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ヴァナルガンド  作者: 喪愛
1181年
2/4

1/5

OPはソーラン節でEDが紡唄。

「……んぅ?」

朝日は昇るにつれ起きた鳥達の鳴き声が山中に木霊する。少年は意識を覚醒しつつあるのか閉じた目を痙攣させる。囲炉裏か火鉢があるのか暖く心地いい。

「何やら後頭部が柔らかいぞ。それに身体の節々が痛いし凄く怠い」

そして目を開く。

「あ」

目と鼻の先に見惚れる程の美少女が居た。何故か目が充血していた。

「……」

凛とした上品な顔立ちの女の子だった。身を包む物として乙女色の湯帷子、撫子色の帯締め、藍鉄色の小袴、青藍と薄花色の袖がない羽織を纏っている。髪を二つに分け、それぞれを大きな二つの輪にして後頭部で一つに纏め上げて根元を細幅の白い絹でしっかりと結わえ、そして頬に垂れる髪を桃の絹で装飾していた。時折垣間見える眉毛が美しい。

「キィ」

頭には(ムササビ)を乗せている。

「……」

「……」

少年は山伏を着せられ少女に膝枕をされていた。少年と少女は数秒間見つめ合う。……女の子の匂いがする。それに何故か懐かしい感じがしないでもない。寧ろ驚かない事が当たり前かのようで。

「そろそろ起きた〜?」

女性の声が聞こえた。少女がそちらを振り返っている隙に再び目を閉じた。

「ま〜だ起きてないのね〜……。そんなに居心地が良いのかしらね??」

「……」

少女は呆気に取られたように声を洩らす。その事を察する少年は冷や汗を流す。気付かれないようにただただ目を閉じ続ける。

「もう朝ご飯出来ちゃっているのに」

「……献立は何?」

「お腹に良い物をと考えてお粥にしたわ。ほら!ここに」

芋の香りが鼻を擽る。しかし動いてはいけないと思いジッとする。

「……菊花。仕事に行かなくて良いの?」

「いっけなーい!(キノト)!!ちゃんと食べさせといてね!!!」

菊花と呼ばれる女性は木の御盆を乙と呼ばれる少女に手渡すと慌ただしく走り部屋を出て靴を履いて家を出た。乙はお盆を横に置いて木の茶碗と木の匙を手に持つ。

「お腹、空いてない?」

「……」

少年は答えない。

「食べさせてあげる」

茶碗と匙を鳴らす音が聞こえる。粥を掬い口元に運ぶ。湯気が唇を摩る。

「……何故」

疑問をぶつける為に口を開いた少年だったがそのせいで冷めてない熱々の粥を舌に放り込まれた。ちなみに少年は猫舌だ。

「あつち!!」

思わず目を見開き粥を吐き出してしまう。そのお陰で乙の鼻に唾と米を付着させてしまう。落ちた米粒を鼯は食べる。

「あ……」

自分の仕出かした事の大きさに顔面を蒼白する少年。だが乙は指で米粒を拭うと首を傾げ一言。

「……?熱かった??」

「なん……だと……」

少年は文化的衝撃(カルチャーショック)を受けた。今まで女と二人っきりで話したこともなくましてや食事なんてした事もないし食べさせて貰えるなんて夢のまた夢な人生を歩んでいた為女と言えば春画な彼からすれば目の前にいる絶世の美少女はまさに天女。

「……お主はもし着替えを覗かれたら殴ったりする女子であるのか?」

その質問に初めて表情を怪訝に崩す乙。

「……何でそんな事をする必要があるの」

「……お主はまさしく日本人形じゃ」

思わずこんな言葉が漏れた。その言葉を解せないのか乙は顔に謎を浮かべる。

「将来は和風美人確定じゃ」

「……ありがとう?」

乙は頭を下げてお礼を言う。貧しい胸が鼻先にまで迫り柔らかな絹の匂いを嗅げた事に恍惚とした感情を覚える。

「ふーふー……はい」

冷まさせたお粥を口元に運ばれたので食べる。

「おいしい?」

「悪くない」

「ふーふー……貴方が好きな具材は何?」

「あむ。鮭」

「ふーふー……じゃあ今度一緒に獲りにいこう」

「えぇ……。むぐ」

何でこんな事になっているのだろうか?とお茶を飲まされながら思う。

「さっきから気になっとったのじゃが」

自分の腹に視線を向ける。そこには(ムササビ)が夢心地に眠っていた。

「この狸は何じゃ?それにお主は奇妙な物を羽織っておる。何じゃその青いの」

その問い掛けに乙は茶碗と匙を横に置いて腹に眠る鼯を抱き包む。

「フウは(ムササビ)なの」

そして少年の耳元に鼯を近付けた。

「ほら」

ついでに顔も近付けている為乙の声が耳元で囁やくように聞こえた。少年は思わず身体を震わす。

「お主はフウと呼ばれておるのか?」

「フウは顎を撫でられるのが好き」

フウを撫でていると乙が口を出した為顎を撫でる。

「……それにこれは『機織部』と言う人から貰った物。私にも良く分からない」

「ふーん」

するとフウにウレションをされ袴が濡れた。

「きったね!???」

少年は頭を起こす。だが身体に節々が痛んだ為腕で身体を抱く。余りの痛みに目を開けられない。

「イッツ……」

やっと目を開くと無表情ながらも怒気を滲ませている乙が少年の顔を覗き込んでいた。

「……一昨日無理をした。安静が必要。だから食べる」

「オゴゴゴゴ!??」

乙は少年の口を無理やり開けて冷めた粥を流し込んだ。そして口を閉ざし呑み込ませた。

「飲む」

「んー!んー!!」

お茶を無理矢理飲まされた。そして疲れ果てた少年に一言。

「脱いで」

「ハァ!?貴様!儂の天狗様を見るつもりか!?そんな事をやられては儂の威厳に……」

「……一昨日見た。そして威厳なんて無かった」

「え?」

「昨日は貴方が漏らした排泄物を私が処理した。今更裸程度で気にするような事はない」

「嘘?」

「少なくとも貴方の尻穴の皺の数はちゃんと知っている。だから問題ない」

すると徳は打ち拉がれ顔を俯く。それを見る乙は切なそうに目を細めた。

「何で背けるの?そんなに傷付いた??」

「……そうじゃ。初めて会った女子にまさか儂の天狗と焼き味噌が見られるなんて死にたいなんて思うのが当たり前じゃ」

「ふーん」

それを聞き流しながら乙は帯を解いた。すると湯帷子がはだけ上半身が露わになる。乙は白色のさらしを胸に巻いていた。

「何をしとるんじゃ!!」

「何って……蒸し風呂に入る為に麻の湯帷子に着替えようとしてる」

「儂が褌だけになって拭かれるんじゃないのか!?何故わざわざ入るんじゃ!!お主は遊女か!!」

その言葉を無視し乙は少年の山伏装束を脱がせる。

「な……!!」

着るのは木綿製の褌だけとなった。

「今日は体調に気をつかって薬風呂にした」

乙は手早く同じ色の湯帷子を着替えさせ入浴の準備を整える。

「ヤメロォ……」

そのまま少年を担ぎ一緒に家の横に備えられる『蒸し風呂』に入った。

「キィ」

フウは部屋の外で警備を担当した。

「……」

「……」

2人は尻に布を敷き向かい合わせに座らる。乙は紐を解き垂髪となっている為か先程と印象が大分違う。恥ずかしさの余り視線を逸らすが乙はじっと見つめる。

「変な人」

「……っ」

「京の人達はそんな事を気にしないのに」

その言葉に少年は顔を背けながら言う。

「……飾りけもなくすっきりと清らかなさまよの」

「?」

「控えめで清潔感がある容貌に、慎ましく美しい所作。正しくお主は理想的な『大和撫子(ヤマトナデシコ)』よ」

「っ」

乙から反応はない。少年は訝しげに視線を戻した。

「ふ〜ん」

乙は水音を立てずに直ぐ傍まで来て見下ろしていた。

「っ」

髪が汗を掻く額に張り付いているのか色っぽく、少し腕を動かせば抱きしめ密着出来る程に人肌が近い。

「それ……本当なの?」

乙は腰を屈めて囁く。すると少年は胸が苦しくなった。煩悩を紛らわすように苦し紛れに身の上話を始めた。

「……儂は(トク)と言う者!此処に来る以前とある旅の僧と行動を共にしておった!」

直後乙が僅かに揺れ荒い息を吐いたような気がしたが見た感じ気のせいらしい。『徳』は気にせず言葉を続ける。

「以前にはおっ母が居ったんじゃが生憎旅先で逝き一人で放浪しとった所を和尚に拾われた」

「……」

「和尚は言うたんじゃ。旅は道連れだと。たまたま和尚が故郷に帰っている所を儂も同行させて貰い何れその地に根差すと約束しとった」

「……」

「和尚は……儂みたいな士農工商の更に下の家畜を匿いあまつさえ旅に連れ立ってくれた」

「……」

「嬉しかったんじゃ。ついに儂にも父親が出来たんじゃと」

「……」

徳は息を整えた。これから大事な事を聞く為に。

「何故……お主は儂の名前を聞いてこんのじゃ乙?何故矢継ぎ早に行動を起こす?」

徳は乙の表情を伺う為床を直視し心の準備を整えていく。……顔を見上げて声をかける。

「……何故そこまでして儂を」

見上げた直後頬っぺたに水滴が落ちた。徳は乙の表情に目を細める。

「っ」

乙は先程の無表情とはうって変わり止め処なく大粒の涙を流していた。幾つもの涙が徳の頰に落ちる。

「何故……泣くのか」

「貴方はまたひとつウソをついた」

すると乙は徳を押し倒した。艶のある長髪が徳の頬を撫でる。

「ちょ!?」

只でさえ蒸し暑いのにこんな事をやられたら頭などに血が上って不味い事になる。徳は必死に顔を背ける。その為髪が顔面を叩く。

「一昨日貴方は私に対して節操のない事をした。貴方である事を知らなかった私はそれを受け入れてしまった」

「は?」

「私の胸に頬擦りをしたり、背中に手を回して胸を弄ったり、私の膝を頬擦りをしたり」

「いや。文言可笑しくないかの?何故に両手を回して胸を弄る事が出来ようか?それではまるで儂が赤子みたいに……」

背けていた顔を恐る恐ると戻す。

「私を……また家族と呼んでくれた」

眉を八の字にし上目遣いをしていた。

「家族……」

「……本当に憶えていないの?【徳】」

(イサオ)?」

「うん。三年前私に教えてくれた名前。苗字は『機織部』。貴方は【機織部徳】……」

機織部……。羽織の時に聞いた名前だ。つまりアレをあげたのは。

「アレをお主にあげたのは3年前の儂であると?」

「うん。初めて会った冬の日私は1人で静かに泣いていた。震えていた私に対してあの羽織を着させてくれた」

「……」

「別れる時あれを貴方から貰った。そして忘れない為に毎日着ていた。それなのに……徳はあんなに変わり果ててしまっていた。私の知らない所で」

「!?」

乙に顔を胸に埋められた為徳は身体を硬直させる。

「ヒック……ヒック……」

見ると乙は表情を歪ませて泣いていた。涙が汗と共に湯帷子に染み込む。泣き止ませる方法を知らない徳は慌てふためく。

「嘘つき……嘘つき……」

泣き噦る様子を見た徳の胸に鈍い痛みが走る。薬風呂の効能のお陰で僅かに動かせるようになった腕をあげ指で自らの目頭を抑える。

「すまぬな……」

徳は乙に貰い泣きをした。そしてだんだんと意識が遠のいていく。遠のく中乙の不自然な位の献身っぷりに後悔をする。

「それは好きと言うよりゃ依存しているのではないか……」

×××

「良いのか……?【華龍】よ」

赤い布衣に白い布で覆面し、眼だけ出して八角棒を持つ法師姿の男は

「【儀助】。奴を禿へ



「……」

儀助は背負う荷袋から法螺貝を取り出して吹く。すると木々の影から数多の子供達が現れる。彼等は赤い衣装におかっぱ頭、強烈な印象を残す白塗り集団で皆天狗の仮面を被っていた。正直とても不気味だ。子供達は法螺貝が鳴り終わると闇に溶け込んで行った。それを確認すると儀助は覆面を剥ぐ。顔には数カ所の刀傷が遺っていた。

「そこまで惚れ込んでいたのか?彼女は?」

華龍は昨日の夜を思い出す。

『ーーっ!!』

乙は普段からは想像もつかない程焦った顔をしていた。泣き噦りながら大人に縋る子供の姿をそこで見た。仮に菊花が居なければ徳は危なかったし丸一日付きっ切りで看病した末に死んだとなれば乙の心にも癒せない傷が遺っていただろう。

「……ああ」

「忍であるのにか?」

「忍であるからだろう」

×××



夜の森の中、静かに涙を流す少女がいた。身を包む物がなく肩から腰まで素肌を晒していた。周りには虚無僧の男達が倒れていた。


『……履け!寒かろう!!』

徳は袴を脱いで褌姿になる。いきなりの事で

『嫌だ……』


『嫌だ……』



『お主は儂の物となるっ!!』


『誰もお主を犯す事は出来なくなったっ!!』


『誰とてもお主に


『もし了承も無しお主の乳房を摘む者。膣に挿れる者が居たなら儂はその者の勝利の美酒に毒を混ぜよう』


『もしお主のその絹のような髪と澄んだ眼を澱む者が居たならば儂は七倍の報復を持ってそれを消し去ろう』


『お前の憎しみ哀しみ。打ち拉がれる無力感は儂が背負おう』


『お前の重荷を儂が背負おう。儂と共に歩め!!乙!!!!』


「ホトトギスの花を貰った


キノトは徳の指にキスをする。

「私は『永遠にあなたのもの』」

私の顔をジッと見上げる。

(トコシエ)に貴方の傍にいます」


「……?」



「っ……!誰が」

徳の頭に血が上った。

「助けなんて求めタァ嗚呼!!」

「あぐ!!」

徳が身を捩った事で乙は態勢を崩し倒れた。膝が擦り剥けて傷が出来、血が流れる。

「徳……」

乙は立ち上がり呆然とする。

「覚めなければ儂はずっと良い夢を見れたんだよ!!」

それを見て徳は荒々しく足踏みをして近づく。乙の前まで来ると叫んだ。

「返せよ!!儂の記憶!!!!」

乙は負けじと逆上する徳を睨んだ。

「記憶……?」

「っ。そもそも意味が分からないんだよ!」

乙の表情が崩れる。

「え?」

「何が『機織部』だよ!何が『毎日着てる』だよ!お前何か勘違いしているんじゃないか!」

「っ」

「儂の記憶にはそんな物は存在しないし、お前なんて記憶の一欠片も無いんだよ!」

「……」

徳は苛つき頭を掻く。

「それにさっきから煩わしいんだ。カァカァシャーシャーって……」

皮膚を搔き壊し血の着いた指を耳の穴に突っ込む。

「耳を塞いでも聞こえる。目蓋を閉じても暗闇の中を白蛇達が蟲のように這って昇ってくるんだ」

徳は目を見開き、貯めた涙を溢すと両指を離すと乙の両肩を強く掴み揺さぶる。

「だから殺してくれぇ!!」

すると乙の指が僅かだけ動いた。

「なぁ!!」

揺さぶる度に乙の手は大きく震える。

「なぁああ!!!!」

「っ……!」

乙は右手の甲で徳の右頬を叩いた。

「そんなに……死にたいの?」


「鼠がぁ!!」

乙は立ち上がる。

「鼠じゃない……」


「飛べる鼯だ!!!


「ヒヒッ!ヒヒヒヒ!!!!」

誰かの嗤い声が反響する。視界はぼやけており

「逝く前に!!」


徳は乙の肩を掴む。乙は不安の表情に


少女の背中を地面に押し付ける。



「ヤるのも悪くないじゃないか!!」

そして着物の肩をはだけさせた。しかし胸にはさらしが巻かれていた。だが気にせず胸に触れる。

「生娘か?」

何をしている


「なぁ……。お主は儂の事が好きなんじゃろ?」

左の掌で少女の頰を撫でる。徳は荒い息を吐きながら口を乙の耳に寄せる。

「最期に……慰めてくれよ」

「……っ」

少女は涙を流している。その姿に

「その顔も唆るんじゃないか」

「キィ!!」



肺の中の空気を吐き出される。

「ガハ!」

乙にのし掛かられ胸倉を絞められる。

「徳!!お前はまだこの鼯の事を思い出さないのか!!」


「お前は羽織と共に寂しくならないようにとこの鼯を私に譲った!」



「良いぞ!ヤレ!!儂を終わらせろ!!!」

「っ」

少女は唇を噛んで絞める両手を離す。そして握り拳を作り思い切り頬を殴りつけた。静寂な森に肉を叩きつける音が響く。

「分かったっ。満足の行くまで殴ってやる。勝手に終わりを決めろ」


殴る。

「……」

殴る。

殴る。

殴る。


頬が腫れるが


「……貴方は教えてくれた」

「徳の意味は『心の値打ち』。例え貧しくても心だけは穢してはいけないと」


「でも……今の貴方は違うっ」


「断じて違う!!」

「貴方は知らない間に変わり果ててしまった



徳は夢を見ていた。

『……おっ母』

樹にぶら下がる何かが居た。

『……おっ母』

それは目を見開いて死んでいる夜叉だった。手や足の指の爪は全て剥がれ落ち、肌は青白く痩せこけている。

『……おっ母』

愛憎に満ちた瞳をしていた。愛情と憎悪とが共存しているかのような顔をしていた。

『ごめんなさい……』

徳は心の中で謝った。鼓動が高鳴る度に謝った。流れ星が落ちる時に三度願い事を言う早さで。謝罪(ゴメンナサイ)の言葉が胸中を赤く塗り潰す。

『フウ。乙。帰れなくてごめんなさい』

『……?誰だっけ??』

『僕は……誰だったっけ……?』

泣き噦る少女が居た。


膝枕をされた。傷のない左頬を膝の上に密着




『おっ母……おっ母……』

此処は富士の樹海。頂が雪化粧に彩られた富士山が遠くに聳え立っている。

『私は和尚と言う者ですが』

金剛杖を持った僧が屈めて徳と目線を同じにした。

『え?』

『何か……ありましたかな?』

和尚は徳の上にぶら下がる物を見ながら言った。その問い掛けに徳は唇を震わせながら答える。

『おっ母が死なれた直後……まるで呪いが噴出するかのように口から言霊が現れたのじゃ。そして絶えず儂を空から烏が地から蛇が迫ってきて苛んでいる。カーカー……シャーシャー……と』

和尚は徳の背中を摩る。摩られる度に震えが大きくなりそれを少しでも抑えようと言葉を反復させる。

『怖い……怖い……怖い……怖い……怖い……怖い……怖い……怖い……怖い……怖い……』

徳には樹海に植えられる無数の樹が墓標に見えていた。

『大丈夫……大丈夫……』

和尚は優しい手つきで背中と頭を撫でる。堪らず徳は和尚に抱き着き、和尚はそれを受け入れ抱き締める。徳は腕を背中に回し耳を左胸に押し付ける。安心感から目を猫のように細め涙を流した。

『絶対に』


「肩を強く掴まれた時……私はこの間のように抱き締めようとした。鼓動を聞かせて死んだら終わりである事を言い聞かせようとした。でも揺さぶられて出来なかった」


「大声を耳元で叫ばれた時……私はつい頬を叩いてしまった」


「そうすれば正気に戻るかも知れないと思ったりもした。人は愛の鞭で目覚めると聞いた事があったから。でも貴方は死にたがった」



「どうすれば良いかも分からずただただ頰を殴った」



「何度も……何度も……」




「ご……めんなさい」


「ごめんなさい」







「鳴かぬなら鳴くまで待とう……」


「ッ!ホトトギス……!」





「イツッ……」

腕が上がらない。口も切れてて痛い。

「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に 逢はむとぞ思ふ」


川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が2つに分かれる。しかしまた1つになるように、愛しいあの人と今は分かれても、いつかはきっと再会しようと思っている。


「玉の緒よ。絶えなば絶えね、ながらへば、忍ぶることの弱りもぞする」


私の命よ、絶えるならば絶えてしまえ。生き長らえば、秘めた恋を内に隠す力が弱まって、思いが外に漏れてしまうかもしれないから……という激しい恋の歌。


「……そうか」

儀助は木の枝に止まる烏を見掛ける。

「旅の僧は遺言にかごめ唄を遺したと?」

「そうだ」

「お主はあの内容をどう見る?」

「私には分からぬ。……だが奴は『新たな皇帝』が後の世に出て皇室の歴史を終わらせると言った」

烏は謀ったように鳴き声をあげ飛び、その瞬間を華龍も見た。

「我等は……時代の過渡期に立っているやも知れぬな」

「……」

「曰く41代天武天皇は自らを『新たな皇統の創始者』と位置付けた。それまでの「大王」や「倭国」を「天皇」と「日本」とに改めて。……それにその唄を聞いて思い出した」

「……え?」

「知っているか?阿波の山の頂には鶴石、亀石と呼ばれる岩石が存在するのだそうな」


後白河法皇の娘である式子内親王の

「そうですか……。あの方が


「因果な物ですね。時代が下り


「地上に……『天照大神』が再臨するのかも知れませんね」

「しかも女ではない方の」


「いえ違いますね。『太陽』を乗り換えると言った方が正しいのでしょうか」



伊勢神宮の使命は終わります。



そして膝枕をされた。傷のない左頬を膝の上に密着

「都で人気の源氏物語を読み聞かせよう」


「……生き延びる忍者は博学。これ常識」

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