とばねぇドラゴンはただのドラゴンだ
王都の中にある小さな酒場――
冒険者ギルドという異世界にありがちな場所に併設されたそこには、多種多様の冒険者たちが存在していた。
彼らはそこで、最近の動向などを常にやりとりしている。
「チームょぅι゛ょつおいだと? なんだそのロリコンを沸騰させるようなチーム名は? よく東方ギルドの連中はそんな名前を許したな?」
「それが……、登録しにきた少女達が本当に幼女だったらしく、『私たちが幼女でなかったらなんだというのよ』とか可愛い娘が可愛らしく迫ったらしい」
「可愛い娘が可愛ことをしただって! ――そりゃぁ、ギルド長なんざいちころだなー」
「おらぁマテや。そこは幼女がいくら強かろうが止めるところだろうがっ!」
「いや、どうも彼女たちは身体強化の魔術で鍛えているのか身の丈もあるような大剣をぶんぶんと振り回しているんだと! そして、どうやら……、『あの都市』の生き残りだったらしく、モンスター退治に相当な多い入れがあるようで……」
「うわぁ~。ネタかと思ったら重い、重すぎるぞそれ……」
このパラチオン王国で『あの都市』というと、この前の魔王軍の進軍により壊滅した東端の都市のことを指す。
およそ人口一万程度の小さな都市であったが、魔王軍の侵攻に耐え切れず滅び去ったのだ。
正確には豚やろう将軍率いる国防部隊が都市ごと魔王軍を火計で葬ったわけだが。
その魔王軍との戦力差はおよそ10倍の10万の軍勢を都市一個で撃退したことを考えれば戦術的には大成功の部類ではあるのだが、その功を成した豚やろう将軍は都市を葬った咎により政治的な背景で失脚していた。
そして――、ただ豚やろう将軍だけではなく、同時に豚やろう将軍を慕っていたリネージュやカクシーといった上級参謀たちも同様に職を離れたことから国防的には大混乱となっていた。
その『あの都市』はアンデッド蔓延る魔の都となることで魔王軍ですら侵攻がストップすることになり、おかげで国防が混乱していても攻めてくることはなかったが、反面、『あの都市』から移動を余儀なくされた市民たちは相当な苦労および犠牲を払うことになる。
そう犠牲だ。
そのことに乗じてサピエはリナたちを『あの都市』の出身者だということにして、彼女たちはモンスターに恨みを持ち魔の森で狩りを続けている、という噂を流したのだ。
都市自体滅んでいるからリナたちの出自については詮索しようもないし、なぜ幼女がそんなことをしているかという言い訳にもなる。一石二鳥だった。
そんな噂を流さなければならないほど、魔人となったリナたちの能力は圧倒的で、狩ったモンスターの物資の量は多くなりすぎていた。
「しかし、そんな彼女たちのおかげで、俺たちはうまいものが食えると」
そう言っている間に酒場のウェイトレスのおねぇちゃんがおいしそうな肉を持ってきた。
大振りの肉からは湯気が出ており、いかにもうまそうである。
「この肉なんだか分かるか?」
「なんだ、豚さんとかじゃないのか? って――。なんだこの肉。うまそうじゃねぇかっ」
ジューシーな中にも濃厚な魔力を称えるその肉に男は釘付けになる。
それは、うまそうに黒光りしていたのだ。
「こ、これは……」
「東で取れたオーガーだそうだ。食ってみろよ。うまいぞ」
言われるもなく男は既に食っていた。
「うひゅおー、うめぇ。だがオーガーか。簡単に倒せるようなものなのか?」
「その、ょぅι゛ょつよいのパーティが倒したらしいぞ」
「ょぅι゛ょつえぇなおい」
「その中ょぅι゛ょつよぃのパーティーリーダーは、なんと《魔王》リナちゃんというらしいぜ」
「ごほごほ。おいおい可愛らしいょぅι゛ょのくせに物騒な名前だな」
リナ。この国ではよくある名前の一つだ。
だが、魔王という二つ名はこの世界ではあまりに物騒すぎる。
「なにしろその体系に反してモンスターをぶったぎる姿が強烈すぎてついた字名らしいぜ。そのほかにも、酒場の店主にバケツ大のプリンをつくらせたり、町にある屋台を1日ですべて食って回ったり、服屋では純白のブルマーをつくらせたり、やりたい放題らしい」
「ほう……。そりゃひでえな。しかしそのょぅι゛ょが倒せるなら俺らでもいけるんじゃね?」
「ちげえぇね。俺らも今度行くか――」
「おぉ、行くしかあるめぇっ」
そんなこんなで、しばらくは東の地域に移動を開始する冒険者が徐々に増えつつあることを、サピエたちが知るよしもなかったのである。
・ ・ ・ ・
吾輩は人である。
名はホモ・サピエンス。
そんな吾輩は今、魔の森の砦にいた。
リナちゃんを始めとする魔人たち、および、牛さんと一緒である。
牛さんは今日も今日とておいしい牛乳をだしてくれる。かわいい。
リナちゃんたちは養女として可愛がっている。すごくかわいい。
着ている普段着は白緑色のワンピースに黄色の安全帽、そしてショルダーバックといういで立ちだ。
この白緑色のワンピースはビックスパイダーの魔人であるジア・エンソーダちゃんが手づから作成したものだ。
ジアちゃんには最新の機織機を渡してある。
ジアちゃんは機織機を入手するとまるで「鶴の恩返し」がごとく部屋に引きこもり、さまざまな衣服を作成してくれた。
中の様子を見せてくれないところまで「鶴の恩返し」と同じである。
その糸の調達はどうしているのだろうか。
自分で糸を取り出す姿は想像するだけでシュールであるが、そこに突っ込むと後で報復されるので吾輩はそんな野暮なことはしないのであった。
リナちゃんたちは基本的に狩りに行くとき以外は砦でだらだらとしており、その様子はまるで猫あつ〇の女の子版のようであった。
このままではいけないので四則演算や文字の習得をさせようともサピエは考えているが、それをやって嫌われると困るという葛藤もあり、いや、正確には自分もだらだらした生活が気に入っていたため、砦には弛緩した雰囲気が蔓延していた。
最近の重労働といえば、砦の外に作成したONSENよりも格調の高いROTENを作成したことぐらいだろうか。
ビバ、レンジャースキルである。
そんなサピエではあるのだが、最近、一つだけ悩みがあった。
それは、最近の周囲のモンスターの強さについてだ。
今まで、魔の森に棲んでいる魔物といえば、ゴブリンやウルフといった弱いものしかいなかった。
それが最近ではどうだろう。
オーガーだけならともかく、オークやリザードマン、それにルーミート(カンガルーっぽい魔物)といった強いモンスターが現れるようになったのだ。
(モンスターのことはモンスターに聞いた方が良いか?)
そこで吾輩はリナちゃんに確認を取ることにした。
「なぁ、最近モンスターがやけに強くなっていないか?」
聞いたのは朝の時間帯だ。
それはいつもの朝食の風景。
リナちゃんたちは、昨日の夕食の残りを貪るように食っていた。
それはサイクロプスのもも肉である。
サイクロプスのサイコロステーキの余りだ。
お味はもちろん最高級。
マグロの目玉とか、転生前の吾輩は一度しか食べたことが無いが、多少潰れたサイクロプスの目玉がここには20個くらいある。
それを煮て食べたらゼラチン質がうまいのなんのって――
……。話が脱線したな。
まぁ、それは良いだろう。
「なぁ、リナちゃん? 聞いている?」
しばらくすると、むしゃむしゃともも肉を頬張っていたのをリナはようやくやめた。
「ん? なぁにサピエ? おっぱい揉みたくなった?」
「それは後で揉むとして――、最近なんかここらの魔物って強くなっていない?」
だいたい、このサイクロプスもなんでこんな周囲にいるのかということが問題だ。
「(もぐもぐ)ん? そうかな? いつもと変わらないよ。ちょっとお肉が良くなっただけ?」
「いやいや、全然違うだろう」
(忘れそうになるが、リナちゃんは元はゴブリンだ。大雑把すぎるのだろうか?)
サピエとしては別の可能性も考えられた。
「――えーっと、もしかしてリナちゃん強くなっているのか?」
いつもと変わらないというか、リナちゃんのレベルが上がりすぎてどんな敵も一緒に見えるということかもしれない。
(魔人化しただけでも強くなったのだろうが、あれだけモンスターを狩っているのだからレベルが上がりまくっているのかもしれないな)
サピエはそう確認をとると、リナはうん! と元気に答えてくれた。
「そりゃー。あれだけおっぱい揉まれてたんだから強くなるに決まっているじゃない!」
「吾輩のせいかよ」
吾輩には心当たりがありすぎるのだった。
おっぱい揉みくだし師には「揉めば揉むほど強くなる」をコンセプトした経験点付与のスキルが存在していたのだ。お前は酔拳かといいたい。
「それにー、リナはこの前、レベルが上がって魔王を宣言したから周囲のモンスターのレベルが上がっているのかもぉ?」
「おいおぃ、まてや。《魔王》リナちゃんって単なる二つ名じゃないのかよ」
サピエは《鑑定》スキルでリナちゃんを見た。
抵抗されることもなくあっさりと通ったそれは、『強欲之魔王たる魔王』の称号を確認できてしまった。
「あー、えーっと、やばくない? いろいろな意味で?」
強欲ってなんだよとか、いろいろなツッコミをしなければならないだろうが、ツッコミどころが多すぎてサピエは硬直した。
そんなときだ。
カンカンカン、カンカンカン――
警鐘を叩く音が響き渡る。
『敵襲ー。敵襲―。ドラゴンが――。ドラゴンがきます!』
大きな声で外にいた魔人の少女の一人が叫ぶ声が聞こえた。
・ ・ ・ ・
サピエたちはとっさに砦から外に出た。
そこには赤色のドラゴンが空中に舞っているのが見える。
何か怒っているのか、ドラゴンは怒りの声をあげながら空を旋回していた。
赤系統ということはファイヤドラゴンだろうか。
最下級の系統のドラゴンとはいえ、ドラゴンはドラゴンだ。
ブレスの一発でも放たれれば、周囲は火の海になることだろう。
そんな中、リナはドヤ顔でサピエにサムズアップする。
「じゃじゃーん。そんなこともあろうかと、リナちゃんは《魔王》のスキルで魔法を覚えたのです!」
「よし。リナちゃん。早くそれを使うんだ」
とりあえず吾輩はリナちゃんに命じた。
「よーし、行くよぉ《思念魔術》『ドラゴンさん死んでー』」
リナはドラゴンに向けて両手を向けると思念魔術を放った。
思念魔術とは、初代魔王が使ったとされるどのようなものでも任意に事象を引き起こすという強力無比なものだ。この世界の魔王と勇者の物語にはよく出てくるものである。
そのはずなのだが……
しーん。
何も起こらなかった。
「ぐるぉぉぉー」
ドラゴンはさらに怒りだしたようだ。
その思念だけは伝わったのだろう。
こちらに向かって突撃してくる。
「あんれぇ、指示内容が強制過ぎて掛からないみたぁい」
「おい、突っ込んでくるぞ。やばい!」
「《思念魔術》『ドラゴンさん着陸して―』」
リナがそう叫ぶと、今度はドラゴンは素直に着陸した。
ドーン! と派手な音がする。
「やった。初めて成功した。わーぃ」
初めから着陸しようとしていただけのような気がするが。
ドラゴンはその着陸後、ブレスは使わず、その尾や腕で周囲にいたゴブリンの魔人たちを吹き飛ばしていく。
飛ばねぇ豚はただの豚だということわざがあるように、飛ばねぇドラゴンはただのドラゴンではあるのだが、ただのドラゴンでも十分に強かった。
「キュィィー」
楽しそうに弾き飛ばされる魔人の少女たち。
周囲の木々がなぎ倒されるが、魔人の少女より木々の方が弱いので無事なようだ。
そんな魔人の少女たちを突破して、ドラゴンはサピエのほうに向かってきた。
正確には隣にいる変な魔術を使ったリナの方にだ。
「サピエどうしよう、ドラゴンさんが向かってくるよ」
魔人の少女たちは吹き飛ばされてもなんともないだろうが、吾輩は吹き飛ばされればまるでシューティングゲームのように死ぬだろう。我輩のHPは1なのだから。
そう思っていると、リナが吾輩の手を握ってきた。
(うん。可愛い奴め。怯えているのか?)
サピエはそんなことを考えていたが、リナは違うようだ。
「こうなったら、先生お願いします!」
そういうやいなや、吾輩はドラゴンに向かってを全力でぶん投げられた。
べちゃっ。
跳ねる血しぶき。
吾輩はドラゴンの胸に命中、そのまま潰れて即死する――




