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ダブルソウル『にこたま』  作者: 三島 宏幸
9/13

お江戸でござる

ひめと右京(左京)は家族皆に見送られてりんと永吉郎が待つ江戸時代(享保)に向かった。大丈夫だよなぁと口々に話す麻敷家の皆の横を小さな影が横切り寺の裏の倉庫に入って行く。

????!


「わっ!しろさん忘れてた…」


「頼んだよーしろさん!」


「美由紀と右京君をお願いね!」


しろさんは皆の声援を受けて古井戸に飛び込んだ。


「痛ててて…」


ひめより先に右京(左京)が到着。あれ?このパターンは前にもあったぞ!右京(左京)は慌てて上を見た。しかし時すでに遅し…上からひめが降ってきて右京(左京)はひめのお尻の下になった。


「ギャフン!」


「あら!ごめんあそばせっ」


ダメージゼロのひめはさっさと梯子を登って行った。


「ったく…美由紀のやつちっちゃい癖に尻はデカイんだよなぁ」


「左京!何か言った?」


「いえいえ何も」


梯子を登って行くひめを見上げた左京の顔めがけてしろたんが落ちてくる。


「ギャッ!」


左京はたまらず尻餅をついた。しろたん左京の顔の上に着地成功。お澄まし顔!


「しろ助…お前もか…」


「あっはっは!そーじゃ!しろたん忘れてたわ!」


さぁこれで全員揃った。いざ死人退治へレッツゴー!


井戸から上がった二人と一匹は辺りを見回した。前回と同じ風景。麻敷寺もあの日のままだ。


「おーい!おりんちゃん、永吉郎!また来たよー!もしもーし!」


「おりんちゃーん、えーちゃーん!右京(本当は左京)も来たぞー」


二人の呼び掛けに答え、麻敷寺からりんが出てきた。

巫女の装束を纏っているりんは、前回あった時より神聖で神々しく見えた。


「美由紀姫様!右京様!お早いお帰りありがとうございます!」


「ちょっと、おりんちゃん。うちの名前に姫は付かんけーね。うちはお姫様じゃないけー普通の人じゃけ。ひめは右京が言っとるだけじゃけ」


「あらまぁ。そうでしたか。では普通の美由紀様ですね」


りんは嬉しそうにニッコリ笑った。だがすぐに真面目な顔に戻る。何か変わったことでもあったかと、右京は思ったがひめと左京がそれに気づく素振りはない。


「まぁーかわいいねーその服!」


「おーめっちゃ似合ってるよ!」



「有難うございます…早速で申し訳ありませんがお二人に話したいことがございます」


りんは昨日、二人が帰った後に麻敷組の浜田省吾之助がここを訪れたこと、理由。そして今朝早くに矢沢永吉郎と浜田省吾之助は江戸に向けて旅立ったことを話した。


「ありゃー!うちら置いてけぼりになっちゃった」


「すぐに追っかけようぜ」


二人は気がついていないらしい。平成に帰ったオレ達は一ヶ月以上の時を過ごしていた。なのにこっちの時間は昨日の今日。たった一晩しか経っていない。入り口はいつになるにしても、出口の方はある程度決められているのだろう。右京はそう答えを出したが二人に伝える意味は今はなさそうだった。


「しろたーん。おっきくなって乗せて!うちら飛んでくよ!」


ニャーイ(はーい)


ボイーン!!!


「!!!!!」


りんはびっくりして顎が落ちそうになっている。


「おりん様。お久しぶりでございます。オレですよ。分かりませんか?今も寺に有るじゃありませんか。永吉郎が描いた掛け軸の白虎ですよ」


「???白虎?あの絵は猫ではないのですか?」


「ははは!永吉郎はヘタクソだからなーやっぱりそう思っていたのか」


「永吉郎様がおっしゃったのは、こいつは悪戯者なので罰を受けてもらっているのだと。でも心根は悪い奴ではないので、りんも仲良くしてやってくれと…」


「ああ!おりん様にはたくさんお話し頂いたなぁ。嬉しかったですよ。永吉郎の話もたくさんされてましたなぁ」


りんは顔を赤らめて茹でたようになってしまった。


「あ、あの絵の猫がお二人と一緒に…しかも白虎…???」


「まー良いじゃん!オレ達死人やっつけたらすぐ帰って来るからさ。それまでに頭の整理しといてよ」


右京(左京)はひめに続いて白虎に飛び乗る。


「じゃー行ってきまーす♪」


「またねーおりんちゃん」


「行ってきます。ご心配はいりません」


二人を背中に乗せてふわりと飛び上がった白虎にりんの目は点になっている。しばし言葉を失ったりんは、行ってらっしゃいが言えない変わりに、大きく手を振り、口をパクパクさせて二人と一匹を見送った。


「ねぇしろたん。江戸ってどっちかわかる?」


「判りますよ。昔はここいらを飛び回っていましたからね。オレには庭みたいなもんです。途中で永吉郎達も拾って行きましょう。ぶっ飛ばせば日が暮れるまでには着くでしょう」


「新幹線と良い勝負ってとこか!でも昼めし休憩もとらなきゃな。美由紀はおやつ持ってきた?」


「持ってきたよー。しろたんもイカの珍味あるけーね。後であげるけ頑張って飛んでーね」


「はい。お嬢!オレ頑張ります」


「じゃーとりあえず永吉郎らーを見つけるまでは徐行運転よ。二人を拾ったらぶっ飛ぶけーね」


それから程なくして歩いている二人を見つけた。永吉郎は喜び、省吾之助は案の定、腰を抜かさんばかりに驚いた。永吉郎と省吾之助も背中に乗せて四人と一匹になった一行は江戸を目指す。


「ちょっと左京?じゃなくて、ここでは右京って呼ぶんだったわ。右京!うちのバッグ取ってーや」


「デカっ!何入れて来たんだよー?重た!」


「コレコレ」


ひめは大きなバッグからフルフェイスのヘルメットを取り出し頭を捩じ込む。


「コレでヨーシ!しろたんぶっ飛べー!」


それを合図に先生は物凄いスピードで飛び始めた。ノーヘルの三人は押し寄せる風圧に耐えながら呼吸をするのもままならない。 こうゆうことにはひめはちゃっかりしてるよ。


村も町も森も川も山も海も後ろにすっ飛んでゆく。ひめを除く三人はゴウゴウと吹き付ける風の中で耐えていた。いつの間にか出た涙は耳に入り、口はカラカラになっている。かれこれ二時間くらいは経ったのではないか。


「ありゃ。もうお昼じゃ!どっかに降りてご飯にしようや」


ありがたやありがたや。今の三人に食欲などはありはしないが、これで一息つける。この時ばかりはひめが仏様のように思えた。


先生はスピードを緩めて着陸地点を探している。ここで良いかと、どこかの山の山頂に降り立った。


「しろたんお疲れさま。だいぶ飛んだけどここはどこらなん?」


「江戸まで半分くらいは来ました。ここは京の都あたりではないですかね?」


「京都?じゃー金閣寺や清水寺?行ってみようやぁ。あとお土産も買いたいー永吉郎!買ってー」


青い顔をした永吉郎が答えた。


「い…今はそんな場合ではありません。一刻も早く江戸に着き、死人を退治しなくてはなりません」


「オレもパスだ。ちょいくたびれたわ」


「確かに京の都が見える…もう京まで来ていたか…恐ろしい速さだ…生きた心地はしないが…」


「しろたん誉められてるよー。ご褒美にイカ珍味あげるね」


先生は猫の姿になって食事を始めた。旨そうに頬張っている姿を見ると可愛らしくて、ここまで背中に四人も乗せて飛んできた白虎には到底思えない。


ひめと左京もお母さんが持たせてくれたお弁当を広げた。まだ青い顔の永吉郎と省吾之助はりんが用意したのだろう、笹の葉で包んだ握り飯を持っていた。


「あらまっ。こっちのご飯は質素じゃね。おにぎりとおしんこかぁ。ねぇねぇ!うちらーのおかず食べてみんちゃい。これは母さん特製の唐揚げで、これは豚カツじゃねー勝つって縁起良いわ。ホイホイ」


ひめは二人の返事も聞かないうちにおかずを取り分ける。ひめの勢いに圧されて、おそらくは見たことも食べたこともない食べ物を口へと運ぶ二人。なんかのテレビの企画でやっていた、外国のどっかの部族を日本に呼んで一緒に食卓を囲む場面を思い出す。まぁこっちは日本人同士だから味覚はそう変わらないはずだけど。永吉郎はまず唐揚げを、省吾之助は豚カツに挑戦した。


「旨い!これは鶏肉ですね。なんとも香ばしい。美由紀様のお母上は料理がお上手ですね」


「これも旨いぞ。猪の肉か?調理の仕方も何も解らんが、とにかく旨いぞ」


「えへへー。そがに喜んでもらったらうちが作ったんじゃなくても嬉しくなるわ。ホイホイ」


二人に玉子焼きとアスパラの肉巻きも追加してやる。


「玉子焼きが甘ーい。頬っぺたが落ちます」


「またこれは何の肉だ?旨いがわからん?」


「それは牛肉よー」


「牛の肉!初めて食った…勿体ない。しかし旨い。美由紀殿のお家は随分裕福なのだなぁ。このような豪華な食材をお弁当にするなんて」


「いやいや!全部スーパーで売っとるし。普通のサラリーマン家庭じゃし。そりゃー今日のは母さんちょっと張り切って作ってくれとるけどこっちじゃ普通なんよ」


「すーぱ…?さらりまん…?まぁ何にしてもご馳走さまでございます。こっちも旨いなぁーおりんの握り飯も私には格別です」


「そりゃー彼女の手料理には負けるわ。えーちゃんはおりんちゃん好きだもんな」


「なな何をおっしゃられられら!!!」


「バレバレよーね。おりんちゃんかわいいもんね」


「でもおりんちゃんってオレらのいっこ下だったよな。じゃーまだ中学生か」


「永吉郎は七歳違いって言ったよね…?」


「うーん…ヤバくね?ロリコン入ってね?」


「ろりこん?とは…」


「歳の離れた人を好きって言うかぁ?まぁ良いじゃん」


「私はもしかするとこの度の戦いで命を落とすやもしれません。

それくらいの覚悟は出来ております。ですから正直に言います。私はおりんを好いております。いずれ夫婦になりたいと思っております。ですから私はろりこんに違いありません。私はろりこんです」


パチパチパチパチ


ひめも左京も省吾之助も手を叩いて永吉郎の告白を讃えた。先生は永吉郎に飛びついてじゃれている。


「ロリコンも言い切ったらカッコ良いじゃん」


「永吉郎は立派なロリコン侍じゃね」


「永吉郎よ。必ずやり遂げて無事おりん殿の元へ帰らねばな」


「ああ!ろりこん侍の名に懸けて」


キメ顔の永吉郎をひめと左京は可笑しくてしょうがない。

右京は二人とももっと良い言葉を教えてやればいいのにと、永吉郎に申し訳なく思ったが皆、楽しそうなのは何よりだ。

みんな頑張れ!



昼からも先生は快調快速に飛びに飛んだ。そして、やがて一行の前に夕陽に染まった江戸の町が見えてきた。


「わあ!スゴい!」


「スゲー!模型みたいな家がいっぱいだ」


ひめと左京はスゴいスゴいを連発していた。綺麗に立ち並んだ家々、道路は舗装さえ無いものの整地されていて、水路も整然と通っている。ここは紛れもなく昔の東京。今も昔も大都会なのだ。


「いやはや、一日で着いてしまった」


「ああ、助かったなぁ。早速今夜から見廻りができる」


「やはりお前は神獣白虎だな。凄いことをやってのける」


永吉郎は先生を荒っぽく撫でた。悪さをした白虎を絵の中に封じたあの日を懐かしむように、今の白虎を誇るように。


「私の友達は頼りになりますね」


感慨に更ける永吉郎のことなど気にもせず、ひめと左京はワイワイと騒いでいる。とりあえずは麻敷組の詰所に行ってみよう。


「えー!ボロいー!お城じゃないじゃん。うちは殿様に会えると思っとったのに」


「そーだそーだ江戸城に行こう。暴れん坊将軍に会いに行こう。よーししろ助、もうひとっ飛びだ」


「ややや!お二人ともご勘弁を…」


「そもそも俺達だって殿のお顔など拝見したことはないぞ。我ら麻敷組は不浄の者を退治するのが仕事。我らも不浄の者なのだ…

それは悪人を捕らえる与力や同心とて同じ。汚れ役が居なくては江戸の清浄は保たれまい。汚れ役結構!我らの誇りだ」


「ごめんなさい…」「ごめんなさい…」


「いやいや判ってもらえれば良いんですよ」


「むさ苦しい所だが旅の疲れを癒してくれ。ようこそ麻敷組へ!」


帰ったぞーと省吾之助が声を掛けると一人の青年が転がらんばかりの勢いで飛び出してきた。その容姿はまるで力士を思わせるような巨体。郷田武蔵だ。


「お帰りなしゃい…浜田殿…」


「おいおい、何を涙ぐんでおる」


「だってぇ…ぼくはコワクテニゲテヨワムシデ…」


「えーい!何をごにょごにょ話しておる!それより頭はおるか?矢沢永吉郎とお客人を連れてまいった。お前はお茶の用意でもせい」


「ふぁーい」


省吾之助は頭を掻きながら振り返りオレ達に笑いかけた。


「気は優しくて力持ち。だが臆病なんだ。どうにかしてやれれば良いのだが…」


「なぁ兄貴。アイツって?」


(ああ、中学の時にお前から決勝打を放ったジャイアンにそっくりだ)


「きっとアイツのご先祖様だぜ」


「右京殿もか?ごにょごにょと独り言を」


「あーいやいや!オレにはなんとなく判ったぜーアイツの使い方」


「うどの大木のか?」


「いいねー使えそう。他にはないの?アイツのあだ名」


「他には奴の容姿から、でくの坊内弁慶とか雲隠れ武蔵とか。奴には言うなよ。すぐ泣くからな」


「ハイハイ」


左京は何か企んでいるらしくニヤニヤしている。一行は屋敷の中に通されたが、なんとも殺風景で座布団を出されたから座ってはみたが。どうやらここは剣術道場か何かの建物をそのまま利用して使ってるようだった。あまり詮索するのは良くなさそうだ…

少しすると頭と呼ばれる小柄な男がやって来た。


「省吾之助、よく帰ったな。矢沢殿も遠いところご足労願いかたじけない。どうか力になってくれ」


そう言って頭は深々と頭を下げた。顔を上げ、正面に向き直る頃、やっとその他の二人の存在に気づく。


「この小僧と小娘はなんだ?妙竹林な格好をしておるが、どこの馬の骨だ?」


「おい!ちっこいオッサン!誰が牛の骨だよ!」


(馬の骨だよ…)


「うちがちっちゃいけーって小娘はないじゃろ!あんたも十分ちっちゃいじゃんか!」


(たぶんこの人に身長のことは言っちゃダメだよ…)


「なにぃー!おい!省吾之助!こいつらは何者だ!」


「この二名は麻敷寺の朝霧の巫女に縁のある方々です。その猫様も」


「猫?あっ猫がいる…遊びじゃないんだぞ!くそ猫など連れて戦になるか!」


「しろたーん、アイツの頭かじっていいよ」


(ダメですダメです。みんなちょっと落ち着きましょうよ…)


「ちょっと待って下さい。ここにおられる麻敷美由紀様、右京様は私の大事なお客人です。朝霧の巫女と私のたっての願いを聞き入れていただき、遠く江戸まではお越しいただいた次第でございます。いくら組頭とて、二人に無礼があるようなら私は許しませんよ」


「矢沢殿。こいつらは役に立つと言うのか?まさか死人退治に連れて行くとでも…?」


「私はまだお二人の腕前は拝見しておりませんが、必ずや我らの強力な助っ人になってくれると確信しております。佐々木殿がくそ猫呼ばわりしているその猫もね」


永吉郎は不敵に笑った。まさかこの子猫が白虎とは…知らぬが仏とはよく言ったものだと省吾之助もニヤニヤしている。


「面白い…ならばその力、見せてみろ。うちの腰抜け武蔵のように泣いて逃げるのがおちだがな」


間が悪いというか…その時、お茶の仕度を整えた郷田が入って来た。


「そ、粗茶でございますぅ」


「えーい!茶など出さんで良い!日が暮れたら出陣だ!それまでせいぜい神や仏にでも祈っておけ。俺は助けてなどやらんからな!」


やれやれ…先が思いやられる…


嫌な空気を変えようと、省吾之助は三人を夕飯がてら蕎麦屋に連れて行った。まだひめと左京の怒りの炎はメラメラ燃えている。


「オレ達をバカにしてるんだよ、あのオッサン!」


「ほうよ、うちがかわいい女の子じゃけーなんもできんと思っとるじゃね」


「オレなんてYouTubeでチャンバラの殺陣を勉強してきたんだぜ。高橋先生に田村先生その他大勢の完コピだ。」


「うちだってノリちゃんに鍛えられたんよーほらクラス委員長の。普段は大人しいのにいきなりのキャラ変よ。スパルタモウレツコーチなんじゃけ。うちなんて傷だらけよ。ほら、こことかこことか」


ひめが服を捲って脇腹や太ももを見せると男共三人は食べていた蕎麦を吹き出し咳き込んだ。


「ちょっとー!美由紀セクシー」


「よ、嫁入り前の娘がこのようなところで肌を露にするなんて…」


「けほけほっ」


「あーら?ごめんあそばせっ」


ひめの天然にはいつも驚かされるばかりだ。


いよいよ夜がやって来た。麻敷組の詰めているおんぼろ道場は静まり返っていた。いつもはお喋りなひめもお調子者の左京も、さすがにこの張り詰めた空気の中では自由はきかない。


「暇じゃねー」「暇だー。フワァー」


左京が大きなあくびをした時、麻敷組に第一報がもたらされた。

今夜、死人が現れたのはお江戸日本橋。数は百を越える今までにない大軍だそうだ。すでに町人の中にも怪我人が出ているらしく、今は火消しの『い組』の連中が大軍の足止めをしている。

早く助けに来てくれと、ここに報告に来たのもい組の若衆だった。


「いざ、参ろう!」


頭の号令に麻敷組の浜田省吾之助、郷田武蔵の二名。麻敷寺より助太刀に参った矢沢永吉郎が立ち上がる。

ひめと左京と先生は感じの悪い頭の号令など待ってはいなかった。退屈も限界に達していた二人はもう外に飛び出している。


「ねぇ…左京?日本橋ってどっちじゃろ?」


「オレ達ちょっとフライングかな…?」


(すぐに皆出てくるから、しれっと後に続けば良いよ)


さあ皆出て来たぞ。オレ達も死人退治にレッツゴーだ!


日本橋に着くと道いっぱいに人が溢れていた。集まった灯りで明るく照らされた街道で、武者姿の死人の大軍と血気盛んなめ組の連中が押し合い圧し合いを繰り広げていた。中には野次馬もいて高みの見物を決め込んでいる。


「こいつら邪魔だな!おい!どけー!麻敷組だー!」


小さな頭は大きな声で人払いをするが、火事と喧嘩は江戸の華とはよく言ったものである…江戸の人達は誰も聞く耳を持ってない。


「オジサン。そんなんじゃ効かないよん!うちに任せんさい」


「小娘のしゃしゃり出る場合ではないわ!」


「まぁまぁちょっと見ててみっ。チビんなよーチビだけに」


「しろたーん。おっきくなろうか!」


「ニャーイ」(はーい)


ボイーン!!!


「はいはい皆さんちょっと退いてね。白虎通りまーす」


「わっ!」「ぎゃ!」「あわわ…」


白虎の姿の先生に人々は驚いた。恐れをなして逃げてゆく。

それは麻敷組頭、佐々木孝次郎とて例外ではなかった。


「うーん…」


佐々木孝次郎は夢を見ていた。目の前には虎の描かれた屏風。

将軍様が俺にこの虎を捕らえて見せよと言っている。

ああ、問答か。答えなら知ってるぞ。たしか…

ならばこの縄で私が虎を縛りますゆえ、将軍様は屏風から虎を追い出して下さい。さぁ!さぁ!…こうだったはずだ。

しかし将軍様は、そーれ!追い出すぞ!しかと捕らえて見せーい!

は?なんと!ギャー!!!………


「はっ!俺は?夢を?虎?何を血迷っておるのだ…」


しかし目を覚ました頭の前には巨大な白虎がいる?!


「わぁー!将軍様、ごめんなさい。まいりました」


「ナニ寝ぼけたこと言っとるん?置いてくよー」


「オッサンうけるー」


先生に乗ったひめを先頭に、モーゼの十戒のごとく人波の開かれた道を一行は進む。少し離れて頭も続く。

実際見た死人はまるでマネキン人形のように生気が感じられなかった。思考も意思もないのだろう。ウーとか、ワーとか唸りながら、とにかく前へと歩みを進めている。邪魔する者には刀も振るう。なんか誰かに操られているみたいだ。


「ほへー、マジでゾンビじゃわ…」


「コイツらに遠慮は要らないってことだな」


「気をつけて下さいね」


「頼むぞ。かまいたち」


「うりゃー!」


なんと先陣を切ったのは一行の最後尾にいた頭だった。いつだって頭は隊の先頭をゆく。俺に続けと背中で語る。いつもの佐々木孝次郎の姿だった。


「やるじゃん!うちらも負けられんわ」


「おうよっ!」


左京も腰に差した刀を抜いて死人に挑む。華麗な身のこなしで敵の刃をかわしながら一人、二人、あっと言う間に五人は斬った。

さすがは左京だ。剣を振るう姿もちゃんとさまになっている。

ひめは先生と上空に浮かんでマシンガンで皆を援護する構えだ。


「永吉郎!後ろ気をつけて。ハマショーはあんまり離れちゃいけんよ!」


ひめは頼りになる司令塔になった。お喋りなひめにはピッタリの

役割ではなかろうか。


「ありゃ?さ右京のとこ斬れとらん!なんで?」


「へ?…ホントだ!オレの刀、斬れてないじゃん!おーい!えーちゃん!どうなってるの???」


「右京殿の刀は私の刀と同じ物。生者は斬れぬが悪霊の類いは斬れるはず!なぜだ?何が違う?……右京殿、刀は何か言ってないか?」


「刀ぁ?喋るのコレ?ちょっとタンマね」


左京は戦場を離れて野次馬達のたむろする人波に消えた。

しゃがみ込み刀を相手にブツブツ言っている。


「なー刀さん?どーして斬れないのかなー斬れてほしいなー」


左京は耳を澄まして返事が聞こえてくるのを待った。………

聞こえた!


「俺に名前を…」


「何々?名前?名前が何だって?」


「俺に名前をつけろ…そうすれば俺はお前の物だ」


「そういえばーえーちゃんは『なまくら』とか言ってたな。それで良い?」


「あれは永吉郎と朝霧の巫女がそう呼んだだけのこと。俺は気に入ってなどなかったわ!お前はお前の呼び名をつけよ」


「なんだかよく喋るようになったね。なんかカッコ良い名前をつけてほしい訳だ。でも急には思いつかないよなぁ?…兄貴はどう?」


(RPGなら、勇者の剣とかエクスカリバーとかだろ…オレも急にはわかんないよ)


「判りやすいし『勇者の剣』でイイんじゃね?ドラクエだっけ?どうですかー刀さん?」


「勇者の剣!気に入ったぞ。今から俺は『勇者の剣』だ。勇者はお前か?右京!良いだろう。俺の力を貸してやる」


勇者の剣が赤い光を放つ。左京は刀を手に立ち上がった。さあ第二ラウンド開始だ!

ん?勢いよく駆け出そうとした左京の目の端に見覚えのある男が映った。野次馬の中に埋もれてはいるが頭一つ抜けている。麻敷組の茶坊主、郷田武蔵だった。


「おい、お前。なんとか武蔵だろ?こんなとこでナニやってんだ。ほら、行くぞ」


武蔵は抵抗する。嫌だ嫌だと子供のように駄々をこねる。左京は構わず武蔵の耳を引っ張り連れて行く。


「はい、野次馬の皆さんちょっとごめんねー勇者右京が通りまーす。あとコイツ、デカイ図体して情けないでしょ?麻敷組ではうどの大木とか、でくの坊内弁慶とか、ナニ隠れだったっけ?今日は野次馬隠れの武蔵だな。ねっ笑えるでしょ?」


野次馬達は武蔵を指差し嗤った。たくさんの群衆に嗤われて武蔵は泣いた。大男の流す涙を見て人々はますます嗤った。


「どうだ?悔しいだろう。腹が立つだろう。アイツらを見返してやりたくないか?お前にはできるんだよ!スゲー力がお前にはある。オレもお前には負けたからな」


???


「僕があなたに勝った?」


「あ…いや…それはまた別の話だったわ。なんにしてもお前はスゲーヤツなんだ!勇気を出せ!オレも今はお前の味方だ!行くぞ元祖ジャイアン」


「なんかわからんけど力が沸いてきた!嗤われるのはもうたくさん。右京殿と共に僕も闘います」


「よーし!武蔵声出せー!デカイ声だ!それで恐いのもぶっ飛ぶぜ」


「わぁー!!!」


踊るように右京が次々と死人を斬る。その背中を守るように武蔵が薙刀を振るう。武蔵が薙刀をひと振りすると四、五人の死人が吹っ飛び土塊に変わってゆく。


「お前最高!やればできる子だわ」


「僕、あまり褒められたことなくて…嬉しいです」


「死人全部やっつけたらお前めちゃめちゃ褒められるよ。気合い入れて行くぜー」


「おおー!!!」


ひめは上空からマシンガンをぶっ放している。


パシュシュシュシュ


委員長に受けたという特訓はさぞハードだったことだろう。女子高生が身体中に生傷を作ってまでもひめは一生懸命に練習した。

おかげで射撃の腕前は、狙った獲物を逃がしはしない。だけど…


「ありぁ?全然効かんじゃない…ゾンビは玉が当たっても痛くないんかいね?やっぱり本物じゃないとダメかいねぇ…」


残念な結果にひめはかなりテンションが下がった。だけど持ち前のガッツですぐさま気持ちを切り替える。


「ハマショー!もっと右!右!永吉郎頑張れ。右京と武蔵だったっけ?良いよーその調子ね。頭のオジサン危なーい!しろたんアタックするよー爪出しといて」


せーの!ズバーン!!!


先生のパンチは頭を取り囲んでいた死人達を一掃した。


「かたじけない。姫様と右京殿の働きは百人、いや千人の加勢にも勝る。あの時は馬鹿にしてすまなかった。あっ猫様も」


「いーよぉ。今、死人軍団半分くらいになっとるよ。残り五十くらいじゃけ頑張ろう」


コントロールタワーの役割のひめ。的確な指示で麻敷組は一つのチームになった。左京の勇者の剣は抜群の切れ味で前方の敵を打ち倒す。後方に控えた武蔵の薙刀は左京の背中を護るのに十分だ。永吉郎の太刀筋は実に美しい。殺伐とした斬り合いの中でも一瞬時が止まったかの如く感じられる。省吾之助はかまいたちの親子と上手くやれてるようだ。飛ぶ斬撃を使いこなしている。麻敷組頭の佐々木孝次郎は頭の役目はひめに預けて伸び伸びとして見える。これが本来の姿なのだろう。


辺りに死人はいなくなった。ひめが勝ちどきを上げる。


「イェイ!イェイ!イェーイ!」


???


「変わった勝ちどきですな?」「まぁ良いわ。それ皆で!」


「イェイ!イェイ!イェーイ!」


麻敷組の戦いを見守った観衆も続く


イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!


家の中に隠れていた人々も出てきた。老人もいれば子供もいる。

皆、笑顔だ。一人の男を除いては…法衣を纏ったその男は静かに暗闇に消えた。


イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!

イェイ!イェイ!イェーイ!


民衆の上げる勝ちどきは、しばらくの間、江戸の町中に轟く。





続く

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