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ダブルソウル『にこたま』  作者: 三島 宏幸
2/13

ダブルブッキング

巫女との約束を守り、右京の願いを叶えた小袋は、今ここに役目を終えようとしている。

布でできたその体は熱を帯び燻り始めた。

そうした矢先、今度はあの世の方から呼び止められた。小袋は最後の力を振り絞り、呼び掛ける声の相手をする。


あの世から怒りの声が轟いた!相手の言い分はこうである。


「三途の川を渡り、こちら側に来た者を勝手に還すとは何事か!」


と、あちら側はえらい剣幕なのだ。

これはまずいぞと、小袋は下手に出てみることにした。


「私はとある御方により願いを託された小袋にございます。後世に生きる者の身を案じて願掛けられた私は、災厄に見舞われたその者を救うという命を受けておりました。今日この時をもって役目を果たすことができました」


「死人を呼び戻すということは現世と黄泉との境界をないがしろにする行為だ!

誰だ?お前に願いを掛け、託した者の名を申してみろ!

もしも掃いて捨てるほどおる仏の面汚しの名前でも出ようなら、さっきの小僧は元通り黄泉の国へと連れ戻し、きつーい罰を与えてくれようぞ!」


そう高らかに宣言したあの世の声に、小袋は恐れおののく。

しかし己が敬愛する麗しの巫女の姿を思い起こして、彼女の願いに嘘偽りの無いことを硬く信じ、小袋はあの世の者に対峙する。

そして心に一片の曇りなく、自信に満ちた声で、大切な宝物のようにその名を示す。


「私の主の名は麻織寺の住職の娘、りんと申すお方にございます。そのお方の持つ、類い稀なる神秘性と不思議な力に敬意を払い、周りの者達は皆こう呼びます。

その名を朝霧の巫女と。」


「ほう…朝霧の巫女とな。懐かしい名を聞いた。

すると先のあやつは巫女の身内の者か!どう見てもただの小僧にしか見えなかったがな」


少しの間が挟まりはしたがやがて…


「朝霧の巫女のたっての願いとあらば、効かない訳にはまいるまい。この度のことは特別に許そう!

何を隠そうこのわしも昔、巫女には借りがあってのう。はっはっはっ!」


声の主は昔を懐かしみ笑った。

その笑い声を聞いても小袋にはもう答える力は残っていない。

燻り続けていたその体は既に炎に包まれている。


「邪魔をしてあいすまなかった。名も無き小袋よ、お前は立派に役目を果たしたぞ!天晴れ!天晴れ!」


誉れの言葉が聞こえたのか?

最後には誇らしそうにパアッと燃え上がり、小袋は灰になった。



感動の救命劇が終わり、やがて感情の高まりも落ち着いてくると、恥ずかしさと気まずさが二人の間を遠ざけた。

右京といえば…裸なのだ。もう遅いとは思いつつも前を隠す。

ひめも今、気がついたみたいにハッと顔を逸らせてから、命令するように右京に言った。


「びっくりさせんでや!はー大丈夫じゃろ?早よー支度しんちゃいよ!」


プンプン怒りながら風呂場を出て行った。

右京は支度のため二階の自室に帰り、学校の制服に着替えた。

編入試験を受けて入った今の高校の制服ではなくて、ちょっと前まで左京と一緒に通っていた昔の高校の制服に袖を通す。

今日送り出される三人には見慣れた方の制服にしたかったから。

よし!と、部屋を出る時に何やら目の縁の方に気になるものが引っ掛かったような気がした。

足を止めて机の上をよく見ると、黒く焼け焦げたものがある。思い出してみると、確かそれはこの家に来たばかりの頃に、祖父から貰った御守りではなかったか?肩を落とし表情さえ無くしていた右京を呼び出して連れて行ったのは、母屋の裏山にある昔、我が家のご先祖様が神事を執り行っていたと言われている神社だった。


既視感…!


あれはまだ小学校に入る前?古い記憶のためか、単純に幼かったせいなのか、曖昧にしか思い出せない…


ムズムズ…


境内に入って少し歩くうちに、鮮やかにあの頃の色と匂いが蘇ってくる。

覚えてるぞっオレ!

家の中でゲーム機を離さないうーちゃんと、落ち着きがなくウズウズしているさーちゃんをそそのかしてはしてやったり。

にんまり顔でひめが連れて来たのがここだった。

『ひめ』とは小さい頃の美由紀の呼び名で、と言ってもそう呼んでいたのは、うーちゃんことオレと、さーちゃんこと左京の二人だけで、理由は美由紀が自分のことを


「わたしはおんなのこだから!おひめさまなのー」


と言って…オレ達もそう言わされて…まあそんなとこである。

その日、ひめとひめの家来のオレ達は、ティッシュにくるんだクッキーと、むぎ茶を入れた水筒をリュックに入れて、裏山の石段を登って行った。

鞄持ちはオレだ。


「さーちゃんはぶしだから!かたなをもちなさい」


と、左京には孫の手…


「じゃーうーちゃんはこれね!」


と、右京にはリュック…

ひめとお付きの者は、意気揚々と石段を登って行った。


「いつものおうたをうたいますよっ」


ひめはご機嫌だ♪


「さんハイ!」


「うきょうとさきょうのおしごとはーかわいいーひめをまもることー♪うきょうとさきょうのおしごとはーかわいいーひめをまもることー♪」


長い石段も半分を過ぎようとしたところで、鞄持ちの右京が予想通りに弱音を上げた。


「もういやだよーぼくおうちにかえりたい」


うーちゃんは泣きべそをかきはじめた。


「もー!あなたはおとこでしょ?しっかりしなさい」


ひめはキビシイ!


「えいー!やー!」


うーちゃんは見えない敵を相手に、孫の手の刀で戦っている。


「だってこのリュックおもいんだもんー」


うーちゃんはリュックを下ろして座り込んだ。


「しょうがないわねーまだとちゅうですけどきゅうけいにするからねー」


もう帰りたくなっていたうーちゃんだけれど、喉も渇いたし、おやつも食べたかったので、とりあえず休憩に賛成した。

三人で分けたクッキーは、ちょびっとずつしかなかったのに、水筒に入れてきた麦茶はまだたくさん残っている。ひめが用意してきたのは大人用の水筒だったので、1.5リットルは入るだろう。

重たかったのはこれでした。

いつの間にかさーちゃんは武士から忍者になっていて、ほっぺに貯めたお茶を


「にんぽうきりふきこうげきー」


と言って吹きかけてきたので水筒も随分軽くなった。

うーちゃんは溜め息と共に、またリュックを背負って石段を登り、ひめと忍者もそれに続いた。

石段を登りきると、見えた。あった!


「ねー!すごいでしょ?むかしのおうちなのよー」


とひめは自慢げに説明する。

東京で住んでいる右京達のマンションとも、ひめの家ともまた違った外見や形のため、ひめの「むかしのおうち」と言う紹介はすんなりそのままの意味に受け取れた。

『むかしのおうち』には、今は誰も住んではいないだろうとは思いつつも、もしも人がいたら怖いので


「こんにちわー」


と、三人は大きな声で呼んでみる。

万が一、この家から出てくるモノがいるなら、それは間違いなく鬼か山姥の類いだろうから。

そう思い三人は腰が引けつつも、声を合わせてもう一度


「こんにちわー」


と叫んだ。

耳を澄ましても、小鳥のチュンチュンと鳴く声ばかりで、他には何も聞こえてはこない。

前々からチャンスをうかがっていたひめは!

ニヤリ!♪

猫より好奇心が旺盛なさーちゃんも!

ニヤリ!♪

うーちゃんが止める間などありはしない。

二人は容赦なく木戸を開けて、むかしのおうちに入って行った。

一人とり残されたうーちゃんは、しばらくは足元のありさんを眺めていた。


「ねーありさん、しらないひとのおうちにかってにはいっちゃだめだよねぇ…」


それでも結局


「ひめぇ…さーちゃーん…」


と二人の名前を呼びながらとぼとぼと、今はもう開け放たれている戸口をくぐって中に入って行った。

家の中は昼間でも何だか薄暗くて、少し埃っぽい匂いがした。

暗さにだんだん目が慣れてくると中の様子もはっきりしてくる。

木の板で出来た床は歩くとギシギシ音がした。

奥には4,5段ほどの階段があり、その上には箱があって、何か大事な物でも納めてあるように思える。

うーちゃんはなんとなく、ひめの家にある仏壇を連想した。

いたずらしたらバチが当たる気がする。

目ぼしい物はすでに物色し終わったひめとさーちゃんは、そんなうーちゃんの思いをよそに、次の獲物を奥の階段の上に定めた。


「あっ!あぁー!」


それだけしか言えないうちに、二人は扉を開けてしまった。

何も起きない?

うーちゃんの予感は外れてバチは当たらなかった。

箱の中には古ぼけた丸い鏡が大事そうに納めてあるだけだった。

もうこれ以上空気を入れたら割れますよというくらいパンパンに膨らんだ風船が、シワシワと萎んでゆくように二人の興奮もあっという間に萎んでしまった。

ごめんなさぁーいと静かに扉を閉めると、うーちゃんのところまで歩いてきて、


「かえろっか?」


と、つまらなそうに二人は言った。

うーちゃんは安堵して、ふぅーと、長い息を吐いた。

外に出た二人は、せっかくの大冒険も収穫無しじゃつまらないとばかりに、未練たらたらで、まだ辺りをキョロキョロしてる。

うーちゃんは真っ直ぐ前だけ見て、もと来た石段を下り始める。

その時


「うらにもなにかあるぞ?」


忍者も改めなきゃね。

もはや悪代官の呟く声がした。

ひめがお探しの代物は、もしやあちらじゃございやせんか?

とでも言いそうだ。

右京はしぶしぶ二人の後をついて行く。

さっきのお家と生い茂った樹木の陰に隠れるようにして…

あった!

さっきのが家ならばこれはなんとなく倉庫って雰囲気がした。

裏に回り込んで建物の正面まで歩いて行くと、扉には大きな錠前が架かっている。

それを認めたうーちゃんは


「ねっ、もういいでしょ?かえろうよ」


と二人を促す。

あやや?

右手はグー、左手もグー!

ひめのご機嫌が悪くなってる!

お気楽なさーちゃんは鼻唄を歌いながら、持っていた孫の手で錠前をコンコンと叩いてみる。

ガチャン!???

古く劣化していた錠前は、ほらねっ、と言い訳を待っていたかのようにあっさり容易く壊れて地面に落ちてしまった。

ひめは


「やったー!」


と、さーちゃんに飛びついて、肩を叩いて喜んだ。だけどうーちゃんに向けられる視線といえば、恨みがましくて、とても目を合わせられない。ひめがこわいよー。

こうなってはもう後戻りはできないと、うーちゃんも観念した。

今度は三人一緒で扉を開けて、中の様子を窺った。


「わぁーすごい」


三人は同時に驚きの声を上げた。

まず目に飛び込んで来たのは、数え切れないほどの皿や壺、小さな木箱はうず高く積まれており、端の方を見れば、厳めしい武者の鎧兜まであった。

この鎧兜に


「ひぃっ…」


と、たじろいだのはうーちゃん。

二人はまったく気にもしない。

うーちゃんを外に置き去りのまま、勢い込んで中に入り物色を始める。

中からは二人の、わぁーとか、あぁーとかの声が聞こえてくる。

それでも今度ばかりは勇気が出なくて、うーちゃんは外から見守ることしかできないでいた。

中は意外と広いみたいだ。二人の姿も見えたり見えなくなったりしている。

しばらくしてさーちゃんはうーちゃんに見せてやるため、刀を持って外に出てきた。


「おもーい!ほんもののかたなだよ!すごいやー!」


さーちゃんに悪気はなくても、うーちゃんには怖すぎた…


「そんなのもってこなくていいー!はやくかえさないとバチがあたるよぉ」


唾を飛ばして訴える、うーちゃんの気迫に圧されて、


「ちぇっつまんないのー」


と言い残し、さーちゃんはまた中に戻って行った。

またしばらく待っていると今度はひめが出てきた。

右手に何か持っているので、うーちゃんはヤバいぞと身構える。


「うーちゃんみてみて!ねこさんだよーかわいいねぇ」


それは掛け軸になっていて、確かに白くて虎模様の猫が画かれていた。

怖がりのうーちゃんも落ち着いて見れたのには訳があった。

その猫の絵は、お世辞にも上手いとは言えなく子供が描いたように思えたからだ。

きっと昔にも幼稚園があって、お絵描きの時間には好きな動物やお花や乗り物などをいっぱい描いたんだろうなと、うーちゃんはそう思った。

気づくと太陽は西に沈み、もう山々の頭にかかろうとしている。絶え間なく聞こえる蜩の大合唱に急かされて、三人は急いで帰り支度を始めた。

その時うーちゃんの背中のリュックに何かが入った感触があった。


「ねこちゃんのえをもってかえるよっ」


と、相談ではなくひめはもう決めてしまっているらしい。

暗くなるまでに帰ってないと家の人に叱られるし、さーちゃんは既に石段を降りて行った。

もしバレても子供の描いた絵なら持って来ても大丈夫だと、間違っても高価な絵ではないと、うーちゃんは自分に言い聞かせて納得した。


「うん」


と、ひめに返事をした。


「まってよーさーちゃん」


と追いかけるひめを追いかけてうーちゃんも石段を下って行く。



右京の思い出した全てである。

神社に着いた祖父は


「ええのーお前は髪がえっとあって。ちょっとじっとしとれーよ」


と、右京の髪の毛を一本抜き取った。

そして右京と書いた紙片と右京から引き抜いた髪を御守り袋にしまい、一言添えて手渡してきた。


「この御守りはの、ワシかたに代々伝わる有難い御守りでの、

ヤバい時に身代わりになってくれるらしいんじゃ。お前には特別にこれをやる」


キョトンとしている右京を見て祖父は


「ほんまか嘘かは知らんでー!わっはっは」


と豪快に笑った。


先祖が残した廃寺の名は『麻織神社』と言う。

麻織はオレの家系の名字だ。

そういや祖父からこんな昔話も聞いたっけか?

麻織とは表の名前で、昔は裏の名もあったそうだ。

魔を敷く者のおわす寺『魔敷神社』と…


祖父のくれた御守りや昔話はともかくとして、幼い日の想い出に右京の心は温められていた。

二階の自分の部屋から出たところで、階段の下を歩く美由紀を見つけて、ふと


「ひめ」


と呼びかけてしまった。

美由紀は一瞬珍妙な顔をしたのだけれど…


「懐かしいねーそれでいく?」


と右京に笑顔を見せた。

恥ずかしさとひめの笑顔につられて右京も笑顔になる。

たぶんこの家に引っ越して来てから、ずっと落ち込んでいた右京が見せた最初の笑顔だった。



確かにあの御守りだ…

原型を留めないほど燃えてしまっているのに、他のどこも焦がすことなく、その灰は右京の指が触れるとどこともなく無くなった。

きっと三途の川のあの声の主だ。

もう役目を終えて、存在すら消えてしまったその御守りに、右京は感謝の気持ちを込めて


「ありがとうごさいました」


と言って頭を下げた。



今日は父と母と左京の49日法要の日だ。

祖父の話によれば、亡くなった人の魂が成仏する日だそうで…?

実はもっと詳しい話を聞いたのだけど、右から左に聞き流していたので、頭には最初の方しか残ってはいない。

襖を取り払って客間と仏間を繋げた広間に着くと、既に右京が風呂場で死にかけたことは、ひめの口から大袈裟にならない程度で、叔父さん達に伝わっていた。

ひめに尋ねたら


「気を失っとったー」


くらいに話したらしいのだけど、叔父さんはすぐに知り合いのお医者さんに電話をして、診察の予約を取りつけてしまった。

なので、大事なはずの49日法要も短縮バージョンで行われた為、右京とひめは足の痺れが軽減できて助かった。


早めの昼食を取ると、車で叔父さんの同級生がやってる、広島市内のクリニックに行くことになった。


「待ってーうちも行くー」


と、市内で買い物がしたいとの理由でひめも一緒に行くことになった。

1時間ちょっとかかったか?やっとクリニックに到着し、駐車場に車を停めるやいなや、ひめは直ちに別行動をとる。


「うちはそこらをブラブラしょーるけー終わったら電話して」


とだけ言い残し、ワンピースの裾を翻して、鉄砲玉のように出て行った。

オレの心配は?これでもわりと不安なんですけど…と、右京は心の中で呟いた。

午後から始まった診察はたっぷり夕方まで。

その間、叔父さんは同級生のお医者さんと昔話に花を咲かせていて、話し声はこっちまで聞こえてきた。

はじめて聞く先生のエピソードに、看護師のお姉さんもクスクス笑った。

ちょっとタイプの白衣の天使の笑顔に反応して、心臓もドキドキしそう?

変な数値が出やしないかとヒヤヒヤしては、冷静に、冷静に、と心の中で右京は唱えていた。

検査結果が出揃うと、叔父さんと同級生の先生は、まるで人が変わったように真面目な顔になって、二人を前に話をする。

真面目な顔は説得力もアップさせる。


「まだ詳しい結果は今からですがー。これまでに解ったことをお伝えしますとー。」


右京は先生の次の言葉に集中する。

人差し指で眼鏡をクイっと上げる。

銀縁眼鏡がキラリと光る。

これも説得力アップのテクニック?


「至って健康!問題無しと思われます」


先生の言葉に、

やったー!

説得力あるー。

絶対信じるぜ、と右京は手を叩きたくなった。

後の話で、高齢者に限ったことではなく、若年層にも急な体調不良や最悪の結果、突然死などもありえるということで、極力、ストレスを溜めないだとか、睡眠を充分とるだとかしなさいと先生は言い足した。

ヘイヘーイ!ガッテンです!と右京はもう他人事のように聞いている。


来た時とはまるで違う軽い足取りで、右京と叔父さんはクリニックを後にした。


「お待たせしてすみませーん」


と、ひめに電話をする。

当然ひめからは、まず検査結果について聞かれるだろうと思っていたのに、


「えーよ、えーよ、今からそっち行くわー♪」


それだけ言って電話は切られた。

声の感じだとえらく機嫌が良かった。

ほどなくして駐車場に戻って来たひめは、買い物袋を両手に持って、鼻唄を歌っていた。

ひめがご機嫌な理由は帰りの車内で判明する。

そもそも出る時は助手席に座って来たのに、帰りは既に右京が座っている後部座席に乗り込んで来るのも変だなとは思っていたし。

走り出した車のスピードが上がるのを待っていたかのようにして右京の袖を引っ張り、体を寄せてきた。

声のボリュームに気をつけてひそひそ話す。


「ねぇ!右京、うきょうくん♪ やっぱ見る人が見たらうちってダイヤの原石に見えるんじゃねー」


「へ…?ひめはひめでしょ?ひめにしか見えないよ?」


右京もひめに合わせてひそひそ話す。


「右京にはわからんのんじゃねーふふふ(笑)」


なんかバカにされてる感じだ。

依然としてテンションの高いひめの様子に疑問を抱きながら、右京は「ふーん」とか「へー」と相づちを入れながら、ひめの話に付き合った。

右京達と別れ、単独行動を始めたひめはお目当てのファッションブランドに入店する。

あらかじめファッション雑誌を見て、欲しい物は決めていたのだけれど、いざたくさんの商品を目の前にしてみると、あれもこれもと欲しくなって困ったと。

欲望と予算を天秤にかけて考え、上手く釣り合いがとれるまでに

は相当な胆力を要することとなるが、最後には納得いく買い物ができて良かったと。

聞いてみればなんてことない内容に安心した右京は、ひめはよく喋るなぁーなどと、感心し始めていた。

でも本当にひめが話したかったのは、ここから先のことだった。

本日の目的を果たし、軍資金も底をついてしまった。

診察が終わったという電話もまだ掛かってこない。

ひめは時間潰しに街を歩いてウィンドウショッピングをした。

そしてアクセサリーショップの前まで来ると、一枚の広告用ポスターに目を奪われる。

ひめが憧れているらしい、広島出身の女優さんが、綺麗な服とアクセサリーを身につけて笑ってるポスターだった。

やっぱり綺麗だなー。

ウィンドウに映る自分の姿と見比べては、溜め息をついてまた歩き始めた時に、ふいに呼び止められた。

爽やかな笑顔で近づいてくるその男は、茶髪にサングラスでスーツの着こなしもバッチリだ。

ひめも最初は胡散臭さを感じたらしい。

その場を早足に立ち去ろうとするとその爽やか男も追ってきて、ひめを追い越すと正面に向き合う形でひめを止めた。


「自分は芸能事務所の者です。ほんの少しで良いのでお時間を戴けませんか。どうかお話だけでも聞いて下さい。」


そう言って爽やか男は、先程まで架けていたサングラスを外して頭を下げた。困ったように八の字に下がった眉にほだされて


「じゃー話だけですよ」


と答えてしまう。


「ここではなんですから、喫茶店にでも入りましょう。なんでも奢りますよ」


と爽やかに笑う男に連れられて喫茶店に入った。

それから診察が終わってオレが電話するまでに聞いた話というのが、ひめが最初に言ってた「ダイヤの原石」という事であった。


「ねっ!すごいじゃろ?コーヒーも奢ってもらったんよー!名刺もほら♪」


もうひめは完全に信じきっている。

貰った名刺には右京も知っている大手芸能事務所の名前が記載されていた。住所もたぶん現在地に間違いないだろう。

しかし電話番号が載ってない?

代わりに裏面に手書きで携帯の番号が書かれている。

何より爽やか男の名前、『諸星星矢』だと?偽名だよね?

別れ際に


「また今度こっちに出てくる時があったら連絡してね」


と『諸星星矢』は言ったらしい。

こいつは怪しい…怪しいと思うから怪しいのか?考え込んでいるところで、


「ねっ!すごいじゃろ?」


とひめがもう一度聞いてきた。

咄嗟のことで右京は


「ひめはかわいいから」


と思わず素直な気持ちを答えてしまった…


ひめのこと注意しなきゃな、と心に決めた。



家に帰った右京は夕食を済ませると急に眠くなった。

早々と布団に潜り込む。今日はいろいろあったなぁ…と、朝からの出来事を思い出してるうちにいつの間にか眠っていた。

夢を見た。左京の夢だ。左京は長い長い人の列に並んでいる。

そう言えば今日で成仏するんだったなぁ。

順番が回ってきたらどうなるんだろう?

天国や地獄って本当にあるのかな?

それともまたすぐに他の何かに生まれ変わったりするんだろうか?

そんなことを考えていた。

出し抜けに頭上から声がした。


「お前そんなところで何をしておる!」


激おこだ!


「お前だ!お前!そこの、お!ま!え!」


オ…オレ?ですか…?左京は恐ろしい声に竦み上がった。


「帰り道にでも迷ったか!このうつけめがっ!」


左京は恐怖で震えが止まらず、何も言い返せない。


「さすればワシが直々に送り返してくれようぞ」


左京は並んでいた列から引っこ抜かれて飛ばされた!!!


「忠の者よ…安心しろ…」


右京は目覚めた。

時計を見るとまだ五時を回ったとこだ。

不思議な夢を見た…

理解できなくてもはっきり覚えている。

外はこの時期にはまだ早いであろう朝霧が立ち込めていた。



二度寝をした右京はいつものようにひめに起こされた。


「おーい、兄貴!美由紀が呼んでるぞー起きろー」


んんん?オレ寝ぼけたかな?


「ちょっと見ないうちにかわいくなったねぇ。でも性格キツいのは相変わらず」


!!!やっぱり左京の声だ!


「どこだ?左京!どこにいる?」


右京は辺りを見回して左京を探す。


「なんか兄貴の中みたいなんだわ…」


右京の問いにやはり左京の声が答えてくる。

右京はTシャツを捲って自分の体を見た。


「そんなとこにはいねーよ!もっと内側の深ーいとこ。実はオレもよくわかんないんだけどさ」


またひめが呼んでる。

そろそろ起きないと学校に遅れそうだ。


「左京、話はまた後だ。どっか違うとこに行ったりするなよ」


「オッケー」


今日も大変な一日になりそうである。






続く

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