁から何かが飛び出し、魔女の肩に刺さる。
「ぐっ!」
「エリザベート様!」
クラークは魔女の名を叫ぶ。
エリザベートの肩に刺さったのは、鉄の槍だった。檻の鉄格子だったものだろうか。
「ち、外したか」
その場にいる者たちが目を見開く。
「あら、ごめんあそばせ。頭を当たっていれば苦しまずに死ねたもの」
壁から殺気たった目をしたジャンヌが姿を見せる。
「貴様・・・」
エリザベートはジャンヌに目を鋭くにらみつき、口を噛み締める。肩に刺さった鉄の槍を引き抜き、雑に投げ捨てる。傷口が塞がっていく。
「なぜ力が戻っている?」
「それは、私も不思議に思っているけど。何かしらしたのは明らかね」
ジャンヌはアキセに目を凝らす。
「力の無い君を連れて行くわけないだろ。てか、もしかしてタイミング測ってた?」
「まあそのおかげで、そこの吸血鬼の槍は消えたし」
ジャンヌは無視する。
『光』が取り戻したことにより魔力で作った血の槍を無効化し、クラークに刺された傷が塞ぐまで回復していた。
「さてと」
ジャンヌはエリザベートに向き、ロザリオに光の刃を作る。
「よくもやってくれたわね!くそババア!」
美人である顔を崩すほど、ジャンヌはエリザベートに叫び、エリザベートに飛び込む。
「力戻ったからって調子こむな!小娘!」
エリザベートも獣のように吠え、ジャンヌに距離を詰める。
そして、聖女と魔女との死闘が始まる。