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養和元年1月1日。
「生き肉であるか?僧侶よ」
「……左様」
松脂蝋燭を光源とする寺の仏像の前で怪しげな二人が密会をしていた。彼等が見るのは口に草の塊を咥える裸の男の子だった。
「あっちでおっ母が手を振ってくれている!」
その顔はまるでそれが人生の全てかのように歓喜に包まれている。飢餓な為か頰は痩せこけ腹が常に鳴っているが今の少年の脳裏には楽しい母との思い出が繰り返されていた。余りの恍惚感に涎を垂らしてしまう程に。
「健康的な男児で御座います故食材にでも下にでも御使い頂けまする……」
その言葉に汚れた笑みを浮かべる男は裸の男の子を抱き寄せた。
「では早速……」
そう言い行為に及ぼうとした時仏像の背後から物音がした。
「何奴!?」
僧侶は叫び声をあげる。気付かれたのにも関わらず変わらず音を鳴らす。
「カァアアアア!!!!」
直後刀を持った用心棒二人の片方が仏像の裏に回るが苦無が脳天を貫いた為血飛沫をあげて倒れた。
「なん……だと……」
その答えを示すように穴から一匹の小動物が現れた。……鼯だ。予想外の事態に男は刀を握る手を少し緩めてしまう。
「鼯……!?」
凝視すると同時に仏像の頭から1人のくノ一が降ってきた。いきなりの事で対応出来ない刀の男は少女が振り下ろす鉄扇により脳天を潰された。飛び散る血飛沫が黒髪を赤黒く染める。
「ヒィイイイ!!」
それを見た二人の男は一目散に逃げていった。
「……」
「ヒヒヒ」
下から声が聞こえた少女は寝転がる少年に視線を向ける。すると少年は仰向けであった為視界に大事な物が映った。
「……」
少女は声を洩らし瞬きを数回した。
「……案ずるな。外には数十人の兵隊達がおるのだ。あの女子如き負ける筈がない」
「思い返すと京の都にあれほど美麗な女子は見た事がありませぬ」
「楽しみじゃな。寡黙な女は一度性の味を憶えるととても乱れる。……あの女子がどんな声で鳴くか想像がつかない」
そんな事を言ったのが数秒前。
「な……何という事じゃ」
「誰が殺ったのだ……」
只今外に出た二人の男は用心棒数人の骸を発見する。彼等の頭部はその傍らで転がっていた。血痕は目の前にある木の裏にまで続いていた。人影を察した男達は後ずさる。
「貴様!!公儀隠密か……!?」
「そうだ……百済の者共」
木の裏からくノ一が現れる。
「アァアアア!!」
一人の男は突き立てられる刀を抜きくノ一に迫った。
「一昨日は兎をみたの。昨日は鹿。今日はあなた」
少女は血に塗れうわ言を言っている少年に歩み膝を曲げる。寝転がる少年を起こし壁にもたれさせる。
「……キィ〜キィ〜」
鼯は少年をあやすように頭上で走り回っている。
「……お母さん。居ないの?」
その声質はまるで年下の子供をあやすお姉さんのように優しかった。その言葉を聞いた少年は大きく歪ませた笑みを浮かべる。
「ヒヒヒ。おっ母はおっ母だよ。誰でもない。でも今のおっ父は愉しい夢を見させてくれる薬師さんなんだ」
少女は少年の言葉を聞きながら両の手で頬を包み自分の顔と突き合わせる。
「笑わないで」
……僅かに眉を吊り上げて。
「ヒィイ!!」
くノ一に迫った男は倒れた。残されたもう一人の男は後がない事を知り腰を抜かす。
「ッ……!」
少年は真剣な表情に気圧されかけるが意地で口を歪めた。
「ヒッヒヒ……!何を言ってるの?笑ってなんていない」
「嘘」
その言葉を聞いた少年は自分の存在を否定されたような気がして胸が締め付けられる思いをした。少年は笑顔のまま瞼から大粒の涙を流した。
「嘘は……言ってないんだよ」
落ちた涙を鼯が確認するように舐める。
「笑って……」
「……ごめん」
少女は少年の頭を抱き寄せて耳を桃色の胸元に密着させる。耳から鼓動の音が聞こえる。
「ふ……ぁあ……」
「聞こえる……?」
「なぁにこれぇ」
「……生命の鼓動」
その音が心地良いのか徳は猫のように目を細める。少年は少しずつ身の上話しをし始めた。
「……前のおっ母はね。僕を捨てたんだ。呪われた子供だって言ってね……。そしておっ父と出会った」
少年は腕を少女の背中に回し耳を強く押し付ける。少女は少年の頭を優しく撫でる。
「君の名前はなんて言うの?」
「ーー僕の名前はーー」
……丁度外では雨が降ってきた。
「矛を収めてくれ!」
僧侶はくノ一に請願する。良く見ると黄色い液体が地面を濡らしていた。そんな男の情けない姿を見ながらくノ一は徐々に迫る。
「誰が好き好んで人肉など食べるものか!!」
くノ一は立ち止まるも厳しい視線を男に向ける。
「お主には分からんのか!そもそも今の飢餓だって平氏と源氏の争いから始まったのだぞ!!」
男は後ろに後ずさりながら大声をあげる。
「これはつまる所……崇徳天皇の呪いなのだよ!!お主も知っておろう!!!奴が死に際に『皇を取って民とし民を皇となさん』と皇室を呪った事をォ!!」
「それがどうした」
「平氏と源氏……双方が争う今の現状であるが崇徳の呪いが真であるならば勝つのは『どちらでも無い』!」
「……」
「どちらも負けるのだッ!平清盛も!源義経もォ!!」
男は落ちた刀を拾い斬りかかるがくノ一により太腿を斬られた。そして背中から地面に倒れる。
「詳しくは後で聞こう。遺言はあるか?」
「ハ……ハ……!私はっ。これからどうなるのだ」
「……犬神人がお前を六波羅に連れ去る」
僧の問い掛けにくノ一は森の木々を見ながら答える。すると木の陰から赤い布衣に白い布で覆面する大男が現れた。
「『祇園の犬』共……!」
男は背負う荷袋から法螺貝を取り出して吹いた。直後別の木々の影から多くの子供達が現れる。彼等は赤い衣装におかっぱ頭、強烈な印象を残す白塗り集団で皆天狗の仮面を被っていた。子供達は法螺貝が鳴り終わると溶け込んだ闇から現れ僧を捕縛し始める。末路を悟った僧は脱力し項垂れた。
「非人と呼ばれ……賎民と呼ばれ……。我等が悪習は連綿と続き早幾星霜」
僧は木の枝に止まる烏を見掛ける。
「『部落』とはこの国に於ける闇そのものなのだ……。それは藤原鎌足が百済から2000の兵を率いた時。聖徳太子が仏教を古神道に混ぜた時より始まる」
そして浮かぶ『三日月』を見上げると烏は謀ったように鳴き声をあげ飛んだ。
「……何処で道を違えたのだろうな」
涙を流す僧に対し子供達は皮袋を被せた。そして数人で担ぎ連れて行った。それを確認した法師の男が覆面を剥ぐ。顔には数カ所の刀傷が遺っていた。
「……【和尚】」
彼の呟きは湯気のように消えて行った。
×××
「……んぅ?」
朝日は昇るにつれ起きた鳥達の鳴き声が山中に木霊する。少年は意識を覚醒しつつあるのか閉じた目を痙攣させる。囲炉裏か火鉢があるのか暖く心地いい。
「何やら後頭部が柔らかいぞ。それに身体の節々が痛いし凄く怠い」
そして目を開く。
「あ」
目と鼻の先に見惚れる程の美少女が居た。何故か目が充血していた。
「……」
凛とした上品な顔立ちの女の子だった。身を包む物として乙女色の湯帷子、撫子色の帯締め、深紫色の小袴、青藍と薄花色の袖がない羽織を纏っている。髪を二つに分け、それぞれを大きな二つの輪にして後頭部で一つに纏め上げて根元を細幅の白い絹でしっかりと結わえ、そして頬に垂れる髪を桃の絹で装飾していた。時折垣間見える眉毛が美しい。
「キィ」
頭には鼯ムササビを乗せている。
「……」
「……」
少年は山伏を着せられ少女に膝枕をされていた。少年と少女は数秒間見つめ合う。……女の子の匂いがする。それに何故か懐かしい感じがしないでもない。寧ろ驚かない事が当たり前かのようで。
「そろそろ起きた〜?」
女性の声が聞こえた。少女がそちらを振り返っている隙に再び目を閉じた。
「ま〜だ起きてないのね〜……。そんなに居心地が良いのかしらね??」
「……」
少女は呆気に取られたように声を洩らす。その事を察する少年は冷や汗を流す。気付かれないようにただただ目を閉じ続ける。
「もう朝ご飯出来ちゃっているのに」
「……献立は何?」
「お腹に良い物をと考えてお粥にしたわ。ほら!ここに」
芋の香りが鼻を擽る。しかし動いてはいけないと思いジッとする。
「……菊花。仕事に行かなくて良いの?」
「いっけなーい!乙キノト!!ちゃんと食べさせといてね!!!」
菊花と呼ばれる女性は木の御盆を乙と呼ばれる少女に手渡すと慌ただしく走り部屋を出て靴を履いて家を出た。乙はお盆を横に置いて木の茶碗と木の匙を手に持つ。
「お腹、空いてない?」
「……」
少年は答えない。
「食べさせてあげる」
茶碗と匙を鳴らす音が聞こえる。粥を掬い口元に運ぶ。湯気が唇を摩る。
「……何故」
疑問をぶつける為に口を開いた少年だったがそのせいで冷めてない熱々の粥を舌に放り込まれた。ちなみに少年は猫舌だ。
「あつち!!」
思わず目を見開き粥を吐き出してしまう。そのお陰で乙の鼻に唾と米を付着させてしまう。落ちた米粒を鼯は食べる。
「あ……」
自分の仕出かした事の大きさに顔面を蒼白する少年。だが乙は指で米粒を拭うと首を傾げ一言。
「……?熱かった??」
「なん……だと……」
少年は文化的衝撃を受けた。今まで女と二人っきりで話したこともなくましてや食事なんてした事もないし食べさせて貰えるなんて夢のまた夢な人生を歩んでいた為女と言えば春画な彼からすれば目の前にいる絶世の美少女はまさに天女。
「……お主はもし着替えを覗かれたら殴ったりする女子であるのか?」
その質問に初めて表情を怪訝に崩す乙。
「……何でそんな事をする必要があるの」
「……お主はまさしく日本人形じゃ」
思わずこんな言葉が漏れた。その言葉を解せないのか乙は顔に謎を浮かべる。
「将来は和風美人確定じゃ」
「……ありがとう?」
乙は頭を下げてお礼を言う。貧しい胸が鼻先にまで迫り柔らかな絹の匂いを嗅げた事に恍惚とした感情を覚える。
「ふーふー……はい」
冷まさせたお粥を口元に運ばれたので食べる。
「おいしい?」
「悪くない」
「ふーふー……貴方が好きな具材は何?」
「あむ。鮭」
「ふーふー……じゃあ今度一緒に獲りにいこう」
「えぇ……。むぐ」
何でこんな事になっているのだろうか?とお茶を飲まされながら思う。
「さっきから気になっとったのじゃが」
自分の腹に視線を向ける。そこには鼯が夢心地に眠っていた。
「この狸は何じゃ?それにお主は奇妙な物を羽織っておる。何じゃその青いの」
その問い掛けに乙は茶碗と匙を横に置いて腹に眠る鼯を抱き包む。
「フウは鼯なの」
そして少年の耳元に鼯を近付けた。
「ほら」
ついでに顔も近付けている為乙の声が耳元で囁やくように聞こえた。少年は思わず身体を震わす。
「お主はフウと呼ばれておるのか?」
「フウは顎を撫でられるのが好き」
フウを撫でていると乙が口を出した為顎を撫でる。
「……それにこれは『機織部』と言う人から貰った物。私にも良く分からない」
「ふーん」
するとフウにウレションをされ袴が濡れた。
「きったね!???」
少年は頭を起こす。だが身体に節々が痛んだ為腕で身体を抱く。余りの痛みに目を開けられない。
「イッツ……」
やっと目を開くと無表情ながらも怒気を滲ませている乙が少年の顔を覗き込んでいた。
「……一昨日無理をした。安静が必要。だから食べる」
「オゴゴゴゴ!??」
乙は少年の口を無理やり開けて冷めた粥を流し込んだ。そして口を閉ざし呑み込ませた。
「飲む」
「んー!んー!!」
お茶を無理矢理飲まされた。そして疲れ果てた少年に一言。
「脱いで」
「ハァ!?貴様!儂の天狗様を見るつもりか!?そんな事をやられては儂の威厳に……」
「……一昨日見た。そして威厳なんて無かった」
「え?」
「昨日は貴方が漏らした排泄物を私が処理した。今更裸程度で気にするような事はない」
「嘘?」
「少なくとも貴方の尻穴の皺の数はちゃんと知っている。だから問題ない」
すると徳は打ち拉がれ顔を俯く。それを見る乙は切なそうに目を細めた。
「何で背けるの?そんなに傷付いた??」
「……そうじゃ。初めて会った女子にまさか儂の天狗と焼き味噌が見られるなんて死にたいなんて思うのが当たり前じゃ」
「ふーん」
それを聞き流しながら乙は帯を解いた。すると湯帷子がはだけ上半身が露わになる。乙は白色のさらしを胸に巻いていた。
「何をしとるんじゃ!!」
「何って……蒸し風呂に入る為に麻の湯帷子に着替えようとしてる」
「儂が褌だけになって拭かれるんじゃないのか!?何故わざわざ入るんじゃ!!お主は遊女か!!」
その言葉を無視し乙は少年の山伏装束を脱がせる。
「な……!!」
着るのは木綿製の褌だけとなった。
「今日は体調に気をつかって薬風呂にした」
乙は手早く同じ色の湯帷子を着替えさせ入浴の準備を整える。
「ヤメロォ……」
そのまま少年を担ぎ一緒に家の横に備えられる『蒸し風呂』に入った。
「キィ」
フウは部屋の外で警備を担当した。
「……」
「……」
2人は尻に布を敷き向かい合わせに座らる。乙は紐を解き垂髪となっている為か先程と印象が大分違う。恥ずかしさの余り視線を逸らすが乙はじっと見つめる。
「変な人」
「……っ」
「京の人達はそんな事を気にしないのに」
その言葉に少年は顔を背けながら言う。
「……飾りけもなくすっきりと清らかなさまよの」
「?」
「控えめで清潔感がある容貌に、慎ましく美しい所作。正しくお主は理想的な『大和撫子ヤマトナデシコ』よ」
「っ」
乙から反応はない。少年は訝しげに視線を戻した。
「ふ〜ん」
乙は水音を立てずに直ぐ傍まで来て見下ろしていた。
「っ」
髪が汗を掻く額に張り付いているのか色っぽく、少し腕を動かせば抱きしめ密着出来る程に人肌が近い。
「それ……本当なの?」
乙は腰を屈めて囁く。すると少年は胸が苦しくなった。煩悩を紛らわすように苦し紛れに身の上話を始めた。
「……儂は徳と言う者!此処に来る以前とある旅の僧と行動を共にしておった!」
直後乙が僅かに揺れ荒い息を吐いたような気がしたが見た感じ気のせいらしい。『徳』は気にせず言葉を続ける。
「以前にはおっ母が居ったんじゃが生憎旅先で逝き一人で放浪しとった所を和尚に拾われた」
「……」
「和尚は言うたんじゃ。旅は道連れだと。たまたま和尚が故郷に帰っている所を儂も同行させて貰い何れその地に根差すと約束しとった」
「……」
「和尚は……儂みたいな士農工商の更に下の家畜を匿いあまつさえ旅に連れ立ってくれた」
「……」
「嬉しかったんじゃ。ついに儂にも父親が出来たんじゃと」
「……」
徳は息を整えた。これから大事な事を聞く為に。
「何故……お主は儂の名前を聞いてこんのじゃ乙?何故矢継ぎ早に行動を起こす?」
徳は乙の表情を伺う為床を直視し心の準備を整えていく。……顔を見上げて声をかける。
「……何故そこまでして儂を」
見上げた直後頬っぺたに水滴が落ちた。徳は乙の表情に目を細める。
「っ」
乙は先程の無表情とはうって変わり止め処なく大粒の涙を流していた。幾つもの涙が徳の頰に落ちる。
「何故……泣くのか」
「貴方はまたひとつウソをついた」
すると乙は徳を押し倒した。艶のある長髪が徳の頬を撫でる。
「ちょ!?」
只でさえ蒸し暑いのにこんな事をやられたら頭などに血が上って不味い事になる。徳は必死に顔を背ける。その為髪が顔面を叩く。
「一昨日貴方は私に対して節操のない事をした。貴方である事を知らなかった私はそれを受け入れてしまった」
「は?」
「私の胸に頬擦りをしたり、背中に手を回して胸を弄ったり、私の膝を頬擦りをしたり」
「いや。文言可笑しくないかの?何故に両手を回して胸を弄る事が出来ようか?それではまるで儂が赤子みたいに……」
背けていた顔を恐る恐ると戻す。
「私を……また家族と呼んでくれた」
眉を八の字にし上目遣いをしていた。
「家族……」
「……本当に憶えていないの?【徳】」
「徳?」
「うん。三年前私に教えてくれた名前。苗字は『機織部』。貴方は【機織部徳】……」
機織部……。羽織の時に聞いた名前だ。つまりアレをあげたのは。
「アレをお主にあげたのは3年前の儂であると?」
「うん。初めて会った冬の日私は1人で静かに泣いていた。震えていた私に対してあの羽織とを着させフウを見せてくれた」
「……」
「別れる時その二つと……“あの袴”を貰った。そして忘れない為に毎日着ていた。それなのに……私の知らない所で」
「!?」
乙に顔を胸に埋められた為徳は身体を硬直させる。
「ヒック……ヒック……」
見ると乙は表情を歪ませて泣いていた。涙が汗と共に湯帷子に染み込む。泣き止ませる方法を知らない徳は慌てふためく。
「嘘つき……嘘つき……」
泣き噦る様子を見た徳の胸に鈍い痛みが走る。薬風呂の効能のお陰で僅かに動かせるようになった腕をあげ指で自らの目頭を抑える。
「すまぬな……」
徳は乙に貰い泣きをした。そしてだんだんと意識が遠のいていく。
「それは好きと言うよりゃ依存しているのではないか……」
意識を失う寸前乙の履いていた小袴の色を思い出す。
「そうか」
同時に不自然な位の献身っぷりに後悔を滲ませた。
「儂は罪を犯したのじゃな」
×××
「良いのか……?乙」
「うん。【華龍】」
目を腫らした乙を見た華龍はの夜を思い出した。
『ーーっ!!』
乙は普段からは想像もつかない程焦った顔をしていた。泣き噦りながら大人に縋る子供の姿をそこで見た。仮に菊花が居なければ徳は危なかったし丸一日付きっ切りで看病した末に死んだとなれば乙の心にも癒せない傷が遺っていただろう。
「忍であるからなのか?もしそうでなかったらお前は……」
すると乙は懐から枯れた一輪のホトトギスを取り出し華龍に見せて呟いた。
「玉の緒よ。絶えなば絶えね、ながらへば、忍ぶることの弱りもぞする」
「え?」
「……私。竹取物語が好き。でもかぐや姫は嫌い」
「それは……“今の身分”に不満を持っていると言う事でもあるのか?」
「ある意味ではそうだし違うかも知れない」
「……」
「もう会えないかと思っていた。でも何の因果か巡り会う事が出来た。……でも憶えていなかった。私の事もフウの事も」
フウが乙の頭に登って鳴き声をあげた。フウを乙は愛おしいように撫でた。
「もう……会えないかも知れないぞ」
「その時は……操を逝くまで守るつもり」
固い決意を秘めた瞳のまま外を出る乙。そこは昨日のような小さな家ではなく大きな屋敷だった。
「……」
此処は山城国葛野郡小野山。この山に住む者達には『供御人』としての権威を朝廷……それを操る【平清盛】より与えられている。炭や松明を朝廷に貢納し,小野山長坂口警固の兵士を務める代償として,諸関役・諸商売課役を免除され平安京内で松明,炭,材木を販売出来る。
「【椿様】……出立する準備が整いました」
乙に対し傅くのは禿を指揮していた大男だった。移動用に牛車が停められていた。
「分かった。【儀助】」
つまり彼女は『供御人』であると同時に『六波羅の禿』を支配する長でもあった。
「……」
乙は乗り込む直前にホトトギスの花を見る。懐かしい過去の記憶が蘇る。
×××
『京の都では後白河天皇が幽閉されたって話だ!こりゃぁ歴史が変わるぜ!!』
……暗い森の中でそんな言葉が聞こえる。見ると複数人の悪漢が1人の少女……乙に寄ってたかっていた。1人が腕と口を抑え、1人が下半部に手を入れ、残りの2人が見張りをしていた。そんな悪意に晒されている乙は静かに涙を流す。湯帷子が切り刻まれている事で身を隠す物がなく、肩から腰までの柔肌を遅く弄られていた。
『記念に精がつく物を一発食べなくちゃな!!』
『だから早くしろよ!』
3人は下の男を急かす。急かされた男は苛立つ。
『小さくて指入んねえんだよ!』
『っ……』
そんな怒号に震え握っていた一輪のホトトギスが落ちた。
『お?これってホトトギス?』
男が拾い嗤いながら花を見つめた。
『確か……花言葉は『永遠にあなたのもの』だったか』
『っ』
『でも受け取ったのは俺だしな〜』
そう言うと顎を掴み自分の顔に向けた。
『こりゃあ貰うしかないか〜〜?』
『』
『蛇の毒に冒され動けなんだか……』
『……履け!寒かろう!!』
徳は袴を脱いで褌姿になる。いきなりの事で
『嫌だ……』
『嫌だ……』
『お主は儂の物となるっ!!』
『誰もお主を犯す事は出来なくなったっ!!』
『誰とてもお主に
『もし了承も無しお主の乳房を摘む者。膣に挿れる者が居たなら儂はその者の勝利の美酒に毒を混ぜよう』
『もしお主のその絹のような髪と澄んだ眼を澱む者が居たならば儂は七倍の報復を持ってそれを消し去ろう』
『お前の憎しみ哀しみ。打ち拉がれる無力感は儂が背負おう』
『お前の重荷を儂が背負おう。儂と共に歩め!!乙!!!!』
乙は
「私は『永遠にあなたのもの』」
私の顔をジッと見上げる。
「常トコシエに貴方の傍にいます」
「【儀助】。奴を禿へ
「何……?和尚が捕らえられたと??」
難波にあるとある
「へい。祇園の犬共に連れ去られたみたいで」
『犬神人』。それは八坂神社に属した神人のうち、下層の民。京都建仁寺門前あたりに住み、平素は弓弦・沓などを作るとともに、洛中の死屍の始末に当たり、また『祇園祭』には神幸の道路清掃なども行なう。
「『弦』と『瓶』が統べる……か」
「……?それはどう言う??」
「孫六」
「へい……!」
「至急【百済十二神将】を集めよ。
彼はとある旧い文献を
狼と。
「乙……其の者を
「駄目だっ!」
「……そうか」
「平家にあらずんば人にあらず」
「皇を取って民とし民を皇と成さん」