1・昼(下)
「ねぇせんせー?」
またまたお前なのな。
「・・・諫原センパイの事ォ、やっぱ・・・」
「絶対ないからな」
「・・・先生・・・?」
「い、諫原!!」
違うんだ、と言おうとしたが後の祭りだった。
「・・・先生・・・」
諫原は俺に上目遣いで、突如ふうと息を吐いた。
吐息が熱いのか空気が冷たいのか、白くなる。
「先生・・・。生徒じゃ、駄目ですか・・・?」
何がだ、と訊きたいが声が出ない。心拍の激しい余り、息を吸うだけで一杯一杯だったのだ。
まるで物語の一節にでも在りそうな感覚。胸中は熱く爆ぜて、あばらを破って心臓が出てきそうになる。
まさか、な。俺は咲雪一筋だもの。
そんな脳とは裏腹に、俺の体は自ずと諫原に向かって動いていった。じりじりと、脚がこの永い時間を味わっているかの様に一歩一歩、着実に。
「・・・恥ずかしいです・・・」
いつの間にか顔に息がかかるくらいまで、距離が狭まっていた。諫原の髪からシャンプーの芳香がする。ミント系のきりっとした香りだ。
「・・・・・・諫原」
「・・・名前、で呼んで下さい・・・」
「・・・秋緒」
呼び掛けた瞬間、後ろ(丁度教室のドアの辺り)でガタンという音がした。
振り向くと、夏織が覗いていた。
「!」
俺は教室を飛び出し、夏織を追いかけた。
屋上に辿り着いた時、夏織は落下防止用のフェンスの上に座って、こちらを見て微笑んでいた。
「せんせー、イチャコラしちゃってさぁ」
ズルいぞこのこのー、とからかってくる。
「・・・危ないから降りて来なさい」
「教師ぶって襲う気じゃないのー?」
んなことするか、と思ったが、それ以前の問題に気が付いてかあっとなった。
「・・・俺、とりあえず教師なんだが!?」
ていうか降りろ、と言ったが彼女は降りない。
それどころかフェンスの上で立ち上がったのだ。
「なっ」
「バーランっスだーけーはにーほんーいちー!」
そんな馬鹿な。
「本当に危ないから、降りろ、降りるんだ!!」
「じゃ、飛び込むから受け止めてよー?」
え。
「ぽーん」
フェンスがガシャリガシャリ揺れる。
空に舞った影は放物線を描きつつ、スカイダイビングの如く俺目掛けて落ちて来た。
飛び込んで来た瞬間、俺の胸板に当たる柔らかい感触があったが気にしないでおこう。
とりあえず降ろす事に成功した俺は、終わりのチャイムが鳴った廊下を歩きながらお弁当の存在を思い出した。
あーあ。腹減ったなぁ・・・。
「あの・・・先生?」
「っ、諫原・・・!」
「名前で、呼んで下さい?」
何故だ。物凄くドキドキする。
「・・・・・・秋緒」
ガタンッ
「夏織ィ!!!」
「・・・白沢なんですが」
「あっ」