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ベアの教団:海底地下大聖堂

 勇者が湿った、そして淀んだ空気を感じて目を覚ましたとき、そこは巨大な神殿の中央にある、魔法陣の上であった。


『ベアの教団:海底地下大聖堂』

 《鑑定》スキルによって、画面にそんな文字が浮かぶ。


 アルキルエステル硫酸ストロンチウムの斜方晶系魔力を使用して蓄光された鈍く赤黒い光は、空気の重さと相まって重々しく感じられる。


 海底地下であることの水圧が殺しきれず残っているのだろう。

 通常より気圧が――空気の密度が重いように勇者には感じられた。



「おぉ勇者よ! 死んでしまうとはなさけないぃぃぃぃ」



 その大聖堂の正面、魔法陣の前に立つのは神々の一柱か。


 その神はクマのような大男で、けむくじゃらの異形からは想像もできないものであるが、禍々しい神聖性属性を勇者キリッカート・パインツリーは感じることができた。

 荒ぶる神ーー、あまり良さそうな雰囲気は感じない。


「お前は……、邪神か?」


 その異形に勇者は思わず口にする。

 その発言に神と思われし一柱は眉を潜めた。


「我は神である。それは間違いないがさて――、邪神と言われれば邪神なのかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。この今の世界の邪神の定義にもよるだろう」


「なん・だと……」


「だが、邪神といえども神の一柱である。我ら主神たる女神カーキン様からこの地域を託されているからには海の藻屑と化した勇者を復活させるのは当然ともいえるだろう。それに、一度言ってみたかったのだ。あのセリフを。『おぉ勇者よ、死んでしまうとはなさけない。』とな。勇者を復活させたものだけが言えるこのセリフに我は痺れる」


 けむくじゃらの邪神は身体をくねくねとさせる。


 勇者はそれを気持ちわるそうに見ながら立ち上がった。

 勇者は邪神を警戒しつつ、自身のウィンドウを開き状態等を確認する。

 特にバッドステータスなどはないようだ。

 HPなども正常値に戻っている。


 しばらくすると邪神は、邪神の正面であるであろう何かの前で手をひらひらとさせていた。

 邪神自身のウィンドウにアクセスしているのだろうか。


「さて、勇者には次の勇者パーティをあてがわないといけないな……。あぁそうだ。ソフィア・コンプレックス嬢などはどうだろうか。大陸南の大国にある魔界の森に面した辺境伯の第一令嬢だ。黒髪の女の子でかわいらしいぞ。ま、ソフィア嬢にはすでに彼氏がいるから、そうそういちゃいちゃラブラブな展開は期待できないだろうが、面白可笑しい生活などは期待していいだろう――」


「――ちょっとまて」


「ん? どうした勇者よ。次のレベルアップに必要な経験点を言うのはまだ先ぞ。知りたいのはやまやまであろうがな」


 勇者は周囲を見回した。


 そこには勇者と邪神がいるだけで、その他には誰もいなかった。

 一つの魔法陣、その中心に勇者が、その縁に邪神がいるだけだ。

 湿った空気がどんよりと広がっている。


「俺のパーティの女騎士と聖女はどこにいった?」


「沈んだよ。もう二度と戻れない」


 邪神はつぶやく。


「え?」


「勇者よ。お前はあの女騎士とか聖女のことを本当は仲間だと思っていないのだろう? あの魔王からの攻撃の中で、女騎士セリーヌを見殺しにし、聖女ミーコ・ホワイトキャッスルを絶対魔法防御から追い出して自らだけは生き残りを図ろうとした――」


「それは……」


「そもそもだ。お前が勇者になった成人の儀式で、4人の勇者パーティから男一人を追放しただろう。そんな追放やろうがパーティなどおこがましい……」


「今はあいつのことなんかどうでもいいだろうが!?」


「『あいつ』? 『あいつ』といったか? あぁ、そいつこそ、我ら神々が勇者パーティの中に求めた一服の清涼剤、我らのお笑いの元だというのに、お前は気づかなかったのか? いかに勇者パーティとはいえ、ガチで戦ってばかりだと面白くはないだろう?」


「――な、なんだそれは!?」


「お前が勇者パーティを追放してくれたせいで、ヤツは今や主人公ぞ。今頃は、まるで小説になろうの追放系小説がごとくチートな所業をやらかしているのさ。ヤツは面白いぞ~。ヤツが滑稽にのた打ち回るその姿に我々の関心も集中しているのだ。だから、さまざまなご都合主義的展開は勇者には訪れず、ヤツにこそ訪れる。実にすばらしいだろう?」


「だから、なんなんだそれは!?」


「知らなかったのか? 仲間を追放し、そして裏切った勇者の行く末など悲惨なものにしかならないと。ここは異世界の物語世界なんだから――」


「それは……」


 返答に困る勇者を一瞥したあと、クマのようにけむくじゃらの邪神は勇者の周囲を魔法陣に沿ってぐるぐるとまわり始めた。

 いったい何がしたいのか、勇者にはさっぱり分からない。


「さて、だからこそ、我は復活した勇者に残念だがこれを言わねばならん」


「な、なにを……」


「ねぇ、今どんな気持ち?」


 邪神は勇者に近寄り、さらにぐるぐると回った。


「は?」


「ねぇ、今どんな気持ち?」


「き、貴様ぁぁ……」


「勇者パーティにおいて戦いに赴こうとするのであれば、相手に傷つけられることも覚悟するべきだという簡単なことにすら気付かず、女騎士と聖女を失った勇者とか間抜けすぎて受けるッ。ねぇぇ、どんな気持ちなのぉぉぉ」


 邪神は嫌らしい薄ら笑いを浮かべながら、勇者の周囲を練り歩く。

 それはもう、ぐるぐると。


 けむくじゃらのクマに煽られる。

 これ以上の屈辱があるだろうか。


「う、うるさい! この邪神がッ」


「我を邪神というのであれば、この世界の神はすべて邪神ぞ。かつて世界を破壊し、神々を殺しつくし、その手によって主神に邪神カーキンを据えたのは(ほか)ならぬかつての勇者(おまえら)じゃないか。――おーっと、これは聖女と勇者にしか知らされていない秘密であるがな。ん? こいつは勇者なんだから言っても良いのか?」


「な、なんだと――」


「そんな主神たる邪神の女神カーキンと共に、神を殺しつくした日本人の勇者が新しく、おもしろおかしく作り直したこの世界は、悲哀(あい)幽鬼(ゆうき)鬼謀(きぼう)に満ちたおもしろなんちゃってファンタジー! あぁ、なんてすばらしい世界なのだろう。あぁ、この素晴らしい世界に祝福を! だから当然のごとく我らは魔族に対して同情的だ。だからシステム的に残ったとはいえ、勇者がよわっちいのは当然のことだろう? 魔王に立ち向かうとかせず、せいぜい人に尊敬されながら楽しい生活でもしてればよいものを――、あぁ、でもそれだと我々が面白くないか――。新しいパーティーのお笑い担当にはさらに受けるキャラにしてやろう」


「くっ……」


 勇者は突き付けられた事実に震える。

 邪神はそれに満足しつつも、さらなる追い打ちを放った。


「ぎゃははは。ざまぁ」


 ぐるぐるは止まらない。まるでスキップでもするように。

 もしも邪神がステッキでも持っていたら、それもぐるぐると振り回すことだろう。


「ざまぁ、勇者! ねぇ、今どんな気持ちぃ?」


「おのれ……」


「あはははは、ねぇ、今どんな気持ちぃぃぃぃぃぃ?」




 ――だが、邪神は勇者を追い詰めすぎたのだ。


 ふいに、勇者の震えが止まる。


 どうしたのかと邪神が疑問に思ったその一瞬、勇者の手にする刀が煌めいた。


 そしてこの世界にはない抜刀術による奇襲だ。


 スキルに頼らない一閃――


 邪神の首は真横から真っ二つに斬れた。


「あぁ、俺は今お前を殺したい気持ちでいっぱいだよ――」


パチン。と剣を鞘におさめたとき、その首は落ちる。

 勇者は邪神を倒した。

 邪神は物言わぬモノと化した。


システム『初神討伐特典:1、000、000、000の経験点を獲得しました。』


システム『JOB経験値が一定以上に到達しました。

勇者がレベルアップしました。

勇者のレベルがカンストしました。

取得可能な全スキルを習得しました』


システム『神を討伐した勇者の剣は神殺しの剣の称号を得ました。』


システム『神殺しの剣により殺された神は復活することができません。』


システム『神を討伐した剣は神殺しの剣の称号を得たことにより呪われました。』


システム『勇者は神殺しの称号を得ました。』


システム『勇者は神殺しの称号を得たことにより呪われました。』


システム『勇者は呪われたことにより運値がEになりました。』


 システムが狂乱的にメッセージを伝えてくる。


 だが、勇者にとってそんなことはどうでも良かった。


 勇者は怒り狂う。


 その勇者が冷静に考える暇が与えられることは無い。


 邪神は死んだ。


 ならば邪神の神力で維持されてきた海底地下大聖堂はどうなるというのか?


 ゴゴゴゴゴーなどという岩が崩落するような音があたりに響く。


「そしてヤツも――


 ヤツも殺してやる――」


 神の神力が流れなくなり崩壊を始めた海底地下大聖堂の中で、勇者は笑い狂った。

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