表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダブルソウル『にこたま』  作者: 三島 宏幸
7/13

なまくら刀

どうゆう訳か右京とひめは深い穴の底にいる。

いやいや、訳などないのかもしれない。

事故?不注意?そんなことではない気がした。また不思議なことに巻き込まれている感じ…

言うなれば童話『不思議の国のアリス』に出てくるうさぎの穴のように。この穴を出たところは不思議の国かも…?

何者かの仕掛けた罠に引っ掛かったような、イヤーな気分だ。


「いらっしゃーい!すぐに上げてあげるから少し待ってて下さいな」


男はそう言うとどこかに行ってしまった。

オレ達をどうするつもりだろう?

右京は穴に落ちる前に左京が手にしていた刀に目をやる。いざとなったらひめだけでも護るんだと心に決め、刀を強く握る。

間もなく男が戻ってきて縄を下ろしてきた。


「ほら、これに掴まって。もっと浅くしとけば良かったですね」


何かブツブツ独り言も言ってるみたいだが、とにかく掴まって上がってこいと言っているらしかった。

このまま穴の中にいる訳にもいかないので右京は腹を決めた。

鬼が出るか蛇か出るか!はたまたトランプの兵隊か!何であろうと来るなら来てみろ!ひめはオレが護る!

が、その時にはもうひめと先生は縄を伝って上がる体勢になっていた。


「ちょ!待ってひめ!まずオレが上がってみるから」


と、右京はひめに言ったのだが


「何よーるん?こうゆうのはレディーファーストじゃろ?」


と、ひめは言って先に昇って行ってしまった。

後になった右京もひめと先生を追って縄を昇る。刀が邪魔になったけど、今これを手離すことは用心のためできないので上着の背中に突っ込んで両手を空けた。

吊るされた縄を伝い、上にたどり着くと解った。

右京達が今、昇って来たのはただの穴なんかじゃなく井戸だった。水が無かったのはこの井戸が古井戸で水が枯れていたせいでもないみたいだ。井戸はまだ完成して間もない感じで、新しいものに見えた。

だったら何の為の井戸だろう…?

さっき入った神社の倉庫はそこにはなかった。しかしすぐ側には麻織寺が確かにある?ただ変なのはどう見ても新しい。建物もそうなのだが生活感?人が出入りして使っている感じが見てとれる。

オレ達がいた場所と今いる場合は同じなのに!

時間?時代が違う?右京の直感がそう言っている。

先に井戸から上がったひめのすぐ横には着流し姿の男が立っていた。歳は三十過ぎくらいか?


「ありゃ?ここはどこじゃろ?」


ひめはキョロキョロしている。危険だ!早くその男から離れて!

そう右京が言いかけた矢先に先生が動いた。


「グルグルニャーグルニャーグルニャー」


男に向かって足元で何やら話しかけている。

通訳の右京でも解らない。でもなんだか先生は嬉しそうだ。


「猫さんは私を好いてくれてるのかねぇ?」


そう言って男が先生の頭を撫でようと腰を屈めた瞬間、


ボイーーーン!


先生は猫の姿から元の白虎の姿に戻った。

予期せぬことに驚いた男は、後ろに飛び退いて尻餅をついてる。

どうだーうちの先生は!恐いだろー?腰が抜けちゃったかな?

ほくそ笑む右京を尻目に、よっこらしょと立ち上がった男はまるで子供の悪戯に引っ掛かって怒りたいような、照れ臭いような表情を浮かべている。


「やや?お前はいつぞやの白虎殿ではあるまいか?たまげましたぞー!これは一本取られましたな」


予想に反して男は笑ながら先生に話しかけている?

先生も喋りにくい猫の口から白虎の口に戻って話す。


「久しぶりだなー永吉郎!またこうして会えるとは思いもよらなかったぞ。元気でおったか?変わりはないか?」


「なんとか元気ですよぉ。最近はいろいろと大変でしてねぇ…いやはや愚痴を言ってもしょうがありませんね。それでは友との再会を祝して一緒に酒でも呑みますかな!ささっお連れの方もご一緒に」


あまりの展開に何が何やらさっぱりわからないひめは、口をポカーンと開けて目をぱちくりしている。右京は考えが纏まらないまま永吉郎?に話しかけた。


「あの、オレ達はまだ未成年なのでお酒は呑めません。あっそうじゃなくて!オレ達困ってるんです」


右京は井戸から上がるまでの経緯を永吉郎に話して聞かせた。


「どうも貴方の話す言葉は私には解らないことが多いようだ。

私の勉強不足なのだろうか…たいむすりぷ?へいせい?まぁ解ったことから答えるとしますかな。今は享保六年で…」


「ちょっと待って!きょうほうって何?もしかして戦国時代?」


「話の腰を折られては困りますなぁ。戦国時代?戦国の世はとうの昔に終わっていますよ。今は将軍、徳川吉宗候が治められる平和な世の中にございます」


「吉宗って言ったら暴れん坊将軍のアレだよね?じゃー江戸時代ってこと?」


右京はひめに問いかけたが、ひめの頭の上には大きなはてなマークが浮かんでいて思考が停止した状態になっていた。

代わりに永吉郎が答える。


「吉宗候は暴れん坊ではないですよ。まあ私は実際お目にかかったことはありませんが、そんな噂は聞いたこともありませんよ。

江戸はご存知なのですね?江戸の町はたいそう栄えていますよ。

こんな片田舎など比べようもありませんねぇ」


「ヤバいヤバいヤバいヤバい…また変なとこに来ちゃったよ…どーしよう!どーしよう!」


今や右京までも思考停止直前だ。遥かにキャパオーバーだ!!!


「まぁまぁ落ち着いて下さいよ。酒がお嫌なら粗茶でもお出ししますので。おっと!巫女様にもお知らせしないといけませんね。

とにかく下の母屋まで降りましょう」


既に借りてきた猫状態の右京とひめは永吉郎の言う通り着いて行った。裏山の石段を降りて行ってもやはり住み慣れた我が家は無く、そこには茅葺き屋根の古民家?いや、古くはないので民家?

があった。


「巫女様!お客人でーす。例の井戸よりお越しになられました」


永吉郎が声をかけると程なくして一人の娘が出迎えに来た。


「お初にお目にかかります。私は当家の主、国太郎が娘、りんと申します。ようこそお出で下さいました。あいにく家の者は出払っておりまして、十分なおもてなしも出来ませんがどうぞお上がり下さい」


右京とひめは今度はりんに言われるままに座敷に上がる。先生は小さな猫の姿になって後に続く。

三人と一匹を座敷に通すとりんはお茶の支度に一旦部屋を出て行った。右京とひめはしゃちほこばってひたすら一点を見つめていた。まるで時代劇のような部屋の中に興味津々だけれど、キョロキョロ見回すのは失礼な感じがしていたからだ。二人にしてはお行儀が良いことだ。

先生は永吉郎に話しかけている。だけど永吉郎には先生の言葉は聞き取れない。ニャーニャーとしか聞こえないらしく困った顔をして二人を見るのだが一点見つめの二人とは視線が交わらない。

焦れた先生が永吉郎に猫パンチをくり出したところでやっとりんが戻って来た。


「お待たせしてすみません。なにゆえ作法も知らない田舎の娘にございます。粗茶ですがどうぞお上がり下さい」


オレ達にお茶を進めるとりんは永吉郎の隣に腰を下ろした。

りんは永吉郎の耳元に顔を寄せこちょこちょと話しかける。赤い顔になった永吉郎はまるでからくり人形のようにカクカクと首を縦横に振り、同じく小声で話そうとするのだけど、なぜか声の大小の調整が出来なくなったみたいで、内緒話の内容は二人の耳にも届いて来た。どうやらオレ達にどこまで話して聞かせたかの確認らしい。

永吉郎と目配せした後、りんが二人に話しかける。


「このような所にわざわざお越しいただきまして実にありがとうございます。お二人をお呼びしたのは他ならぬ私なのでございます。勝手なお願いをお聞き届けていただきましたこと感謝しております」


きょとん…?としている二人にりんはいささか不安げな顔をした。


「お二人はどこのお生まれの方なのでしょうか?あの…失礼ですが私の話す言葉は解りますか?衣装を見れば南蛮人の様な格好をしておられますゆえ…」


右京は何から話したら良いかと考えていて、りんの問いにちょっとの間ができた。その間にひめが飛び込んだ。


「ワワワタクーシドモハ、ニホンジンデース!」


ひめ!?なぜ片言になってるのさ?緊張してるの?余計ややこしくなりそうなんだけど…

右京は見切り発車ながらひめから話の本流を奪い返す。


「安心して下さい。オレ達は日本人です。オレは麻織右京、こっちが麻織美由紀、二人とも十六歳です。住んでる所は…なんて言ったら良いんだろ?ここなんだよなーでも時代が違う感じがする…

オレの予想がもしも当たってたら、オレ達はオレ達の住む時代よりずっと昔に来てることになるんです」


「ましき様とおっしゃられましたか?ここのお寺と同じ苗字でございますね…?麻織寺。私の稀有な能力と申しましょうか…その力を信じて慕ってくれる人々の普請により建てられた寺でございます。私のことを少し話しましょう。私が産まれたのは今から十四年前のこと。小さく産まれた私は弱々しく、取りあげた産婆様もすぐに死んでしまうだろうと思うような赤子であったそうです。それでも父と母だけは諦めずに、食事も寝る間も程々にして、付きっきりで私を看てくれていたそうです。そして七日程経った朝、両親は重ねた疲労もあってか、揃ってウトウトと浅い眠りに落ちたそうです。その二人の夢枕に神様が現れ…?いえ、二人はとても恐ろしい、しかし崇高で神々しい男を見たそうです。後に思い返してみるに、あれは閻魔大王様ではなかったか?とは両親の想像ですが。夢枕に立つ男は言ったそうです。

お前らの娘は死なせはしないから安心しろ。そして大事に育てろと。この娘はこれから数々の奇跡を起こすだろう。それは民やこの人の世に幸運をもたらす。普通ではないこの子を決して忌み嫌うではないぞ!父と母、しかと肝に命じよ!

そう言い放った恐い顔に驚いて両親は目を覚ましたそうです。

その恐い顔の神様の言う通り私には不思議な力が備わっておりました。言葉の意味も知らない赤子に毛が生えた頃から、翌年の天候や農作物の収穫量などを言い当ててしまったり。やれ夏には雨が少なくて、この作柄では枯れるのでこっちにしなさいとか、何月何日には大雨で川が氾濫するので、それまでに防災の準備をしておくようにとか。まだ言葉も拙い幼子がですよ。最初のうちは幼子の戯言と鷹をくくっておったことでしょうが、本当にそうなった時には思い直されて、そうするうちに私の言葉を信じるようになられました。私は皆さま方から巫女様と呼ばれるようになり、この地方の朝方に現れてはすっぽりと辺りを包み込む朝の霧にちなんで『朝霧の巫女』などという名前まで頂戴致しました。私の様な田舎娘には勿体ないですよね」


朝霧の巫女はそこまでいっぺんに話すと恥ずかしそうに少し笑った。だがオレ達が今知りたいのはそこではない。これまで聞いた話を頭の中で整理しながら黙って話の続きを待つ。


「私の力?と申して宜しいのでしょうか…実を言うと私はさる御方からのお言葉を皆に伝えているに過ぎません。私がその御方に問い、お答えを賜ると、まぁこうゆうことでございます。

されど私どもばかりが恩恵を賜るといった関係ではないのです。

さる御方からの言伝てやお願い、そのようなことも仰せ付けられるのです。

それに当たってはこちらの矢沢様にご尽力いただいております」


永吉郎はデレデレしながらも得意気になって話始めた。


「巫女様と私は幼き頃から互いを知る関係でね。歳は七つほど離れておりますが、我が家と巫女様の家は昔から仲が良くてね。私も巫女様も一人っ子だったゆえ、私達は兄妹のようにして育ったのですよ」


「まぁ永吉郎様ったら!巫女様などとお呼びにならずとも、りんで結構でございますよ」


また永吉郎がデレデレしている。何をイチャイチャと!


「私は『おりん』の言い遣ったさる御方からの頼み事を引き受けております。幸いにも私は剣の腕前には少々自信もあるしね。

そこで頼りになるのがこの刀!」


永吉郎は腰に差している三本の刀の中から一本を抜き取ると自分の座っている前に置いた。


「この刀はー」


「ちょっと待って!その印みたいなの付いてる刀ってオレも持ってる!」


右京は倉庫から持って来た刀を永吉郎達に見せる。

永吉郎とりんは顔を見合わせて目をぱちくりさせている。


「これは…ちょっと失礼」


永吉郎は右京の差し出した刀を手に取りじっくりと見定める。


「鞘は鮮やかな朱色、まるで木目が炎のように見える。鍔には三匹の鬼の飾りが施されている。なるほど、柄までそっくりだ」


永吉郎は手慣れた様子で鞘から刀を抜いた。

右京とひめはびっくりして咄嗟に体を後ろに退いたのだけど、もう長いこと慣れない正座をしていたので足は痺れきり、もはや足は足ではなく木でもくくりつけているような状態…

二人揃って横向きに倒れてしまった。

永吉郎はそんな二人に目もくれず、真剣な顔で刀身を見つめている。


「後免!」


永吉郎はそう言うと刀の刃を自分の腕に添わせて押し引いた!


「わっ!」


「きゃっ!」


右京とひめの二人は目を瞑る。

りんは体を固くしながらもその様子を注視した。


「うむ…やはり切れない。真にこれは『なまくら刀』」


「なまくらでございますね…」


神妙な顔の二人と、やはり何のことか解らない二人。

右京のドキドキはまだ収まっていないが、口を出さずにはいられなかった。


「なまくらって何?切れない事だよね?オレのはただの玩具でそっちの刀とは違うってこと?」


「いいえ!右京様のおっしゃることの反対なのです。貴方がお持ちの刀は私どもがあの御方より授かった刀に相違ないのです。ねえ永吉郎様…?」


「確かに確かに…しかしこの刀はこの世にひと振りのはず…おりんがあの御方より賜り、後に私に預けたこの『なまくら刀』」


永吉郎とりんは思案顔で黙ってしまった。

右京はこれまで見聞きしてきたことをずっと考えている。そしていろいろな事象と刀の話からも、自分の考えに確証が持てる一歩手前まできていた。

黙ってる二人にほっぺたを膨らませたひめが不満を言う。


「ねえ、ちょっと。さっきからあなた方は、さる御方とか、あの御方とか言よーるけど、その偉い御方って誰なん?神様なん?」


「神様とは少し違います…」


ひめの問いにりんが答える。

だが話ぶりは先程に比べて随分重そうだ。


「私の見るあの御方…あっ!すみません。長いことこう呼んでいるのですっかり癖になってしまっていて。やはり昔、私の両親が夢枕に見た、夢の中での殿方の姿をされております。声に出して言うのも恐ろしく、ついぞ、あの御方などと言ってしまいますが…

今まで自分から名乗られたことはございませんが、だいたいの見当はついております。

冥界の王『閻魔大王』

それがあの御方の名前で、たぶん間違いはございません」


りんはまるで、幼子が誤ってミルクの入ったマグカップを溢してしまった時のように、詫びるように小さくうなだれた。


場の空気が重い…

閻魔の名前が出てくることは、右京にはだいたい予想がついていた。その名前をおおやけだって話したくない気持ちも。

やっぱりひめはひめだ。らしいって言ったららしいや。

右京は別の質問をすることにする。


「さっきはオレが話を遮っちゃったけど、永吉郎さんの刀の話の続きを聞かせてくれませんか?」


気を取り直して永吉郎が話始める。手には件の刀を持っている。


「この刀はこの世の者ではない者を切る。だからほら」


永吉郎は再び先程と同じ様に自分の腕を切って見せた。


「この世に生きている私は切れない」


永吉郎の話を継いでりんが話す。


「あの御方は私に言いました。この剣にて悪霊を断ってくれと。

私にはその様な物は扱えませんと断ると、そなたの頼るに値する者に託せば良いとのことで」


「それでその役目を私が仰せつかることに相成りました」


「そして私にはこの鏡を…」


右京とひめは同時に反応した。昔、幼い頃に見付けたあの鏡だ。

寺の中に大事そうに収めてあったあの鏡だ。


「人々が多く集まる江戸の町に増えたのは、生きている人達ばかりではございません。死んだ者の霊も多く集まって来ます。そしてそのような霊の中には人に仇成す『悪霊』と呼ばれるものも含まれておるのです。他にも化け物の類いや妖怪変化。その上、最近では『死人帰り』なるものまで現れてきて…

私は大変なお役目を永吉郎様に頼んでしまいました…」


「私の手にかかればお茶の子さいさい!と、までは行かずとも、

まぁなんとか対応できておったのです。しかしこの度の死人帰りでは、江戸の麻織もかなりやられて…」


「あの御方はやはりさすがと言いますか…恐れ多くも将軍徳川吉宗候の夢枕にまで立たれたそうです。そして奉行所直属の与力、二六騎目として特別に設けられたのが、

『江戸麻織組』魔を敷く者の組という意味を隠した名前でございます」


「麻織寺と麻織組は同じ麻織でも別物なんですよ。私は朝霧の巫女に仕えておるのに対し、麻織組の連中は町奉行の配下にあり、与力と同心からなります。巫女の方に来た依頼と麻織組の仕事が重なる場合も少なからずありますが、幸運なことに私の古い友人も麻織組におりますので、お互い助け合って仲良くやっております」


永吉郎とりんは交互に口を開いては話を進めてゆく。

まあ、よく息が合っている。


「しかし一年も前にあの御方が予言されていた通り、江戸の町に異変が起こりました。始めに現れた異変は、既に裁かれたはずの重罪人がまたしても同じ罪を犯してお縄になったとのことでした。その時はたまたま良く似た者か、その者の兄弟筋かと。まぁそのような受け取り方だったと思います。ですがその次には五年も前に打ち首獄門に処せられていた火党の一味十数名が揃って小間物屋を襲い、一家と使用人を皆殺しにした挙げ句火を点けました。その後、火党盗賊改めの活躍により無事お縄にすることはできましたが江戸に住む人々は、「地獄の亡者が甦った!」と。

それはもう大騒ぎになったそうです。そうですよね、永吉郎様?」


「確かに。おりんの話す通りです。その頃ちょうど私も江戸におりまして、麻織組と協力して米泥棒を働く『白虎』を退治する算段をつけておりました」


んん?白虎?右京とひめはすぐにピンときて先生を見たが、当の先生は寝た振りを決め込んでいる。


「まぁその白虎は話せば判る根は良いヤツでして、大事には至らず一件落着となりました」


永吉郎は先生を見つめてニコリと微笑んだ。

先生はまだ寝た振りを続けている。


「当面の仕事を終えた私は、さあ明日は江戸を離れようという夜に、いきなり宿にやって来た麻織組の連中に担ぎ出されまして、また暫しの別れだなぁ寂しいぞなどと、そんな調子で皆と江戸の町で呑んでおりました」


「まぁ…永吉郎様…やはり江戸のおなごは垢抜けてて、さぞかし可愛いいでしょうねぇ…」


「ややっ!私はやましいことなど断じて致しておりませぬ!だいたい江戸のおなごなど、どれもこれも狐に狸。私は化かされたりしませんよ」


「あらまぁ、そうですか!」


イチャイチャすんなー!それで死人の方はどうなったんだよ。


「組頭の持ち合わせが無くなった頃に宴もお開きとなりまして、皆で店の外に出たのでございます。酒に呑まれて千鳥足の者もおれば、まだ呑み足りないから次へ行こうなどと言う酒豪もおりまして。そのような連中とふらふら夜道を歩いていた時でございました。

まるで闇の中から湧いて出たように、なんの前触れもなくヌゥっとその一団は現れました。見れば手には刃物、身体中に返り血を浴びたその一団に、私達の酔いはいっぺんに覚めました。そしてこちらが名乗りをあげる前にそいつらは襲いかかって来たのです。麻織組の連中は元々、各藩の精鋭を集めた集団。腕には覚えのある者ばかりでございます。そこらの野盗などでは相手になりません。襲いかかって来る一団を斬っては捨て斬っては捨てて…

しかしいっこうに敵の形勢は衰えません。何故ならそいつらは斬られて倒れてもまた起き上がって来るのです。腕を失い、脚を失っても痛みを感じている風でもなく、血も流さずにひたすら斬りかかって来るのです。その様子にさすがの麻織組の猛者達も怯みました。一旦腰が退けてしまうといくら剣技に長けた者でも全てが後手後手に回って、やがては敵の手にかかり…」


永吉郎は固く目を閉じた。

倒れていった仲間の顔を一人一人思い浮かべては涙を流した。

それでも気丈に話を続ける。


「私も精一杯闘いました。倒れてゆく同朋を横目に見ながら、既に怒りや悔しさの感情よりも、どうにか自分は助かりたいなどという浅ましい執着にさえ囚われておりました。死への恐怖に怯え、死なない敵に怯えながらも、すんでのところで踏み留まって奮闘するのですが、やはりやつらは倒せない。それでも逃げることなどできません。武士が敵に背中を見せるくらいならそれこそ死んだ方がましなのだ。私はようやく覚悟を決めました。

その時私は巫女より預かったなまくらが囁く声を聞きました」


(俺を使え)


「確かにそう言ったように思います。しかし何せなまくら。これまでにも試してみましたが、大根一本満足に切れないこの刀ではまず勝負にはなるまいと一旦は聞き流しました。するとまた、」


(俺を使え)


「今度は先程よりも大きな声が聞こえました。確かに思い起こせばこのなまくらは、身に携えておくと普通では目に見えない妖魔の類いも見る事ができた。この死なない者達を倒すのにも効果はあるやもしれん。そう思い直し、駄目で元々。刀を握り替えてみたのです。刃の付かない刀はその時、赤い光を放っておりました。私は無我夢中で刀を振るいました。

驚きました。それまでいくら斬っても倒せなかった不死の者達は、私の剣に斬られるとただの土塊になって崩れ落ちたのです。もう起き上がることもなく人の形すら残っていません。私は不死の者達を次々に斬りました。そして最後の一体を土塊に変えた時に、まだその場に立っていられたのは私の他には三名だけでした…

江戸麻織組はたまたま出会っただけの不死の者に対し、十二名もの殉職者を出してしまいました」


永吉郎はそこまで話すとうなだれて口をつぐんだ。


「麻織組は壊滅状態になり、その時傷を負った永吉郎様はなんとかここまで帰ってこられました。私は鏡に向かいこの度の結末とこれからどうすれば良いのか聞きました。この鏡は不思議な力を持っていて、話したい相手に取り次いでくれるのです。私はあの御方に聞いたのです。すると答えが返ってまいりました」


「寺の裏に井戸を掘れ。さすればそこからお前達の力になる者が現れてくれようぞ」と


右京とひめはハッとした。自分達は呼ばれてここにやって来たのだ。いや、やって来てしまったのだ。さっき聞いた話は他人事ではなくなってしまった。嫌だ…嫌すぎる…だって死人だぞ…それに大勢殺されてるんだぞ…

ひめもヤバいと感じたのか慌てている。


「うちは普通の女子高生じゃけーね。そんなシビトガエリ?なんかやっつけれんけーね」


「じょしこーせい…?もちろん無理強いはいたしません」


りんはきっぱりと言った。困っているのだろうに、ちゃんと相手にも気遣いができる優しい娘だ。


「オレ達は元いた所に帰ることはできますか?」


右京はここに着いた時から気がかりだったことを聞いてみた。


「お越しいただいたお客様はお二人が始めてでございますので、試してみないことにはなんとも言い様がありませんが、また井戸に入られたならば来た時の逆、つまり入り口のある所へ出られるのではないかと思います」


なるほど、理屈はあってる。ただ一方通行でなければ良いのだけれど…

右京はまだ安心できないでいた。

だけどもひめは、


「あー良かった!こんな大昔に来てどーしょーかと思よったんよ。いろいろ不便じゃん。コンビニとかもないしテレビのドラマの続きとかも気になるし」


もう帰れる気でいるみたいだ。ひめのポジティブなところは右京には正直羨ましい。


「オレ達がなんの為にここに来たかは解りました。だけど残念ながらお役に立つことはできないかと思います。できれば他な人を探していただけたら…」


右京はできるだけやんわりと、だが絶対に嫌だという気持ちを込めて二人に伝えた。臆病者だろうとヘタレだろうと何とでも思うが良い。怪我をするのも嫌なら、まして死んだりするのなどまっぴらごめんだ。


永吉郎とりんは哀しそうな、不安そうな視線をこちらに送ってきている。特にりんなどはまるで捨てられた子犬のように愛らしく澄んだ瞳で見つめてくる。

口では無理強いしないと言っておきつつも、やはり困っているのは明白だ。右京だって他な事ならなんでもやってあげたい気持ちなのだけど、こればっかりは荷が重い。リスクが高い。

右京はこの長い沈黙を我慢したら無事お役ごめんになることを知っていた。だからひたすら無言を貫き通していた。

だがしかし…ひめのお口のチャックは壊れているみたいだ。


「とりあえず今日は帰りまーす。ちょっと考えてからまた来るけーね。ついでに歴史の勉強もして来るわ」


「ありがとうございます!お待ちしております」


りんはもう嬉しそうにしてしまっている。

永吉郎はホッと胸を撫で下ろしてしまっている。

右京は違う違う、そうじゃないってとは、、、

もう言えない…





続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ