1・放課(前)
タグに後々付けますが、今回は若干のボーイズラブ要素が含まれます。予めご了承下さい。
「起立」
椅子が引き摺られギギギと鳴る。
「気を付け」
衣擦れの音。一瞬の静寂が空間を支配する。
「礼」
すっ、という音でなく、数コンマ遅れて『さよなら』という学生たちの嬉々とした声。
そりゃそうだ、これで明日は休みなのだから。
金曜日の午後3時、素晴らしい程の快晴に終わった今週は、俺を笑うかの様に息を潜めた。
「せんせー、さいならー!」
夏織は相変わらず元気良いなあ、と思って見ていると、ある生徒が俺に声をかけてきた。
「あの、留射先生」
俺を苗字まで付けて呼ぶ生徒は少ない。ましてそれが男子なら尚更の事だ。
俺が知っている限り、それに該当するのは一人。
「どうした?佐原」
思った通り、彼は佐原 依都歌その人だった。
「実はちょっと、相談が・・・」
「・・・何だって!?」
「しーっ!・・・聞かれちゃいます、から」
そういう依都歌の顔は怯えていた。
無理もない。彼は虐められていたのだという。
「・・・クラスの人に、オカマは近寄んな、って言われて・・・」
どうやら原因は断てそうにない。彼の《依都歌》という名前自体が原因だと、彼自身がいうのだ。
「・・・良い名前じゃないか。何で虐めんだろうな、ソイツら」
「えっ」
意外だ、という顔をした。それもそうだ、俺には《男の味方は決してしない》という噂がたっているから。
「・・・俺だって虐められてたんだ」
さらに驚く依都歌。誰にも言った事がないから、驚かれるのは想定内だった。
「俺の名前、言えるか?」
「・・・すいません」
「・・・留射 理保。恥ずかしくて、学校では留射 保泰だけどな」
「・・・」
依都歌は黙って、考え込んでいた。
どうしても俺の場合は、字だけでなくその響きまでそれっぽかったせいもあって虐めを受けていた。
彼の辛い思いはやはり、同じ目に遭った俺でしか解らない部分もあるだろう。
「・・・先生」
「何だ?」
「僕、何て言ったら善いのか判らないけど・・・。
先生だったら、信じれるから言いますね」
「・・・おう」
「・・・僕、やっぱりオカマなのかも知れない・・・っ!!」
そう言って泣くに泣いてしまった依都歌だったが、しばらく側にいるうち、落ち着いた様で話し始めた。
「・・・僕、先生が好きなのかも・・・」
「・・・」
「僕の事嫌がるどころか相談訊いてくれて、辛かった気持ちを、分けあってくれたし・・・」
「・・・なあ」
「はい・・・?」
「お前はオカマとは違うよ。LGBTって知ってるか?」
「・・・いえ」
「端折って言えば、恋とか愛なんて他人に左右されて良いモンじゃない、個々の自由なんだ、って事さ。
好きな相手が誰だって、誰にも止める権利はないんだよ」
すると依都歌はふぅと息を吐いた後、笑顔で言った。
「・・・僕、先生に相談して良かったです。
それじゃあ早速、告白してきます!」
「なぁ!」
「はい!」
「ところで相手は?」
「同じクラスの、九十九木さんです!」
「そうか!頑張れー!!」
九十九木・・・・・・?
名前を聞いて謎のしこりを感じたが、気のせいと思ってやりすごす事にした。
別に気になる素行の悪い生徒でもなければ優等生というほどでもない。
普通の、それはそれは普通の生徒だったからだ。
「留射先生、九十九木さん可愛いですよ?」
「そう、だな・・・」
(ごめんな依都歌、九十九木さんの顔覚えてないんだ・・・・・・)
「(短めに切った髪の)ツンツンしてるトコとか、ミステリアスな(小説読んでる時の落ち着いた)雰囲気とか、他を寄せ付けぬ(勢いでバスケしてる時の)オーラとか!?」
「確かに・・・良いな」
(デレのないツンデレで物静か、なのか?
ミステリアスで人を寄せ付けない?
何でまた依都歌はそんな高難度の女子狙ってるんだ・・・)
後で勘違いが発覚して恥ずかしかったそうだ。