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ダブルソウル『にこたま』  作者: 三島 宏幸
8/13

数珠丸恒次

右京とひめはとりあえず現代に帰ることにした。

りんと永吉郎も麻織寺の裏の井戸まで見送りに来ている。


「どうかよろしくお願いしますね」


「お帰りを待っております」


りんと永吉郎は笑顔で送り出してくれている。

右京は複雑な気持ちのままニィっと無理やり笑顔を作って見せた。ほっぺの辺りがヒクヒクした。

ひめは先生を抱えるともう井戸の淵に立っていた。振り返り


「じゃーね!またくるけーね」


と簡単にりんと永吉郎に別れを告げてさっさと井戸に飛び込んでしまった。

右京とりんと永吉郎はひめの飛び込んだ後の井戸に駆け寄って中を見た。ひめの姿はそこにはなかった。ただ枯れ井戸の底が見えているだけだ。


「帰られたみたいですね」


りんはホッとした顔で右京に笑いかける。

右京はその笑顔にドギマギしながらも


「じ、じゃーね」


とだけ言い残してひめの消えた井戸に飛び込んだ。

二人が帰った後、永吉郎はポツリと呟いた。


「帰って来てくださいますよね…?」


「当然です。約束して下さいましたもの」


りんはさっきの笑顔のままで永吉郎にも笑いかける。その微笑みにつられて永吉郎も笑顔になる。疑っていた自分はもういない。


右京より一足先にひめと先生は元の倉庫に帰っていた。

落ちた時には無かった梯子が備え付けてある。その梯子を登って井戸を登り、壊れた床上まで這い上がって来ると棚の上から何かが落ちてきて右京の頭に当たった。


「痛てー!もう…帰って来ていきなりなんだよー!」


ひめはその様子を見てケラケラ笑った。


「ナイスタイミングじゃね!何じゃろコレ?」


ひめは右京の頭に落ちてきた物を確かめる。


「巻物じゃねー落ちてきたのが刀だったら右京死んでたわ」


なおも笑いながらひめは巻物を広げて中身を見る。

右京も頭を擦りながらひめの横でそれを眺める。


「何かの絵じゃねー絵巻物じゃ。描いてあるのはー?やっ!

ちょっと右京、見てみんちゃい!」


「見てるよー何とかの戦いとかの前っぽい絵だね。今から合戦だーって感じじゃん」


「違う違う!ほら、こことかここ!」


ひめはなぜか興奮している。ひめが指差したところを右京も注意して見てみる。この絵巻物に描かれている人物には解説の名前が書かれていた。


「んーん!神獣白虎?これって先生なの?それにこっちのは

○○魂侍…矢沢永吉郎?ちょっと字が消えてるけど永吉郎って書いてあるのは読める。あれっ?先生の背中に誰か乗ってる!これってひめじゃないの?書いてある名前は○姫?やっぱり女の人が乗ってるんだ」


「あんたの名前もあるよーほら!」


ひめの指摘にギクリとして右京はそこを見た。


「勇者右京…」


オレも参加してますけど…

右京はその絵の表題を確かめた。そこには『死人退治武勇絵図』と書かれていた。


「うちらーゾンビをやっつけるんじゃね♪カッコ良いわぁ!」


うーん…ひめはもうその気になってしまってる。

右京は頭が痛くなってきた。


その頃、右京達が帰ったばかりの江戸時代の麻織寺には入れ違いで永吉郎の友人、浜田省吾之助が来ていた。永吉郎と省吾之助は

同い年で、まだ元服前の13歳の頃からの友人だ。そもそもの馴れ初めはお師匠のお供で広島城に来ていた永吉郎が、同じくお供で来ていた省吾之助と城のお庭で鉢合い、互いのお師匠の自慢から始まって、やがてどちらのお師匠の方が強いなどとの口論の末にそれなら勝負だと、試合をしたのは遥か昔に思える。

まだ腰には木刀を差している子供の喧嘩だからと、周りの大人も止めるふうでもなく、良い暇潰しだと観戦を決め込んでいる者までいた。

試合は互いに譲らず白熱した。どう見ても子供の腕前には思えない。最初は馬鹿にして観ていた大人の武士達も口をあんぐり開けて驚いている。試合も最高潮に達し、いよいよ決着の時かという時に、


「馬鹿者!」


「馬鹿者!」


互いのお師匠が現れて永吉郎と省吾之助を引き離した。

そしてげんこつ!!!げんこつ!!!


「痛てて」


「痛てて」


お師匠達は会釈をして恥ずかしそうに互いの弟子の腕を引き、その場を立ち去ろうとする。


「私の名前は矢沢永吉郎だ!良い勝負だった。またやろう」


「俺の名前は浜田省吾之助だ!いつか勝敗を決しようぞ」


幼いあの日、争った二人は互いに笑顔で別れた。


「今日伺ったのは他でもない、この刀のことなのだ…」


省吾之助は永吉郎とりんを前にポツポツと話し始めた。

先頃、江戸の町にめっぽう腕の達つ辻斬りが現れた。

そいつは名の有る武士しか狙わない。師範代や藩に仕官している腕利きの侍達をことごとく斬り棄ててゆく様はまるで悪鬼の様でもある。武士にはあるまじき事なのだが、其奴に襲われて到底敵わぬとみた腰抜け侍が逃げ出し、番屋に駆け込んだお陰で其奴の背格好や面相が世に知れたのだから皮肉でもある。

敵に背を見せず勇敢に闘った者達は皆、帰らぬ人となっておるのにな…

其奴の名は吉川晃司郎。以前、江戸のお城で行われた御前試合での俺の相手でもあったので、下手人の名前を聞いた時には驚いた。吉川はそれは恐ろしく強かった。振る剣は一太刀一太刀が速くて重い。身のこなしも軽やかでさすがの俺でも付け入る隙を見出だせないでいた。激しい鍔迫り合いに互いに疲弊した。やがて動きを止めて次の一太刀に勝負を委ねるというところまでになった。にらみ合いの膠着状態の時、何処からともなく飛んできた一匹の蜂が吉川の腕に止まった。一瞬、奴の気が削がれた。その期に乗じて俺は渾身の一太刀を奴に振るい勝つことができた。時の運と言えばそれまでだが、吉川は俺に敗れ、仕官の口を失い江戸を去った。今から三年ほど前の話しになる。

それから何処で何をしていたかは判らぬが、今や巷でも悪名高い辻斬りで賞金首だ。いやはや…

そこまではまだ良い。下手人を捕まえるのは番屋や岡っ引き、奴に殺された仲間の仇討ち人もいるだろう。そいつらに任せておけばよい。だが奴が一人の武士を討ち取った際に、たまたまその場に現れた死人の集団をも斬り棄てたとあっては話が違う。我ら麻織組をしても斬るに斬れず、大事な仲間を数多く喪った相手だ…

それでも奴は斬った。ただ一人で。吉川には斬れるのか?それとも奴の持っている刀は矢沢の持つような力のある剣なのだろうか?

俺は死人を退治する為にもそれを確かめなくてはならなくなった。

俺は毎夜、奴が現れそうな場所に目星をつけて町を歩いた。しかしなかなか見つけることができずに七日間を棒にふった。そして八日目の夜、俺はついに奴を見つけた。奴はその日の獲物をすでに打ち負かしていて、命乞いをしている相手に今まさにとどめをさそうかという時だった。俺は呼び止めた。


「おい!お前は吉川か?吉川晃司郎ではないか?」


奴はユラリと振り向き俺の方を見た。昔、御前試合で試合った時

とはかなり面相が変わっていた。頬は削げ落ち、血色も悪く、無精髭のせいもあってか実際の年齢よりも十は上に見える。しかし鋭い目元はそのままであの日の面影を残していた。

間違いなく吉川晃司郎だった。


「あぁん?お前は誰だぁ?………浜田かぁ…?浜田省吾之助かぁ…」


「俺の名を覚えていたか。そうだ、俺は浜田省吾之助だ。お前に聞きたい事があって捜しておったのだ」


「はぁん?俺に聞きたいことぉ…?お前は馬鹿かぁ…武士は刀と刀で話すものよぉ…聞きたい事があるならぁ俺の刀に聞いてみろ…」


やはり当然と言えば当然の結果だ。俺も生憎、お喋りな方ではないしな。

奴と斬り結べば答えがわかるはずだ。


「ああ、判った。お前の刀に聞いてみよう!」


吉川は命乞いをしていた侍に止めを指してからニヤリと薄く笑った。赤く染まった刀もそのままにふらりとこちらに歩みをとった。俺は奴に薄気味悪さを感じていた。まるで何かに取り憑かれているような…

刀を交えても奴から気合いや気迫は感じられなかった。真剣での斬り合いでは敗れれば死ぬ…俺だって死ぬのは正直恐い。そうゆう時には気は高ぶり、体は熱を持ち、そのくせ肌は粟立つものだ。

だが必要以上に生に執着していては体は固くなり動かない。臆病にもなる。だから頭は努めて冷静に、体の全てに折り合いをつける。そういった様子が奴には見られなかった。死を怖れないのとも違う。奴は生に執着がないのだろう。俺にはそう思えた。

間合いを詰めて斬り合う中、俺の太刀はもう二度ほど奴を捉えていた。最初は左の二の腕で次は右の腰辺り。どちらも浅手ではあるがそれなりの手応えはあった。だが奴は怯むでもなく、かといって気負うでもなく、やはり何かに取り憑かれた様に無心に刀を振るっている。尋常ではない…

しかし、やがて奴の動きは確実に鈍くなってきた。体力に限界がきたのか?痩せた骨と皮のような体では無理もあるまい。

奴はニヤニヤ笑いながら間合いを取り引いた。


「浜田ぁーやはり強いなぁ…じゃー俺のぉーとっておきだぁ…

ほら…行けぇ」


奴は遠く離れた間合いから刀を振るった。俺はとうとう奴の頭がいかれたと思った。そんな所から何が出来ると言うのだろう?

しかし俺の肩口に鋭い痛みが生じた。奴がまた刀を振るう。

ツウ…今度は頬が切れ血が流れた。いったいこれはなんなんだ!


「馬鹿野郎。もっとぉスパッと行けよなぁ…この畜生めがぁ」


苛立ちとともに振るった奴の三太刀目はオレを外して後ろにあった水桶を真っ二つにした。なんという切れ味か!しかも刀を振るだけで!まさか飛ぶ斬撃とは…迂闊には近寄れもせず、これでは為す術がない。俺は半ば逃れようのない死を覚悟していた…

だがその時、それまで夜の町を明るく照らし出していた月に雲が掛かり辺りは暗やみに戻った。この機を逃して成るものかとオレは一か八かの賭けに出た。

奴の荒れた息づかいを感じとって居場所に見当をつけた俺は、一気に間合いを詰めて渾身の一振りを打ち込んだ。手応えがあった…

再び月明かりが戻り、照らし出された奴はもはや虫の息だった。

俺の振るった乾坤一擲の一太刀は、奴の肩口を捉えて胸まで届こうかという深傷を負わせていたのだ。


「勝負ありだな」


「相変わらずついてないなぁ…こんなものかぁ…」


倒れた吉川を抱き起こすと奴は最後にこう言った。


「やっと楽になれる…」


強い者を求め、人を斬ることに取り憑かれた憐れな侍は死んだ。


そして吉川晃司郎の振るっていた刀がこれだ。


「この刀は俺に何が語りかけてくる様な気がする。時折悲鳴のような声が聞こえるし、ガタガタと震えることもある。しかしどうしたら良いものか俺にはわからぬ。だからお前の敬愛する朝霧の巫女を頼ってここまで来たのだ」


「おりん、じゃなくて朝霧の巫女様。ひとつ、こいつの頼みを聞いてあげていただけますか?」


「私でお役に立てるか判りませんが…お刀を拝借します」


りんは刀に触れると同時に青ざめた。


「言葉が…泣き声が…頭の中に流れ込んできます…」


(えーん…ここから出たいよー)


(憎い。悔しい。許すまじ)


りんは背筋をぴんと伸ばすと覚悟を決めた。


「分かりました。私があなた達の言葉を聞きます」


りんは刀を抱きしめてしばらく瞑目した。その様子を永吉郎と省吾之助は見守っている。永吉郎はりんの横顔ばかり見ていた。長いまつげが可愛らしくて、どれくらいウットリと見つめていただろうか?やがてりんのまつげが動き、瞳を開けて二人に向き直った時には焦って目を逸らせていた。りんは静かに刀を置いた。哀し怒り、哀しみの入り交じった様な表情で待っていた二人に聞き取った内容を伝える。


「可哀想…」


りんが聞いた話はこうである。

この刀には二匹の妖魔、かまいたちが取り込まれている。二匹は親子で吉川晃司郎の手により斬り殺された。最初の経緯はかまいたちの子供の場末の呑み屋での悪戯に始まる。ちょくちょく人に悪戯をしてはそれを楽しんでいたかまいたちの子。その日は真っ昼間から酒を呑んでいた二人組の浪人を標的に決めたようだ。


「うわぁ?」


手酌をしている徳利が突然二つに分かれて落ちた。


「なにぃやってやがる…酒が勿体ねぇ」


そう言ったもう一人の浪人の箸の先もスパリと切れて芋の煮たのがコロリと転がった。


「ふぇっ?」


間抜けな顔の浪人達を見ては、かまいたちの子はケラケラと笑った。


ダン!


隣の席で一人、酒を呑んでいた男が浪人達の所にやって来て、いきなり机の上に脇差しを突き立てた。


「何しやがる!この野郎!」


「さっきからのこれもてめえの仕業かコラァ!」


男の突き立てた脇差しの先にはかまいたちの子の尻尾が打ち止められていた。しかし浪人達にはその姿は見えていない。なぜ男には見えたのか…それは男がもはや人ではなく、妖魔に近い状態にあったからなのだろう。

既に十本以上の徳利を空にして出来上がっている浪人達には、そんなことなど知ろうと知るまいと関係ない。いきなり脇差しを突き立てやがったこの男を許す気など更々ない。


「てめぇこの野郎!表へ出やがれ!」


そう言い放つと、さっさと店の外に向かう浪人の背中を男は斬りつけた。


「ぐはぁ!卑怯な…」


浪人はやっとそれだけを言うと死んだ。


「これから殺し合う相手に、不用意に背中を見せる馬鹿がいるかぁ?」


男はクツクツと嗤った。


「オノレェー!」


逆上したもう一人の浪人の振るう太刀を気だるそうにやり過ごし、返す刀で喉元に刃を食い込ませる。真っ赤な血飛沫を上げてもう一人の浪人も死んだ。


「ったく!酔いが覚めちまったじゃねえかぁ。まぁ良い、おい!オヤジ、俺のお代はこいつらの懐から貰っときなぁ。斬り捨て後免だぁ」


男は突き立てた脇差しを机の上から抜くと、ぐったりしているかまいたちの子供をつまみ上げて陽気そうに出て行った。

この男が吉川晃司郎である。

吉川は自分の住み家にしているあばら家にかまいたちの子を連れ帰る。


「さぁて、珍しいもん見つけちまった。どうしてやろうかぁ?」


「痛いよぉー助けてー母ちゃん…」


「わははっ、妖魔にも母がおるとなぁ?」


「おいらの母ちゃんは強いんだ!お前なんかすぐにバラバラに切り刻んじゃうぞ!」


「それは楽しみだぁ。しばらく待ってみるのも悪くないなぁ」


吉川はかまいたちの子を縄で縛り上げ、床に転がして母親が子供を取り返しにやって来るのを待った。

夕陽が小屋の中を茜色に染める頃、それはやって来た。

いきなり入り口の木戸が切り崩される。夕陽は小屋の中をますます明るくさせる。吉川が薄目で茜色の光の中を睨むとそれはいた。かまいたちの母親だ。


「いきなりご挨拶じゃねぇかぁ。こっちはガキを預かってるんだぜぇ。まだ殺しちゃいねえよぉ。」


吉川は刀の峰でかまいたちの子を玩んで見せた。


「おっとぉ。そこを動くなよぉ、動くとこうだぁ」


「痛い!」


吉川はかまいたちの子に刃を添わせて引いた。茜色に染まった白い毛がみるみる内に赤色に変わってゆく。


「ああっ!伸矢丸…」


「なんだぁ、化け物の子にも名があるのかぁ?クックッ…」


吉川はさも可笑しそうに嗤った。


「どうかこの子をお返し下さい。私のような化け物に何が出来るかは判りませんが…なんでもいたします。お願いいたします…」


かまいたちの母親の言葉を受けた吉川は、先程までかまいたちの子をいたぶるのに使っていた刀とは違う、一振りの刀を持って立ち上がった。そしていつになくはっきりした口調で話始める。


「この刀は数珠丸恒次と言う。名前の通りほらな、柄には数珠があるだろう。かつては日蓮聖人の愛刀で没後は身延山久遠寺にて 三遺品のうちの一つとされる。だがどこの世界にも不心得者はおるものよ。遊ぶ金欲しさに僧侶が盗みをはたらくとはな。俺は旅の道中で長物を持った坊主を捕まえた。坊主にかんざし、じゃなくて刀だ。何かあるとは思ったが。罰は神仏ではなく俺が与えてやったわ。

せっかくの名刀だぁ。俺はこの刀で天下無双の名を手にするぅ。お前はぁこの刀に力を与えよぉ。霊を宿らせ力を貸すのだぁ」


「あわわ…どうかこの子だけは、この子だけは…」


吉川はかまいたちの母親を斬った。体は床に転がり霊は刀に取り込まれた。


「さあてぇ、ガキはどうするかなぁ。ちったぁ足しになるかもしれんなぁ」


そう言って吉川はかまいたちの子供を斬った。かまいたちの子の霊も刀に取り込まれた。


「これが私が聞いたこの刀の、かまいたちの親子の物語でございます」


そう言い、話を終えるとりんは流れていた涙をようやく拭った。


「なるほどなぁ…」


省吾之助はボソリとそれだけ言うとまた黙った。

永吉郎はりんの涙にオロオロしていた。


「私はかまいたちの親子がかわいそうでなりません…ですからここは思いきってあの御方に相談をしてみようかと…」


「ひぇっ!あの御方に?」


永吉郎は少し腰が引けた。その様子を不思議そうにしている省吾之助に永吉郎は事のあらましを早口で教えた。


「お二人とも良いですね?お呼びしますよ」


朝霧の巫女はもう心を決めていた。懐から鏡を取り出すと語りかける。


「ご無沙汰しております。朝霧の巫女にございます」


すぐに相手は答えた。


「朝霧の巫女か。今日はどういった要件だ?」


りんは先程の話を要領良くまとめて聞かせ、数珠丸を鏡に写してあの御方に見せた。


「ああ、確かに二匹おるわ。巫女はこいつらを救いたいと申すのか?」


「はい、左様にございます。どうかお知恵をお貸し下さい」


「答えは簡単だがな。まぁちょっとわしとの問答に付き合え」


「はい、判りました。私達三人でお相手いたします」


永吉郎と省吾之助は互いに顔を見合わせた後、おりんに向けて勘弁してよ…と目線を送った。

地獄の閻魔大王は問うた。


「刀とはなんの為に有る?」


「刃物ですのでやはり切る為でしょうか?」


巫女は自信無げに答えた。


「それなら鋏や包丁と変わるまい」


閻魔は笑っている。


あの御方との問答に肝を冷やしながらも巫女を助けようと勇気を振り絞って永吉郎が声を発する。


「かっ…刀とは人を斬る為に、それだけの為に造られ、それだけの為に存在する物でございましょう」


省吾之助も隣で頷いている。


「そうだな。そうだ。まったく忌々しい物を人は造るものよ。ならば刀が刀で無くなるのはどの様な時だ?」


今度は省吾之助が答える。


「切れなくなった時でございましょうか?欠けたり折れたり」


「惜しい。それもそうだがなぁ。だがお前は闘いの最中に己の刀が切れなくなったからといって手離すか?」


「その様なことは出来ません。手離せば我が身を守ることも、ましてや相手を倒すことなど出来なくなります」


「ならばそれはわしの問うた事の答にはなるまい」


「きっ…斬る役目…刀は人を斬る為の物。その役目を終えた時、刀は必要ではなくなるのではないでしょうか…」


この問答はりんには答えられまい。私が代わって答えねばと永吉郎は頑張る。


「ほう。お前はなかなか聡明だ。確かに人を斬らぬ刀に役目はない。刀で有る必要もないわ。飾って眺めるのは人の勝手だが、それはもはや人を斬る物ではない。名ばかりの刀だな」


閻魔は永吉郎の答えに満足したようだった。張り詰めた空気が少し緩み、りんと省吾之助、そして汗をびっしょりかいている永吉郎はやっと体の力を抜くことができた。


「どうだ?解ったのではないか?答えは出たぞ」


閻魔の問いはまだ続いていた。


朝霧の巫女は今までの話を自分なりに解釈し、答えを出すべく考えた。


「この刀で人を斬る事を止めれば、中に捕らわれた者も解放されるのでしょうか?」


「ああ、そうだ!だがそれは容易ではないぞ。その刀はまだ現役だ。前の持ち主の怨念も憑いておる。斬りたくてしょうがないのだ、その刀は」


「それでは…この親子はこのまま…」


かまいたちの親子を救いたい一心で頑張った、優しい朝霧の巫女は力を落としてうなだれた。永吉郎もりんと同じく肩を落とす。

だが省吾之助だけはまだ考えがあるらしく、閻魔の映る鏡に体を乗りだして自分の考えを告げた。


「ならば思いゆくまで斬らせてやれば念願叶って役目を終えるという事になりませんか?俺はこの刀で死人を斬る。斬って斬って斬りまくる。この世に仇なす死人共を、すべて土塊に還してしまうほど斬ればこの刀の役目も終えようというものではございませんか?」


「あっぱれだ!出来るものならやって見せよ!わしが約束してやる。それが出来れば刀に取り込まれた妖魔は解放される。屍はまだ残っておるのだろう?妖魔ならば霊が体に戻れば生き返ることもできようぞ」


「やってやるぜ!」


省吾之助は鼻息を荒くして死人退治に使命感を燃やしている。

かまいたちの親子を救う手立てが見つかった、りんと永吉郎は手に手を取り合い喜んでいる。三人は閻魔に礼を述べてお開きとした。


しかしその日の夜には今度はあの御方の方から朝霧の巫女に言伝てがあった。またも江戸の町に死人が現れていると。

早朝、永吉郎と省吾之助は翌朝には旅の仕度を済ませて三次を発った。

江戸の町には武家屋敷に辻番、町方には自身番がいる。だが番人達には死人の相手は務まるまい。頼みの麻敷組もまだ体制が整わない状態だ。一刻も早く江戸に行き、死人退治に加わらなくては。しかし此処から江戸までの道中は20日はかかる。二人の気は焦っていた。


江戸では昨夜の死人騒動をなんとかやり過ごした麻敷組の二人が疲れ果てた状態で眠っている。小柄で髭を生やしているのが麻敷組頭、佐々木孝次郎。彼の剣豪、佐々木小次郎に似た惜しい名前である。そして長身で恰幅もあるこの男が、郷田武蔵。武蔵坊弁慶を彷彿させるほどの大きな体を持った、心優しく気弱な男だ。

この二名は先の死人との闘いで矢沢永吉郎と共に生き残った麻敷組の三人のうちの、浜田省吾之助の他の二人である。

昨夜の闘いをなんとかやり過ごしたというのは全くその通りである。佐々木は獅子奮迅の活躍で一人で30余体の死人を屠った。

普通の刀では死人は倒せぬ。それは前回の反省とともに解ったことであった。佐々木孝次郎が昨晩用いた刀は童子切安綱という妖刀だった。かつては酒天童子を退治たという逸話を持つ、鬼を斬った刀だ。郷田武蔵にも新たな武器が授けられていた。かつては武蔵坊弁慶が使い、その威力は岩をも突き通したといわれる薙刀、岩通。しかし郷田の働きはさっぱりなのだった。今朝、疲れて寝ているのも必死で逃げ惑っていたからに他ならない。もっと言うと先の闘いで生き残れたのも、怖じ気づき逃げに徹したせいなのだ。郷田にはもったいない薙刀、佐々木が使い成果をもたらした妖刀は共に将軍、徳川吉宗候が江戸南町奉行、大岡越前守様に託し麻敷組の二人に手渡された武器であった。

まだ二人は眠っている。援軍はもうしばらくは期待できまい。これからも続くであろう死人との闘いの中、いつまで生き残ることができるだろうか…

今はそれすら忘れて惰眠を貪るがいい。


今日から三次高校は冬休み。ひめと右京が江戸時代に行ってから1ヶ月余りが経っていた。ひめはこっちに帰ってから着々と準備をしていた。りんと永吉郎との約束は忘れていない。ちゃんと家族の皆にも話した。最初は信じてもらえなかったがそこは麻敷家。じいちゃんが聞いていた不思議な言い伝えや、ひめが見つけた絵もある。なるほどなぁ、それなら頑張らないといけないねぇと、今では家族皆が二人の応援をしている。やっぱり心配だわと言う母に安心してもらう為、しろたんに白虎の姿になってもらった。皆があんぐり口を開けて驚く姿をひめは大爆笑で見ていた。


その日から家族はしろと呼んでいた猫をしろさんと呼ぶようになり、先生が食べたがっていた少し高価な『セレブ猫の金の缶詰』

をお父さんが買ってくるようになった。

オレは冬休みの始まりを心から恐れていた…いや、怖いのはひめと麻敷家のイケイケなところだ…たぶんこの麻敷の血を受け継いでいるのは弟の左京の方だろう。右京は江戸行きのことを左京によーく頼んでおいた。それこそが右京が今日の為にしてきた準備なのである。


「右京!準備はできたん?」


いきなり部屋に入ってきたひめの格好はサバイバルゲームのソレだった。


「あーコレ?バッチシじゃろ!うちらのクラスの委員長しとるノリちゃんっておるじゃん!ほらお団子頭の典子よ。あの子の趣味がサバイバルゲームでねー今度ゾンビを退治するんじゃーって言ったら、それならこの組み合わせだねーって貸してくれたんよ」


ミリタリーの服上下に銃が三丁。バイオハザードのサムライエッジ・ジルバレンタインモデルとバリーバートンモデル。マシンガンまである。M4A1と後はマガジンが数本とガスとBB弾が数え切れないほど…


「内緒じゃけどコレって十八禁らしいんよ。右京にも一つ貸してあげるわ」


サムライエッジ・バリーバートンモデルは右京の管理となる。


「おっ?サンキュー!カッコいいじゃんコレ」


「ありゃ?あんたー左京じゃろ?」


「バレた?」


「判るよねー。じゃけどあんたらーがあっちに行っても呼び方は右京じゃけーね。ややこしいのも説明するのもたいぎぃけーね」


「姫の仰せのままにぃー」


「ちょっと左京感じ悪いー。あんたの仕度は出来とるん?」


「オッケーです!」


「じゃー行こうやぁ!いざ江戸時代じゃあ!」






続く

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