猫の王様
右京とひめは空飛ぶ白虎の背に乗って、青空の中をフワフワと飛行している。
もう右京は白虎のことが恐くなくない。
なんならちょっとかわいいとすら思う。
ダメなとこ、優しいとこ、いろいろ聞いたら白虎のことが好きになっていた。
右京は親しみを込めて白虎に話しかけてみた。
「なぁーしろたん!」
「誰が『しろたん』だ!たわけ!」
あれれ…しろたんメチャメチャ怒ってますけど?
「お前に気安くしろたんなどと呼ばれる筋合いはないわ!」
「えー?しろたんはしろたんじゃろ?もしかして嫌だったん?」
小さく見える家々や山の稜線に見とれていたひめも、右京としろたんが揉めてるのに気がついて間に入ってくれた。
「いやいや違うんだ。お嬢はいつものように『しろたん』と呼んで下さいよ。オレはお嬢にそう呼ばれるのが心地よくて嬉しいんだから。でもアイツ!右京にそう呼ばれたらなぜか無性に腹が立ってなぁ?」
勝手な思い込みだと言われればそうだけど、もう親しくなったと思っていた右京は焦った。
「えっと…しろたっ…!『あなた』はオレにどんな呼び方をしてほしいですか?オレはあなたと話したいんだけど。これから仲良くなりたいんです」
右京は冷や汗をかきながらも、無理やり作った愛想笑いで白虎に誠意を伝えてみた。
白虎の返事を待っている右京は揉み手でもしそうな様子である。
それに気分を良くした白虎は、
「そうだなぁ?お前はオレのことを『先生』と呼ぶがいい。
お嬢は先生は偉いと言っていたからなぁ。それにしよう!」
へ…?先生?先生?ニャンコ先生?
「せ…先生…っすか…ワカリマシタ…ヨロシク…『先生』」
オレと先生が仲良くなるのには、もう少し時間がかかりそうだ…
オレ達のやり取りを、ひめは腹を抱えて笑っていた。
「おい、右京!オレのことはさっき聞かせてやっただろ?今度はお前のことをオレに教えてくれないか。オレはお前をよく知らないのだ」
「あっ!オレも言わなくちゃいけないと思ってたんだ。ひめも先生と一緒に聞いてくれる?オレと左京の話を…」
それから信じられないような不思議な話もしたはずだけど、オレのことを普段はあれだけバカにしてくるひめなのに、途中で一切口を挟むことなく、黙って最後までオレの話を聞いてくれた。
「そっかー!やっぱりそんな感じだったんじゃね。で、左京も生き返ったん?ちょっと違うか?右京と一緒におるんよね?そんで時々入れ代わったりしょーるんよね。じゃけーか!まーどんくさい右京がこの前から急におかしいことになっとると思よったんよね」
あはは…ドンクサイデスヨ…ひめは素直で正直でキツイ…
「ごめんね。なんか今まで言うタイミングなくって。でもオレも左京との意思の疎通と言うか、これからどんなふうにして一つの体を二人で使っていこうかってことで大変だったからさ」
「それはええよ。右京もいろいろ大変だったんじゃろうし。それで左京もここにおるんよね?今から左京と代わってみてー言うたら代われるもんなの?」
「ちょっと待って。左京ー良いか?」
(オッケー!待ってました♪)
右京と左京が入れ代わる。
「おー!美由紀、久しぶり!お前綺麗になったじゃん!でも身長はちっこいままだなー」
「やぁー!ほんまに左京じゃ!あんたが死んでうちはすごい泣いたんじゃけーね。それなのにちっこいとか言うてから。ほんまあの時の涙を返してもらいたいわ」
「ごめんごめん!でも綺麗になったってのはほんと!兄貴も言ってたし」
(こら!左京!余計なこと喋るな!)
「…とにかく戻って来れてラッキー!我らが『ひめ』にもまた会えたしね」
ひめは左京の言った『ひめ』のニュアンスの違いを捕まえて、敏感に反応した。
「あんたー今、『ひめ』ってバカにしたじゃろ?しょうがないじゃんか!右京がそがにー呼ぶんじゃけ」
(オレも気の迷いと言うか…考え事してて…つい呼んでしまったんです…)
「兄貴がそう呼ぶのはそれで良いよ。でもオレはカンベンな。なんか恥ずかしいじゃん」
「そう?うちは嬉しい!『おんなのこはおひめさま』じゃけーね」
(ひめひめひめ…次から呼びずらいなぁ…)
「おー!そういえば昔、オレ達呼んでたよなーめちゃめちゃ小さい頃!懐かしっ!それで兄貴は今でもひめって呼んでるのか!」
「そっ!右京は小さい頃から優しかったしね。今も変わってないんよー。うちのことひめって呼ぶのもかわいいじゃろ?」
(ちょ…!ひめ、オレも聞いてマス…恥ずかしいッス…)
「それにしても美由紀のしろ助スゲーよな!オレ達乗せて空飛べちゃうんだもんな」
誉められるとすぐに嬉しくなるのは白虎の癖だ。
その癖を左京に気づかせないように、声音を落として白虎は言った。
「お前が左京か?ややこしくてかなわんぞ」
左京は白虎に対しても相変わらずのご陽気者だ。
まるでラップで韻を踏むみたいに話しかける。
「おっおっおっおっオレ左京♪さぁ今日♪最高♪再出発♪お前はしろ助白虎の子♪絵から出て来てこんにちわ♪坊っちゃん一緒に遊びましょ♪お前良いヤツっぽいから友達になろうぜ!イェイ♪」
こいつはなんだかわからんヤツだな?オレに向かって『しろ助』とは?でもどうにも憎めない。面白いヤツだ。
「友達か?良いぞ!よしっ今からオレと左京は友達だ!腐れ縁は良縁より切れないらしいから覚悟しろよ!」
(あれれ?オレの時とはずいぶん違ってらっしゃいますよ『先生』)
「良かったー!しろたんと左京が仲良しになってくれて。それにさっきのアチョーもありがとーね!助かったわ」
「いえいえ。うきょうとさきょうのおしごとはかわいいひめをまもること♪ですからね」
「またバカにしてぇー!右京もさっきはありがとーね!最初に飛び込んで来てすぐにやられちゃったのは右京じゃろ?」
(はい…そうです…すぐにやられました…)
「あれはあれでカッコ良かったよぉ」
「うん!兄貴は最高にイカしてた!イカれてたのかな?」
(なんだよーひめも左京も先生までもオレのネタで笑いやがって)
ひめは満面の笑みで言った。
「でもほんとに良かった。双子の魂百までって言うもんね」
(???それって三つ子の魂百までっていうやつじゃないのかな…?)
「そーそー!オレと兄貴は百まで一緒さ」
(おーい!お前も間違ってるぞーちょい代われぇー)
オレ達は三次市まで帰って来た。そろそろ麻織家が見えてくる。
左京は家の前で今日から友達になった『しろ助』から飛び降りた。ひめはまだ『しろたん』を見上げて、はて?どうしたものかと思案顔だ。
「ねーしろたんこんなに大きくなっちゃった…うちの家で飼えないかも!?」
「だなー!もし姿を消して透明になってもデカ過ぎて家に入れないじゃん」
「庭で飼うかなぁ?でも餌代とかすごいかかりそう…」
「おお哀れな友よ!お前がせめて美由紀の胸の膨らみくらい、小さく慎ましやかであったならば、なんの障害もなく我らの家族として迎えることが出来ただろうに」
「もー左京!あんたーいい加減にしんさいよ!これでもうちの身長からしたら胸はそこそこあるんじゃけーねっ!」
(ひめがこわいよー)
ひめと左京の小競り合いを不思議そうに見ていた先生がボソリと呟く。
「オレがお嬢の胸くらい小さければ良いのだな?」
そう言うと
シューーーン
「うぉー!しろ助スゲー小さくなったぞ!手乗りサイズじゃん!ティーカッププードルみたいだ!」
先生はそれはそれは小さな白い虎柄の猫に姿を変えた。
「まぁーかわゆーい♪しろたーん♪たんたーん♪」
ひめは早速抱き上げて頬擦りをしている。
左京は驚きと感動が止まらない。
「スゲー!マジで美由紀の胸くらいになった。ティーカップじゃない!Aカップだ」
「なによーるん!うちの胸はもうちょっとありますわ!」
そう左京に抗議したひめは自分の胸としろたんを見比べて…固く固く目を閉じた。ひめは貝になった…
(左京!左京!頼むから引っ込んでくれ…)
こうして麻織家に新たな家族『しろたん』=『しろ助』=『先生』が加わった。
「右京は起きて来ないねぇ。ちょっと美由紀、今朝もお願い」
「もー!たいぎいわぁ!」
母に言われて朝寝坊助の右京を起こしに行くのは、不本意ながら美由紀の日課になりつつあった。
「おいコラ右京!早よー起きろっ!」
いつもながら家でのひめは口が悪い。そのうえ朝は機嫌も悪いので言葉遣いはまるで質の悪い借金取りのようだ。
右京に借金はないので、もちろん悪質な取り立てにもあったことはないのだけれど、なんとなくのイメージで右京を起こしに来るひめは借金取りと重なるものがある。
この前までは起こされても「あぁ」とか「うぅ」と、返事にならない言葉を繰り返してはひめを手こずらせていた右京だけれど、最近のひめにはリーサルウエポンがあった。
「やっちゃいなさい!」
ひめが一声発するや否や、子分のしろたんは寝坊助右京の顔の上に飛び乗る。
小さな四本の足に付いたピンクの柔らかい肉球で右京の顔を踏みつける。
右京が堪らず顔を剃らすと無防備な耳に噛みつくのだった。
「痛てててー止めてよー先生!起きた!もう起きたから!」
事が済むとひめは
「しろたーん行くよ」
と、引き上げて行くひめは、また来るからな!と、捨て台詞を残していくらしい借金取りにやはり似ていた。
右京は、どうにも自力で起きる努力をしなきゃなと思い始めた今日この頃なのだ。
寝癖対策の朝風呂から上がると先生が寄ってくる。
「右ニャーゥ、ごニャン」
右京、ご飯と言ってるらしい。先生曰く、
「猫の口は小さくて喋りにくい」
とのことで、逆にペラペラ話されても叔母さん達がびっくりするのでかえって好都合なのだけど。
しかし右京が先生の喋ったことを聞き間違えると、容赦のないネコパンチが飛んでくる。
そうゆう時に叔母さん達は、
「まぁー右京にもよーなついて」
と、ほのぼの眺めているのだけれど、実のところはそうではないのです…
「右京は美由紀をひめって呼びょーるが、ありゃー昔からよのぉ。じゃがなんで猫のことを先生言うて呼びょーるんなら?右京は変わった呼び方をするんが好きじゃのぉ」
叔父さんの指摘はごもっともです。でもこちらにも海より深い事情があるので…ほっといて下さい。
オレもいろいろと大変なんです…
右京とひめが学校に行くと先生も外に散歩に出かける。
空を飛び回るのはもちろん爽快だけど、地面を踏み締めて歩くのも肉球に心地良い。
坂を下ったところで茶色の猫が先生の姿を見つけて近寄って来る。
山口さん家で飼われているミッキーはこの辺りのボス猫だ。
有名なネズミと同じ名前を猫につけるのもどうかと思うけど、まぁ呼び方は人それぞれでお好きなように。
既に先生とミッキーとは一悶着あった仲だ。
先日、今日と同じく散歩に出かけた先生に、ミッキーが因縁を吹っ掛けたのが事の始まりで。
「おい!そこの白くてちっこいの!お前だよお前!オマエ!
このミッキー様に挨拶も無しとはどうゆうつもりだ。
この辺り一帯はオレ様の縄張りなんだぞ。オレがボスだ!
見れば見かけない面じゃねえか?最近越してきた新入りか?
だったらこの辺りのしきたりってやつをオレ様がみっちり教えてやるからよ。小便チビって逃げ出すなよ!おいコラ!待てって!」
よく喋るデブ猫だ。だがさすがは先生。そこらの猫など相手にしない。そよ風にヒゲを揺らせながらスタスタと歩き去って行く。
「ちょ!待てよ!」
ミッキーはその巨体には似つかわしくない俊敏さで先生に追い付き行く手を阻んだ。
めんどくさいヤツだなと見上げたミッキーの巨体は、頭の大きさだけでも先生の体くらいあった。
「そこ退いて」
小さな猫は大きな猫に言った。
何を言う!とばかりにミッキーは先生を睨んだが、目と目が合うとなぜか体が固まったようになって動けなくなった。
体が恐怖で竦み上がっている。どうしてだ…?
そしてミッキーは見た。先生の瞳の奥に潜んでいる、小さな猫の真の姿を。
ああ…足元が濡れている…オレは小便を漏らしているのか…?
そんなことはどうでも良い…オレはこれからどうなるのだろう…?
もはや一貫の終わり。諦めに似た感情に囚われて震える他ない。
しかし先生は良い天気だねぇとでも言うように、
「じゃーね」
とだけ言い残してスタスタと行ってしまった。
この日からボス猫ミッキーのボスは先生になっていた。
「オヤブン!今日はどちらまで行かれますか?」
「んー?ひなたぼっこしにそこらへん」
「それでしたらとっておきの場所を知ってますよ。ご案内差し上げてもよろしいでしょうか?」
「んー!じゃーお願い」
こんな感じで先生はこの辺りの猫達のオヤブンになっている。
ひと度先生が散歩に出かけると配下の猫達が後に続く格好となって、だいたい総勢十数匹の行進になる。
近所の子供らは行列の先頭を悠々と歩く小さな猫を見ては、
『猫の王様』だー!と口々に言う。
「ただいまー」
ひめが帰って来た。一足早くに帰っていた右京は先生のマッサージの真っ最中である。
ただいまの声を聞いた先生は、献身的に尽くしている右京の手を振り払うと急いでひめのお出迎えに行く。
はいはい!どうせオレは都合の良い男ですよ。
ひめに抱かれて居間に入ってきた先生の顔ときたら!まあデレデレしちゃってさ。
先生を抱えたまま空になった餌皿を見てひめが聞いてきた。
「しろたんにご飯あげてくれた?」
「あげたけどー?あれ?もうないねぇ。さっきあげたのでこの前買って来たの無くなったよ」
「もー!無くなったんなら買ってこにゃーいけんじゃろ!早よー買ってきんちゃいや」
前回の餌代は右京の小遣いから出した。今度はひめが出すべきだ。そう訴えたのだけど、ひめは買いたいものがたくさんあるので無理!と却下する。女の子はおしゃれにお金がかかるからしょうがない、と言うのが理由らしいけど。
そうなんだろうなぁと納得してしまうのが右京らしい。
「オレこの前本買ったし、残りは左京が使い果たしてしまって。ほらね!」
右京は財布に残った二百円を見せた。
「右京の本は判るけど、左京は何に使ったん?」
右京と左京はごにょごにょと話し合っていたが、しょうがなしに
左京に代わって答える。
「バス釣り用のルアーを買ったんだよ。特売品!オレって買い物上手なんだよな」
「ブラックバス?どうせ釣っても食べんじゃろ?」
ひめにしてはもっともな指摘だ。しかし右京も食い下がる。
「ブラックバスは他の魚を喰っちゃうんだぜ。バス釣りは駆除にもなってるし良いことじゃん。それにあの引きぃ!男のロマンだ。それよりさっきから聞いてたら美由紀の言い分って何だよ?おしゃれ?オレ達にどーこー言えるのかよ?」
(ヤバいヤバい…女の子はおしゃれにお金がかかるんだって…ひめが言うからそうなんだって…)
「…」
右京の予想に反してひめからの反撃がないのはナゼ?
そしてどうしたことか、顔には笑顔すら浮かべている?
(ひめドシタ?オコッタ?でもワラッテル?コワイよー)
「そ…そうよねーロマンよね。うちも女のロマンよ!左京と同じよ!
じゃけーうちらーは悪くないわ!」
(オレそんなに使ってないですけど…)
そんな時、ひめに抱かれていた先生の目にテレビCMの映像が飛び込んできた。空気を読まずに思わず、
「アレニャベニャイ…」アレ食べたい
と、洩らしてしまい、しまった!と顔をしかめる。
CMでは、猫まっしぐら『セレブ猫の金の缶詰』なるものが宣伝されていた。
「そっかー。しろたんアレ食べたいかぁ」
「でもたぶん高いだろ?カリカリのやつでもオレ達、小遣い足りなくなってるんだぞ」
猫を飼うのに反対はなかった。だけど一つだけ決められた条件で、餌代はひめと右京の小遣いの中から用立てるとなっている。
二人は考えた。
少し悪い顔になった左京がひめに相談を持ちかける。
「なあ美由紀。しろ助の出所にさ、他にもいろいろあっただろ?
皿やら壺やらの骨董品がいっぱい。アレを骨董屋に売って金を作らない?」
「いっぱいあったね。たぶん二つ三つなくなっても誰も気がつかんよね?」
「だろ!それでしろ助の餌を買おう。しろ助の為だし仕方ないよ」
左京がそう言うのを聞くと、ひめに抱かれていた先生は腕を振りほどいて左京の顔に飛びついた!貼りついて鼻を齧る。
「イテテテー!何すんだよしろ助!」
「ニャニュッニョニャニャニニャー!」
???
(左京、通訳すると盗人はダメだーって先生言ってるぞ)
「兄貴の言うには泥棒はダメだって言ってるってさ」
「そうじゃねーいけんわぁ…しろたんエライわ」
よしよしと言いながらひめは左京の顔から先生を剥がし取る。
「じゃーどうするよ?」
左京に問われてひめはしばらく考えたが、やがてポンと手を打ち、
「こうなりゃ当たって砕けろだわ!じいちゃんに聞いてみちゃろ」
やはりこの状況を打開するには宝の存在がポイントとなる。
その番人の祖父を説得するにはどれほど骨が折れるだろうか…
「おーええでー好きに持っていきんさい。高く売れたらじいちゃんにもちーとくれーの。あっ!凄いのあったらテレビの鑑定番組に出そうやーじいちゃん出るけーの!」
快諾であった…
これで堂々と宝探しに行けるぞ。
しかし白虎の絵巻物や身代りの御守り、麻織家に伝わる物には不思議な物が有る…おかしな物を見つけなきゃ良いのだが…
ひめと左京は麻織寺にやって来た。
幼い頃の右京が途中で根をあげた長い石段も、高校生になった二人にはさほど苦にはならなかった。何より今の二人はトレジャーハンターだ。テンション上がりまくりだ。
勝手知ったるもので、二人は何も目ぼしい物が無い神社はスルーしてすぐに裏手に周り倉庫に行く。壊れた錠前はあの日のまま落ちていた。祖父はだいぶ前から膝が痛くて上がってこれないし、まったくほったらかしのようである。
それでも建物自体は永年雨風を受けてきたにも関わらずしっかりしたもので、周りの樹木に守られたお陰と言える。
ひめと左京は十数年を経てあの倉庫に再び足を踏み入れた。
あの時、怖じけずいていた右京は初めて入る。実を言うと今でも少し怖い気持ちだけれど、既に左京というジェットコースターに乗ってしまってるので諦めるしかない。
二人は嬉々としてお宝鑑定を始めた。先生は鼻をヒクヒクさせて倉庫の中の匂いを懐かしそうに、ちょっと嫌そうに嗅いでいる。
確かに数はたくさんある。品物も多種多様で年代物であろうことも容易に推測される。しかし哀しいかな…二人には(右京も含めて)古物の知識がない。鑑定眼など持ち合わせていないのだ。
どんな物に値打ちがあるのか?はたまたないのか?悩めば悩むほど分からなくなっていく。ひめもお気に入りの服を選ぶようにはいかないみたいだ。
ほら!そろそろ左京は飽きてきた。
「イェーイ!刀ー♪ーつ人の世の生き血を啜るぅー、ズバッ!
二つ不埒な悪行三昧、ズバッ!ズバッ!」
オレも知ってるー。テレビの再放送でやってた桃太郎侍だ。一時期オレ達兄弟は時代劇にはまっていたのだ。左京の口上はまだ続く。最後までやらないと気持ち悪いみたいだ。
「三つ醜い浮世の鬼をー、ズババッ!退治てくれようー
あっ、桃太郎ー!おっ?おっ?おおー!?」
見栄を切り踏み込んだ床板が割れて抜けた!焦って足を踏み変えるが周りの板までどんどん壊れて大きな穴になる。そうして出来た穴は左京を吸い込んだ…
ドシーン!
「痛ててーどうなったんだよ?まったく!」
左京はマズイと思ったか、しれっと右京に体を譲っている。
その無責任ぶりに右京は納得がいかずカリカリきている。
と、そこへひめとひめの肩に乗った先生が右京めがけて落ちてきた。
「ギャフン!」
ギャフンと言わせてやる、とは台詞にはあるけど、本当に言うヤツなんかいない訳で、まさか自分の口から出てこようとは…右京は自分の耳を疑い、痛さよりも恥ずかしさが上回った。
「もぉー!うちまで落ちたじゃん!左京が変な声出して急に見えんようになったけ~捜しに行ったら!もぉーあんたのせいよ!」
「いやいやオレ右京…責任ないよ…ちなみにひめのお尻の下ね」
「はぅっ!スケベー!!!」
理不尽だ…あまりにも理不尽だ…オレが何をしたっていうんだ…
(アハハー!美由紀は胸はちっこいけどケツはデカイよなー)
ふんぬー!左京のヤツぅー!今にギャフンと言わせてやる!
それより今は上に上がらないと。でもおかしいぞ?床から地面までの間はさほどないはずだ。なのにこの穴は身長の五、六倍くらい?上までの深さが十メートル近くあるように思う。
そして何より変なのは見上げた先に空が見えるのだ。
どこからか声が聞こえて来る。男の声だ。
「何やら音がしましたなぁ。さては待ち人来たりですかな。それにしてもこの井戸が完成したのが昨日、お早いお着きでございますなぁ。さてとっ」
男がヒョイと顔を出し、オレとひめとを覗き込んだ。
知らない顔のこいつは誰だ?
右京は嫌な予感しかしない…
続く