第1話 真紅の魔女① 挿絵あり
見上げるほど木が伸び、広がった枝と葉のおかげで、昼過ぎても薄暗い森の中をジャンヌは歩いていた。
『光』が含まれた日差しが届かない森は、大気中に含まれた『呪い』が満たされ、魔族が集まりやすい。警戒を怠らずに歩いていたが、周囲から殺意が放たれ、ジャンヌは立ち止まる。
「さっそくお出ましかしら」
ロングブーツにショートパンツ。短めの青いコートのフードで顔を隠しているジャンヌは、懐から赤い宝石を中央にはめ込んである金色の十字架『聖剣ロザリオ』を握り、光の刃を生み出し、後から襲ってくる敵を大きく振るう。その勢いでフードが降ろされ、肩まで短い金髪、鋭い青い目つきが露わする。
敵は真っ二つに体が分かれ、地面に落ちた。その正体は、赤い目をした黒い狼。体がくっついていたら、人よりも大きかっただろう。
「ブラックドッグか」
黒女神が最後に残した『呪い』は、死に至らしめす他にも様々な影響を与える。
その一つが魔族化。
『呪い』は、生き物にとっては有害になるが、生き物たちは環境に適応し、抗体を持ち、体や体質などの変化を起こす。さらに潜在能力を高めた力『魔力』を宿り、異形な姿に変化をする現象を魔族化と呼ぶ。
魔族化した獣、魔獣の一つ、ブラックドック。
元は、狼が魔族化した魔獣。狂暴性が高く、群れで行動する。一度出会ってしまえば、狩られるまで追いかける。
木の陰から姿を見せるブラッグドッグはジャンヌに牙を向く。
「ふ~ん。やるの」
ジャンヌは、顔の表情を変わらない。
ブラッグドッグは、一斉にジャンヌに飛び掛かる。
ロザリオを横に向きを変え、大きく口を開いたブラッグドッグに、勢いにのせて、口の中にロザリオを入れる。真っ二つに上下に分かれ、向こう側が見えたと思ったら、ブラッグドッグが追撃をする。
その繰り返しが続く中、ジャンヌの背後からブラックドッグが襲ってくると思いきや、ブラックドックの体に赤い光線が貫通し、その場で落ち、動けなくなった。
「俺も混じってもいいかい?」
男の声がした。
ジャンヌは、声をした方向に振り替えれば、男が立っていた。
「魔術師?」
彼の右人差し指に長く鋭い銀色の指飾りをつけ、手の甲に宝石をはめ込んだグローブをつけているからだ。
魔術師。
人間が『呪い』を利用し、あらゆる現象を起こす魔術の使い手。指飾りは、魔術を発動するための杖の一つ。
男は、指飾りで陣を描き出す。大きい円の中に三角を描き切った瞬間、陣が赤く光り、六つの赤い光が発射され、ブラックドックの体を貫通させる。
ブラックドックは、仲間が次々に倒れていく姿に怯えたのか、森の奥へと引き返す。
「おいおい、もう逃げるのか」
男は、まだ同じ陣を指飾りで描き、六つの赤い光がブラッグドッグに向かって飛んでいくが、今度はかわされ、ブラッグドッグは森の奥へと消えていった。
「ち、全滅はいけなかったか」と男は呟いた。
安堵の息を吐いたジャンヌは、光の刃を消し、ロザリオを懐に仕舞う。
「危ないところでしたね。聖女様」
魔術師の男に声をかけられた。
改めてみれば、黒い髪と目の優男。黒いロングコートで全体的に黒を基調とした服。いつの間にか指飾りが消え、中指に指輪がはめただけの手になっていた。
――どう見ても怪しい。
ジャンヌは目を光らせる。
「助けていただきありがとうございます」
ぶっきらぼうにお礼をする。とりあえず。
「いえいえ。こんなところで白の聖女ジャンヌ・ダルク様に会えるなんて光栄です」
「あら、なぜ分かったかしら」
「そりゃ、一目瞭然ですよ。人が使えない『光』を使って、ブラッグドッグの魔力を浄化。白い炎を操る聖女はジャンヌ・ダルクと噂で聞いておりましたので」
「私ってそんなに有名になっていたのね」
「ええ。例えば、魔女倒すのに町一つ破壊したとか」
ジャンヌはビクッとする。
「あと、盗賊を襲ったり、事件を魔族に押し付けたり・・・」
「もういい!分かったから!てか、誤報混ざっている!」
少し前までは、派手に暴れ、荒れた時もあった。あれから少しは落ち着いている。おそらく。
「聖女は魔女より少ないから、ほんと運がいい。それにこんな美人と思わなかった」
「そう。会えてよかったわね。じゃあ、さようなら」
怪しい男とこれ以上関わりたくなかったので、立ち去ることにした。
「あれ、行くんすか?」
「さよ~なら」
手を振りながらジャンヌが歩こうとしたが、
「もしかして、この先の魔女の城に行くところでしたか」
足を止める。
「だったら何よ?聖女の仕事を邪魔しないでくれる」
ジャンヌは振り返り、男をにらみつける。
「俺。魔術師のアキセ・リーガンと申します。よかったら、一緒に魔女退治に一緒に組みませんか」
アキセは、魔女退治に誘ってきた。
――何言っているんだ。こいつ。
人間一人で魔女を倒せる相手ではない。いくら魔術を身に着けているとはいえ、倒せるほどの技術も力もこの時代に残っていない。人間が魔女倒すのに、技術や知恵を絞らなけらば勝てないほどだ。それでも人間が魔女に勝利した話は多くない。
そんな人間である彼が、これから魔女を退治する聖女に対して誘うなんて何を考えている。
「近くで村に襲撃、子供誘拐とかあってさ。賞金がかかってるんだよ」
それが目的か。
「聖女様と組めば、楽勝で倒せるし、ちゃんと分け前を渡しますよ。それに味方は一人でも多い方がいいでしょ。俺、それなりに強いので、聖女様の後衛くらいはできますよ。聖女様」
アキセは交渉成立の証に手を差し伸ばすが、ジャンヌはアキセの手を払った。
「あなた。賞金目当てで魔女を狩りするなんて、命知らずね」
冷たく言い放つ。
「人間一人応援いりません。それほど困っていないので」
はっきり断る。
「ダメですか」
「ダメよ」
「ダメ?」
「しつこい」
アキセは大きい溜息を吐く。
「仕方がない。別の方法でやりますか」
その発言にジャンヌは首をかしげる。
アキセは急にジャンヌの手を握る。
「何よ。急に!」
急に膝をつく。力が急に抜けてきた。原因は分かっている。アキセと握ってからだ。
「ちょっと!離して!」
アキセからどうにか離そうと、手を引っ張るが、離してもらえず、ジャンヌは倒れて込む。
アキセはジャンヌから手を離す。
全く力が入らない。体力だけでない。『光』も抜けている。
立つことも攻撃もできない。
「これでよしと、そこにいるんだろ」
アキセが誰かに呼び掛けているようだった。
別の方向から徐々に近づく音がした。
顔を確認するも、動く力もなく、視界が真っ黒になった。
目を覚ませば、別の場所にいた。
「何?ここ?」
側面に鉄格子が並んであり、狭く暗い部屋だった。上を見れば、手が壁についた鎖に縛られていた。どうやら、牢屋の中に閉じ込められているようだ。
――あの~やろ~
憎しみと後悔に歯を噛み締めるが、今は状況を整理する。アキセに手を握られた瞬間、体力や『光』を奪われ、倒れてしまった。
だか、あの時なぜ『光』を吸収できたのか。
魔術を使った形跡がない。使ったとしても『光』で浄化され、魔術が効かない。どういうことだ。考えてもすぐに答えが出ない。今はここからの脱出と次会ったら、懲らしめるとアキセの仕返しを決意した時だった。
檻の扉が開いた。
「お、起きていたのか」
何もなかったようにアキセが堂々と入ってきた。
「おまえ・・・」
ジャンヌは、アキセに険しい目つきでにらみつける。
「おいおい、そんな顔するなよ。美人な顔が台なしだぜ」
「まさか、最初から…」
「長話する気か」
女の声がした。
「これは失礼しました」
檻の中に女が入ってきた。
金髪と赤い目。足が見える赤いドレスを着た女だった。そして、彼女の周りに黒い靄を散らした。
『呪い』の濃度が高ければ、黒いモヤへと可視化する。魔女は『呪い』を散らす。つまり彼女は魔女だということだ。
「貴様がブラッグドッグを襲った聖女か」
魔女は見下ろし、ジャンヌは睨み返す。
「何。その目つき」
魔女は、ジャンヌの顔を蹴る。それでもジャンヌは、獣のような鋭い目でにらみつける。
「生意気」
魔女は、ジャンヌを壁に顔をこすりつけるように踏みつける。
「私ね。聖女って嫌いよ。『光』を使うし。生意気だし。その目つきにも腹が立つ」
「あんたが口にしなくても知っていることをわざわざ言わないでくれる。年増」
逆鱗に触れたのか魔女は、ジャンヌの顔、腹に蹴り続ける。
妙に顔に集中に狙っていることに腹が立つ。
蹴りが止んだ。
「これで機嫌とれましたか」
嫌味に言ってやった。
「若いだけの小娘が。まあいいわ。あとでじっくり痛みつけてあげる。楽しみにするのね」
魔女は牢屋から出る。
「じゃあな」
アキセは手を振りながら、牢屋から出る。
「覚えていろよ。魔女に・・・アキセめ・・・」
一人になった牢屋で呟く。