初雪はトロイメライ。
名曲、トロイメライ。
ただただ、月の光とトロイメライが題材のなにかに、浸りたかった。
「雨の日は月の光。」の雅臣視点になりますが、どちらから読んでも問題ないと思います。
ひたすら、稚拙。
ただ、トロイメライと一緒にお楽しみ頂ければ幸いです。
奏。
こんな名前をつけた彼女の両親に少し逆恨みしている。
どうしたってピアノとその名を切り離せない。
俺の人生はピアノなのに、ピアノを弾くたびにその名を思い出して、終いにはピアノに浸っているのか、彼女を想っているのか、わからなくなる。
ピアノで食べていくことは想像以上に容易かった。
競争の激しいその世界で、俺にはそこまで頂上を目指したいとか、高尚な目標とか、そんなものはなかった。
ただ、昔からずっと、ピアニストになることは決まっていて、幼い頃から全ての最優先事項はピアノだった。週のほとんどを占めるピアノのレッスンにも不満はなく、漠然とこのレールを走ってきた。
シューマン、トロイメライ。
奏はどんどん勝手に女になっていった。
小学生のころから同じピアノ教室で、変わらない背丈に、楽譜を交換しあって。
今日はどっちが多くはなまるをもらえたか、とかそんなことでムキになって。
たまに一緒にコンクールに出て。
同じ中学に入学してからは学校帰りに一緒にレッスンに向かった。
いつの間にか、
少し差がついていた背丈に、
借りた楽譜を返したときにかすかに触れた指先の華奢さに、
傘を忘れたあいつを入れて一緒に向かった教室までの道でおなじ傘のなか、ふと香った花の香りに、
胸がきしむ。
あいつが自分の知らないところでどんどん変わっていくことが、なぜだか許せなかった。
そんなある日。
「雅臣、私、ピアノ、やめるから。」
中学二年の冬、彼女はいきなりそう宣言した。
週に3度は顔を合わせてた彼女とも、レッスンがなくなればすっかり接点もなくなり、いつの間にか話さなくなっていった。
でも、学校でたまに見かける彼女は、あの日からすこしすっきりとしたような顔をしていて、もう同じ世界を共有してはいないのだと、なぜだかまた少し、胸が傷んだ。
その後、彼女と久しぶりに会話らしい会話をしたのは、大学二年の正月だった。県外にある音大付属の全寮制高校に進学してからは、地元に帰るのに久しく、実家も新鮮に感じた。
「どうぞどうぞ、あがってー!本当に助かったわ!いまお茶菓子用意するから、こたつで温まってて!」
「あ、では遠慮なくお邪魔します。」
母の声、と、女性の声。
「……..あ、雅臣、帰ってたんだ、久しぶり。」
「……おう。」
「こたつ、お邪魔する。」
「……。」
「……。」
「冷えるね。」
「….冬だからな。」
「…..お母さん、相変わらずだね。」
「….母さん、またなんかやらかした?」
「買い物袋やぶけてみかん道に転がしてた。」
「….ご迷惑おかけしました。」
「いえいえ。」
奏。久しぶりの会話。あまりにも自然に馴染んで、まるで空気みたいだ。
「あ、雪。」
こたつから出て縁側に彼女が向かう。無意識に彼女を追って縁側へ行き隣へ座る。
雪がただ降る様子を二人で眺めた。
その時間だけで、会わなかった間の時間や思いが埋められていくような、そんが心地がした。
「ピアノ、どうなの?」
ふと左側にいる彼女をみると少し、緊張した面持ちだった。
「おう。続けてるよ。お前はいまなにしてんの?」
「生物学。多分、このまま大学院すすむ。」
足元を見ながらうつむきざまに、右耳に髪をかけながらそう答えた。
長くなったまつげ。
揺れた長い黒髪に、
のぞくピアス。
「ミジンコでも研究すんの?」
「失礼だなあ。プランクトンだよ。」
「あんま変わんないじゃん。」
軽口を叩きながら、
奏が。
笑いながら、
俺を、
その瞳に映す。
その瞬間、俺の左手を、彼女の右手に重ねて、
彼女の唇に、キスを落とす。
胸が最高潮に軋んで、その痛みをまぎらわすように、
唇を押し付けた。
一度触れてしまうと、離れがたくて、ゆっくりと、名残り惜しむように、唇を離す。
そうか、俺、こいつのことが好きなんだ。
胸がきしむこの感情の名を、自分の言葉で理解する。
奏は相変わらず、無表情、でも瞳が揺れてる。
「ごめん...でも奏、…俺、お前が好っ」
「雅臣、」
「な、なんだよ!」
今度は彼女が、俺を覗き込む。大きなひとみに余裕のない俺の顔が映る。
「ねえ、もっかいして。」
同時に近づく距離と、息遣い。
またあの時と同じ花の香りがした。
胸の軋みが心地よい。
あいつはその無表情の裏にとんでもない爆弾を抱えてる。
甘くて、甘くて食いきれないのに、中毒性がある。
表面の苦さは甘さをさらに味わうための薬だ。
君を、奏でるピアノに、心地よさはトロイメライ。
Fin.
稚拙ですね。すみません。
ただ、トロイメライは嫌いにならないでください。
奏さん、大学院で生物学。プランクトン。なんだそれは。専門性高すぎ。すごいぞ。
ちなみに、大変どうでも良いですが、
中学一年の夏、初めて目にした微生物「ボルボックス」。
私はその形状、不思議な生体にのめり込み、あまりの可愛さに家で飼おうとして全力で母に止められたことがあります。
不思議な魅力。ミジンコもすき。
最後まで読んでくださる方がいらっしゃるのかわかりませんが、万が一そんなお優しい方がいらっしゃるときのため、
ここで心からの感謝を。
ありがとうございました。